東方双神録   作:ぎんがぁ!

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も、文字数が大幅に減りましたね……。もう少し安定させたい――なんて今更な悩みに苦悩するぎんがぁ!で御座います。ワラエネェ。

ではどうぞ。


最終章 東方双神録 〜The guilty break〜
第二百七話 リヴァイズド・スタート①


 さて、初めに気が付いたのは一体誰だったか――。

 少なくとも、初めのうちは大した違和感ではなかった。森の中を歩いていればいつの間にかヒルに引っ付かれていた、くらいのものである。

 “例え人が一人死んだとしても世界は変わらず回り続ける”と宣う者が少なからず存在するご時世、その程度の違和感では大騒ぎする者など幻想郷でも皆無であり――いや、幻想郷だからこそ、異能異形と不思議に溢るるこの世界だからこそ、“常識”の範疇であるとして毛ほどの興味も持たれなかった。

 せいぜい、引っかかりが気になって眠りにくい、くらいの。

 実に有りがちな、違和感。

 

「……う〜ん? なんだろうなぁ、脳の裏っかわに海苔でも沸いたかぁ?」

 

 だが、気になる者には気になる事でもある。神経質な者ならいざ知らず、異変解決者としてある程度の鋭い神経を持った魔理沙は、朝からこの違和感に悩まされていた。

 気になり過ぎて研究に没頭出来ない。脳の内側が痒い。まるで脳に何かが引っ付いて取れなくなっているかのような、妙な違和感があるのだ。

 お陰で、今日行った実験は殆どが“調合のミス”という形で失敗している。まぁ、まだ二回くらいしかやっていない訳だが。

 

「はぁ……無駄だな。材料が徒らに減るだけだぜ」

 

 きっぱりと切り替えた魔理沙は、今日の実験は終わりにしようと、手早く材料と用具を片付けた。

 まだ日は登り切っていない。何ならまだ朝と言って差し支えない。こんな時間に実験を終わらせるのは初めての事だが、まぁ予想外に悪質なコンディションだから、今日は仕方ないなと、魔理沙は一人頷いて、お気に入りの帽子をぽすっと被った。

 

「ま、んなら何処かに出掛けないとな。さぁて……」

 

 やる事がないからって家の中に引き篭もっているのは、どう考えても魔理沙の性に合わない。暇なら何処かに出掛けて、目ぼしい物を見つければ貰って(・・・)いって、適当にそこらで迷惑吹っかけて帰って来る。それが魔理沙のライフスタイル。異論は大絶賛だ。全て屁理屈で返り討ちにしてやろう。

 

「ふーむ……まぁ取り敢えず、人里にでも寄ってみるか」

 

 博麗神社という案も筆頭として出てきたが、風の噂に寄れば昨日は宴会をしていたそうな。魔理沙は魔法の研究が佳境にあった為珍しく参加しなかったのだが、結構大所帯だったらしい。

 となれば、自然と選択肢からは外れてくる。だって今行ったら、霊夢の奴に片付けを手伝わされるに決まっている。それは果てしなく面倒臭い。

 だからまぁ、取り敢えず安定の。

 面白くなければ場所を変えればいいのだ。

 博麗神社にはまぁ、片付けが終わった頃行ってみることにする。

 

「んじゃ、行きますか!」

 

 愛用の箒に飛び乗り、勢い良く空へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改めて言うと、魔理沙はやはり“異変解決者”だった。

 幻想郷に起きた異変――その兆候を鋭く感じ取り迅速に対応する、力を持った人間。

 まぁ魔理沙に限れば、“興味本位”が動く主な理由だが。幻想郷を救う為とか、霊夢の様に生業にしているとか、そんな大層な理由なんて彼女にはない。楽しい事なら何でもいい。

 しかし――例えそれが真実でも、魔理沙が数多の妖怪を蹴散らしてきた強者であることに変わりはない。その神経はやはり異変解決者として研磨されてきたし、これと言って馬鹿な訳でもない。

 結論から言って――魔理沙が人間の里へと向かった事は、“正解だった”と言えるだろう。

 何より――これから思い知る事の、ヒントくらいにはなるはずだ。

 

 箒から降り、人間の里をふらふらと見て回り始めた魔理沙は、ふと見覚えのある後ろ姿を見た。

 知り合いを見つけたなら、声を掛けない手はない。

 

「おーい慧音ー!」

 

「ん? おぉ、魔理沙。久しぶりじゃないか。どうしたんだ?」

 

「いや、どうしたって言われても、暇だから見て回ってただけなんだがな」

 

「ん? そうなのか。まぁ君に言うのもあれだが、楽しんでいってくれ」

 

 それだけ言って、また歩き出す慧音。

 

「いやっ、ちょちょちょ」

 

「ん? なんだ、まだ用が?」

 

「なんだって……なんか素っ気なくないか?」

 

 有り体に言えば、慧音らしくない。

 彼女はその柔和な人柄で知られる人物だ。何も用がないからといって、出会った知人にすぐさま“知らん振り”を決め込むような人ではない。

 だからこそ、今の反応はいささか以上に違和感があった訳だが――。

 

「あ、ああ悪い、少し考え事をしていてな。対応が雑だった。謝ろう」

 

「や、そこまで言わせるつもりは無かったんだけどな……で、考え事って? 相談には乗るぜ?」

 

 “私で良ければ”と敢えて前置きしないのは、慧音に有無を言わせぬ為である。絶賛暇を持て余している魔理沙には、失礼ながら慧音の考え事自体が僥倖だと思えたのだ。

 勿論、解決出来るかどうかは、また別の話という事で。

 

「いや、相談に乗ってもらうほどのことでは――」

 

「いいからいいから、話してみるだけで変わるかもしれないぜ?」

 

「むぅ……本当に大した事じゃないぞ?」

 

 少し考え込む慧音に、魔理沙はそれなりの期待の目を向ける。それに若干やり辛そうに肩を竦める慧音だが、暫くすると、観念したように溜め息を吐いた。

 

「……なんだかな、朝から妙に“嫌な感じ”がしてな……」

 

「嫌な感じ? ……それって勘か何かか?」

 

 よく聞く言葉に、“嫌な予感がする”なんて決まり文句があるが、その類だろうか?

 そう尋ねる魔理沙に、しかしそれとも違う様子で、慧音は小さく「いや……」と呟く。

 

「予感とか、そういうのではないよ。……多分」

 

「なんだ曖昧だな。珍しい」

 

「ああ、曖昧だから困ってる。そこら辺がはっきりすれば、この喉元につっかえた様なもどかしさも失くなるんだろうが……」

 

 ――うむ、これは解決不能だな。

 悩む慧音を前にして、魔理沙は内心できっぱりとそう断じた。

 本人ですら曖昧な感覚を、魔理沙が――言わば“外”から如何にか出来るはずもない。記憶に干渉する魔法というのも存在はするが、“魂の再構築”と同じ様な禁忌(タブー)の類だし、何より魔理沙の得意とする分野ではない。恐らくはパチュリーでもそう簡単には使えないと考えられる。

 ――よって、無理だ。悪いな慧音、私では力になれん。

 

 自分で相談を持ちかけておいて早々と諦めた魔理沙の内心を悟るそぶりもなく、慧音は目の前で黙々と頭を悩ませている。どうやら、“相談に乗る”なんて不用意に宣った所為で本格的に悩ませる羽目になったらしい。

 取り敢えず、解決策の見えない問題は悩み始めると止まらなくなるので、なんとなくアドバイスっぽい何かをしてこの場を撒く必要がある。勿論それが本当に解決に繋がるかは魔理沙の与り知らぬことである。

 魔理沙の狡賢さ渦巻く思考は、案外あっさりとそれっぽいものを導き出すことに成功した。

 

「なぁ慧音、あんまり悩むんなら、阿求にでも尋ねてみたらどうだ?」

 

「阿求?」

 

「ああ。なんか嫌な感じがするんだろ? ひょっとしたら何か病気なのかもしれないし、そうじゃなくてもその状態について阿求が何か知ってる可能性はある。どうだ?」

 

「うーむ……」

 

 親身になって相談に乗るフリをする表面とは裏腹に、魔理沙の内心はとっととここから離れて面白いものを探しに行くことに傾いていた。

 正直、慧音の悩み事は面白いことでもなんでもない。自分には絶対に解決し得ない事に挑戦するというのは、ただの鎖を知恵の輪だと言って渡されるようなものである。そんなものに面白みなど見出せる訳もない。それが魔理沙ならいざ知らず。

 ただまぁ、慧音に言ったことも案外的を外してはいないのではないだろうか? 半分が咄嗟の空っぽ文句であるのは確かだが、逆にもう半分はそれなりに説得力のある文句である。慧音の助けにならない事も、まぁ……なくはなくなくない……のでは?

 

「……うん、そうだな。魔理沙の言う通りだ」

 

「お、じゃあ?」

 

「今から行ってくるよ。もしかしたらこの気持ち悪さが本当に病気かもしれないしな」

 

 魔理沙の助言を馬鹿正直に受け止めたらしい慧音の笑顔に、思わず少しだけ胸が痛んだ魔理沙。素直過ぎて慧音が心配になってくる。

 そのまま一緒にいるのも気が引ける――というよりさっさと何処か行きたい――ので、魔理沙は笑顔が引攣らないように気を付けながら慧音に背を向けた。

 

「そ、そっか。じゃあ私は御役御免って事で、じゃな!」

 

「ああ、ありがとうな」

 

「お、お安い御用だぜっ」

 

 ひらひらと片手を振る慧音に同じように手を振り返しながら、魔理沙は里の出口へと駆け出した。

 あまり里の中で魔法を使うのは宜しくない。里の中で人外の力を使えば、その安全性に疑問を持つ者が出てくるからだ。

 少々面倒臭いな、と決まりに悪態付きながら、魔理沙は門を潜り抜けたその勢いのまま箒に飛び乗る。

 

 博麗神社には、もう少ししたら向かう予定だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――まぁ、結局の所慧音も伊達に長生きはしていない訳で。

 子供の要求くらい察せなければ、寺子屋の教師なんてとてもではないが勤まらない。詰まる所、慧音の瞳には魔理沙の内心が明け透けていた訳である。

 慧音は去り行く魔理沙の背中を見送って、一つ苦笑を漏らした。

 

「全く……あれで異変解決者だというんだから、この世界のいい加減さときたら」

 

 まぁ確かに、人が為す事に意志が付いてくるかどうかというのは、結果にはあまり関係ない。

 内心でどう思っていようと、他人が見て認識するのは結果だけである。彼女も最終的には異変解決に貢献している訳だから、その内側がどれだけ子供染みていても異変解決者な事に変わりはない。

 ……大きなことを成すのに、一志の鉄貫すら必要無いとは。なんともまぁ、緩くて曖昧でいい加減な世界である。

 

 とは言え、人の悩み事なんぞ聞いて心から楽しむ、なんて質の悪い行動に魔理沙が走らなくてよかったと思う。早々に見切りをつけて去って行った彼女の判断は、ある意味正しい。

 間違った方へは走っていないのだろう――と、慧音は一人、溜飲を下げる事にする。

 

「さて、では言われた通り行ってみるとしようか」

 

 とは言え、魔理沙の助言もあながち間違ってはいない。長年生きてきた慧音ですら見覚えのない症状だ、もしかしたらとても珍しい病気に罹っている可能性は無きにしも非ず。こう言う時は阿求に聞くのが一番確実である。

 慧音は頭の片隅に感じる違和感に眉を顰めながら、稗田家のお屋敷へと向かった。

 

 

 

 

 

 程なくして辿り着くと、何やら塀の向こう――屋敷の方が何やら騒がしい。

 何の事態かは見当もつかないが、バタついているのならば謁見は出来ないかもな、なんて少し諦念を感じながら、慧音は取り敢えず門番に尋ねてみる事にした。

 

「済まない、阿求に用があるのだが」

「む? おお、慧音殿。丁度いい、今遣いを向かわせるところでした」

「……何かあったのか?」

 

 ――どうやら、自分も無関係ではないらしい。

 門番の言葉にそう確信した慧音は、少しだけ目を鋭くして問う。門番は、門を開きながら一礼し、

 

「その事については、阿求様直々にお話があると思われます。どうぞ、中へ」

「……失礼する」

 

 稗田家の庭は、お屋敷だけあってそれなりに広い。門を潜った瞬間から、慧音の視界にはバタつく使用人達が映っていた。

 一体、何があったのか。

 そして、慧音が呼ばれる理由とは。

 そうした疑問を胸に、庭に敷かれた石畳を、綺麗に磨かれた廊下を、阿求の自室まで、歩く。

 

 障子には、小柄な影――恐らく阿求と、数人の大人の影――恐らく使用人が映っていた。一声かけて、障子を開く。

 

「あ、慧音先生。お呼び立てして申し訳ありません」

 

「いや、私も用があってきたんだ。気にしないでくれ」

 

 広がっていたのは、いくつかの巻物とそれを囲む大人達。皆が懸命に巻物を睨め付けており、その雰囲気には事態の逼迫さがありありと滲み出ていた。

 その、巻物を見て、

 

「それは……幻想郷縁起?」

 

「はい。実は――」

 

 話が早い、と阿求は焦燥の伺える瞳で言う。

 

 

 

「幻想郷縁起が――改竄された可能性があります」

 

 

 

「――何だって!?」

 

 幻想郷縁起は幻想郷唯一の歴史書。真の意味で、幻想郷創世記からの出来事を記してある貴重な書物だ。

 それが、改竄された……? それはマズい。

 何より、それが屋敷の外に知れるのが一番マズい。幻想郷は出来事と一緒に妖怪についても記録されている。そして人間の里に住む人間の、妖怪に関する知識の大元の出所はほぼ幻想郷縁起である。改竄されたとの報が知れれば、人里は忽ちパニック状態に陥るだろう。

 今までの知識は、実は役に立たないものなのではないか――と。

 

「今、別箇所に痕跡がないか調べている最中です。慧音先生をお呼びしたのは、あなたの知る歴史で正誤の照らし合わせをして貰いたいのです」

 

「事情は分かった。私の用は後回しにしよう。それで、改竄が認められたきっかけは?」

 

「こちらに」

 

 差し出されたのは、現在阿求が編纂している最新の縁起。丁重に受け取り、開いて流し見てみれば――それは、明らかな形で現れていた。

 

「一部分が、丸々消えている……?」

 

 文字の書き連ねられた巻物。端から見始めて、その文字の羅列は寸分違わぬ感覚で記されている。僅かに大きな空行も確かにあるが、それは項の切り替え故にだ。

 しかし――見つかった空白は、それどころではない。

 人物の欄一部分が、丸々一つ分消えているのだ。

 

「これ程大きな空白など、私は空けた覚えはありません。空ける意味がありませんから」

 

「……ここに書いてあったはずの内容は?」

 

「……すみません、思い出せないんです」

 

「……なに?」

 

 阿求が、思い出せない? いや、それはおかしいだろう? だって阿求は、“完全記憶能力”を持っているはずなのだ。忘れたくても忘れられないのが、阿求という少女である。

 ……“忘れる”?

 ふと、何かの引っ掛かりを、慧音は感じた。

 阿求でさえ忘れる何か……繋がるようで繋がらない、一本の糸。

 

「(いや、まて……そうか、この違和感は――)」

 

 

 

 記憶の、欠落――か?

 

 

 

「……阿求、実はな……その記憶の欠落、私も起こしているんだ」

 

「……え?」

 

「いや、確定的なことは言えないな。ただ――何か大事な事を忘れている気がする。もしかしたら、君に起きた記憶の欠落も、何かしら関係があるのかもしれない」

 

 確実には言えない。でも、何かが抜け落ちている感覚。その中身は欠片も見通す事は出来ないが、漠然とそんな認識だけがあった。

 阿求でさえ何か忘れている。それが、突然慧音自身に起こった違和感に関係しないと考える方が不自然だ。

 

「だとすると……この欠落が誰かの能力にせよ、現象にせよ……」

 

「……うむ。何かが、起きているな」

 

 再び、白紙となった巻物の一部分を見て、思う。

 そのぽっかりと空いた空白が、二人には何かとんでもなく不気味なものに見えた。

 

 

 

 




お察し展開ですね。

ではでは。

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