東方双神録   作:ぎんがぁ!

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“二人の幸せとは、己の死を受け入れる事だった”

お、お待たせして本当に申し訳ない……。
本当にあと少しの物語なんですが、もう不定期投稿にしちゃいますかね……。悩み中です。

ではどうぞ。


第二百十一話 行方

 

 意識を取り戻した紫は、魔理沙に軽く支えられながら一つ溜め息を吐いた。様々な思いを込めた、重い溜め息である。

 その拍子、腹に受けた一文字の傷がズキリと痛む。手で触れてみれば、やはり多量の血が溢れ出ていた。

 徐に、口から漏れる。

 

「……少し、やり過ぎでは、ありませんか……龍神様?」

 

 同じような痛みを身体中に感じ、紫は目の前で自分を見下ろす竜姫に言葉を投げかけた。

 竜姫はやれやれといった表情で、

 

「やり過ぎなものか。お主がさっさと起きれば良かった話。それは必要な傷じゃろうて」

 

「…………お手数を」

 

「気にするな」

 

 その通りだな、と思う。

 竜姫が“天御雷”を見せた時点で意識を取り戻せば、彼女は此れほどまで刃を振るう事はなかったのだ。

 それを、自分が鈍かったばかりに。

 ……いや、きっと竜姫も分かっているのだろう。双也との記憶が喪失し、抜けた孔が大き過ぎるが故に意識にまで影響を及ぼした状態では、この身体中の傷は付けざるを得なかった――まさに“必要な傷”だったのだと。

 

 ――そう、そうだ。

 私は双也の事を……最愛の人の事を、忘れていたのだ。

 

 ふと思い出した途端、紫は内側から湧き水の如く膨れ上がる自己嫌悪に襲われた。

 あれだけ共にいて、あれだけ感謝して、そしてあれだけ愛した人を、どんな事情であれ一時忘れていたなんて。

 頭が、さぁ――と冷え切るのが分かる。その直後に襲ってきたのは強烈な吐き気だった。胃のモノどころか臓物の全てを吐き出してしまいそうな、痛いほどに不快な吐き気。

 妖怪は精神に依存するというが、大妖怪たる彼女がこれほどまでになるならば、やはり彼女にとっての神薙 双也とは、それ程までに大きな存在だという事だろう。

 手で口を押さえ、目の端に浮かぶ涙に抗いもせずに、紫はうずくまりそうになるのを必死で押さえながら呻いた。それに竜姫は――、

 

「……辛いじゃろう。そうだろうとも。……あやつも酷な事を敷いたものじゃよ」

 

 呟くようにそう語り、竜姫は膝をつく紫の頭を優しく撫でた。

 すると何処か吐き気が引いてきて、気が楽になっていく。それは、烈火の如く親に怒られた子が他でもない親の抱擁でホッとする心持ちのような。

 万物の創造主――龍神という母なる神の微笑みが、心に染み入るようだった。

 紫は一つ深い息を吐くと、未だに涙の浮かぶ瞳で竜姫を見上げた。

 

「龍神様……一体、何が起こっているのですか? 何故、貴方様が双也の刀を……?」

 

「いや、これはあやつの刀ではないぞ」

 

「え? でもそれは……」

 

 見飽きる程多く目にした黒い柄。霊力に由来した特有の蒼い刀身。

 身違うはずはない。あれは、どんな時も双也の傍にあった霊刀、天御雷である。

 訝しげな紫に、竜姫はふるふると首を振った。

 

「これは、私が手元の次元を変質させて創った、似ているだけの贋作じゃよ。本物のように刃を作り出すことは出来ん。お主を目覚めさせる為に必要と考えて、創った」

 

「目覚めさせる、為……」

 

「そうじゃ。お主が――お主達が双也と繋がってさえいれば、きっと――……」

 

 消え入る言葉の端に、竜姫は淡い希望を滲ませていた。

 そう、淡い――淡くて淡くて、もう溶け行って消えてしまいそうな、小さな希望を。

 紫は、ちらと見遣った竜姫の瞳に確かに“後悔”を感じ取った。後悔しながら、でもそれ以外には無かったとばかりの遣る瀬無さ。

 竜姫はふつと目を伏せると、小さく息を吐き出した。

 

「……何が起こっているのか、じゃったな」

 

 ゆっくりと開いた瞳に、何処か決意を宿らせて。

 

「よく聞くのじゃ、八雲 紫。あやつは――双也は今……」

 

 

 

 

 ――並行世界(パラレルワールド)……別次元の世界にいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――どうすれば、俺はみんなを殺さずに済むのか、教えて欲しい。

 

 ……発端といえば、この一言だった。

 妖雲異変が終わって少し経った頃、双也が竜姫の下を訪れて言い放った言葉。悲痛な面持ちで、深く、ずしりと重い言葉だった。

 だが、それを聞いた竜姫には正直……驚愕と言うほどの驚愕はなかった。

 簡単に予想できる事だ。龍神ともあれば尚の事。

 今まで苦痛に耐えながら裁きを下してきた双也は、あの異変で遂に身近な者達に手を掛けてしまった。見ず知らずの他人を裁く事にも抵抗を示す彼の心が、それに耐えられる筈はない。必ず何か方法を見つけようと熟考するだろう、と。

 そしてそれは結局見つけられず――(龍神)の下を訪れるだろう、と。

 

 彼が抱えていた問題は二つあった。

 まず一つは、西行妖の能力。

 高密度であれば触れるだけでその者を即死させる力を持った、非常に危険な妖力。異変時に霧散させたものの、妖力が霊力や神力と同じような生命エネルギーの一種である限り回復はしてしまう。そしていつかまた抑えきれなくなれば、また暴走が始まってしまうのだ。そうなれば、また双也は大量の存在を殺してしまう事になる。

 故に、一つ目の問題。

 

 だが竜姫にとっては、取るに足らない問題だった。この解決方法に関しては、既に見当がついていたのだ。

 それが、妖力の隷属化。西行妖との同化である。

 量が膨大であったが故に半年もかかったが、双也はそれを無事にやり遂げた。

 ここまでは、竜姫も大して心配はしていなかった。彼の強さは誰よりも知っているから。

 

 真に問題なのは――二つ目。

 

 双也の内に潜む、天罰神に関してだ。

 

 天罰神が内にいる限り、双也は使命として人を裁き続けなければならない。それは、度々人を殺さなければならないという事である。

 善人はいる。小悪党もいる。拳骨程度の軽い天罰で済む者は、確かにごまんといる。しかし――死を持って償わなければならないほどの大罪人もまた、存在するのだ。

 天罰神がいる限り、双也は延々と人を殺し続ける事になる。

 しかし、人格すら別れてしまった今では、今更一つには戻れない。もし戻ろうとするならば、きっと人格が下手に混濁して正気を失うだろう事が目に見えていたのだ。

 では、どうするか。

 

 ――……一つだけ、方法はあった。

 

 しかしそれは酷く危険で、予測不能で、そして限りなく――可能性が、低かった。

 広大な砂漠でたった一つの砂粒を探し出すようなそれを伝える事は、暗に“死ね”と言っているも同然であり――だがしかし、それだけがたった一つの可能性でもあった。

 他のどんな方法でも、双也のこの問題は解決出来ない。ゼロパーセントだ。だがこの方法だけは、ほんの僅かに可能性がある。コンマ幾つ下だろうと、“不可能”ではないのだ。

 だから竜姫は、意を決してそれを告げた。

 

 無謀ながらも不可能ではない可能性。

 

 

 

 “人格を分離し、自らの手で天罰神を討ち滅ぼす”という――荒唐無稽な唯一策を。

 

 

 

 竜姫は、双也と同等のレベルで“繋がりを操る程度の能力”に理解を得ている。どこまでのことができて、どこまでのことができないのか。

 結論から言って、今の双也の能力を以ってすれば出来ないことなどほぼない。強いて挙げるならば、それこそ“命と身体を繋ぎ直して死者を蘇らせる”などの世の理を踏み躙る行為くらいである。

 だからこそ現れる選択肢だった。

 

 だがそれは、嘆くほどに危険な賭けだ。

 かつての紅霧異変にて、双也がフランに施そうとした一策とほぼ同じである。

 人格を切り離せばそれらは対立し、生き残った方が主人格となる。当時の双也も、仮に“正気のフランが負けた場合取り返しがつかない”事を考慮して、結果それは施さなかった。

 

 ――“負けた場合”。

 悲嘆的だ、と思うだろうか?

 

 いいや、事実として、考えてしかるべき可能性である。無視出来るほどの低確率ではない。

 神也の能力は、陳腐に言えば“相手を超える能力”。常に相手より強い状態を維持する能力である。そんなものを相手に挑むというのに、負けた場合を考慮しないのは白痴の愚者がすることだ。

 

 だから竜姫は、双也に言った。

 “覚悟を決めたら来い”と。

 “せいぜい余生を楽しむさ”と双也は答えた。

 きっと、双也自身も勝ち目が殆どない事は分かっていたのだ。

 そんな考えが滲み出るようなその言葉が、竜姫にとってどれだけ辛かったか彼には分からないだろう。

 彼の運命を散々振り回した挙句、寿命でゆっくりと生き絶える安息も与えてやることが出来ないかもしれないのだ。嘆かずにいられようか。

 

 竜姫はこの瞬間、悠久に続く自らの時間ひと時、この時だけは全てを彼に尽くそう、と心に決めた。

 償い、なんて高尚な言い方はすまい。これはただの自己満足だ。

 双也はきっと、そんな竜姫には“気にするな”と言うだろう。優しい彼の事だ、竜姫の所為でこうなった、など死んだって口にはしない。

 だから、竜姫の自己満足。

 征く時、背中で“助けはいらない”と語った双也に対する、想いの形である。

 

 双也に言われた通り舞台(・・)を用意し、彼が戻ってくるための道標として“絆”を取り戻す。

 

 それが、竜姫が双也の為にしてやれることの全てだった。

 後は――そう、祈るのみ。

 

 彼が()に打ち勝つ事を。

 そして絆を辿って、無事に帰還する事を。

 ただただ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前がオレを生み出した理由、覚えてるか?」

 

 そこは果てしなく荒寥とした、既に滅びた世界だった。

 大地は裂け、木々は燃え、火山は絶え間なく噴火を繰り返し、汚れた炎と腐った灰が空を覆う。

 およそ生物の生きられる環境ではない、何なら生物が発生し始めた原初の地球の方がまだマシだったと言い切る者すらいてもおかしくはない、壊れた世界だった。

 

 そんな世界にただ二人――容姿瓜二つの少年達が、存在した。

 

 白く輝く髪に、白光する瞳。

 高密度の神力で形作られたと思われる刀を片手に、少年――神也は朗々と、問い掛ける。

 

 誰に? 彼に。

 自らの生みの親に。

 罪の意識に潰れかけた哀れな主に。

 そして――、

 

「なぁ、片割れに傷一つも付けられない……弱っちぃ現人神、神薙 双也」

 

 

 

 刀を杖にして辛うじて片膝で立つ、弱過(・・)ぎる(・・)相方に。

 

 

 

「はぁ……はぁ……っ、忘れる訳、ねぇだろ……!」

 

 頭部から流れ落ちる血に片目を瞑りながら、双也は荒い息で答えた。

 そう、忘れる訳はない。神也は、双也が双也自身を罪悪感から逃す為に生まれた。

 罪人を裁く(殺す)時の命乞いから。裁く(殺す)時の絶叫から。殺す時の怨嗟の視線から。

 その罪悪感で、自身の心を壊さないように。

 傷の痛みで中々言葉を紡げない双也を察し、神也は心の内を読むようにして語る。

 

「そう、オレはお前の苦痛から生まれた。苦痛から生まれて、お前の痛みを全て請け負う為に存在する。……オレは、“お前の罪の権化”なんだ」

 

 手に持つ刀を見上げ、神也は刀身をぐっと掴んだ。

 すぅと指の間から血が滲み出し、刀身を伝ってポタリポタリと地に落ちる。

 その、滴る血をじっと見つめ、

 

「お前は、オレがお前自身ならば“罪人を超越する程度の能力”も発動しない、なんて考えてたのかもしれないが……違うな。考えが甘い」

 

 すっと刀身から手を離し、一振り血を振り払う。

 びちゃっ、と生々しい音がした。

 

「こうしてオレとお前が分かれた時点で、俺たちはもう他人だ。能力はオレが持ってる。オレとお前が同じだった頃(・・・・・・・・・・・・)にしてきた殺し、そしてその罪悪感を他人(オレ)に押し付けてきた弱さ――」

 

 血の、溢れ出す、手を。

 双也に開いて、濡れた手から、血が零れ落ちる。

 

「オレは、誰よりお前の罪を知ってる。――お前の手は、殺してきた奴らの血に汚れ切ってるんだよ、“大罪人”神薙 双也」

 

「っ…………」

 

 その血を見て、双也は図らずに苦々しい顔を浮かべる。それは紛れも無い、悔恨と自己嫌悪を示した表情だった。

 全て正論である。双也が神也に罪悪感による心の傷を押し付けてきたのは確かだし、それからも逃げてきたのだ。

 ――“大罪人”。

 皮肉だが、ぴったりじゃないか。

 

 ――でもだからこそ……それが分かっているからこそ、双也は今ここにいるのだ。

 

「分かってんだよ……そんな事……」

 

「……あ?」

 

 もう一度拳に力を入れる。血で滑りそうになる柄を両手で掴み直して、双也はゆっくりと立ち上がった。

 言われなくたって、自分の罪など自分が一番分かってる。わざわざ突き付けられる必要もない。

 だから、これからは罪を重ねてしまわない為に、自分(神也)を打ち倒そうとしているのだ。

 

「俺は、今までお前としてたくさんの奴らを殺してきた……それは確かに俺の罪だ。言い逃れなんてしない。

 でもだからこそお前を――天罰神を捨てる事で、殺さなきゃならない使命を、この手でぶち壊そうとしてるんじゃねぇか……ッ!」

 

 勝ち目がない? 知ったことか。そんな事では止まれない。この先も誰かを殺さなきゃならないよりは、何千倍もマシなんだ。

 

 それに――願わくば俺は、愛しい紫よりも先に――……。

 

 双也は改めて霊力を解放した。今までの戦いのように加減なんてしていられない。問答無用の全解放だ。

 西行妖と同化した深海色の特徴的な霊力は、燃え盛る大火のように掴み所なく視覚化。そして重過ぎるそれが地殻すらも刺激し、火山は更に激しく大噴火する。

 流れ出る血を拭い、双也は刀を担ぐ神也を睨んだ。

 

「ああ……知ってるさ。お前がこうしてオレと相対している理由はな。たが……違うぜ、お前は何にも分かってない(・・・・・・・・・・・・)

 

「うるせぇ、行くぞ――ッ!!」

 

 下手な攻撃は神也に何のダメージも与えられない。大技も防御しようとすれば防御出来るだろう。

 天御雷にありったけの霊力を込め、一撃一撃を高めて極めて何処までも鋭く、この大地をも真っ二つにする気で。

 神速で肉薄し、振りかぶる。

 

「ああ――何にも分かってないんだ。全てお前に掛かってるんだぜ、双也。早く気付けよ……?」

 

 大気すら灼き切る一撃を、振り下ろす。

 

「誰でもない、オレとお前の為に(・・・・・・・・)、さ」

 

 瞬間、大地が弾けた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――何処だ。

 何処だ何処だ何処にいるッ!?

 

 無数に存在する空間の“枝”。それを力一杯に手繰り寄せて、それを吟味して、違ければまた次へ。

 目の前に広がる途方もない数の時空を、紫は血涙すら流しながら探していた。

 傍から見ればきっと酷い形相をしている事だろう。表情筋が今までにないほど強張っているのが自分でも分かるのだ。

 時々意識が遠のく事もあるが、意識がなくなってしまう事さえないならば関係ない。例え命を削ってでも、探し出さなければならないのだ。

 だって双也も、命を懸けて戦っているのだから――!

 

「何処……何処にいるのよ双也……!」

 

 形振り構ってはいられなかった。

 竜姫に事の顛末を聞いた瞬間に、紫は無数のスキマを開いて双也の存在する次元を探し始めた。

 並行世界同士を繋げる事は、紫の能力を以ってしても限りなく困難である。存在意義からして“次元を跨いでいる”竜姫と違い、紫は正真正銘この次元のみで生きる存在である。そんな小さな存在が全く別の次元に干渉しようなど、本当ならばあってはならない事だ。

 同時に幾つもの次元を無理矢理繋げてたった一つの存在を見つけ出すなど、理屈を考えるより前に誰もが“無理だ”と口を揃える。

 並行世界は横に広がる世界。“無数”という言葉は並行世界の数を表す為にある。砂漠に落とした砂粒一つは、例え目で追っていても再度見つけ出すのは困難なのだ。事実、竜姫でさえ再度双也を見つけ出すのは困難であり、彼が自身で帰ってくるという、那由多の果てにすらあるか分からない可能性を信じて待つしかない。

 

 

 

 ――だから何だッ!?

 

 

 

 止まれない。止まれるはずがない。双也が自分の知らない所で死んでいくなんて、紫には絶対に耐えられなかった。

 例え血反吐を吐いてでも、理性を失ってでも双也を見つけ出して、必ず連れて帰る。そしてなんて事ない日々を二人で過ごして、いつか彼の側で息を引き取る――それが紫の夢なのだ。

 こんな所で、自分の手の届かない所で死なれるのは耐えられない。

 頬を伝う血を拭って、紫は更にスキマを開いた。

 

「……紫」

 

「………………」

 

「紫……っ」

 

「………………」

 

「……紫ッ!」

 

「……ッ、なんですか龍神様ッ!?」

 

 背後から鬱陶しくも(・・・・・)名を呼ぶ竜姫に、紫は図らず怒鳴り散らした。

 視線を向ける余裕はない。本当ならば言葉を紡ぐのも体力の無駄という領域である。

 しかしそれも構わぬとばかりに竜姫は言う。――否、突き付けた(・・・・・)

 

「無駄じゃ。やめろ。世界とは、我武者羅に見つけられる程矮小なものではない」

 

「我武者羅なんかではありません! 揺れの大きい双也の霊力を辿って――」

 

「そのまま続ければ、お主が死ぬぞ」

 

「――……ッ」

 

 言葉は返せない。紫自身も薄々は感づいていた。

 妖力を真に使い切れば、紫は死ぬ。地の妖力がいくら膨大といっても、無理な使い方を続ければ当然底は見えてくるものだ。

 スキマを開く手が、僅かに止まった。

 

「お主の記憶を戻した理由……しかと話した筈じゃぞ。お主に死んだら、誰があやつを迎えると言うのじゃ」

 

「でも、双也が帰ってこれるかは――」

 

「くどいッ! お主が信じずに誰が信じるッ!?」

 

「っ……」

 

 竜姫の怒号に、紫はびくりと肩を揺らした。

 それは決して言葉に恐怖したからではなく、むしろハッと霧が晴れたような――。

 

「何度も言わせるなッ! お主達の絆の力……私はそれを信じてここに来たのじゃッ! “帰ってこれるか”ではない! お主があやつを導くのじゃッ!」

 

「………………」

 

 遂に、手が止まる。

 開いていた無数のスキマは次々とその口を閉じ、一気に空間が静まり返った。

 響く音は、握り込んだ手から滲み出した、熱い血の滴る音のみ。

 

「……私は霊夢を目覚めさせてくる。繋がった絆は、多ければ多いほど良いからの」

 

 言う事は全て言い切ったのだろう、竜姫が背後で身体を翻して去っていく音がする。

 紫は、佇んだままだった。ただ握り締めた拳だけが小刻みに震えていた。

 だって、こんなにも無力な事が他にあるのか?

 この世でただ一人心から愛した人が、自分の知らない所で命を懸けて戦っている。その為に自分は何もしてやれない。ただ祈って待つ事だけ、なんて……。

 

 なるほど、竜姫の言葉は確かに。

 何故こんなにも酷な事を、双也は紫に強いたのか。

 こんなにも辛いことを、双也は――……。

 

「龍神、様……」

 

 気が付けば、引き止めていた。

 

「何故……なぜ、双也は……こんな、ことを……?」

 

「………………」

 

 声が震えている事を、隠し切る事はできない。気丈に振る舞っていられるほど、紫は安定した精神状態ではなかった。

 理由は聞いた。これ以上自分の犠牲を出さない為だと。それは実に双也らしい考え方だと思う反面、何処か紫に、彼の焦燥を感じさせた。

 やりようならまだ探す時間はある筈。何なら、唯一神也を一時的に封じ得た“架々八天封印”を共に研究し、どうにかして完成させる事でも犠牲を出さずに済むはずである。

 まぁ、大部分は感覚なのだけど――……。

 

 足音の止まる音がする。頰に血とは違う熱い雫を感じながら、紫は竜姫言葉を待った。

 そして、紡がれた言葉は。

 

 

 

「……双也は、お主よりも先に死にたいそうじゃ」

 

 

 

 だから、神を捨てる――と。

 本当の人間になる――と。

 紫はぐしゃりと崩れ落ちた。最早全身に力が入らなくなった。

 双也の強過ぎる想いを感じて。そしてそれに応える事ができない今の自分の無力感に苛まれて。

 ただただ――、

 

「ぅ……うぅうぁぁああああ……ッ!」

 

 際限無く溢れる涙を、止める事も出来ず――。

 

 

 

 




悩み中っていうか、もう既に不定期投稿になりかけてんじゃねーか、と。

と、取り敢えず、次回の投稿もおそらく金曜日には間に合わないので、そのつもりでお願いします。

ほんと、楽しみにしてくださっている方々ゴメンナサイです。

ではでは。

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