東方双神録   作:ぎんがぁ!

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“全ては、想う気持ちが故に”

お待たせしました。
これで全ての伏線も回収出来た……ト、オモイマス。

ではどうぞ。


第二百十二話 “生きる”ということ

 ――もう、どれ程の時間が過ぎただろうか。

 朦朧とする意識の中に、もはや時間という概念は存在していなかった。

 ただ疲弊した腕を振るい、霊力を絞り出し、そして吹き飛ばされては、よろよろと立ち上がる。

 そんな惨めなループに、双也は今、囚われていた。

 未だ嘗て、此れほどまでに痛めつけられた相手などいただろうか。これまで敵のいなかった双也を、まるで“お前は御山の大将だ”とでも嘲笑するかのように、相対する“彼”は容易に双也を凌駕する。

 

 当然か。だって双也は、どんなに足掻いたってやはり、“大罪人”なのだから。

 

「ぉぉおおあああッ!!」

 

 残る霊力で爆発的に加速し、佇む神也に肉薄する。恐らくは大妖怪でさえ捉えられぬその絶速の一太刀はしかし――神也を捉えることは、なく。

 

「甘めぇ」

 

「ッ!?」

 

 瞬時に動いた神也を、双也は全く捉えることが出来なかった。目の前から姿が消えたと思った瞬間には吹き飛んでいて、斬られたことを後から認識したかのように、傷口から遅れて赤黒い血が噴き出す。踏み止まりながら能力ですぐさま傷を塞ぎ、前を睨めば――既に背後を取られていて。

 

「神剣『断咎一閃の剣』」

 

 初めから反応の遅れた双也に、それはもはや必中のタイミング。結界を展開する間も無い双也の頭上に、光輝する天雷が剣の如く突き刺さる。

 飛来した雷は流星のように地面を割り、またその衝撃で軽々と双也を吹き飛ばした。

 飛びかける意識を、どうにか繋ぎ止め、

 

「ぐっ……う……ッ!」

 

 体制の優れない中空で、双也はなけなしの霊力を掌に込めた。

 迸る光。もはや息をするように放つことの出来る、使い慣れた強力な術である。

 反撃するならば、土煙でお互いの姿が目視出来ないこの時しかない。

 うっすら霧のかかる思考でそう考えながら、双也は大雑把に照準を定めた。正確に狙う必要はない。大体方向があっていれば、全て飲み込んで塵に変えてしまうのがこの“術”である。

 

「破道の、九十一……『千手皎天汰炮』ッ!」

 

 解き放ち、見据えたその先では、

 

「神剣――……」

 

 腰に刀を構えた、神也の姿。

 

「断咎一閃の剣――“陽飛衝(ひひしょう)”」

 

 抜刀と共に飛んだ爆雷の砲撃。それはまるで巨大な剣で突きを放つかのように、空を駆けて迫ってくる。

 相対する双也の術は――埃を払うように散り散りと。

 

「――ッ!!」

 

 双也を呑み込んだ雷撃は、勢い緩まず彼方まで駆け抜け、天上の灰と雲を一部打ち払った。

 凄まじい衝撃を真正面から受けた双也は、踏ん張り切れずに力を失い、煙の尾を引いて地に落ちた。

 後から落ちて来た天御雷が、少しだけ離れた所に突き刺さる。

 

「……っ! が、は――ッ」

 

 全く歯が立たない。

 双也の講じる策と術の全てが、神也の前には何の意味も成さなかった。

 血濡れの身体はもう殆ど感覚が無く、力を込める事にも激痛が伴う。失血か鋭痛か、もはや何が原因かなど分からないが、意識が徐々に遠のいていく。

 酷い眠気だった。それは暗くて冷たくて、しかし優しく、安心するようで――。

 

 

 

「何だ、もうへばったのか?」

 

 

 

 ――覚醒。

 

 ろくに動かぬ腕を立たせ、ろくに見えない瞳で睨む。

 鋭い眼光で、睨み返されている気がした。

 

「まだ序の口だぜ。お前が背負った罪の断罪は、この程度じゃ済まされない」

 

 ――早く立て。

 神也の言葉は、裏で確かにそう語っていた。

 

「それとも、お前の覚悟はその程度だったのか?」

 

「ふざ、けんな……ッ!」

 

 震える膝を立たせ、血の雫を大量に落としながら、双也はどうにか立ち上がった。

 そうだ、倒れている場合ではないのだ。罪の事もそうだが、何よりもまだ目的を達成していない。神也を、倒していないのだ。

 

「お前、に……覚悟がどうとか……言われる、筋合いは……ねぇぞッ!!」

 

「ああ、そうだな。だからその覚悟を、オレに証明しろって事だ。まぁ、いつまでもその体たらくじゃあ、話にならないがな」

 

「……ッ」

 

 今の双也に、返す言葉はなかった。

 いつもそうだ。神也の言葉はどこまでも正論で、正しくて、そして無遠慮にこちらを追い詰めてくる。彼が天罰神たるところの本質を、言動に現しているかのようだ。

 今回もそう。神也からすれば、双也は覚悟を持って挑んできた挑戦者だ。それがこうも呆気なく圧倒され、そしてここに折れかけている。そんな体たらくで、彼に示せる覚悟など高が知れているのだ。

 

 だが、双也はただ一つ知っていた。

 神也の言葉は正しい。反論の余地もないほど。だがそれは“正しい”というだけであって――双也の覚悟が“ニセモノ”である証明には、ならない。

 

「分かってる、さ……」

 

 分かってる。

 神也の言う事が正しいという事は。

 

「でもな……お前に何を言われても……諦められない事が、俺にはあるんだよ……ッ!」

 

 大罪人だろうが、ちっぽけな人間だろうが。

 望む心の強さは、誰しも同じである。

 

「勝って、紫の側に帰る……ッ! それが出来ないなら、お前と一緒にここで死ぬ(・・・・・・・・・・・)ッ!! ――それが俺の覚悟だッ!!」

 

 胸の内に込み上げる想いが、爆発するようだった。

 紫への想い、幻想郷への想い、今まで出会ってきた、友人たちへの想い。込み上げるそれがどれに属するものなのかは、双也にも分からない。ただ心の中で渦巻いて、絡まるたびにキラキラと光る綺麗な繋がり。

 その光が力に変わるかのように、双也は喉を枯らす勢いで叫んだ。

 

 能力で天御雷を引き寄せ、構える。

 

「行くぞ……もう一度だッ!」

 

「………………」

 

 双也は駆け出した。もう霊力も殆ど残っていない。ただ腕力のある限り――いや、腕力がなくなっても刀を振るい続け、神也を打ち倒す事だけが頭の中を占めていた。

 そんなので勝てるのか? ――否、勝つしかない。勝てないならば死ぬだけ。選択の余地なんて、初めから無い。

 

 まずは佇む神也の懐に潜り込む。そして勢いに乗せて斬り上げろ。体重も使って、一刀両断する気で。

 ――そうして双也は、ちらと、前髪に隠れた神也の瞳を見た。

 

 それは、侮蔑(・・)――……。

 

 

 

(「……分からず屋が」)

 

 

 

 ――次の、瞬間だった。

 神也を捉えていたはずの視界が一瞬で赤黒く染まり、力で漲っていたはずの身体はゆらりと膝をついて倒れた。

 身体が鉛のように重くなり、身体の芯から熱い魂が抜けて行くような感覚があった。

 

「(なにが……起きた?)」

 

 襲い来る寒気、激痛、意識の混濁。横たわったまま少しも動けないことを確認した時には、もう双也の意識は真っ暗な沼の中に消え入る寸前だった。

 かろうじて理解できたのは、先の一瞬で身体中を斬り刻まれたということ。そしてその一瞬で、残っていた気力をも全て、そして呆気なく切り崩されてしまったということだった。

 抗う気すらも呑み込む濁流のような眠気に、終に遂に負けそうになって――、

 

「おい、なに寝ようとしてる」

 

 ガッ、と側頭部に強い衝撃。直接的なその刺激は、沈みそうになっていた双也の意識を僅かに、しかし無理矢理引き上げた。

 ……神也が、頭を踏みつけていた。

 

「う……ぐ……ッ」

 

「おい双也、まさか死ねる(・・・)なんて思ってんじゃねぇだろうな?」

 

 身体中の痛みに混じって、側頭部を踏み躙る鈍痛がある。

 双也の頭を踏みつける神也は、静かな殺気を含ませて言葉を落とした。

 

「なぁ、お前は本当に何も分かってねぇんだな。昔からずっとそうだ。お前は分かってるフリして、命っつーものがどういうものか何もかも理解してねぇんだ。…………いい加減にしろよ、本当に……!」

 

 明確な怒気を含めたその声と共に、双也は勢い良く腹を蹴り上げられた。 

 抵抗は出来ない。抵抗する為の力が残っていないのだ。されるがまま、双也は無防備にも仰向けになった。

 

 その腹に――刀が、突き刺さる。

 

「ぐ……ぁあ゛……ッ!」

 

「痛いか? 痛いだろうよ。だがこれ以上の事を、お前は今までしてきたんだ」

 

 更に、押し込んでいく。

 

「あ゛あ゛あ゛ッ!?」

 

「理解してる訳がない。お前は今まで傷付(・・)いてこなかった(・・・・・・・)んだから。傷付かないように他人に押し付けて、これをやって来たんだからな」

 

 刀身を、捻り回して、

 

「は……ぐ、あ゛あ゛……ッ!!」

 

「ずっと逃げて来たんだ、そろそろそのツケを払ってもいい頃だと思わないか? なぁ双也――なぁッ!?」

 

「……ッ!?」

 

 刀を鍔元まで刺したまま、神也は強く双也を蹴り上げた。衝撃によって刀が折れ、神力のかけらが双也の身体を傷付けながら宙に散る。

 

 ――もはや、何の抵抗をする気力も残ってはいなかった。

 鉛のように重い体。激しく痛む傷。尽き掛けの霊力。何もかもが重くて、辛くて。

 僅かに残って彼を支えていたモノが、神也の拷問のような責めによって悉く切り崩されてしまったのだ。

 もう、自分の力では立ち上がることもできない。

 酷く眠くなってきた。

 このまま瞳を閉じれば、今すぐにでも眠れそうだ。

 その先にある暗闇がどこか安らいでいて、求めてしまうのは、果たして何故だろう。

 

「……ふん、もうダメか。多少期待してたが、結局お前はその程度って事だ。――ああ、“負けるなら一緒に死ぬ”、だっけ?」

 

 何処か遠くに、声が聞こえる。

 

「ならお望み通り殺してやる。そうしたら、並行世界を渡って裁き回るっていうのもいいな。竜姫みたいな能力ではないが……まぁどうにかなるだろ」

 

 足音は、何処か掠れて遠ざかっていく。双也にそれを、追いかけることはできない。

 

 ああ――負けたのか。てことは今、俺は死にかけてるのか。

 霞のかかる思考で、双也はぼんやりと考えた。

 そりゃそうか。考えてみれば、根性論でどうにかなるような相手ではないじゃないか。それをただ気持ちがあれば何とかなるとか、致命的に楽観視なんかして、自身を過剰評価して。

 

 開き直ってみれば、この策が穴だらけであることが容易に分かる。確率論を持ち出すならば、確実に廃案となるような策である事は明白だった。

 それを、強い気持ちがあればどうにかできる――なんて。

 とんだ大馬鹿者じゃないか、と双也はぼんやり己を嗤った。

 勝てもしない戦いに挑んで、紫を想う気持ちだけ一丁前に強くて、挙句こんなボロボロになって死にかけてる。こんな奴が、よくも今まで生きてこれたものだな――……と。

 

「(なんだか、もう――疲れた、なぁ……)」

 

 思考が負の連鎖に囚われていることは、何となく理解できた。だがそこから抜け出す要素がないのもまた事実である。

 どれだけの間戦っていたか、もはや定かではない。いつ終わるかもわからないその戦いで衰えずに気力を振り絞るのは、いくら双也とて簡単ではない。

 そして――遂に全てが尽きた。

 明確な死を前にして、双也にはもう、何もかもがどうでもよく感じられてまうのだった。

 

 自然な事とも言えよう。悠久の時を過ごして来た双也は、その人生の中で何度も死を空想することがあった。ただ、早苗に会わなければならないという使命感染みた意識があった故に、どれだけ傷付こうとも生きることを選んで来ただけ。

 この戦いだって、死のリスクを知っていたからこそ、思い残しのないようやりたいことを全てやってから臨んだのだ。

 ある意味では、死ぬ用意(・・・・)も出来ていたと言える。

 それが、脱力感に拍車をかけていた。

 

「(ああ、痛い――痛い……もう辛いな……)」

 

 傷付いた身体がズキズキと痛む。死ぬ寸前は魂が離れるから、きっと楽なんだろうなと思っていたけれど、そんな事は全くない。

 痛みがなくなったりなんかしなくて、身体が冷え切ってきて、感覚も意識も秒刻みになくなっていく。

 

 ――こんなに辛い感覚を、俺はいろんな奴に無理矢理味合わせて来たのだろうか?

 

 だとしたら――いや、どう考えても。己はどうしようもない大罪人で、死んで当たり前の極悪人。生きる価値なんて、やっぱりないじゃないか。

 

「(それなら……このまま……)」

 

 紫に合わせる顔はない。死ぬ覚悟で挑んで案の定死ぬなら、納得もできる。ただ……この先あの世界がどうなるのかだけが、気がかりだけれど。

 この痛みから、この辛さから、この 悲しみから。

 逃れられるのなら、もうそれでいい――と。

 

「――……のが……れる……?」

 

 ……何から、逃れようと?

 痛み、辛さ、悲しみ――色々と思い浮かぶけれど、何か違う。何処か腑に落ちない。

 ぼんやりとした双也の頭脳は、漠然とそんな違和感を感じ取った。

 確かに双也は逃げてきた。でも何からだ? 一体自分は、何から逃れようとしてる?

 

 

 

『ずっと逃げて来たんだ。そろそろツケを払ってもいい頃だと思わないか?』

 

 

 

 逃げてきた。

 辛い事から? 悲しい事から? ――違う、そうじゃない。きっと、俺が逃げてきたのはそんな事じゃないんだ。もっと大きくて、取り返しがつかなくて……。

 

 

 

『おい双也、まさか死ねるなんて思ってんじゃねぇだろうな』

 

 

 

 ああ、そのつもりだったさ。

 何故かお前は殺そうとしない。こちらはもう虫の息だというのに。

 何故? ――いや、問うまでもない。そんなの……死んではいけないから(・・・・・・・・・・)に、決まっている。

 

 

 

『――誰でもない、オレとお前の為に、さ』

 

 

 

 ――…………。

 

 

 

 ふらり、と。

 最早空気の中に消え入りそうな雰囲気すら漂わせて、双也は極々ゆっくりと身体を持ち上げた。

 否、もう身体は意識から離れかけている。身体が勝手に動いているようなものだった。そこに彼自身の考えなどなく――ただ今は何をおいても、神也に言わなければ(・・・・・・・・・)ならないことがある(・・・・・・・・・)、と。

 

「……なんだ、まだ動けんのか」

 

 地面に突き刺さる天御雷を、途中で抜き取る。幽鬼のように引き摺りながら、双也は一歩一歩足を踏み出す。

 神也までは、あと数歩。

 

「……俺は、今までずっと……逃げてきた。悲しい事から、辛い事から、罪悪感から……」

 

 ずっと人を裁き続けなければならない運命にどれだけ嘆いたか知れない。その辛さは他の誰にも理解し難く、一人で抱えなければならなかった。そしてそれを抱えながら、殺した人々への罪悪感に、悩まされ続けてきた。

 それを全て――神也に押し付けて目を背けてきた。

 

「でも……俺が目を向けなきゃならなかったのは……そんな事じゃ、なかったんだな……」

 

 辛さも悲しさも罪悪感も、それは全て双也の気持ち――被害妄想(・・・・)だ。本当に辛かったのは他でもない……自分が殺した人たち。自分に殺された人たちに決まっている。

 

「お前の言う通りだ。“死ねる”なんて、俺に思う資格はない。沢山の人達を……殺したんだ」

 

 目を向けるべきは自分ではなく。

 償いとして死ぬべきではなく。

 逃げてきたのは、自らの苦悩では、きっとない。

 

 双也が気が付かなければならなかったのは。

 向き合わなくてはならなかったのは――。

 

「なぁ神也……俺は、生きるよ。

 償いの為に死ぬんじゃなくて、俺が奪った命の為に、その分生きる。……それが、罪滅ぼしになるんだって……お前のお陰で、気が付いたんだ」

 

 目の前。

 ゆっくりと、天御雷を振りかざして、

 

「俺は、お前を卒業する」

 

 徐に、振り下ろす――。

 

 

 

「……上出来だぜ、双也」

 

 

 

 瞬間、神也の身体を走った刀傷は、眩い光を放って弾けた。

 丸い光の粒が、目の前にいた双也すら包み込むようにして宙を舞い、ふわふわと飛び上がっていく。

 光に照らされた神也の表情は――安堵したように、笑っていた。

 

「ようやく分かったようだな、双也」

 

「……ああ」

 

 動かずに、短く答える。

 

「そう、お前は奪った命に対して、罪悪感だけじゃなくて感謝もしなければならない。その行為も含めて今のお前があり、今の世界がある。

 全て背負って向き合って、精一杯生きる事――それがお前に出来る、たった一つの罪滅ぼしなんだ」

 

 神也はきっと、それをずっと前から分かっていたのだろう。

 誰よりも双也の味方である神也には、何が双也にとって最善なのかなど生まれた時から最優先思考事項である筈なのだ。

 

 人は生物を殺して生きる。虫や家畜に限らず、資源を利用するという意味では現在進行形で“この星”を殺している最中だ。

 それは生きる上ではどう足掻いても避けられぬ事であり、生きている限り仕方ない事。

 考えるべきは、“だからこそ奪った命をどこまで無駄なく出来るか”。殺してしまったからと、その責任から逃げてはいけない。

 

「お前は生きなきゃならない。そうさ、最後にお前に殺されるのは、今までのお前(オレ)だ。

 ――全ての命を背負って、お前は生きるんだ」

 

 そう語る神也の空気に、殺気や怒り、苛つきに侮蔑、その他多くの負の感情は一欠片だって混じってはいなかった。

 世話を焼いた子の成長を喜ぶかのような優しさだけが、光の玉と一緒に伝わってくる。

 

 そう、きっと、神也はこうなる事を望んでいた。

 双也が生きるという事の意味に気が付いて、自ら望んで神也に頼る事をやめ、そしてこうして――双也によって消え去る事を。

 

 彼はずっと言っていた。自分は双也の味方だと。誰よりもお前のことを考えている、と。

 その言葉の真意、そして行き着いた究極的な行為――それがきっと、こうして消え去る事。

 神也の心が、初めて分かった気がした。

 

「ああそうだ。ちゃんと理解出来た褒美に、一つだけお前の望み(・・・・・)を叶えてやるよ」

 

 最早身体の半分以上が光に包まれた神也。思い出したようにそう呟くと、消えかけの手で双也の額に人差し指を添えた。

 

「オレはお前自身。こうして別れた後でもそれは変わらない。だが、オレの能力はしっかりとお前に適用できるんだ。……お前の力、少し借りるぜ」

 

 指先に白い光が集まると、それはゆっくりと離れて双也の中へと溶けていった。

 それが何なのかは全く分からないが、何となく……決して悪いものではないように思えた。

 神也の笑みがそう思わせるのか、それとも警戒するほどの気力が残っていないだけなのか。

 

「これでよし。後はオレが消えるだけだ」

 

「……なぁ、神也――」

 

「言葉なんていらねぇぞ」

 

 双也の言葉を、神也は無理矢理遮った。それは字面ほど厳しい言葉ではなく、ただ“もう言葉なんて必要ないだろ”という、確認に過ぎない。

 続けて、

 

「今までの事は全部、オレが勝手にした事だ。オレのお節介であり、同時にオレの使命だっただけ。此の期に及んで、お前にかけられる言葉なんざあるわけねぇさ」

 

 光に包まれた神也は、ふわりと空気のように浮かび上がった。その足先は既に光の玉となって散り行き、膝辺りに差し掛かろうとしている。

 しかしやはり、神也は始終穏やかな表情をしていた。

 消える事に恐怖などないとばかりに。それが本望だとばかりに。

 散り行き消え果て、終にその使命を終えよう――と。

 

「さよならだ、双也。もうお前にオレは必要ない。神は必要ない。ただの人間として――幸せに暮らせ」

 

「……神也」

 

「あ?」

 

 光となって消え、もう殆ど身体を失った神也。

 妖雲異変を含め散々と対立してきたが、最後は意外とあっけないものだ。

 だが――今はそんな(昔の)事なんかどうだっていい。

 消えゆく神也に、双也は精一杯の気持ちを込め、最後の言葉を、言い放つ。

 

 

 

「――世話になった。……ありがとう」

 

 

 

 そうして――遂に光となって、神也は消えた。

 

 最後の言葉が届いたかは定かでない。しかし、言わなければならなかった事を言えた事に、双也はどことなく安心した。

 白い光の玉が降り注ぐ。それはあの荒ぶる神から生まれたとは思えぬ程に暖かくて、そして儚かった。

 双也は空を見上げて、その最後の一つが消え果てるまでを見送っていた。

 

 溢れた言葉は、無意識の如く。

 

「じゃあな……相棒」

 

 この言葉がきっと届くと、そう願いながら――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぁ双也、お前はオレを自分自身だって言うけど、オレは本当は違うと思ってたんだ。

 

 オレは確かにお前の半身だ。記憶の共有も出来れば、能力の貸し借りもできる。

 でも大事なのは――心があるかどうかだって、思うんだよ。

 

 お前は心が弱かった。だから心の強いオレを生み出した。

 思うことも違ければ、考える事も理念も違う。それを本当に自分自身だって、お前は言えるか?

 

 オレはお前の“苦痛”から生まれた。それは誰よりもお前の痛みを知ってるってことだ。

 心を護るために生まれたオレが、お前を護ろうとするのは当然のこと。

 お前を苦しませるあらゆる要素から、全てを排除してでも護るのが、オレの使命だった。

 ――そして最後に消えるべきなのが、オレ自身なんだって、ずっとずっと昔から、気が付いてた。

 

 悲しみなんてない。本望さ。

 オレは、お前を救いたかったんだ。ずっとずっと、死別に傷付いてきたお前を。

 確かにお前は逃げてきたよ。でも逃げてしまったのは、もう何度も傷付いてきたからなんだろ? それが怖くて怖くて、仕方なかったからなんだろ?

 

 オレ(天罰神)が存在したら、お前はいつまでも他人を殺さなければならなくなる。そしてその度に、お前は益々壊れていくんだろう。

 オレにはそれが耐えられないんだよ。

 お前の痛みを知っているからこそ、これ以上傷ついて欲しくないと思う。当然の事さ。

 

 だからさ――“ありがとう”なんて、言う必要はないんだ。

 オレが勝手にしたことなんだ。オレが望んだだけなんだ。

 

 そんな事を言う暇があるなら、さっさと紫のところへ帰れ。

 きっと心配してる。心配してないはずがない。

 

 オレはもう消えるけどさ、お前には紫や霊夢や、みんながいるんだ。

 オレがお前を任せるって認めた奴らだ、安心しろよ。

 安心して――今度こそ幸せになれよ。

 

 俺がいなくても、もうお前は大丈夫。人間として、きっと素晴らしい人生を過ごせる。悲しみも辛さも罪悪感も、全て背負って、立派に立てる。

 

 心から祈ってる。信じている。

 

 だから、もうさよならだ。

 

 

 

 それじゃあな――……相棒。

 

 

 




結局神也は良い人であった まる

もうお終いも間近です。あーどうやって締め括ろう……? 作品を終わらせるの初めてなのでわっかんないんですよねぇっ!

……まぁ、頑張ってみます。次回も間に合うかは分からないので、そのつもりでお願いします。

ではでは。

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