東方双神録   作:ぎんがぁ!

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ちょっと遅れてしまいました、申し訳ないです。

すこーしだけ短めですが、切りがいいので。

ではどうぞ。


第二百十三話 穿たれようとも――

 ――歯車は、再び回り始めていた。

 

 ハブが壊れて、繋がっていたそれぞれが外れそうになって、ガタガタに崩れ去ろうとしていたその世界は、ある神によってある程度の修理が施されていた。

 ただ形だけは保てるように。中心がなくなっても、それぞれが繋がりあって、崩壊だけはせずに済んだのだ。

 揺れる枝。舞い散る葉。咲き誇る花。優しい風。――そして、人間と妖怪。

 形の保たれた世界は、これまでと同じように時を送っている。

 変化はあったが、世界が停滞してしまうほどの大きな変化ではない――否、その程度の変化に収められていた。

 

 穿たれた孔を、記憶を取り戻す事で一時的に埋める。

 神――竜姫が施したのは、そんな応急処置だった。

 孔が大き過ぎて、記憶に明確な異常をきたした者にのみ施したその処置は、確かに人格的には元に戻せたが、しかし――それはむしろ、彼らにとって親しい“人物”が、この世界から消えた事実を何よりもはっきりと示した。

 

 ある者は立ち尽くし、ある者は泣き喚き、ある者は彼を探し出そうと行動を起こそうとした。

 しかしそれを止めたのは、他でもない天宮 竜姫と――八雲 紫だった。

 

 時空に干渉することは、例え出来たとしても影響力が未知数である。

 “世界”と“存在”に干渉するその行為は、下手をすれば大惨事を招きかねない。そんなリスクは避けなければならなかった。

 でも――そうして動こうとした者たちが行動を止めた最大の理由は、そうした理屈的な竜姫の言葉ではなく、もっと抽象的で曖昧な、紫の想いからだった。

 

 存在が消え去るかもしれない。それは確かに許容できる事でなく、何をおいても止めなければならない事だ。世界の管理者である紫ならば、そうした危険から住民を守るのは義務である。

 でも、紫が彼らを止めたのはそんな理由ではなく――、

 

『彼が帰ってきた時……あなた達に何かあれば、彼はきっと悲しむわ。だから……やめて頂戴』

 

 その想いに、信頼に、行動を起こそうとした者達はみな呆然とし、涙し、最後に探す事を、諦めたという。

 ただ待つしかないのだ、と。

 その時のために、帰る場所を創っておこう、と。

 

 歯車は、既に回っている。

 後は、中心のハブを嵌め込むだけ。

 きっとあるべき場所を探して、それは何処かを彷徨っている。

 世界――幻想郷の住人達が出来るのは、待つことだけ。

 

 神薙 双也が消えてから――およそ二年が経とうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 博麗神社は桜の名所である。

 勿論、冥界に建つ白玉楼ほどではないが、それでも顕界で最も桜が美しく映えるのは、間違いなく博麗神社と言えるだろう。

 まぁ、そもそも博麗神社以外の場所には、桜など殆ど植えられてすらいないのだが、それは余談である。

 

 両脇に植えられた桜並木は、近年稀に見るほどに咲き誇っていた。

 風が優しくそよぎ、儚く散った花弁がひらりひらりと宙を舞う。程良い陽気と光に照らされたそれは、いっそ薄い桜色に輝いているようですらあった。

 

 ゆらりゆらゆら、そっと舞い落ち――酒の水面に、ひとひら浮かぶ。

 

「あら。……今日は何処まで花見酒日和なのかしら」

 

 水面に落ちた桜の花に視線を落として、霊夢はぽつりとそう零した。

 あまりに良い日だからと、少々だらしないと思いながらも日がまだ昇り切っていないこの時間に酒を出したが、あながち誤った選択でもなかったようだ。

 程良い気温に、満開の桜。神社は静かで、風は暖かく眠気を誘う。こんなに春を感じる日和は、近年では本当に稀である。例え少しだらしなくても、こんな日を逃すことの方がよっぽど損だと霊夢は思う。

 酒は楽しめる時に楽しまなければ。

 

「……そういえば」

 

 ふと後ろを振り返り、霊夢は静かで少し薄暗い居間を眺めた。

 もう何年も住んでいる我が家。真ん中にちゃぶ台があって、その奥に台所がある。机の上には飲みかけのお茶と煎餅が出ていて――。

 

「……最後にゆっくりと話したの、こんな日だったかな……」

 

 最後にあの人(・・・)とゆっくりと話したのも、こんな陽気の良い日だったと思う。確かこの縁側で寝転がって、ずっと寛いでいて――というより、陽気に誘われて眠りかけていたっけ。

 その後、夜に異変解決の宴会があって、結局一言二言交わしただけになってしまって――その日、彼は……双也は姿を消した。

 

「双也にぃ……もう、二年だよ……」

 

 そう零して――は、と。

 決して弱気になるな、信じて待てと自分に言い聞かせたのは、もうずっと前だ。何を今更気弱な声なんて出しているんだ。

 

 龍神様に目覚めさせられて、現状を聞かされて、そして紫の言葉を、聞かせて貰った。

 ふざけるな、と思った。

 例え神也を打ち倒して帰ってこれても、誰も覚えていなかったら意味がないじゃないか。そうなるリスクが見え透いているのに、何故そんな無茶をしたのか、と。

 だが、双也がどれだけ苦悩していたのかを霊夢は知っている。だからこそ、この行動に彼がどれだけの覚悟を持っていたのかも自ずと分かった。

 そう思った時――霊夢はふと気が付いたのだ。

 きっと双也は、自分たちを信じている(・・・・・)のだ、と。

 

 この次元から消えた双也は、確かに霊夢達の記憶からも消え失せた。それは世界の“修正力”とも言える強力無比な力が生んだ作用であり、きっと自力で思い出す事は誰にも出来なかったはずだ。

 でも――思い出した。

 双也はきっと、皆が再び思い出してくれると、信じていたのだ。

 盲信だ、と思うだろう? 当然だ、霊夢もそう思っていた。

 でもきっと……双也は確信していたはずだ。

 

 “繋がり”を操る双也はきっと、他のどんな存在よりも人と人との繋がりの強さを知っている。絆の強さを知っている。それは、例え忘れていても決して切れない血縁のようなもの。

 きっと繋がる者達を束ね導き、巡り合わせてくれる――と。

 

 ならば、こちらも信じなければ。

 最愛の兄が信じられないならば、妹だなどとは口が裂けても言えはしない。

 信じて待つと。

 そう、あの日に誓ったのだ。

 

「〜〜っ、ぷあっ! ……よし!」

 

 器に残った酒をぐいっと煽る。

 少々強めの酒であるそれは、きりりと刺激しながら霊夢の喉を駆け抜けた。爽快感の伴うその感覚に、霊夢は一つ掛け声。

 すく、と立ち上がる。

 

 ――と、その時だった。

 

「朝から酒とは、あまり関心しないわね、霊夢」

 

 その声は、何処からともなく霊夢の耳にするりと入ってきた。もはや聞き慣れた声。高く滑らかで、そして何よりも艶かしいその声音に、霊夢は“ああ、あいつか”と思いつつ目を伏せた。

 溜め息一つ――。

 

「何よ紫、文句あんの?」

 

「文句なんて。あなたもあと数年で成人だもの、母でもない私がそんな無粋な事言うわけないでしょう?」

 

 すう、と音も無く開かれた空間から出てきた紫には目もくれず――否、“それは皮肉か”と零さないよう意識して無視しながら、霊夢は慣れた手つきでお茶を注ぐ。冷めてしまっているが、まぁ冷茶というのも悪くはないだろう。

 自分が座る場所の反対側へ湯呑みを置くと、いつもの事ながら無遠慮に侵入した紫は、何処か優雅にその場に座った。

 自分はさっき酒を飲んだから別にいらない。

 

「で、何の用?」

 

「いえ、特に用は。ただ……あなたが寂しがっている(・・・・・・・)のでは、と思ってね」

 

「!」

 

 その言葉に、霊夢はぴくりと眉端を震わせた。

 まさか、また聞かれていたか。それが分かってて出てきたのか。盗み聞きとは、相変わらず趣味が悪い。

 一瞬のうちに様々な言葉が出てきたけれど、その何れもが口から漏れることはなく。

 霊夢には低く小さく唸ることしかできない。だって……その推測は正直、正しいのだから。

 

「……だったら何?」

 

「何も。あなたにも可愛いところがあるんだ、って思っただけよ」

 

 のらりくらりと問答する紫。その様子は昔から変わらないが……何処か、彼女自身に空虚さを感じるのは、果たして気の所為か。

 だとしても、おかしくはないことだ。常に傍を離れまいとしていた者がいなくなって、空虚感を感じない方がどうかしている。

 ――その言葉は、完全に無意識だった。

 

「紫は――寂しく、ないの?」

 

「………………」

 

 その言葉など、まるで聞こえていないかのように。

 目を瞑って冷めたお茶を啜る紫の姿に、霊夢はすぐに後悔した。

 完全に失言である。そんな分かりきった事をわざわざ答えさせようとするなんて、なんと馬鹿なことをしたものか、と。

 ――そう、分かり切っている。双也を失くしたこの世界はきっと、何処かで寂しさを感じているのだ。その寂しさをすら見えないように日々が巡って、季節が回って、もう二年。

 双也を中心にして、どれだけの人たちが繋がっていたのか、今更になって思い知る。

 

「……別にね、双也が帰ってこない事自体は……そんなに悲しくはないの。そりゃあ、側にはいて欲しいけれどね」

 

 その声は、徐に紡がれた。

 

「帰ってこないなら待っていれば良いの。今更な話なのよ。だってあの人、一度私を千年も待たせているんだもの。ほんの二年程度、文字通り五百倍マシだわ」

 

 でも――。

 そう続いた声からは、普段の飄々とした口調の裏にはっきりと、悲しみを感じた。

 

「彼が――双也が、生きているのかどうかさえ分からないのが、一番……辛いわ」

 

「……そうね…………そう、よね」

 

 それ以上の言葉は、続かない。

 恋人の生死すら分からず待ち続ける紫に、かけるべき言葉を霊夢は持っていなかった。

 ただ、底知れない不安と溢れ出る遣る瀬無さだけが、硬く霊夢の口をつぐませる。

 

 ――と、その時。

 

「ほら霊夢、そんな暗い顔しないの」

 

 むぎゅ、と。

 突然頰が一人でに動いた――否、抓られた。

 横目で見やってみれば、顔の両側には手の生えた小さなスキマが。

 

「ふふ、霊夢ってば、ほっぺがお餅みたいに柔らかいのね」

 

「…………何してんの?」

 

 むぎゅ、むぎゅう、と。

 文字通りお餅のように頰を捏ねる(抓る)紫に、霊夢は無意識に不機嫌な声を漏らす。

 紫はそれすら楽しそうに、くすくすと笑っていた。

 

「ほら、笑いなさい霊夢。あなた、なんだかんだ言っても可愛らしいんだから」

 

「…………あんたに言われても嬉しくない」

 

「あら、じゃあ双也に言われたら嬉しいかしら?」

 

「…………まぁ――って何言わせんのよ!」

 

 反射的に放った霊夢の怒号に、紫は変わらず微笑みを絶やさない。

 その様子にまた怒鳴ろうとして――ふと霊夢は、“もしや紫も、寂しいからここに来たのでは?”と。

 そう考えると、普段なら苛つく要因でしかない彼女の忍笑いも何処か可愛らしいものに思えてしまって、霊夢は開きかけた口をゆっくりと閉じた。

 

「全く……からかうのも大概にして欲しいわ」

 

「あら? 怒らないのね、珍しい」

 

「怒られたいの? なら早めにそう言いなさい、ちゃんとブン殴ってあげるから」

 

「やだ怖い」

 

 まぁ、それならそれでもいいか――と霊夢は思った。

 紫は確かにムカつく奴だが、決して悪い妖怪ではない事を彼女は既に知っている。寂しいというなら勝手に来て勝手に話して、そして満足した――もとい寂しさが和らいだ頃に勝手に帰ればそれで宜しい。

 友人や知り合いなんてその程度の、お互い気が楽な関係であれば良いのだと霊夢は思っている。

 

「(まぁ……“お互い様”とでも思って……)」

 

 霊夢も寂しい。

 紫も寂しい。

 ならば片手間でもいいから顔を合わせて、適当に話をすればきっとそれでいいのだ。

 残念なことに(丁度良い事に)博麗神社はいつだって静かで、他愛もない話をするのに最適な場所だから。

 

 喜んで良いのかな、なんてふと思い、霊夢は軽く息を吐いて空っぽの湯呑みを手に取った。

 お茶はやっぱり冷たいが、まぁ一服するのには申し分ない。トポトポと何処かホッとする水音を耳に心地よく感じながら、湯呑みに冷茶を注いで――。

 

「…………!」

 

「? どうしたの紫――っ」

 

 僅かに目を見開いた紫に続いて、霊夢は“それ”を敏感に感じ取った。

 あまりにも小さな変化。普段ならそれほど気にもしない変化。だがそれは現場に於いて――特に紫と霊夢に対して(・・・・・・・・)は、非常に大きな可能性を示す変化だった。

 

「紫……」

 

「………………行くわよ、霊夢」

 

「……ええ」

 

 多くの言葉は必要ない。ただ、思っていることが同じだと言うことをお互いが分かっていたが故に。

 撫でるようにスキマを開いてその中へと入って行く紫に続き、霊夢は一つ唾を飲み込んでから後を追った。

 

 その行為が、何処か“覚悟のようだな”なんてふと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 繋いだスキマの先は草原だった。

 本当に何もない場所であり、普段なら誰か来たりもしない。来るに足る理由が、この草原には無いのだ。

 だが、紫はしっかりと意志を持ってこの地に足を踏み入れた。

 だって、先程ここで、“結界の揺らぎ”を確かに感じたから。

 

「………………」

 

 とても静かな場所だった。

 何も無いが故に何者も干渉しないこの地は、まるでここだけ時が止まってしまったかのように静かで、そして全てが澄んでいた。

 唯一の音は、草花や木々の葉が奏でる爽やかな葉掠れ音のみ。吹き抜けて行く暖かな風が、何処までも心地良い。

 

「どう、紫?」

 

 背後からは、紫に続いてスキマを出た霊夢の声が聞こえた。

 ちらと見やれば、やはり彼女も期待混じりの心配そうな表情をしていて。

 紫は、再び前へと視線を戻して、見据える。

 

「この辺りのはず……」

 

 感じた揺らぎは微弱なものだった。それこそ、普段なら無視してしまうほどの小さな。

 つまりそれは、直接的に博麗大結界に干渉したわけではないという事。

 なにもないボウルの中で、温度低下によって水が発生するようなもの。

 干渉した感触ではなかったけれど、確実に結界内に何かが入り込んだ――そんな確信。

 

「………………」

 

「……どう?」

 

 再びそう問う霊夢の声音に、何処か心配の色を強く感じる。

 微弱過ぎたその感覚は、同等の薄さで空間に痕跡を残している。霊夢にはその薄過ぎる痕跡――霊力が、感じ取れないようだった。

 だが――目を瞑れば、確かに感じる。

 

「…………そうね――」

 

 例え薄くても、どんなに儚くても、紫には分かる。

 それは、どんな時もすぐ側にあった優しい霊力。けれど“別のもの”によって少しだけ冷たくなった霊力。

 いつだって忘れた事はない、いつだって求めていた、愛しいあの人の霊力――。

 

「来るのが、遅いわよ」

 

 

 

 ――双也が、この世界に帰ってきた。

 

 

 




ラストだからこそゆっくりと描きたい……この心情、分かってくれる人いますかねぇ……。

まぁあと一、二話ですので、ゆっくりもなにも無いかとは思いますが。

ではでは。
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