東方双神録   作:ぎんがぁ!

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短いですが、最終話です。

では、どうぞ。


最終話 果てに見る夢

 ――その報は、瞬く間に幻想郷全土へと広がった。

 

 すぐさま彼を探し始めた紫と霊夢を筆頭に、各地で次々と彼を知る人物たちに依る捜索が行われ始めたのだ。その拡散速度といえば、耳の早い幻想郷住民は流石という所だろう。

 人伝に聞いた者いれば、噂を聞きつけた者もいた。風のように広く早く広まったそれは、耳にした者の悉くを動かしたのだ。

 ――その報が、幻想郷を動かしていた。

 

 

 

 人里では、先代の巫女や半妖の教師などが行動を起こした――。

 

 

 

『双也が帰って来たというのは本当かっ!?』

 

『ええ。ですが霊力が微弱で、追跡が難しいとの事です』

 

『……分かった。なら私は向こうを見てこよう。先代はこちらの方を』

 

『分かりました。では……行きましょう』

 

 

 

 紅魔館では、吸血鬼姉妹を中心にして従者一同が動き始めた――。

 

 

 

『お姉さま! 早くお兄さまを探しに行こうよ!』

 

『ええ、分かっているわ。彼は私達の恩人だもの、きちんと迎えてあげなきゃ、誇り高い吸血鬼の名に恥じるわ。――咲夜!』

 

『ここに』

 

『指揮は任せるわ。何としても双也を見つけ出してやるんだから』

 

『仰せのままに、お嬢様』

 

 

 

 永遠亭では、輝夜とその従者達が捜索を始めた――。

 

 

 

『てゐ、うさぎ達を総動員して広範囲を探して! 鈴仙もてゐをサポートしてあげて!』

 

『り、了解ですっ!』

 

『はーい!』

 

『永琳!』

 

『輝夜……私たちも行くわよ』

 

『……ええ!』

 

 

 

 妖怪の山では、二柱と天狗一派、そして早苗が、捜索のために空を駆った――。

 

 

 

『神奈子様、諏訪子様! 双也さんが……』

 

『分かってるよ早苗。私達も行こう!』

 

『では、頼むよ天魔』

 

『ああ、こちらも双也には世話になった。空は私達天狗に任せるのだ! 行くぞ!』

 

『『『おおッ!!』』』

 

 

 

 その他にも、仙人達や妖怪寺の弟子達、幽霊楼閣の二人、面霊気――……嘗て双也と関わり、そして強かれ弱かれ絆を結んだ者達が、それぞれの方法で彼の捜索を開始した。

 きっと――いやどう考えても、この狭い世界でただ一人を探し出すのに、これほどの大人数は必要ない。誰かが見つけ出すのを待っていれば、自ずと会う機会はやってくる。

 だが――そうではないのだ。

 動き始めた者達は、皆双也に会うことだけが目的ではないのだ。

 会うだけならば待っていればいい。違う。皆が皆、己の手で彼を探し出そうとするのは一重に――双也を、その手で迎えたいからだ。

 彼を中心に、幻想郷が動いている。きっとそれが、双也の紡いできた絆の証。

 

 そして、その想いが最も強く最も深いのは、恐らく――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここへと足が向いたのは、本当に何となくだった。

 

 双也を探し始めて、もう数刻だ。色々なところで色々な人物が動き出して時間が経つが、未だ双也を見つけ出したという話は聞いていない。

 きっと双也は、霊力的に酷く弱っているのだ。それがなぜかと言われれば、はっきりとした事は言えないけれど、きっと並行世界を渡る事は彼の膨大な霊力を用いても容易なことではないということなのだろう。

 彼はきっと弱っている。だからこそ痕跡を辿るのは難しい。

 

 目で捉えるだけの情報量では、たった一人を探し出すにも限界がある。

 かく言う紫も、草原で感じたきりぱったりと霊力を感じられなくなり、先程までスキマで飛び飛びに探していたのだ。

 そんな時、ふと、この場所へと来なければならない――と。

 霊夢すらおいて、ふらりと訪れた。

 

「…………博麗神社」

 

 幻想郷を広く見渡せる丘の上に立つ最古の神社。双也が昔から可愛がってきた霊夢の家。そして紫の――夢の証。

 紫は、そんな博麗神社へと続く階段に、ゆっくりと足を踏み出した。

 

 長い階段。

 一歩一歩力を込めて踏み出さねば、先へは進めない坂道。

 それは何処か、今までの長い道のりを彷彿とさせた。

 

 生まれた時のことなど覚えていない。妖怪は人間の畏怖や恐怖から生まれるが、果たして自分が、人間のどのような恐怖から生まれたのかはついぞ分からなかった。今では、それを知ることすらどうでもいい――とさえ思っている。

 強大な妖怪から逃げながら人間を捉え食べ、徐々に力が付いてきて、ある日川辺で双也と出会った。

 あの頃は師匠でこそあれ恋人になるなんて、夢にも思っていなかった。彼の旅を眺めて楽しみ、共に歩いて研鑽し、そしていつしか、いなくてはならない存在になった。

 そうなるまでに千年以上も経っているなんて、本当に時が過ぎるのは早いものである。

 

 夢にまで見たこの世界。その夢の中で、双也に看取られながら命を尽くす。それは紫の夢だった。それを叶える為なら、どんな苦難だって乗り越えられると断言できる。

 ただ――紫は、それよりも大切なことを知っている。否、この二年間で気が付いたのだ。

 己の夢も大切だけれど、それよりももっともっと大切なのは――愛する人と最後の最後まで生を共にする事。

 

 双也より後に死にたくなんかはない。彼を失って自分がどうなるのか、想像するのも恐ろしいほどなのだ。

 でも――そんな事(・・・・)より。

 彼が側にいない寂しさの方が、きっと何倍も辛い。

 双也が無事に人間となって帰ってきたならば、確実に彼は紫よりも先に死ぬだろう。それはやっぱり怖い。

 でもだからこそ、彼が死ぬまでの時間を全て、二人のために使おう――と。

 美しい思い出でいっぱいに染め上げて、“その時”にお互いが笑って別れられるように。

 どれだけ寂しくても、ふと思い出せば思わず微笑んでしまうような思い出を。

 

 それが――紫の望み(・・)だ。

 

「………………っ」

 

 ふと上げた視線に鳥居が映ったのは、そう思い返したのと同時だった。

 鳥居。神社の門。夢の証の、その象徴。

 ここに来なければならないと思ったのは、きっと偶然ではないのだと不思議と思えた。

 だって、こんなにも震えが止まらない。何故か、この先で待ち受ける何かに、紫の全てが震えているのだ。

 訴えかけている。踏み出せ――と。

 この先が、一つの終着点なのだ――と。

 

 ここまで己の意思で訪れた紫に、今更それに従わぬ選択はない。

 ただ、何処かふわふわとした心地で、ゆっくりと踏み出していく。

 

 鳥居を超えた先は、光り輝く桜吹雪。

 そして――。

 

 

 

「そう、や……?」

 

 

 

 桜の中で一人佇む、少年の姿。

 静かなその雰囲気を纏って境内を見上げるその後ろ姿に紫は、大きく息を呑んで、ただじっと、その姿を見つめた。

 色々な想いが溢れてきて、しかしそれは言葉にならずに、散っては染み行き、心を震わせる。

 かける言葉すら出ては来ないその間に、少年は、ゆっくりと振り返った。

 それは、変わらぬ愛しい人の、優しい微笑み。

 

「ああ、紫――」

 

 

 

 ――ただいま。今、帰ったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……ここね」

 

 降り立った階段を見て、霊夢は一つ息を吐き出した。

 紫の妖力はここ――博麗神社から感じる。まさかお茶を飲んでサボっている訳ではないとは思ったが、どの道彼女の力を借りた方が効率はいい。

 上がる息を整えながら、霊夢は階段を上がり始めた。

 

「全く、突然いなくなって……困るのはこっちだってのよ」

 

 逸る気持ちがあった。

 早く双也を見つけて、色々と言ってやりたいことがあった。それはたった今でも同じ。

 だから、紫がいなくなった時は正直に言って……焦った。故に、先に紫を探し始めたのだ。

 

「(……いえ、違うわね)」

 

 紫を追いかけたのは、よく考えれば、多分そんな理由ではない――と、霊夢は思い返した。

 知っているのだ。紫がどれだけ双也を想っているのか。どんな気持ちで彼を待ち、そして探していたのか。

 その紫が突然いなくなって、この博麗神社に訪れた。

 きっと意味があるのだ――と思うのは、自然な事だろう?

 

 一つ、霊夢は唾を呑みこんだ。

 なぜそんな事をしたのかは、霊夢自身定かではない。だが何処か、落ち着いたように感じたのは確かである。

 

 階段を登り続けて、鳥居が見えて、少し駆け足になって、視界が広がって。

 変わらぬ桜吹雪の中で霊夢が見たのは――。

 

「! ………………全く、相変わらずね、あんた達(・・・・)は」

 

 ぽつりと溢れた言葉は、誰かに向けた言葉ではない。広がる景色に思わず漏れて、そして思わず微笑んでしまっただけ。

 霊夢はすぐ側の鳥居に背を預けて、片目を瞑ってその“幸せな光景”を見遣った。

 その、重なる二人の姿(・・・・・・・)に、目の端が少し熱くなる気がして。

 

「……ふふ、やっぱり来て正解だったわね。…………私たちの下に、この世界に――」

 

 

 

 ――おかえりなさい、双也にぃ。

 

 

 

 双也と紫。

 満開に咲き誇る祝福の桜の中で、二人の重なった姿は、夢幻の美しさに映えていた――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 Fin.




ここまで読んで下さった読者様方、ご愛読有難うございました。 一先ず、拙作“東方双神録”はこれにてお終いとなります。

――が、後日談を含めもう少し書きたいことがあるので、あと少しだけ付き合っていただけると幸いです。物語としては、後日談の一話を含めて本当におしまいとなります。

まぁあとがき(後日談投稿後)にて色々と語ろうと思うのでここでは控えますが、もう一度、読者様方には重ね重ね感謝申し上げます。本当にありがとうございました!

ではでは、後日談で。

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