東方双神録   作:ぎんがぁ!

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お待たせしました、後日談ってやつです。
あ、活動報告のあとがきも見てくれたら嬉しいですはい。

ではどうぞ。


Plus story
After S 紡いでいく幸せ


「……ふああぁぁあ……あふ」

 

 ――透けるような晴天だった。

 あまりにも澄んだ青色が広がるものだから、少しだけ眩しい気がして、手で影を作る事もせずに目だけを細める。そうして大きく息を吸い込むと、その拍子に大きなあくびが出た。

 霊夢はそれに抗いもせずに、博麗神社の縁側で、平和だなぁ、と一人思い耽る。

 

「………………」

 

 “暇なのは幸せの証”と言うが、“暇は人間をすら殺す”とも言う。絶賛暇を謳歌中の霊夢は、どちらも本当にその通りだなぁとぼんやり思った。

 

 確かに、今日は予定が入っている。なら準備すればよろしい、と言われるところだが、生憎準備など欠片も必要のない用事だ。しかも最近は特に忙しくもない――異変もそれ程起こっていない――為に、神社の掃除などの雑務を除けば霊夢は何もすることがない状態だった。

 

「暇なんかにゃ殺されないと思ってたけど……こりゃまた意外と強敵ね……」

 

 寝転がって、そうぽつりと呟いた――その時だった。

 

「おいおい、そんなのにお前が殺されるなら、お前に勝てない私は何に殺されるってんだ?」

 

 聞き慣れた声だった。片目を開けてみると、そこに映ったのは案の定、寝転ぶ自分を覗き込む――、

 

「……いらっしゃい魔理沙。今なら弾幕ごっこで殺してあげるわよ? 暇だし」

 

「お前の暇で殺されたくもねぇよっ! ……まぁ、そうじゃなくても今日は遠慮するぜ。備え(・・)とかないといけないからな」

 

 そう言いながら、魔理沙は霊夢の寝転がる縁側の隣に腰を下ろした。青色の空に揺れる彼女の金色の髪は、やっぱり眩しい。

 霊夢は溜め息ながらに“そう”と呟くと、寝転がったまま大人しく目を閉じた。

 ――と、思い出したように。

 

「……備えるって、まだ始まるまで時間あるでしょう? 一戦するくらいなら変わらないと思うけれど」

 

「甘いな霊夢。“どんな時にも油断しない”のは勇者(・・)の基本だぜ?」

 

盗人(・・)の間違いでしょ。最近はあんまりしてないみたいだけど」

 

「おっと……そりゃ確かに」

 

 いつもの軽口の応酬に、霊夢は少しだけ微笑んでから小さな溜め息を零した。

 これは疲労によるものではない。偏に、いつもの軽口がいつもの調子で繰り返されることに、またじんわりと平和を感じたからだった。

 

 そう――幻想郷はのんびりとした時を送っている。

 人間も妖怪も神様も、皆が皆好きに動いて好きに話して、そして好きに生きている。

 もちろん異変だってあった。でもそれはやっぱり霊夢が解決したし、魔理沙や早苗や妖夢や――人間達(・・・)の奮闘の末、何事もなく収まっている。まぁ、そのお話はまたいつか語るとしよう。

 

 今はただ――この平和な時を、謳歌して。

 

「ま、時間があるっつってもあと二、三時間だろ。早めに行こうぜ」

 

「……それもそうね。ダラダラと時間を潰すよりは、その方が良いかも」

 

 魔理沙に促され、霊夢はよっこらせと立ち上がった。

 持ち物は特にない。強いて言うなら“期待する気持ち”でも持っていけば、まぁ失敗はしないだろう。

 

 霊夢と魔理沙は連れ立って空へと飛び上がった。

 空は青い。もうそろそろ南中を迎えそうな太陽は、空気を程よく暖めている。

 

 ――今日は、絶好の宴会日和だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは行ってきますね! 諏訪子様、神奈子様!」

 

 ――守矢神社。

 博麗神社と変わらず暖かい陽気に包まれる中で、早苗の声は何処か響くようだった。

 居住区の玄関の前で、諏訪子と神奈子は、出かけようとする早苗を見送るところである。

 

「まぁ良いんだが、少し早くないかい早苗? もう少しゆっくりしていても――」

 

「そんなことありませんよ神奈子様! 何事も早め早めに行動するのが、充実した生活を送る秘訣なのです!」

 

「急ぎ過ぎちゃダメだよ早苗? のんびりすることも大切なんだから」

 

「はい! 了解です諏訪子様!」

 

 元気に微笑む早苗の姿は、やはり活力に満ちていた。異変もなく、元気が有り余っているだけなのかもしれないが、彼女を娘同然に思う二人からすればそれはただただ嬉しいだけだ。

 そうして飛んでいく早苗を見送り、二人は息を合わせるでもなく居間に戻っていく。

 参拝客もやはり多くはなく、二人も暇といえば暇なのだった。

 

「あ〜あ、私も行きたいなぁ」

 

「我慢しろ諏訪子。本来なら神は神社から動き回ってはいけないんだと知っているだろう?」

 

「でもさでもさ〜、珍しいんだよこんな事(・・・・)は! 神奈子だって知ってるでしょ? っていうか神奈子も本当は行きたいんでしょ?」

 

 見た目相応の駄々を捏ね始める諏訪子の言葉に、神奈子はしかし同感だった。

 やれやれ、と溜め息を吐きつつ頷いて、

 

「知っているさ。お前も私も、大昔の事とはいえあいつとは長い付き合いだからな。人となりなんかはとっくのとうに把握しているさ」

 

「で、行きたいんでしょ?」

 

「…………まぁな」

 

 諏訪子の追求に小さく頷く神奈子。

 本心としては確かに諏訪子の言う通り――というより、全く同じ気持ちだった。

 神奈子も、正直なところは早苗と共に出かけたかったのだ。理由なんかは特にない。友人と共に過ごすのに理由なんかいらないのだから。

 しかし、それでも優先しなければならないのは己の使命。

 こんな時だけ、なんで自分は神なのだろう――なんて卑屈にも聞こえる思いが込み上げてくる。いや、字面ほど重い意味などないのだが。

 

「――でも本当に珍しいよね、双也が自分から宴会を開こうって持ちかけてくるなんて。しかも何のお祝いでもないのに」

 

「あいつはそれほど活発じゃあないからね。言われればやるが、言われなければいつまででもぐぅたら出来る奴。――ふむ、何かあったと見えるな」

 

「例えば?」

 

「例えば……そうだな……」

 

 ふと思考を巡らせて、すぐさま思い至った可能性の一つに、神奈子は思わずニヤけてしまった。

 なるほど、それなら集めるのも納得がいく。それほど多くの人数を呼ばなかったのも、双也の性格を考えれば当然とも言えた。

 そうして突然ニヤけ始めた神奈子に、諏訪子は当然訝しげな視線を向ける。

 

「なぁに神奈子、なんか分かったの? っていうかその笑い方ちょっと気持ち悪いよ?」

 

「……一言多いぞ諏訪子。なに、考えてみればすぐに思いつくよ。可能性だがね」

 

「え〜? 全然思いつかないんだけど……ヒントとかないの?」

 

 神奈子は、そう問いかける諏訪子を見てまた少し笑ってしまった。

 鈍い奴だ。普段ならしないことをしてまで人を呼ぶ奴の目的なんて、粗方予想が付くだろうに。

 神奈子はわざとらしく“そうだなぁ”と前置きして、

 

「――やっとか(・・・・)、って感じだな」

 

「何それ? ヒントになってないよ!」

 

「そうかい? 大ヒントだと思うが?」

 

 隣でわーぎゃーと喚く親友を片手で宥めながら、神奈子はゆっくりと青い空を見上げた。

 本当に良い天気だ。まさに宴会にはぴったりな日。そしてああする(・・・・)にも、ぴったりの天気といえよう。

 視界にふと映った番いの鳥達を見て、神奈子は一つ、笑いを零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よく晴れた今日のような日は、本当に風が気持ちいい。

 程よく暖かく、強過ぎない程度に頰を撫ぜるこういう風は、博麗神社で寛いでいても気持ちいいが、開放的な場所だとさらに心地いいのだ。

 そう――こんな草原(・・)だと特に。

 日取りを狙ったわけではなかったのだが、この日にみんなを呼んで正解だったと思う。

 

「あー、ねむ……」

 

「寝ちゃあダメよ双也? 何の為にみんなより早くここに来たと思ってるの?」

 

「はいよーそうだったなー」

 

「もう……」

 

 と、溜め息気味に言葉を返してくるのは紫である。隣に座って、仕方なさげに微笑む彼女はやっぱり美しくて、ふとこちらまで嬉しくなった。

 

 今日は、この草原に集まって小宴会を開くことになっている。それも珍しく俺から誘うという形で。

 別に気まぐれとかじゃあない。そもそも俺はあんまり活動的じゃないし、宴会にも誘われたり何かしら関与したりしたら行くことにしているのだ。

 では、何で今回は“俺から誘う”なんて大胆極まる行動に出たかだが――。

 

「双也、そのままじゃあなた寝ちゃうでしょう? 体は起こしておいたほうがいいわよ?」

 

「うーん、そうだな……」

 

 紫の二度目の催促に、俺は渋々身体を起こした。別に眠くなんかはないのだが、やはり紫は俺が寝てしまうことを危惧しているようで。

 だが、みんなが来るまで座ってジッとしているのも勿体無い気がする――というのは、果たして俺の我儘なのだろうか。だって、こんなにも気持ちの良い日はなかなか無いんだぞ? 紫も一度寝転がってみれば、俺の気持ちが分かると思うのだが。

 ――ふむ。

 

「なぁ紫、ちょっとこっち……」

 

「何かしら――って、きゃあっ!?」

 

 呼ばれて更に寄って来た紫を、俺はそのまま抱き付くようにして後ろに倒れこんだ。不意打ちに近かったので、流石の紫も面食らった顔をしている。

 ふふ、一本取ったぞ。いつも尻に敷かれてばっかりだからなっ。

 

「どうだ? 寝転がると気持ちいいだろ?」

 

「うぅ……確かに気持ちいいけど、いきなり押し倒すことないじゃない……っ」

 

「こうでもしないと、お前は寝転がってくれないだろ? いっそ一緒に倒れこんじまえば、俺の気持ちも分かるかと思ってな」

 

「! 全く、ブレないわねぇあなたは……」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 遂に諦めたのか、紫は小さく溜め息を吐きながら仰向けになった。

 腕も枕にされてることだし、俺も仰向けになって空を見上げる。

 ――青く澄んだ空が目に焼き付いて、何処かほうっ、と安心出来た。

 

「……紫」

 

「なぁに?」

 

「俺……人間になれたんだな……」

 

「……そうね」

 

「帰って……来れたんだな」

 

「…………そうね」

 

 そう短く答える紫の声に、どうしようもなく嬉しくなってしまう俺は、きっと本当に染められているんだな、と思った。

 紫とこうして寄り添って、二人草原に寝転びながら空を見上げてゆっくりと過ごす。それがこんなにも幸せだとは、昔の俺なら考えもしなかっただろう。

 ――いや、違うな。それ以前の話だ。きっと、ただ紫が側にいてくれることが――何より嬉しいんだ、俺は。

 一緒に過ごして、一緒に生きて、そして一緒に――

 

一緒に死ねる(・・・・・・)なんて素敵だなぁ――なんて思ってる?」

 

 そう、心を見透かすように問うた紫の声に、俺は思わず彼女の方を見遣っていた。視界に入った紫は、いつの間にか俺の方に身体を向けて、優しく微笑んでいた。

 

「……なんで分かった?」

 

「分かるわよ、あなたの事だもの。それに……私も同じ気持ちだったわ」

 

 一緒に死ねる事が、私も嬉しい――と。

 紫の言葉が、まるで残響のように俺の心に沁み行っていく。それはやっぱりえも言われぬ心地で。

 

 そう――これは贈り物(・・・)だ。

 神也が残してくれた、最後の贈り物なのだ。

 

寿命を繋げる(・・・・・・)なんて――最後にとんでもないことをしていったものね」

 

「でも、そのお陰で今こうしていられる」

 

「……ふふ、そうね」

 

 紫と俺の寿命を繋げる――そんな世の理に背くような事、俺の能力では到底出来ない。死人を蘇らせる事ができないのと同様である。そも、それが出来ないからこそ俺は紫よりも先に死にたかったのだから。

 だが神也なら――俺を超越し、同様の能力を扱えたあの時の神也なら、それが出来たのだ。

 俺の能力の使用限界を超えて、寿命を繋げるという荒唐無稽な使い方を。

 俺たちの、最後の願いを叶えるための贈り物として――。

 

「こう言っちゃあアレだが……死ぬことすら楽しみだよ、俺は」

 

「ふふ、それは確かにそうだけれど……もっと先にやる事(・・・・・・・・)があるでしょう?」

 

「おっと……そうだったな」

 

 そうして微笑みあって、ゆっくりと距離が縮まって――

 

 

 

「あーあー何やってんのよあんたらこんな場所でー!」

 

 

 

 突然響いた声に、俺達は反射的にピタリと動きを止めた。

 確認するまでもないが、取り敢えず見上げて、

 

「お、来たか霊夢。顔が赤いけどどうした?」

 

「誰の所為だと思ってんのっ!? 数秒前の自分達を思い出しなさいッ!」

 

 怒りか恥ずかしさか――十中八九後者――顔を赤くして怒鳴る霊夢に、俺はワザとっぽく笑う。相変わらず、可愛いくらいに初心なところのある妹である。

 正直なところは、これくらいそろそろ慣れてもらわないと後継問題が云々……。初心なままで恋人の一つもできないとなると、真剣に霊那と話し合い(・・・・)を始めないといけなくなるし。

 まぁ最悪の場合、見込みのある人里の子供を見つけ出す事になる。霊夢に独り身のままでいて欲しくないのは本音だが。

 

「アツアツなのは構わんが、あんまり外でそういうの(・・・・・)は感心しないぜ双也? 霊夢もこのザマだしな」

 

「このザマって何よ魔理沙!」

 

「もちろんそのザマだぜっ。取り乱し過ぎっつー事さっ!」

 

「ぐ……」

 

 霊夢の後について来たらしい魔理沙に、俺は軽く手を上げて挨拶だけした。

 彼女の手には、どこから持って来たのか一升瓶が握られている。宴会好きの魔理沙のことだ、わざわざ買って来てくれたのだろうか。

 

 二人は一頻り軽口を言い合うと、俺と紫の側に腰を下ろした。

 俺にか魔理沙にか、霊夢は一つ溜め息を吐くと横目で俺を見て、

 

「それで? 小宴会やるのは別に良いんだけど、何のために呼んだのよ? 暇だからってわざわざ宴会開いたりしないでしょ、双也にぃは?」

 

「流石よく分かってる。実は話したいことがあってなー。まっ、それは全員集まってからにするとして――」

 

 と、ちらり霊夢の陰に隠れる魔理沙を見遣る。

 彼女は軽く準備運動しながら、しかしどこかそわそわとした雰囲気を醸し出していた。今か今かと声の聞こえて来そうなその視線は、確実に俺の方に向いていて。

 

「おう双也! こっちは準備オーケーだぜ!」

 

「挑んで来た方っぽくないな、そのセリフ……まぁいいや。じゃ、やるか!」

 

 実は、今日は小宴会と同時に魔理沙と弾幕勝負をする事になっている。挑んで来たのは彼女の方だ。

 最近はあまり動いていないし、丁度いい運動になると踏んで引き受けたのだ。

 魔理沙は捻くれた性格してる割に隠れた努力を常にしている。事実、彼女は常に少しずつだが強くなっているのだ。

 俺との戦いが、その美しい努力の糧になるというなら本望――というのは、ちょっと格好付けた綺麗事か。

 

「よし、じゃあ行くぞ」

 

「おうよっ!」

 

 横に置いておいた天御雷を手に取り、俺と魔理沙は蒼天の空に飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上空で撃ち合う双也と魔理沙を眺めながら、地上に残された紫と霊夢はのんびりと酒を飲み始めていた。もちろん酔ってしまうほどの量ではない。酔わない程度に、軽く喉を潤す程度に飲む酒は、やはり少しだけ物足りないけれど、宴会前とあっては仕方ない。

 そう一人で納得する紫は、物足りない徳利の酒をまた少しだけ呷った。

 と、そんな時。

 

「……変わらないわね、双也にぃは」

 

 霊夢の声は、静かに漏れた。

 

「なぁに? 突然どうしたのよ?」

 

「いや……人は変わるものだってよく聞くけれど、双也にぃはちっとも変わらないなぁって。結構色んなことがあったはずなんだけどね……」

 

 どうしてそんな事を言い始めたのか――なんて問いは、愚問なのだとすぐに分かった。

 異変を始めとして、霊夢の周りでは大抵の場合双也を中心にして事が起こっていた。そしてその度に何かしらの影響が残り、次々と連鎖していったのだ。それが遂に集結し、今では平穏な日々を送っている。

 ――色々な事があったのに、双也は全然変わらない。きっとそれが不思議であり、嬉しくもあるのだろう。

 紫はその言葉を聞き、少しだけ笑って、

 

「人が変わるのは、その周囲が変わるからよ。人も環境も何でも。双也の場合は、そうね……人外が多いからねぇ」

 

「……まぁ、確かに神とか妖怪とかとばっかりつるんでるけれど。博麗の巫女の兄って自覚あるのかしら?」

 

「あら、妖怪神社の巫女が何を今更」

 

「……うっさいわね」

 

 少し不機嫌そうに眉を顰める霊夢の姿に、しかし紫は、その姿がやっぱりどこか面白く感じた。

 やはり、霊夢はいつまでも“お兄ちゃんっ子”なんだなぁ――と。いつまでも兄離れ出来ないでいる霊夢に、紫は諭すように言う。

 

「変わらないのは良いことよ。印象とか接し方とか、急に変わると面倒だから。でも変わる事自体は人には必要な事。関係性は流動的で、時間の経過に否応無く影響されるものだもの。どうしても変わっていってしまうものよ」

 

「……何が言いたいの?」

 

「あなたも、ちょっとずつ変わっていかなければね、と言うことよ」

 

 霊夢は若干要領の得なそうな表情をしているが、言いたい事を言えた紫は何処吹く風。見えないフリして酒を呷る。

 これを機会にさらに成長して、ちゃんと兄離れが出来れば霊夢にも“春”がやってくると思うのだが。きっと双也も、それを願っているだろう。

 口に含んだ酒をコクリと呑み込み、空を見上げてそう思う。

 ――と、その時だった。

 “待っていた声”が、紫の鼓膜を揺らした。

 

「それ、変われない私達に対する皮肉かしら?」

 

 霊夢の時と同様、振り向くまでもない。透き通るようだけど何処か大人びたこの声は、紫の知る限り一人しかいない――というより、そんな推測すら本当はする意味がなかった。

 だって、この人は今回の話には欠かせないのだから。

 

「そんな事……私がそんな陰湿な事言うわけないでしょう永琳? ――っと、早苗も一緒に来たのね」

 

「は、はい! 途中で会ったもので!」

 

 こんにちは! と元気に挨拶する早苗に、紫は挨拶程度に微笑みかける。

 そして永琳の方を再度見て、見透かすように目を細めると――、

 

「……あなたも来たのね、輝夜(・・)

 

「……なによスキマ、私のことは放っといてよ」

 

「姫様……そんなにヘソ曲げないでください」

 

「だって永琳……」

 

 永琳の後ろから渋々と姿を現したのは、相当に憂鬱そうな表情をした輝夜だった。その理由についてははっきりしていたが、だからこそ紫は敢えて輝夜に構う。それは別に、彼女を馬鹿にしていると言うわけではなく、むしろどちらかと言えば歓迎(・・)するような気持ちで――。

 

「……なんで私まで呼んだわけ? 当て付けかしら」

 

「いいえ、そんなつもりじゃあないわ。言ったでしょう? “あなたに勝ったことを誇らしく思う”って」

 

「……やっぱり、嫌い」

 

 輝夜はふいとそっぽを向くと、ちょうど永琳に隠れて見えない辺りの位置に腰を下ろした。少々嫌われてしまっているようだが、それが悔しさ(・・・)の現れであることを紫は知っている。だからそれを、つべこべと言いはしなかった。

 

 ――さて、これで全員だ。

 双也が呼んだ――輝夜だけは紫が呼んだ――のは合計で五人。霊夢、魔理沙、早苗、永琳、そして輝夜である。

 この面子である理由は……まぁ、顔を合わせることが多いから、真っ先に伝えようと思ったのだろう。

 揃ったのを確認し、上空で戦闘中であるはずの二人を呼ぼうとしたところで、二人は丁度戦闘を終えて降りて来たところであった。

 

「お帰りなさい、双也。どうだった?」

 

「ああ、ただいま。いい運動にはなったよ。ただまぁ、まだ詰めが甘いな魔理沙」

 

「くっそぅ……強くなった気がしないぜ……」

 

 ボロボロの様相を呈する魔理沙から察するに、今回も双也の圧勝だったのだろう。事実双也は息も上がっていないし、服も傷付いていない。

 人間になってもこの強さだというのだから、我が恋人は本当に規格外な存在だな、と紫は改めて感心した。

 ――と、直ぐに我に帰り、

 

「さて、じゃあ全員揃ったことだし、そろそろ始めましょう?」

 

「そうだな。みんな、ピクニック程度のちょっとしたお喋り会みたいなもんだが、楽しくいこう!」

 

 ――双也主催の小宴会は、こうして始まりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 双也曰く“お喋り会”というのは、全く以って正しい表現だったと言えよう。

 何せ集まっているのは合計でも七人。寺子屋で仲良しグループでも作らせれば容易に届く人数である。そこに良過ぎない程度の酒と少しのお菓子、そして澄み渡る大空に草原とくれば、それはもう明らかにピクニックの様相である。

 その構成人物の大半が人外なのは、まぁさて置くとして。

 

「永琳、その酒美味しそうじゃない。ちょっと寄越しなさいよ」

 

「あなた、もう少し自重したら? あんまり酔われても困るのだけど」

 

「いいじゃないの、ピクニックでしょ?」

 

「ピクニックの意味履き違えてねーか霊夢?」

 

 永琳の諌め言葉に若干の赤ら顔で答える霊夢に、魔理沙がポツリと突っ込みを入れる。

 確かにほろ酔い程度の軽い症状のようだったが、あまり酔われるのもやっぱり困る――と、永琳は苦い顔をしていた。

 

 そんな霊夢の様子を見ては、輝夜。

 

「永琳、困るなら睡眠薬でも打っておきなさい。寝ててくれた方が静かでいいわ」

 

「なによ輝夜! 双也にぃと二人っきりになりたいからって不意打ちしようとすんじゃないわよ!」

 

「ちぇ、勘の鋭いやつね……」

 

 策略を一瞬で看破した霊夢に、双也に引っ付く(・・・・・・・)輝夜はやはりその形のいい眉を顰めた。

 双也と共にある時の彼女の目的は、いつだって一つだけ――双也と二人っきりになる事だけである。

 確かに紫には負けたが、それは決して輝夜の気持ちが消滅した事の別称ではない。

 恋人にはなれずとも、側にいたいと思うのは逆らえぬ乙女の性――というのは当然輝夜の弁。それに、紫に勝ち誇られるのも気に入らない。

 正直なところ、引っ付かれる双也自身も困るところであるが――。

 

「な、なぁ輝夜? あんまり引っ付かれると…….」

 

「ふふふ、なに双也? 私に引っ付かれるとどうなるの?」

 

「なんていうか……あとが怖いんだが……」

 

 ――と、見つめる先には当然紫。

 彼女も双也の直ぐ側に座っていて、さらに言えば輝夜の引っ付く姿もばっちり見えているわけだが――意外なことにも、彼女は変わらぬ澄まし顔で。

 

「……私は何の心配もしていないわよ双也? 輝夜が前から“こう”なのは知っているし、双也の事、信じているもの」

 

「お、おう」

 

「ただまぁ――」

 

 徳利を置き、パッと開いた扇子で口元を隠すと、紫は若干冷ややかな目で、輝夜を睨んだ。

 

「あんまり見せつけられるのも、癪よねぇ」

 

「ちょ――ッ!?」

 

 ――と、その瞬間。

 輝夜の足元に開いた大きなスキマが、彼女を問答無用で中へと引きずり込んだ。その直前に見えたのは、犯人たる紫の悪戯っぽい笑み。

 輝夜が落ちて来たのは、ちょびちょびと静かに酒を呑んでいた早苗の上――。

 

「うきゃあっ!? な、なんです突然――ッ!?」

 

「いつつ……ってちょ、ちょっと暴れんじゃないわよ! 起き上がれないじゃないの!」

 

「輝夜さんこそ、暴れないでっ、ください……! お、重いですぅ……!」

 

「なんですって!? スキマの前にあんたを吹っ飛ばしましょうかっ!?」

 

 さらりと侮辱された輝夜はプンスカと怒り出し、早苗はあわあわとそれを苦しそうに彼女を宥める。それを、元凶である紫は扇子に隠した笑みを以って眺めていた。

 

「放っておいて大丈夫なのか?」

 

「放っておいて大丈夫よ。宴会なんてものの行き着く先は、大体てんやわんやの大騒ぎなんだから」

 

 それをお前(元凶)が言うか――と漏れ出そうになった言葉を、双也は直前で呑み込んだ。

 

 まぁ、一理はあるな、と。

 騒がしいのは苦手だが、賑やかなのはむしろ好みである。七人と少人数ではあるが、わいわいと予想以上の盛り上がりを見せるこの光景がどちらなのかと言われれば、それはもう間違いなく“賑やか”な方に決まっている。

 止めるのは、むしろ野暮というものなのだろう。

 

「さて、それなら盛り上がってるうちに」

 

「……そうね」

 

 良い感じに場が温まって来たところで、と。

 双也が促すと、紫はこくりと頷いた。

 それを確認すると、双也も一つ頷いて、

 

「おーいみんな、ちょっと聞いてくれ」

 

 ――さぁ、本題といこうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、“いずれ行き着く場所”だったとも言えるだろう。

 特別な事ではないし、普通に生きていれば誰にだってある事だ。

 いつだったか藍も言っていた。それは生命の端的な目的であり、間接的には幻想郷のためにもなる――と。

 

 そんな“あって当然な事”を、何故皆を集めてまでして発表するのかと言えば。

 それはまぁ――やっぱり“おめでた”であるからして。

 

「「「…………こ――っ」」」

 

 と、双也と紫の目の前で、輝夜と永琳を除いた三人はぽかんと口を開けて驚愕の表情。

 あり得ないものを見た――というよりは、“あまりにもかけ離れ過ぎて言葉がない”といった表情。

 その表情に小首を傾げる双也に、一同は返して、ただただ――絶叫した。

 

 

 

「「「子供(・・)が出来たぁぁあッ!?」」」

 

 

 

 響き渡る絶叫が大気を揺らしたように感じたのは、果たして双也の気の所為だろうか。

 何事もないようにそれを言ってのけた二人に、初めに声を出せたのは早苗だった。

 

「え? ええっ!? 双也さんと紫さんの、ですかあっ!?」

 

「お、おいおい……ほんとかよ? 冗談とかじゃないだろうな?」

 

 ――と、訝しげに問う魔理沙に、永琳。

 

「本当よ。人間と妖怪の子供なんてかなり出来にくいはずなんだけどね…………相当頑張った(・・・・)のかしら?」

 

「……おい永琳、そんな目で俺を見るな」

 

「あら、何のことかしら」

 

 永琳は飄々ととぼけて、事の顛末を語るべく改めて皆に向き直った。

 

 めでたい事実にあたふたする早苗に、意外と冷静な魔理沙。予め永琳から聞かされていた故に先程以上のつんとした雰囲気を醸す輝夜に、何故か顔を赤くしたまま固まっている霊夢。それぞれが様々な反応を示しているが、一番驚愕したのはきっと自分だろう、と永琳はふと思った。

 何を隠そう、ある日突然永遠亭を訪れてきた紫を実際に診たのは、永琳なのだから。

 

「紫が訪れてきたのは……二週間くらい前だったかしら。吐き気と頭痛が酷いって言ってね。今思えば、あなた自分で当てが付いていたんでしょう?」

 

「まぁ、ね。悪阻(つわり)があんなに辛いものだとは思っていなかったけれど」

 

 そも、紫ほどの大妖怪なら滅多に体調など崩さない。それが突然体調不良で駆け込んできたというのだから、応対した永琳の困惑ぷりったら相当なものだったろう。

 だって、まさか紫に悪阻が起こるなんて咄嗟には思いつかない。原因が見当たらないのだから、当然といえば当然の困惑だったのだ。

 

 それで色々と検査して、最終的に行き当たった答えが、“妊娠”だった。

 

「双也も、あの時は驚いていたわね。見た事ない顔だったわ」

 

「そ、そりゃそうだろ? 俺だって何の心構えもなかったんだからさぁ」

 

 永琳の言葉に、双也は少しだけ目を逸らしながらそう零す。

 否定は出来ないのが現状だった。弁論の余地もないほど驚いたのは事実だったのだ。

 もちろん嬉しかったのも本当だが、なんて言葉はやはり恥ずかしいからか、終ぞ口から零れ落ちることもなく。

 

「ま、まぁ良かったじゃない? 正直双也にぃのイメージと違って戸惑ったけど、まぁ普通のことだし? 双也にぃが紫と何しようが関係ないし?」

 

「……おい霊夢、今お前が考えたであろう失礼な事を今ここで言ってみろ。まだ拳骨で許してやるから」

 

「はぁっ!? 言える訳ないじゃないの何言ってんのよっ!?」

 

「……それが答えを言っているようなものだって事分かってるのかしら?」

 

 溜め息を吐きつつ零す永琳に、霊夢はハッとして一睨み。勿論飄々と受け流される始末だが。

 そんな彼女の視線を遮るように、一歩乗り出して声をあげたのは、魔理沙だった。

 

「なぁなぁ! もう名前とか決まってんのかっ!?」

 

「……いや、まだ決まってない。考えてはいるんだがな」

 

 魔理沙の興奮気味な問いに、双也は少しだけ笑いながら答えた。

 言った通り、考えてはいるのだ。だが結論はまだ出ていない。そう簡単に決められるような事柄でないのは、双也も紫もよく分かっているが故だった。

 “じゃあさ!”――と、魔理沙が言い出すのは、当然予想の範囲内で。

 

「――“みんなで考えようぜ”、か?」

 

「へへ、いいだろ? 三人寄れば文殊の知恵っていうし、名前ってのはよぉく考えなくちゃならないからな!」

 

「うーん……まぁそれはそうだけど」

 

 どうする? ――と、双也は目線で紫に尋ねる。こればかりは独断で決められないし、紫が嫌だというならそれを蔑ろにする双也でもない。

 問われた紫は、しかし少しだけ微笑んで、

 

「まぁ、良いんじゃないかしら? 最終的に決めるのは私たち二人だけれど、参考程度に色々と案を出してもらう分には私は構わないわ」

 

「……そっか」

 

 双也も少しだけ笑い返して、再び魔理沙に向き直る。ただ、その視界は自分を見る五人の姿を映していた。

 既にどこかウズウズとした様子の魔理沙に――なんだかんだでやる気な五人に、双也は、言った。

 

「じゃあ……俺達の子の名前……一緒に考えてくれ」

 

「「「おー!」」」

 

 ――七人で、どれだけ多くの案が出たのかは、語るまでもないだろう。

 魔理沙が言った言葉は、本人が若干意味を履き違えていた感は否めなくとも、全く的外れではなかったのだ。

 

 ただまぁ、一つだけ言えるのは。

 全員が、提案した全ての名前にしっかりとした意味を込めていたという事。

 実際に名前が付けられるのは、もう少しだけ後の事――という事だけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――二人が自らの子にどんな名前を付けたのか。その名にどんな想いを込めたのか。この後どんな時間を過ごしたのか。そして……どんな最期を迎えたのか。

 

 彼らの一生を描くには、余りにも時間が足りない。文字が足りない。

 だがここまで(・・・・)が、そんな彼らの、特に意味のあった時間であったことだけは、ここに記しておこう。

 

 この宴会の日、集まった誰もが、見上げた空に澄み切った青色を見た。

 人の感情に色があるとは言わない。だが、この時七人が、その素直なままの心で見た色は少なくとも、暗く湿った色でなかった事だけは確かだ。

 幸せの色――定かでないそれを彼らは見たのだと、祈ろう。

 

 

 

 

 

 これは、ある一人の少年の物語。

 

 ある日突然死に襲われ、転生し、紆余曲折を経て本当の幸せを掴む物語。

 彼の人生の中には、当然様々な人間や、妖怪や、神様の生も絡み合い、間違えそうになったこともあった。

 でも、人生ってそんなものだろう――と。

 全てを乗り切った少年は、胸を張ってそう言える。

 

 だが、まぁ。

 一先ずは、これでおしまい。

 少年の物語は、これでおしまいだ。

 

 彼のこの先。残った寿命。その中でどんなことがあったのかは、また別のお話。

 彼らの幸せを祈って、そして一つの様式美として、最後にこう締め括ろうと思う。

 

 

 

 めでたしめでたし――と。

 

 

 




本編としてはこれで全て終了です。
堅苦しい挨拶は最終話でしたので省きますが、改めて。

ご愛読有難うございました!

ではでは。

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