東方双神録   作:ぎんがぁ!

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はい二人目はいりまーす。
……意味は読んでご確認ください。

ではどうぞー


第五十四話 届いた気持ち、気付いた気持ち

「………………」

 

白玉楼の縁側。沈みかけた日が照らすその場所に私は座っていた。ボーッとする頭の中では、先程のやり取りが何度も何度も繰り返していた。

 

 

何で分かってくれない!?

 

 

あの時の顔…私は一度も双也のあんな表情を見たことがなかった。双也の涙も、感情の爆発も初めて見た。彼がそうなる程の事に、私は気が付いていないの?

 

 

お前に死んで欲しくないだけだ!!

 

 

私に死んで欲しくない?

近しい者が死ぬ姿なんて誰も見たくない、そんなの当たり前の事でしょう?

 

親が子を守ろうとするのは、子に危険が襲ってこないようにする為の行動だ。それは子に危険を払い除けるだけの力が無いから。そう思っているから。

…双也が私の親だと言うわけでは無いけど、やっぱり彼は私を認めてないんじゃないの?それならあの涙は?あの強い感情は何?

 

………………分からない。

 

「なんなのよ…本当に……」

 

不意に背中に感触があった。これは恐らく、手だ。

労わるように優しく、私の背中に手が添えられていた。

 

「怒られちゃったわね、紫」

 

「幽々子……」

 

その手と声の主は幽々子だった。私の隣に座り、微笑んでいる。

 

「はいコレ」

 

「え?」

 

幽々子は私に饅頭を渡してきた。前に美味しいと話していた物だ。……元気付けようとしてくれているようだった。一口咀嚼すると、気分が少しだけ良くなった。

 

「あんな様子の双也、普段からじゃ想像も出来ないわね」

 

「…そうね…私もあんな顔初めて見たわ…」

 

幽々子は私を叱るでもなく、普段の様に話しかけてくる。

その気遣いに、なんとも気が安らいだ。

 

「死んで欲しく無い、か。 あの言葉、ずいぶん感情が籠ってたけど…紫はどう思ってるの?」

 

その問いに少し言葉が詰まった。多分、自分自身の思いが正しいのか分からなくなっていたからだと思う。

まるで親と喧嘩した子供のように、屁理屈ばかり並べて自分を正当化しようしているのでは、と。

でも、一人で抱えて拗ねていても何も変わらないのは分かっていた。こみ上げる不思議な不安感を振り払って、感じた事を話し始めた。

 

「正直に言って…まだ双也の気持ちが分からないわ。

ああして気持ちをぶつけられた今でも、"双也は私を認めていないから守ろうとするのではないか"って思っちゃうの。もう現実はこの身で味わったのに、子供みたいよね…私…」

 

話していくうちにまた涙が溢れてくる。背中をさすってくれている幽々子の気遣いも、内側から込み上げる何かを誘う。

涙を止めようと堪えていると、幽々子が静かな口調で話し始めた。

 

「ねぇ紫、あの言葉を叫んだ時の双也の表情…覚えてるわよね?」

 

「…ええ」

 

忘れる訳がない。似つかわしくない涙を流した、酷く辛そうな、酷く寂しそうなあの表情。

 

「どうして双也は、あんな表情をしたのかしらね」

 

「…え?」

 

「考えてもみなさいな。双也は私達じゃ想像も出来ないくらいの長い年月を生きてきたのよ?長い生って言うのは、出会いと共に別れも生み出すモノ。…もちろん、人の死も」

 

「!」

 

人の死……近しい人との死別は辛く苦しいモノだ。それは私でも分かりきっている。

…そうか。双也はこういう気持ちだったんだ…

 

「双也にとって、認める認めないは関係なかった…だから私を引き止めたのね。勝てないと分かってる相手に挑んで死なせない為に…失うのが怖かったから…」

 

「そういう事よ。まぁ紫は私や双也くらいしか近しい人っていないから分からなかったのかもね」

 

「ふふ…そうかもしれないわね」

 

双也はきっと、私を下にも上にも見ていない。ただただ大切な人だと、そう思っているのだ。私だって大切な人が死にに行くような真似をしたなら怒る。双也はそういう気持ちだったのだ。

 

「でも…どうして幽々子はそれが分かるの……!」

 

「………どうしてかしらね…」

 

私は言いかけて"しまった…!"と思った。失言だった。近しい人でなくとも、幽々子もまた多くの人の死を見てきた者の一人。それはよく分かっている筈なのに無神経な事をきいてしまった。幽々子の表情は寂しさに染まっていた。

 

「…たくさん死を経験するのはこんなにも苦しい事なのに…これをずっと抱えて双也は生きてる。…一体何を糧にしてるのかしらね…」

 

「……………そうね」

 

幽々子の疑問に同調する。

確かにそうなのだ。人の死に耐えられなくて自害してしまう人間はザラにいる。人に先に逝かれ、耐えられずに自我が崩壊してしまう人間もいる。ただの人間の寿命でもそういう事があるのに、その何倍も生きている双也はどうして狂わずにいられるのか。

……やはり双也は不思議な存在である。

 

「まぁ、いま考えても仕方ないわね。私は向こうに行ってるわ。後で双也に謝っておきなさい紫。気持ちが理解できたならきっと許してくれるわ」

 

「ええ。しっかり謝っておくわ」

 

そう返事すると幽々子は中に戻っていった。私はもう少し、日が沈んで月が出てきた空を見上げていた。

空に浮かぶ月は、雲一つ掛からない満月だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

スー…パタン「………………」

 

すっかり暗くなった白玉楼。その一室の襖を静かに開けて中に入る。白玉楼の端に位置するこの部屋は、ここ数日は双也の部屋という事になっている。先ほどの紫との言い合いで疲れたのか、彼は布団を敷いて寝ていた。

 

「スー…スー…」

 

「ふふっ、本当に気持ち良さそうに寝てるわね」

 

仰向けで安らかな寝息を立てる双也の顔を覗き込む。

紫を助けに行ったのだからどこか傷付いているかも知れないと思っていたけど、どうやらどこも怪我していないらしい。

私は布団の横に座った。

 

「……ありがとね双也。紫の事助けてくれて」

 

双也に語りかける。もちろん彼は眠ったままだけども。

 

「私もね、紫が帰ってきたらいっぱい叱ってやろう!って思ってたんだけど…双也が私の言いたい事全部言ってくれたから、もうよくなっちゃったわ」

 

双也の頰を撫でる。あら、思ったより柔らかい…つついてみたくなるわね。

…起きてしまうかも知れないし止めておきましょうか。

 

「……あなたの気持ち、よく分かるわ。私もお父様が亡くなった時は…酷く辛くて、悲しかったわ。でもあなたは、私がちっぽけに見えて来るくらい、そんな経験をずっとずっと抱えて生きてるのよね…」

 

正確にどれほど生きているのかは知らない。でも、紫の話だと所々に留まりながら旅を続けていたと聞いた。……その中で知り合い、そして別れた人々は一体どれ程居るのだろう。一体どれ程の悲しみを抱えて生きているのだろう。……私には想像できない。でも気持ちは痛いほど分かる。

 

「…あなたは何を支えに生きてるのかしらね。もし何も無しに、気力だけで耐えているのなら……これは、頑張ったご褒美ね」

 

起こさないように気を使い、頭を持ち上げて膝を滑り込ませる。膝枕…初めてやったわね。

双也は相変わらず気持ち良さそうに寝ている。少し目にかかった前髪を払ってやる。

 

「んっ…んぅ…あった、か…ぃ…スゥ…スゥ…」

 

「! …………」

 

恐らく寝言だとは思うけど、そんなこと初めて言われた。実際に言われると結構恥ずかしいわね…。

……よく見れば、可愛い寝顔をしている。

 

神薙双也。

 

紫を救ってくれた、強い人。

 

私を気遣ってくれた、優しい人。

 

自分の気持ちを上手く伝えられなくて悲しむ、か弱い人。

 

出会って数日、そんな私でも分かる双也という存在の性格。ただ悲しんでウジウジ悩んでいた私にはとても輝いて見えた。

不意に、彼が私を励ましてくれた時の事を思い出す。

 

 

悲しむ幽々子の顔なんて見たくないんだよ

 

 

あの言葉、本当に心が軽くなった。そして双也は言葉通り、私を救おうと努力してくれている。

 

…あれ? それって、双也は私の事も大切に想ってくれているって事…?

 

「………………」

 

眠る双也を見つめる。鼓動は激しく、顔はさっきよりも熱くなっていた。

……たとえ、双也自身は私を"友達として"大切に想ってくれているとしても、私が双也に抱くこの感情は少し違う気ような気がする。

 

(……そっか…私、双也の事いつの間にか……)

 

自分の気持ちにはっきり気付く。友達としてではない、でも大切には変わりないこの感情。

……そして、今のままでは叶えられない悲しい感情。

 

(私の力…日に日に強くなっているのを感じる。いずれ双也たちでも手に負えなくなる。そうなったら私は、きっとみんなを………)

 

想像して、どうしようもなく悲しい気持ちになった。涙は自然に流れていく。……絶対にそんな事したくない。してはいけない。

……決心は、今固まった。

 

「その前に…一時(いっとき)くらい、幸せな時間があっても…良いわよね、神様…」

 

双也の頭を静かに戻し……私は布団に潜り込んだ。

暖かくて、とても安らかな気持ちになった。

 

「おやすみ双也………大好きよ」

 

ぬくもりに包まれて、そのまま眠気に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 




幽々子さんが主役。 そしてやっぱり良い人。

ではでは。

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