東方双神録   作:ぎんがぁ!

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これがこの章最終話に…なると思います。

ではどうぞ!!


第八十六話 断ち切る想い

チー…ン…ポク、ポク、ポク

 

異変から数日。ここ博麗神社には、朝から沢山の人が訪れていた。

皆黒い服に身を包み、笑顔を浮かべる者は一人もいない。居てはならない。

 

 

 

博麗の巫女、博麗柊華の…葬式である。

 

 

 

妖怪であり、普段人間と関わらない私だが、今回だけは境界をいじって妖力を抑える事で人間に溶け込み、柊華の知り合いと言うことで参加した。

腕の中にはまだ幼い霊那も居る。

 

……双也の姿は、そこには無かった。

 

「巫女さんよ…救ってくれて、ありがとなぁ…」

 

「今まで済まなかった…ろくに話もせず、ただ怯えてばかりで…」

 

線香を挿していくのと同時に、一言ずつ言葉をかけていく人間たち。

…その様子が、私は少し辛かった。

 

(最後の最後に、死んだ事で認められるなんて…それじゃあ、意味がないのに…)

 

ずっとずっと一人ぼっちで、この広い神社に寂しく住まう柊華を、私は長らく見てきた。

 

 

小さい頃は、誰も居ない悲しみを溜め込んで無理に笑顔を作り、夜中には枕を濡らす毎日。

 

 

大きくなると、それを受け止めようと必死で空元気を振りまき、一人になると静かに涙を流す。

 

 

"最強"ゆえに恐れられ、異変があれば戦いに身を投じ…傷付きながら解決させても、それを認める者は無し。

 

 

そんな可哀想な彼女が認められたのが、死んだ後での事だなんて……あまりにも悲し過ぎる。あまりにも報われない。

 

 

……現実は、誰より必死に生きた彼女に対して、決して優しくなかったのだ。

 

 

そして彼女の死の原因になった者がよりにもよって、彼女の最も大切な"大親友"だなんて、その事に私はたまらない気持ちで一杯だった。

 

本葬儀が終わり、皆に混じって外に出ると、優しく風が頬を撫でていった。

幻想郷が柊華の死を嘆いているような気がして、どうしようもなく悲しくなる。

流れた涙は、腕の中の霊那の頰に落ちた。

 

「あぅ〜?」

 

「っ……」

 

理解などしていないだろうに、霊那はゆっくりと手を伸ばしてやわやわと私の頰に触れ、一緒に涙を拭き取っていった。

慰められているような気がして、思わず霊那をギュッと抱き締める。

 

「霊那っ、あなたは私が、大切に育ててあげるから! 柊華の分まで、守ってあげるからっ!」

 

そう、今は亡き柊華に誓う。

彼女が注いであげられなかった愛情を、せめて代わりに私が、と。

強い強い、誓いだった。

 

「〜〜〜っ………?」

 

いい加減霊那が苦しくなってしまうと顔を上げ、ふと鳥居の方に目を向けた。

何か視線を感じたからだ。そこには…

 

 

 

 

隠れるように双也が立っていた。

 

 

 

 

「ッ! 双ーー」

 

呼ぼうとした直前、彼はフイッと踵を返し、降りて行ってしまった。

私は人間に一時霊那のお守りを頼み、すぐに追いかけた。

 

 

 

「双也!」

 

「………………」

 

名前を呼ぼうとも少しも振り返らず、ただ階段を降りていく双也。

その背中を眺めながら名前を叫び続ける勇気が無かった私は、スキマで一気に距離を詰め、肩を掴んで振り返らせる。

そして、息を飲んだ。

 

「ッ!!」

 

「……………………」

 

振り返った彼の目は、いつもの凛とした目ではなく…いささか濁ったような、生気を感じさせない目だったのだ。

 

「あなた……」

 

「……ここじゃあ話し辛い。家まで行こう…」

 

彼はそう言うと、目の前にスキマに似た黒い空間を作り出し、入っていった。それに続き、私も入る。

抜けた先は、森の奥にある双也の家だった。

 

中に入って目に付いたのは、少々ゴミが散らばっている床、片付けられていない食器など。

前に訪れた時よりも、部屋の中は汚くなっていた。

 

少し見渡していると、居間の座布団に座った双也が話しかけてきた。

 

「紫、結界の方はどうだ…? 問題があったりは…」

 

「……大丈夫よ。柊華が亡くなって、相当に危ない状態ではあったけれど、なんとか私が繋いでいるわ。霊那が大きくなったら管理を任せるつもりよ」

 

「…そっか…」

 

それを聞くと、双也は窓の外を眺めて何か物思いにふけっていた。

私はというと、入った直後の場に立ったままでいる。

…あんな目をした双也を見つめて、しっかりと話せる自信が無かったのだ。

 

そのままでしばらくいると、双也が目を外に向けたままで話し始めた。

 

「俺の事なら…心配しなくていい。今までだって誰かが死ぬ姿は見てきた。もう慣れたよ」

 

「嘘。死に慣れた人が、死を見てあんなに暴れる筈が無い。今のあなたを見ていたって分かるわ、あなたの心は……酷く傷付いている」

 

双也の眉根が、僅かに寄ったのが見えた。

 

「ねぇ双也、我慢する必要なんて無いのよ? 嬉しかったら笑顔を浮かべればいい、悔しかったら怒ればいい、悲しかったら……心が晴れるまで泣けばいいのよ」

 

人は感情を溜め込む生き物だ。

それは、高度な思考力を持つがゆえに周りの事を気にするから。

 

自分が良い成績を取れても、友達が低かったならその嬉しさを押さえ込み、慰める。

 

たとえ自分が嫌な事でも、周囲の人が次々と笑顔を浮かべれば無理矢理笑顔を作り、雰囲気を壊さないよう努める。

 

溜め過ぎた感情はいつか炸裂し、酷ければその人の全てを壊してしまうほどのモノになる事もある。

それを防ぐには、誰かが受け止めてあげなくてはならない。

赤の他人では無い、ある程度近しい誰かが。

……柊華の場合は、危ないところを双也が救ったのだ。

 

「聞いたわよ、柊華にも言ったそうじゃない。"心まで強くなくていい"って。……彼女だけじゃない、あなただってそうなのよ。……気持ちを押し殺す理由なんて、何一つ無いの」

 

双也は、柊華の死の原因となってしまった事で心に深過ぎる傷を負っている。それは誰が見ても分かること。

そして、私に心配させないように強がっている。

なら、その押し殺した感情は誰が受け止める?

 

 

 

…そんなの、私しか居ないじゃない。

 

 

 

「双也、全部吐き出しなさい。溜まった毒を、全部」

 

そう言い彼に近寄って…肩を抱いてあげた。

気持ちを分かつには、触れ合うことが一番だ。

双也は少し俯き、呟くように言葉をこぼした。

 

「そう…だな…。あいつに教えた俺がこんなじゃ…いけないよな…」

 

「そうよ、柊華に笑われるわよ」

 

「はは、アイツらしい…」

 

そう呟いた双也は、私の肩あたりに顔を押し付け、背に腕を回した。

…少しだけ痛いと思う程に、強く抱きついていた。

 

「〜っ……とう、かぁ……!」

 

「っ……」

 

ただただ涙を流して呻く彼。

きっと彼の内では、柊華との思い出、友達になった日の事、からかいあった日々、色々な物がフラッシュバックしているのだろう。

…そしてあの日、目の前で息を引き取った彼女の感触も。

 

それを想うと、どうしても涙を流さずには居られなかった。

自然と大粒の涙が溢れてくる。

 

 

双也が気持ちの全てを落ち着けるまで、ずっと背中をさすっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ズズッ……ありがとな…紫」

 

「いえ…」

 

しばらくすると泣き止んだようで、双也は回していた手を離して礼を言ってきた。

目はまだ赤かったが、気持ちは吹っ切れたようだ。

 

「ここまで生きてきたのに、壊れてしまう訳にはいかないわよね、双也」

 

「…そうだな、俺は壊れる訳にはいかない。………可能性は低くても…アイツに会いたいしな……」

 

「…アイツ?」

 

彼がボソッと呟いた言葉を、私は聞き逃さなかった。

しかしその内容は私が聞いた事もない事で…

今まで付き合ってきた時間の中でも、そんな事を聞いたのは初めてだった。

 

私に対して聞こえると予想していなかったのか、双也は少しだけ目を見開いて、そして答えてくれた。

 

「……柊華にとって俺が大親友という大切な者だった様に、俺にとっても大切な人が居るんだよ。そいつがどう思ってるかは知らないけど…」

 

双也はそう言いながら、問答はお仕舞いとでも言うように立ち上がった。

そして、私を見下ろしながら言う。

 

「紫、久しぶりに勝負しないか? 弾幕有りの三本勝負」

 

「え…なんでよ?」

 

「気分だよ。とにかく身体を動かしたいんだ」

 

「……仕方ないわね…」

 

「よしっ」

 

少し嬉しそうにしながら、彼は家の扉に向かって行った。元気を取り戻した事による嬉しさを感じながらその背中を見つめていると、不意に"あの時"の事を思い出した。

 

 

 

柊華が死んだ、あの日の"あの時"。

 

 

 

「双也、あなたはあの時………」

 

「ん?」

 

振り返った彼の顔を見て、言い出すのが憚られてしまった。

正直に言ってとても気になることではあるものの、その事を口に出すのは私にとって辛いし、何より双也が一番辛いだろう。

 

「……いえ、何でもないわ。やりましょうか、弾幕勝負」

 

「? おう」

 

疑問は心の内に留め、元気を取り戻した双也と弾幕勝負を始めた。

 

悔いが無い訳ではない、心に煙い何かは残っている。

でも吹っ切れた彼との勝負の中で、私はかなり晴れやかな気持ちになったのだった。

 

 

 

 

 




双也が生きてきた理由…いえ、"糧"が何か…もうお分かりですね。

ではでは。

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