「本日はお越しいただきありがとうございます。猫歩 ルネカさん」
雲一つない晴天。
なんとも晴れやかな気持ちで居られるのだろうと────思ってなさそうに机へ顔を埋める竜人族の少女ことルネカ。
「今日も今日とて素敵でごぜーますね。ディアゼウス陛下」
「はい。気分が乗らないルネカさんの挨拶にしては上出来ですね」
この街を見下ろせる程に巨大な建物。
バルコニーというには広過ぎる場所にお菓子やカップが乗った丸い机。
それを囲う人物が二人。
片や竜人族の転移者、猫歩ルネカ。
もう一人は白いドレスを着たルネカと同様の竜人族、ディアゼウス。
金髪碧眼に整った顔立ちという少女なら憧れる容姿。王族であることを示す白い鱗の翼と尻尾、気品溢れる仕草はルネカとは正反対であった。
「でも、他の王族の前ではしないようにお願いしますね。怖いですから」
「他の王族に会う義理なんてないし、一介の冒険者崩れなんて呼ばないでしょ」
「魔神奏であると申し出るなら、彼らも英雄視するかもしれませんよ」
「外野から見れば、無差別大量殺人鬼だけどね」
ルネカは顔を上げて、皿に置かれたクッキーを傷跡だらけの指で摘んだ。そのまま、空に放り投げて口でキャッチする。
王族を前に、食べ方さえも作法も礼儀もなにもなかった。
魔神奏の経歴はこの世界にとっては必要な犠牲。
次の魔王になり得る可能性潰しであり、善人悪人関係なく魔神族である限り殺し尽くしている。
それが人望の厚い国王、人柄の良い商人などであったとしても。
そのせいか、魔神奏は王族や貴族、平民に至るまで、その多くから嫌われていた。
「“ 魔神葬りのアッシュ・ルー ”が羨ましいよ。あっちも同じようなもんだし」
「彼は王国騎士団の兵士長ですから。倒していたのも魔王軍直属でしたし」
「半分はアタシの功績なのに……」
「まあまあ。でも、私はルネカさんは勇者に並ぶ英雄だと思っていますよ。裏で守るヒーロー‼︎、みたいで」
「元男子の感性で話されても、女子高生には響かないってーの」
目を白黒させながら、「そ、それは内密にして下さい」と小さな声で注意するディアゼウス。
それもそのはず、彼女は転移ギフトとして、竜人族の少女となった“ 元男子高校生 ”。
彼女の容姿と白い鱗は、竜人族の中でも王族の血族を示すもの。そして、過去に魔神族よって滅ぼされた王族でもある。
だからか、異世界から転移してきた平民の彼女を王族にすることなど必然。
新たな王族として迎えられた時、男性であったという経歴は“ 後々 ”困るといった理由で元の素性を隠している。
その素性を知るのは、国王とその側近、親しい友人“ ルネカ ”の三人だけである。
「転移者全員も過去を知らない。本人も記憶喪失。そんな完璧な背景で、ディアちゃんの恥ずかしーい過去がバレるはずないじゃんね」
「それでも男子高校生であったという記憶はあるんですよ」
「男の***も****の記憶もない、生娘なのに?」
「ひゅむっ⁉︎ じょ、女性ととして、は、はしたないですよっ‼︎」
顔を赤面させ、タジタジと口元を塞いでこようとするディアゼウス。ルネカの口を塞ぐには、その腕は少々短過ぎた。
これが元男子高校生だと考えられるだろうか。
少なくとも、ルネカは「男子が好きな理想の女性ってこんな感じなんだろうな」と、男として扱ってはいなかった。
慌てる彼女を横目にルネカはお茶を啜り、カップに乗せた。それを皮切りにディアゼウスの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「じゃあ、そろそろ本題に移ろっか。あるんでしょ?」
「あ、え……こほんっ‼︎ 気づいていたのですね」
「まあ、城内部が隔離されてから一カ月ぶりに解放。その日にお呼ばれされたら、アタシじゃなくても、何かあるってことは気付く」
「では、厄介事に巻き込まれる覚悟でここに来たと」
「そうだね。一年前のジャ……ジャ……ジャスティンからブランクあるけ────」
「ジャルガン氏の一件ですね。“ 魔神族最後の生き残り ”の討伐。あの時も植物片の残骸処理やルネカの指の再生のために、秘匿的に治癒師を召集するのは大変でした。本当に、本当に……ルネカさんが舐めプなんてしないで、郊外で倒せば良いだけでしたのに。わざわざ公共施設で人の目がある場所で格好つけるわ、白の絵画を勝手に持ち出すわ、挙句果てにはそれを紛失するわで、隠蔽するのも大変で……喪失額もルネカさんのバイト代の数百倍で────」
眼を虚にして、乾いた笑いをするディアゼウス。
一年前、ジャルガンの中にいた魔神族を葬った。しかし、地面に残ったマンバロメットの複製体は残ったままであった。
それを引っ張り出したまでは良いものの、更にそれらをミンチにしてしまった。
平たく言えば、決闘場は血だらけどころかスプラッター映画をより濃くしました♡と言わんばかりの凄惨な場へ。
魔神族捜索の協力者“ ディアゼウス ”はその話を聞いて、急いで対応を行なった。
事情を知っている騎士達を各所からかき集め、更にはルネカの正体を知っている地方の治癒師を召集。
情報統制を引き、魔神族及び魔物の侵入による混乱を抑える等、その他雑務や連絡に追われ、終わる頃には三回ほど朝を迎えていた。
王族になってから一番大変だったと、ルネカを投げ飛ばしながら語った。
「本当にその際は申し訳ございませんでした」
「……もう一年も前の話です。本当に今後は慎みを持って行動してください。特に今後は、です」
「はい……」
では、話の続きをしましょうかとディアゼウスは笑いかけた。苦虫を噛み潰したような顔をするルネカの手前、ディアゼウスがコツコツと机を叩く。
すると、空からスクロールが降ってくる。
白色の触り心地の良さそうなスクロールを取り、紐を解いてルネカへと渡した。
受け取ったルネカ。
紐をほどき、三行ほど読んだところでスクロールを落とした。
「ははっ……マジで言ってんのこれ?」
「ええ。この一ヶ月間、外部からの妨害を避けるための処置でした」
スクロールを読み切ったところで、机に広げたまま置いた。
ルネカは一旦落ち着くために紅茶を飲み、スクロールの横に置いた。
「その内容は前座です。ルネカさんには、私の仕事に付き合って欲しいのです」
「……いいね。面白そうじゃん」
「では、単刀直入に申し上げます」
スクロールの内容。
それだけの情報はルネカにとって驚きはしたが、さして問題とはならなかった。
けれど、この内容が絡んでくるのなら、それは冒険者であった
前のめりになったディアゼウス。
その時、紅茶が溢れた。スクロールを濡らし、茶色くシミとなっていく。シミは徐々に文字の方へと向かっていった。
「私と共に、先んじて日本に亡命しましょう」
紅茶が「異世界の門」という文字を茶色く染めた。
◇◇◇
「はい。こちら、探偵事務所“ 動虎【ドウフー】 ”。要件をお願いします」
携帯を耳元に当てる男性。
ドアから差し込む薄暗い部屋でソファーに腰掛け、どうみても仕事してませんでしたと言わんばかりの態度。
そもそも、丸サングラスに虎柄のスカジャンは彼のセンスが少し古い上、明らかに不良のようなスタイルである。
『お時間いただきありがとうございます。失踪事件のことで相談がありまして』
「あ〜……失踪事件の取材でしたらお断りをしてますので。ではこれ────」
『正式なお仕事の依頼です』
若い女性の声。
凛々しさは伝わってくる声音に、どこか純粋さもある抑揚。男性にとってはこのような客は初めてであった。
しかし、失踪事件関連と聞いて、またかと男は溜息を吐いた。
いい加減うんざりだと切ろうとした時、冷たい声でキッパリと仕事だと言われたことに男は驚いた。
内容にとって受けようかと……要件をどうぞと話を続けさせる。
『実は一週間前ほどから、大切な友人と連絡が繋がらなくなってしまって。一応、携帯は持っていたのですが、それも圏外だと』
「警察には伝えましたか?」
『……伝えられない事情があります。失踪事件にも関係がありますので』
「なるほど。ウチに依頼をしたのは、“ そういうこと ”ですか」
『信頼できる方に、貴方ならば大丈夫だと伺っております』
信頼できる方とは一体誰のことだろうかと疑問に思う男。知り合いが多過ぎて、分からないが名前を出さないところ、ヤの付く人達だろうか。
しかし、このような探偵事務所に舞い込んでくる依頼は、裏の事情がある人間からというのは珍しくない。
特に思い浮かぶこともなく、人探し程度ならば問題ないだろうと勘繰らずに、依頼を受けることを決めた。
「貴方の年齢を伺っても?」
「はい。今年で十九歳と聞いています」
十八歳未満では依頼を受けることは出来ないため、必要な確認であった。
たまにキレる奴もいるが、そこは疑問に思わずに通じたところは良いところだと男は安心した。
「では、その依頼を受けさせていただきます」
「っ‼︎ ありがとうございます」
「依頼料等は一度、顔を合わせてからにしましょう。では、お名前をお願いします」
男は目の前に乱雑に置かれた破れたコピー用紙にペンを立てた。
「ディア。ディアゼウスと申します」