都市伝説少女   作:龍田乃々介

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第21話 爛が見た光

 世間を騒がせる都市伝説「ヤク教狂シスター」こと、ドラッグテロリスト・シスターラリファ。そしてその信奉者集団である「ヤク教」。彼らの撲滅作戦を警察と麻取が計画しているが、肝心の拠点が掴めていない。深衣とカルテの二人は、袂町(たもとまち)商店街に広く顔が利くと噂の「事情通の桃園」であればその力になれるのではと、情報提供の提案をしにきたという体で話をした。

 怪異や陰陽師、そして彼らと深衣たちの関係性についてはカルテが誤魔化したため、話はやや牽強付会な流れを辿った。特に「ガサ入れ計画を一般人のはずの二人が聞きつけている」ことについてはいかにも怪しい。

 

 しかし聞き終えた桃園はそれを指摘することもなく、瞑目し深呼吸をしたのち「そうか」とただ一言呟く。

 

「警察なあ、いっぺんここにも訪ねてきたわ。まだ看板にシートしてなかった頃やから、九月中旬か、下旬か。そんときの態度がバリムカついたから無視しとってんけどな」

「えぇ……」

 

 詳しくは語らぬ桃園だが、「薬膳」の二文字を見てヤク教の関連施設かのように決めてかかって来た横柄な警官の言動に、当時の彼女がどれだけ腹を立てたのか深衣は感じ取ることができた。「無理もありません! 当然の対応なのです!」そう強く賛同する彼女にカルテと桃園、バックヤードから覗く松竹梅の三人も驚きを覚える。

 

「おもろい嬢ちゃんやな。アンタの言葉はなんか、あたしと同じぐらいの熱量があるって感じがする」

「え、っと、そうでしょうか」

「おう。まあそういう訳で警察はほっといて、クソボケカルトどもには別で対応しててんけどな」

 

 桃園の店に一見(いちげん)の客は滅多に入ってこない。立地の悪さやメニューの性質のせいだろう。

 だが日中はまばらに人が入ってくる。ウワサ好きの主婦のグループ、困りごとの相談や単なる世間話に来る商店街の店主、その人脈を当てにする探偵業の者、彼女が助けてきたはぐれ者の少年少女、そして大っぴらには名乗れない素性の者。桃園ランという人間を頼ってくる者たちだ。

 いわく「一番マシ」らしい杜仲茶を注文する彼らとの会話で桃園の元には情報が集まってくる。三丁目の路地裏で取引が行われた、信者が集まって建物に入っていくのを見た、薬漬けにされた弟分がそこに通っているらしい……など。盛り場や薬の保管場所は大まかに伝わってくる。

 これまではそこに「薬物お断り」のチラシを執拗にポスティングしたり、清掃活動で拾った吸い殻やパッケージなどの入ったゴミ袋を入り口に捨て置いたり、商店街連合の重点パトロールと称して出入りする人物をストーキングしたりといった地道な嫌がらせを続けていた。

 

 しかし教団が袂町(たもとまち)を去る気配は一切なく。戦い続けてきた街の人々も次第に疲弊し希望を失っていく。このまま商店街は薬物乱用者と売人の巣窟になってしまうのでは。そんな不安がいよいよ住民の間に漂い始めていた。

 

「そこに、さらに悪い知らせが届いた。警察からの『ハロウィンイベント中止要請』や」

 

 着ぐるみパレードや仮装大会、地元出身のタレントによるトークショーに有名アーティストを招いてのコンサートなどで商店街を盛大に盛り上げる一大イベント、「袂町ハロウィンフェスティバル」。

 一週間にわたるこの祭りは十月二十五日から始まる予定だったが、開催三日前に突如港庫(こうご)県警からの自粛要請が商店街連合会長の元に届き。交渉の末なんとか「開催延期、ハロウィン当日からのスタート」という話にまとめた。

 桃園は後になってそれが、二十五日に行われる第二次ヤク教拠点大規模捜索のためであったと知った。そしてそれが失敗に終わったことから予測していた通り、商店街は再度のイベント自粛要請を受ける。今度はより強く、「イベントを中止せよ」といった旨であった。

 

「大変なことになってしまいましたね……」

「ほんまにな。この件で商店街のみんなは荒れに荒れとる。敗戦ムードで諦めて中止に従う『中止派』、薬物カルトに屈してなるものかといきり立つ『断行派』、いっそ全店休業にしてストライキしようとか言い出す『発狂派』。主にこの三つに分かれて毎日あちこちで言い争いや」

「桃園さんはどれ派なんですか?」

「……どこにも。まだ決めてへん」

 

 自分が手を挙げたらそれが通ってしまう。中止も断行も、自殺めいた休業も、すべて自分の責任になる。そんな状況だった。故にここ数日の桃園はこの件に大いに頭を悩ませていた。

 

「来る客といえば派閥モンばっか。聞く度にそいつの主張だけが正しい気がしてくる。

 この治安で開催すればお客さんにも被害が出るから中止。

 強盗に家を明け渡すような屈辱耐えられへんから開催。

 休業でヤク中どもが通りに浮き彫りになれば警察がみんな捕まえてくれるから休業。

 しまいにゃ余所の店のモンや駅のお偉いさんなんかが来て『休業は困る。乱用者(あいつら)が袂町からこっちにあぶれて来よったら迷惑や』みたいなことまで言い出す始末。さすがに疲れたわ……」

「桃園さん……」

「そこに、アンタはようやく希望になりそうな話を持ってきてくれたな」

 

 修羅の目つきが不意に柔らかくなる。立ち上がり、二人に向けて斜め四十五度の美しいお辞儀を見せた。

 

「警察への情報提供、提案してくれてありがとう。正直、それでもハロウィンイベントの件は厳しい選択をせなアカンのやろうけど……ちょっとでもこの状況に出口の光が見えたことは嬉しかった」

「いえいえ、なのです! こちらこそ、ご協力いただけるのであればなによりで……」

「ヤク教の活動拠点は、二人に言っとけば警察に伝えてくれるんかな?」

「はい! 確かに伝えむぐっ」

「ちょっとミーコ! あ、えっとですね、すみませんアタシ話下手で、別にアタシたち警察の回し者とかではなくてただ噂に聞いたからこうしたらどうなのかなってことがちょっと気になって来ただけで」

「ええよええよ取り繕わんで。こんな見た目やけどな、色んな人間と出会ってきて人を見る目はかなり磨かれた方や思とんねん。つまりは、まあ、ワケアリなんやろって」

「……ぐ、お気遣いありがとうございます」

「おう。年長者の厚意には甘えとき」

「どう見ても幼女の人に言われるとちょっと複雑ですけどね」

「むぐぐっ、カルテちゃん! 人の容姿を軽々しくいじるのはよくないのです!」

「なっはっはっはっはっは! ええって、もう、変な子らやなあ」

 

 店の中に桃園の豪快な笑い声が響く。バックヤードから見守る松竹梅の三人はほろりと涙をこぼした。こんな明るい彼女を見られたのはいつぶりだったか、ずいぶんと久しく感じられたのだった。

 

 

 ◇

 

 

「ね、口直しでヨネダ入らない?」

「いけません! もう晩ご飯の時間なのです。しかもヨネダは特に量が多いことで有名ではないですか」

「胃の中から食道を登ってくる匂いだけでキツイのよ……アンタよく平気で食べられたわねアレ」

「……いい子は陰口を言わないのです」

「手に入れた情報、蘆屋先輩に送るんでしょ? 一刻も早く送るべきだけど、歩きスマホとかながら通話で伝える気? 店に入りましょうよ」

「むむむむ……」

 

 人の往来の激しい中華街を避けて、路地裏を北上し袂町商店街に来た深衣とカルテ。時刻は既に十九時過ぎ。

 話を終えて店を出る際、治安の悪さを鑑みて桃園は松竹梅に二人を送らせようとした。しかし後ろで三人とも内心賛同しかねていたのを悟って深衣が断ったのだ。

 ──さすがにそろそろ店開けて少しでも稼がないと、食ってけなくなっちゃいますよ……。

 桃園は彼女たちが金を借りていた悪質金融業者に話を付けて一本化して負ってくれた、恩人かつ債権者であるらしい。

「お巡りさんもパトロールしてくれていましたし、平気なのです!」主張を譲らない深衣をカルテも支持したので、桃園や松竹梅の三人とはタオシェンジンの前で別れることになったのだった。

 

「いえ! 来る前に連絡しておいたとはいえ、ここまで遅くなってはお母さんが心配しているのです! 速足で帰りましょうカルテちゃん! 家に帰ってすぐにこみ先輩に伝えるのです!」

「ええーっ。あっ、ちょっと待ちなさいってミーコ!」

 

 カルテに影響されるのを避けてか深衣は聞かずに競歩のスピードで駆けていく。

 広々とした通りは夕方ほどの人混みではなかった。みんな中華街の方へ食べに行ったのか、あるいはよからぬ取引の本場に消えたか。

 まばらに通行人の歩く商店街を、呪われた少女はスタスタと前へ進む。

 その後ろを追うカルテが短く声を上げた。

 

「っ!?」

 

 深衣とほぼ同時に。突然のその出来事に驚き、固まり。

 

「だ、大丈夫ですか、なのです!!」

 

 優等生はすぐに駆け寄る。

 

 

 通行人が倒れた。冷杯(れいばい)深衣の目の前で。

 それはタイトな黒いロングワンピースを着た、黒髪の女だった。

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