都市伝説少女   作:龍田乃々介

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第23話 最強の退治人VS最凶の怪異

「ミーコ! 大丈夫!?」

「っく、けほっ、ごほっ……カルテちゃん……」

 

 止めていた呼吸を再開し、肺へなだれ込んでくる酸素にむせる深衣(みい)。

 蹴散らされた人垣の残骸を避けながらカルテは駆け寄り、へたり込む親友の背中をさすって介抱する。

 

「二人とも 危ないから下がってて」

 

 窮地に参上した怪異少女は正面を向いたまま告げる。その視線の先には別の怪異の女。カルテは肩を持って深衣を助け起こすと、危地を脱すべく後方に下がる。

 

「カルテちゃん、クロユリさんは」

「ごめんミーコ。救急車頼まれたとき蘆屋先輩の言いつけ思い出してさ。先にクロユリさんに電話して呼んどいたの。そんで119もしてたらいつの間にか信者がアンタを囲んでて、助けられなかった」

「いいえ、こうして無事に助かりました。ありがとうございますなのです!」

 

 人垣の外の通りには不自然なほど人がいなかった。警官は一人もおらず、ドラッグストア前のこの騒動に様子を見に来る店員もいない。まばらにいる通行人は怯えて逃げられなくなっているか、動画や写真を撮っているか、拝んでいる信者か。

 シャッターの下りたテナントの前まで避難して黒セーラーの後ろ姿を見守る二人。カルテは既に小路への連絡も済ませたという。「五分で行く」と返事があってから二分が経過していた。

 到着までの数分間。怪異少女と薬物聖女が対する。

 その好戦的な逸話とは裏腹に、クロユリさんの方から口を開いた。

 

「初めまして わたしは都市伝説怪異 【怪異退治のクロユリさん】 きみを殺しに来たんだ きみは【ヤク教狂シスター】で合ってるよね?」

「あら えっと どういうことかしら…… わたくしはラリファ シスターラリファと呼んで慕ってくれる人もいるけれど ヤク教……きょうしすたー? それに 都市伝説怪異って?」

「きみの目的はなに? 薬物中毒者を増やしてどうしたいの?」

「うふふ 違いますよ わたくしが増やしているのは中毒者ではなく依存者 愛に目覚めた人たちです わたくしの目的は愛を広めること 愛によって人を救い 愛に満ちた世界を創ること!」

「どうしてそんなことをしようと思ったの? 動機はなあに?」

「…………動機?」

 

 興奮しながら理想を語っていた女。しかしその始まりを問われると、その息遣いごとピシリと静止して黙り込む。

 退治人はその様子をじっとりと観察しながら待つ。待っている間に彼女の権能『怪異理解』が進行し、対する聖女の力の秘密を暴いていく。

 通りの不自然な人の少なさがヤク教の誘導とシスターの『韜晦薬事』によるものとわかってきたころ、再び女は喋り出した。

 

「わたくしはシスターラリファ おクスリでみなさまを救済するのが使命! クロユリさん でしたか? あなたにも…… 愛を教えてあげますねぇ……!」

 

 ゆらりと態勢を崩し、ぐらり前のめりに倒れるようにして急接近。黒セーラーの白いリボンを掴まんという距離に来る。

 その腕を余裕をもって躱すと、退治人は三叉槍の穂先を横向けで叩きつけ、シスターを深衣たちとは反対方向に弾き返した。

 

「わかってきたよ きみはそういうタイプの怪異なんだね」

「ぐあっ…… はいぃ……?」

 

 クロユリさんはちらりと流し目で周囲を確認する。ヤク教教徒たちは「突如現れた槍で武装した少女に教祖がやられている」という異常事態に戸惑い、混乱と恐慌のなかで状況を窺い見ていた。

 彼らと後ろの深衣たちに聞こえるようはっきりとした声でクロユリさんは話をつづける。

 

「疑似人格 人工知能のようなもので動いてるタイプ きみはヤク教狂シスターの逸話の集積から生成された 整合性の取れる主義主張と趣味嗜好を持っているだけの紛い物 そこに自我や記憶はない 人間じゃない 偽物なんだ」

「なにを…… 言っているのですか……?」

「外界の刺激を入力として『ヤク教狂シスター』らしい反応を出力するだけの再現存在 人真似の怪物 きみの言葉に血の通ったものはなにひとつない 救いも 愛も 何もかも『ヤク教狂シスター(きみ)』特有の鳴き声にすぎないってことだよ」

「鳴き声……? わたくしの…… わたくしの 愛の 訴えがぁ!?」

 

 倒れていたシスターが立ち上がろうとする。その傍には人垣を作っていた信者たち。だが誰も手を貸さない。目の前の存在が、敬い畏れ崇め愛した存在が、「そういう音を出すだけの化け物だ」という指摘に硬直して、ただ立ち尽くしていた。

 そんな彼らの足元へ、ポトポトと落ちてくる物がある。

 

 シスターのロングワンピースの裾から零れた麻薬。コイン、懺悔室、香、切符、雲……あらゆるシスタードラッグ。そして既存麻薬の数々。

 錠剤、液体、乾燥植物などをその場にばら撒きながらスカートは裂けていき、細長い二切れの黒い布に。シスターの白い脚を露わにする。

 ジャラジャラと流れ落ちる薬物を一掴み取り上げると、シスターはその全てを口の中へ放り込んだ。咀嚼することもなく丸呑みにして、くすくす、くすくすと鈴を転がすように笑う。

 

「ああ あっ ああああ……っ これが 偽物であるはずがないのに…… この愛が  紛い物なはずないのに うふふっ んあっ あ はははふふふふひっひひひぃ……」

「そうだね 困ったことに『麻薬(それ)』は本物だ それがきみの権能だからね」

 

 人々の噂から実体化したありえざる存在、都市伝説怪異。彼らの及ぼす影響は集合的無意識に基づく現実の修正力によって人知れず消去される定めにある。

 クロユリさんがやってきたとき開けた天井の穴。それは『怪異退治のクロユリさん』という都市伝説で恐れられた現象ではないため、今その穴は人一人も通れないサイズになっている。二次被害として負わされた傷や壊された物は誰も見ぬ間に元に戻される。

 だが権能はその例外。修正しえない情報量を持って現界する、人々の恐怖が怪異に与えた力。それによって現実に刻み込まれた影響は消えない。作り変えられた脳も、こびりついた快楽も、無かったことにはならない。

 シスターの権能『麻薬無尽』はどんな麻薬も尽きることなく供給することができる。服の袖や裾、胸元、口の中……彼女の体の見えない部分から無限に取り出すことが可能で、それを一度でも摂取した者は体質や精神性に関わらず必ず依存症になる。

 

 クロユリさんの権能『怪異理解』は彼女に告げる。

 麻薬無尽で精製された麻薬の効果は、怪異であるシスター自身にも、クロユリさんにも同様に作用する。

 シスターに触れることは絶対に避けなくてはならない。

 

「さあっ!!」

「っ!」

 

 跳躍して急接近するシスター。先ほどとは比べ物にならない速さ。間一髪躱すクロユリさんだが追撃の機は逃し。

 すぐに三叉槍を構えた退治人の少女へ薬物の聖女は急旋回して戻ってくる。狂気的な笑い声を上げながら、一瞬のうちに七度繰り出される突きを潜り抜けて白い手を伸ばす。

 クロユリさんは槍を左手から離して、跳んでくるシスターの足元へ潜り込むようにしてやり過ごし、振り返って落ちる前の槍を右手で投擲。石突をシスターの背中に命中させた。

 呻き声を上げるシスターラリファ。しかしひるんだ次の瞬間には翻って退治人の槍を奪い取った。飛び退いて距離を取ったクロユリさんの前で、歩く薬物工場は胸の谷間に右手の指を差し込む。

 そこから取り出したのは、幾何学模様の描かれた虹色のロール。

 

「あなたにも 愛を 教えてあげます…… 女の子だから 気に入ってくれるかしら? かわいいかわいい『マスキングテープ』……」

 

 槍の柄に端を付着させると、ビーッと音を立ててロールを引き、ぐるぐると巻きつけていく。みるみるうちに悪趣味な極彩色に槍は飾り立てられ。

 テープを使い切ると、シスターは柄を舐めてなぞった。

 

「ひは……っ これ LSD(エル)を染み込ませてるんですっ! ふふふっ 学校でも職場でも使えて 嫌なことがあったら すぐ 万華鏡の世界へ逃避行ができるんですよぉ……! あははははっ」

「人の槍をそんなものでデコらないでほしいな」

 

 クロユリさんは襟元から背中へ腕を突っ込み黒傘を引っ張り出す。

 怪異理解が新たに告げる。シスターは今「超覚醒」と呼べる状態にあった。

 度重なる覚醒剤をはじめとした薬物の常用で心身ともに薬に適応している彼女が、さらなるドーピングによって戦闘能力を向上させた状態。気管支の拡張と交感神経への刺激。心拍数・血流の増加、神経細胞の活性化がもたらす集中力の増大。興奮した精神が肉体から活力を引き出し、動体視力と反射神経の上昇が異常な敏捷性を生んでいる。

 それはクロユリさんに匹敵しうる性能へと至っていた。

 

「どうぞ 受け取って!」

「いらない」

 

 柄はLSDのマスキングテープとシスタードラッグの雲、穂先には大麻のリキッドが掛けられた薬物塗れの槍をシスターは退治人へと突き出す。一突、二突、三突……秒間六回の刺突を飛び散る薬液ごと避けるため退治人の動きは大きくなり、その分隙も大きくなる。

 それを突くようにシスターは蓋の開いたカートリッジの投擲を織り交ぜる。瞬時に傘を開閉して逸らす退治人だったが、止まらぬ猛攻を凌ぐうちにその立ち位置はずるずると後方に追い込まれていき。

 ガシャン。腰が店先に出された陳列ワゴンにぶつかる。

 

「クロユリさんっ!!」

 

 思わず叫ぶ深衣。シスターはニタリと笑みを浮かべる。息を呑んで見守るカルテ。逃げ場を失くした退治人の少女は。

 しかし、不敵に微笑んでいた。

 

「やっとわかった きみの核」

「さあクロユリさん? 薬物の世界へ ようこそぉおっ!!」

 

 散々振り尽くされもはや薬液の滴らぬ穂先。だがそれを刺し込まれれば薬の成分は間違いなく取り込まれ、麻薬無尽の特性が必ず彼女を薬物依存症へと落とす。

 その麻薬槍の刃を、怪異少女は。

 

 左手で柄を取って逸らし。

 

 引っ張って引き寄せたシスターの鳩尾に傘の先端を突き立てた。

 

「ぐあっ…… あ はは? 触りましたね? どうですか? 特殊精製の即効薬です 光が綺麗に見えるでしょう……?」

「…………」

 

 前髪で隠れて見えないクロユリさんの表情が、未知の快感で恍惚しているものと思い込んでシスターは嬉しそうに話しかける。

 沈黙している彼女の手を見ていなかった。

 怪談殺し、打ち滅ぼす少女(アンチガール)、怪異絶対殺すガールと語られる彼女の特質。

 

 権能『退治道具』。

 薬物テープで飾られた柄を持つ手は、ぴっちりとしたゴム手袋で防護されていた。

 

「これは きみのおかげで流行ってるらしいね」

「……あっ」

 

 腰をぶつけた店頭ワゴンの上には大量のゴム手袋。その上に無造作に解かれた包装が一つ。

 『退治道具』は彼女が怪談ごとに違った武器や道具で以て怪異を殺戮してきたことに由来する力。無から槍や剣を取り出すだけの力ではなく。

 その場にある物で怪異に対抗する能力でもある。

 

「ええ! みなさん おクスリを触るのを避けてそんなものを着けるようになってしまって おかげで出会いにも苦労するようにいぎゃあああああああっ!?」

 

 傘をしまった退治人は虚空からスタンガンを取り出すと、槍を持つシスターの腕に二百五十万ボルトの電撃を食らわせた。

 

「うぶっ ぐぐ がはっ だ んっ で……?」

「薬でドーピングできるってことは 効果が作用する肉の体がちゃんとあるってこと だったら電撃も効くと思ったんだ」

「ど……して 持っ…… がっ……」

「えっ だって 女の子が夜な夜な街をパトロールするのに 防犯グッズの一つも持たないはずないでしょ」

「い ぐぅっ ふふふ…… すばら しい 心がけ です こと……」

 

 地に伏し痙攣するヤク教狂シスター。それを見下ろしながら、黒セーラーを着た処刑人は無慈悲に続ける。

 

「わたしは怪異退治の都市伝説から生まれた怪異 あるのは退治道具だけじゃない 怪異(きみ)を殺して二度と蘇らなくする権能もある」

 

 権能『対抗神話(カウンター・ミス)』。都市伝説の内容から核となるアイデンティティを定め、それを象徴する物の破壊を以って怪異を完全に殺害する能力。『怪異理解』はようやく処刑人にその弱点を教示した。

 

 都市伝説「ヤク教狂シスター」の怪談の象徴。知らぬ間に薬漬けにされる恐怖を決定づける物体(アイテム)。人々が最も恐れを抱く姿(イメージ)。

 

 それは麻薬を食らわされ、手遅れになった後になってようやく見えてくるという怪異の正体……シスターの着る「修道服」。

 あるいは、修道女のベール(ウィンプル)に錯視される白い前髪と黒く長い後ろ髪を備えた「頭部」。

 

「凌辱は嫌いじゃないけど 未成年の前だからね その頭の方を潰させてもらおうかな」

 

 黒い処刑人は麻薬塗れの槍を地面に放り出し、掲げた手にバールを現出させる。

 未だ動けないシスターに跨るようにして立ち、一撃で頭部を粉微塵に破壊できるよう振りかぶった腕にぎちぎちと力を溜めていく……その最中で。

 シスターは振り絞るように、呻くように、くくくと笑い出した。

 

「言いたいことがあるなら 悔いがないよう言うといい 待ってあげるよ」

「くふ ふふふっ いい…… いいんです……かぁあっ? 待って くださるんですかぁ? くく くぁ あっは ははははふふふふっ」

「あと五秒できみを殺す」

「間に合いますかぁ? 彼らは今にも死にそうなのに!!」

 

 瀕死の聖女は地に這いつくばったまま他方を指さす。

 その方向を怪異の少女は左目だけ動かして追った。

 

 三人の男女が転げまわっているのが見えた。

 一人は地面に頭を打ち付け、一人は腕から首までを掻きむしり、一人は泡を吹いて痙攣している。

 その手元足元にはカラフルな包み紙。出来損ないの紙巻。零れた乾燥植物の欠片。

 シスターがワンピースのスカート部分を裂いたとき地面にばら撒いた物を、彼らは拾い集めてその場で使用したのだ。その薬の正体を知りもせずに。

 シスターは哄笑を上げる。

 

「危険ドラッグ! ご存知ですかぁ? 合法イメージで売れていただけであれはぁっ ただの猛毒なんですよぉ!!」

「五秒経った さようなら」

 

 退治人は使命を優先し、血濡れの鉄梃(かなてこ)を振り下ろす。

 その直前で。

 

「また会いましょう」

 

 振り向いた聖女の貌はほとんどが開いた口。

 その中は火のついたタバコとバスボムサイズの球体。

 

 力の方向性が変わる。目的が「破壊」から「打ち出し」に切り替わる。

 本能的に察知した危機を回避すべくクロユリさんはバールの梃をシスターの頭に引っ掛け、全力で振り抜き、アーケードの天井に開いた塞がりかけの穴目掛けて撃ち飛ばした。

 

 再び開いた小さな夜空に吸い込まれて間もなく、穴の向こうに煙の花が咲いた。

 

 おそらくは、球形入浴剤に似せられた薬物の煙玉。

 この場の人間全員を麻薬の煤煙に巻き込んで姿を晦ます計画だったのだ。

 

「……『また会いましょう』 か」

 

 険しい表情で天を仰いでいた怪異の少女は、守り切った二人の少女の方を見遣る。

 一際目を引く華奢で可憐な黒髪の少女は不安げに空を見上げていた。

 

 先の戦闘で怪異理解が最後に告げてきたのは、今現在のシスターの目的。

 薬物に溺れる理想の世界の実現ではなく、短期的な目の前の目標。

 それは、偶然出会い一目惚れした相手を「愛に目覚めさせる」こと。

 眩い愛の痕跡を持つ少女を真実の愛で救うこと。

 すなわち。

 

 

 冷杯(れいばい)深衣(みい)を薬漬けにすること。

 

 

「きみの呪いは どこまでいっても呪いみたいだね」

 

 怪異少女はセーラー服を翻し、退治道具の絆創膏を取り出して転げまわる信者たちの元へ歩いて行った。

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