都市伝説少女   作:龍田乃々介

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第24話 保護

「はぁ……はぁ……状況は?」

「やあ 遅かったね こみちゃん」

 

 袂町(たもとまち)商店街一丁目、黄色と黒がシンボルカラーのドラッグストア前。警官と救急隊員が行き交い救急車と警察車両のランプが照らす中で、小路と浄土寺はクロユリさんたちと合流した。

 カルテからの電話に「五分で行く」と答えてから十五分後。彼女たち二人より先に周辺をパトロールしていた警官が駆けつけ、カルテが呼んだ救急車が到着し、深衣とカルテは被害者として事情聴取を受けたあとだった。

 

「ごめんカルっち、みーちゃん。亜風伯で飛んでこ思たら風が強くて無理で、アオっちと車で行こ思ったらどっかのアホが事故ってて、しゃーなし走って来たら結構かかって……」

「……クロユリさんは間に合ったんで、いいですけど」

「うわあ~ごめんてカルっち! そんなダメ人間見る目で見んといて~」

 

 縋りつくポーズでカルテへと近寄る小路に、危うく親友を薬物依存症にされかけた少女は心からの失望の眼差しで迎え撃つ。対して、襲われた少女本人は「まあまあ、なのです」と呑気に諫めている。

 三人をよそに、仕事でふざけることはしないのがモットーの取締官は怪異少女に声をかけた。

 

「貴方がクロユリさんですね。初めまして。アオと呼んでください」

「はじめまして よろしく アオちゃん」

「状況の説明をお願いします」

「わたしが来たところからでいいの?」

「はい。構いません」

 

 深衣とカルテが袂町に来た経緯を陰陽師の二人は把握している。

 麻薬取締部と港庫(こうご)県警の合同大規模捜索によるヤク教撲滅作戦。そのために必要なヤク教の拠点情報を商店街の事情通「桃園」に尋ねに向かった。

 その帰りに深衣の目の前で女が倒れ、救急車の手配を頼まれたカルテが怪異少女と119番に電話をしている間に深衣はヤク教信徒に取り囲まれていた。

 

 それからの出来事を怪異の退治人は端的に述べる。

 深衣の強い気配を頼りにやってきた彼女はシスターとの間に割って入り、ヤク教信徒を蹴散らして救護対象を確保。都市伝説怪異【ヤク教狂シスター】との戦闘に入る。

 ドーピングしてからのシスターはクロユリさんとほぼ互角の身体能力だったが、最終的には権能で有利を取れる退治人が王手を掛けた。

 しかしシスターはドラッグで危篤状態にしておいた信徒を人質としたほか、自らも巻き込む煙玉を見せることでとどめの一撃を回避。殺すつもりの振り下ろしが横殴りからの上空発射となり、そのまま逃げられた。

 その後は権能による二次的な傷病に効果のある退治道具、絆創膏や包帯を使って急性薬物中毒の教徒を回復させ、やって来た警察と救急隊員にそれとなく患者を任せ、一仕事終えたので深衣たちと話に来たところで今に至る。

 

「ヤク教を追おうかとも思ったけど やばい人の手当てを終えたころにはみんなどっか行っちゃってたから 意味ないかなと思ってきみたちを待ってたんだ」

「なるほど。まずは冷杯さんの救助及び重篤患者の救命措置について、ありがとうございました」

「どういたしまして」

「質問なのですが、貴方は弱点と決定づけたシスターの頭部をバールで強打したのですよね。それで彼女が退治されたという可能性はありませんか?」

 

 その問いには深衣とカルテ、そして小路も耳を傾けた。特に怪異との戦いの経験が浅い二人は、鉄梃(かなてこ)でゴルフボールのように頭を打ち飛ばされた人間がまだ生きているとは到底思えなかった。

 しかし怪異の少女は首を横に振り、明確に否定する。

 

「現在進行形で恐怖を大量に集めている怪異なら 弱点を破壊するための一撃以外で死ぬことは考えづらい 頭が首から千切れ飛んでも 墜落して全身ぐちゃぐちゃになったとしても回復する 十中八九また現れると思うよ」

「そ、そうなのですか……!?」

「その辺は理屈より『物語』とか『文脈』で考えた方が納得いくで。なんせ『都市伝説』怪異やからな。殺すつもりで殺して、消えるところを確認できてようやく退治完了。それができんかったなら大体生きとると思った方がええ」

「そういえば、禁七のときも倒した奴ら復活してましたもんね……」

 

「お姉ちゃんら、なんの話しとるん?」

 

 幼(いと)けない女の子の声に一同は体をびくりと跳ねさせる。気が付くとすぐそばに小学生か中学生くらいの女児が立っていた。

 まずい会話を聞かせたかもしれない。その事実に気を取られて、少女の変わった服装には気づいていない。

 

「げっ!? えっと、あれ~? どしたんお嬢ちゃん、迷子かな~?」

「あっ、こみ先輩その方は」

「親御さんはどこですか? こんな危ない場所を夜に一人で出歩いてはいけませんよ」

「あの、その人が……」

「はじめまして きみは見える人かな?」

「迷子はー、せや、あっちにおる婦警さんに預けよか。なあ?」

「いえ、私が預かりましょう。ついでに物忘れの術も」

「やっほー 見えてる?」

「あんなあ……お前ら」

 

 小路たちに問われるごとに俯いていったチャイナドレスにお団子ヘアの少女。ぷるぷると力んでいた腕を大きく振りかぶり、殴る、ような勢いで腰に手を当てると、内臓まで響く大きく低い声で凄んだ。

 

「ガキや思てナメとんちゃうぞボケども!! なんの話やて聞いとんじゃ答えんかいアホンダラ!!」

「……え」

「…………?」

「わ こんなに怒られたの初めてかも」

「クロユリさん……」

 

 呆気に取られる陰陽師の二人と、認識されているか怪しいためヘラヘラしている怪異の少女。明らかに年下の少女に怒鳴られているという異質な状況がよくない注目を生むのを感じて、深衣は振り返り全方位にとりあえず頭を下げる。

 その友人に代わってカルテが紹介をした。

 

「蘆屋先輩、この人が『桃園』さんです。それどころじゃなかったので言えなかったんですけど、ヤク教の拠点っぽい場所教えてくれました」

「えっ……!?」

「なんや、オーヤケちゃんの先輩かいな。初めましてぇ。桃園爛(ラン)ですぅ」

「えっ……?!」

「桃園さん、なんでここに? 店にいたんじゃ……」

「そら見にも来るやろ。通り一丁目でヤク教騒ぎやなんて聞いたら」

「あ、もう。さすがに耳が早い」

「えぇ……っ!?」

 

 どう見ても幼女の出で立ちからヤクザめいたドス声、かと思えば幼女そのもののようなあざとい声色、しかし滑舌や話し方はいかにも風格がある。そのギャップに小路は尚も混乱。浄土寺は完全にフリーズしていた。

 

「はじめましてランちゃん わたし クロユリさん」

「レーバイちゃーん、もうええやろー。こっち来て何があったんか教えてーや」

「うん 見えない人みたい 話聞かれたのは耳晦ましを破られたんじゃなく こみちゃんが打ち忘れたからだね」

「ああ、そですか……」

 

 条件型実体怪異であるクロユリさんは窮地に陥っている人間という条件を満たすか、高い霊感のある者でなければ見ることができない。桃園は見えもしなければ聞こえもしない一般的な性質の人間だった。

 

 呼ばれた深衣が戻ってきて、認知されない怪異少女や思考のロードに入った陰陽師二人の代わりに桃園にいきさつを伝える。

 例のごとく怪異の話はカルテがごまかし、助けてくれたクロユリさんは通りすがりの武闘派女子高生ということに。この場にいる小路は高校生探偵、浄土寺はそのまま麻薬取締官として紹介された。

 

「オーヤケちゃん。アンタのウソはちょっとオモロすぎるからもっと練習した方がええ」

「嘘ですか? 何の話かわかりませんけど、わかりました」

「ああ。ほんで、高校生探偵さん?」

「えっ、ウチ!? あっはい。えと、真実の数とか言うた方がいい?」

「それ東の高校生探偵やろ。やなくて、見たところアンタがこん中で一番エラい人や思うんやけど、合ってる?」

「……いやあ、ウチは仲介役です、警察のお偉いさんやってる父様の」

「つまり一番エラいんやろ。ほないっこ聞いてええかな?」

「……なんですか?」

 

 筆頭調伏師。怪異事件において小路がこの場の誰よりも上の立場にあることを桃園は一目で見抜いた。その彼女からどんな質問が飛んでくるのか、もし怪異絡みの真相を話せと言われたらどう逸らせば納得させられるか。

 喉を鳴らして構える小路に、しかし桃園は、気落ちしたような調子になって確認した。

 

「大通りでヤク教の乱痴気騒ぎ。治安の悪化ここに極まれり。こりゃ、ハロウィンイベントはいよいよ中止、やろかね」

「それは……ええ。どう頑張っても、そうなるかなと思います」

 

 厳しい判断を告げる小路。それに心底落胆した様子の桃園は、年齢不相応の身体がさらに一回り小さく見えた。

 警察との協力でいち早くヤク教撲滅の目途が立てば、せめて延期にはできるかもしれない。深衣との邂逅で見たそんな希望がこうも早く打ち砕かれるとは。

 水平な前髪から覗く鋭い眼光が細く弱くなっていくのを、深衣は口惜しい思いで見つめる。その気持ちは少なからず、隣の友人にも伝わっていた。

 

「なんとかできないんですか? イベント開始までまだ二日あるんだし、明日ガサ入れしてシスターを倒、捕まえられれば……」

「もちろんそのつもりやでカルっち。桃園さんから拠点の場所を教えてもらえれば、今から準備して明日の夜にはガサを打てる」

「ほんまに!? やったら商店街のみんなに説明して」

「それでも、なんです。桃園さん」

 

 つま先立ちで逸る桃園にぴしゃりと否定をぶつける小路。

 万事順調に事が運び、明日の夜にシスターが退治されヤク教が壊滅したとしても。

 イベントを開催することは非常にリスクが高い。シスターが消滅しても彼女が残した薬とその乱用者が消えるわけではないからだ。

 祭事の空気に浮かされた乱用者たちが薬を求めて、直近で大きなヤク教絡みの事件があった商店街に押しかける可能性は十分考えられる。しかしシスターが無事「逮捕」されていれば、シスタードラッグは供給が断たれたことで希少価値が生まれ、無料で配布するのを惜しんだ売人が値を付けることが想定される。

 ニュースでシスターの逮捕を知る、ドラッグの有料取引を目の当たりにするなどのショックが祭り気分の乱用者たちを刺激してしまった結果、最悪暴徒化して店や市民に被害が出ることを小路は危惧していた。

 

 最短撃滅シナリオであっても、商店街のハロウィンイベントはもはや開催できない。それがヤク教壊滅総力戦を指揮する彼女の答えだった。

 

「……そうか。ああ……。わかったわ」

「桃園さん……」

 

「……あのさ こんな空気で言い出しにくいんだけど みんな耳だけ貸してくれる?」

 

 深い悲しみと絶望の淵にある桃園をよそに、例のごとくマイペースな怪異の少女が語りかけてくる。小路たち見えている者は視線を寄越して彼女の発言を窺った。

 それは実のところ、特に厄介な話というわけではない。

 

「シスターの現時点の目的 権能で最後に掠め取れた情報なんだけど みーちゃんが狙われてるみたいなんだよね」

「…………」

 

 桃園の手前、見えない者と会話することもできない。小路は目を閉じ腕を組む動きで「そうか」と応えて、顎で浄土寺に合図する。フリーズ中の浄土寺を深衣が揺り起こして、耳打ちで小路の意図を説明。

 

「でしたら冷杯さんは港庫(こうご)県警本庁で保護しましょう」

「あ?」

 

 どこか天然の入ったマトリの女は突然にそう言って、桃園を困惑させる。

 

 しかし。

 その発言に最も衝撃を受けたのはカルテだ。

 

「……は? 保護?」

 

 シスターの目的は深衣を薬漬けにすること。狙われる深衣は安全な警察庁舎で預かる。理に適っていることだ。

 しかしそれは、言い換えるなら。

 

 

 ヤク教狂シスターが倒されるまで深衣は警察に軟禁されるということ。

「カルテは深衣と会えなくなる」ということを意味していた。

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