プラザを出たのは日が傾き始めた頃。アタシは駅へ向かってから少し寄り道をして、ミーコの住むタワマンを訪れた。部屋はあの辺りかな、頭を上げて眺めてみる。
今、そこにミーコはいない。
失敗すれば、いつまで捕まったままなんだろ。
クロユリさんは広く知られた都市伝説の中で唯一と言っていい、人間に味方する怪異。そして最強の怪異退治人。そんな人(?)が蘆屋先輩……歴史に名高いヴィラン陰陽師・蘆屋道満の子孫とタッグを組んで戦うとなれば、失敗なんてありえない。
なのに、なんでか。それじゃ
あの二人でも勝てない、かもしれない……そういう意味であり。そうじゃない意味でもある。仮に勝てたとしても、それが本当に望む結末なの? っていう、モヤモヤ。
──ちゃんと選ばなきゃダメよ。
いい加減首が疲れてきた。付け根を揉みながら回れ左で帰宅を再開する。
駅沿いに長い道を歩いて、喧騒もうやかましくて仕方ない駅を歩いて、階段下りてホーム歩いてやっと地下鉄に乗り込んで。
ふと目に入った扉の広告はどこかで見た本の宣伝だった。
[話題沸騰! 犬井龍美「安寧」シリーズ完結作『愛の王』 孤独に毒された欠落王の選択が、この世の愛を覆す…]
馬鹿みたい、と反射で逆張りしそうになりつつ。
いやこれ、きづなちゃんが読むって言ってたヤツかと思い出す。
ほんの先週の、金曜の放課後のこと……そう、そうだ、確かあの時、あの時言われたんだった!
──地毛は金髪だったよね。
窓を鏡代わりにして髪をいじる。
正面から見てもわかるほど伸びてきてる、パパも自慢のプラチナブロンド。
それを再び染め直すのか伸ばすのか、それを決めろってきづなちゃんは言ってたんだ。
けど。
それは。
アタシにとって…………。
◇
締め切ったカーテンの隙間から西日が差し込む。うっすらオレンジの暗い部屋。物思いに耽るにはちょうどいい。誕生日に買ってもらったゲーミングチェアに座り、少し背もたれを倒して目を瞑りながら考える。
思い浮かべるのはミーコのこと。アタシがずっと悩んでること。選ばなきゃいけないこと…………。
いや眠くなってきた。一瞬見ていた夢の中で、いつかのミーコが言っていた。
「手を動かしましょう、カルテちゃん! 板書を写すだけじゃなくて、その時授業を聞いて考えたことや思い出したこと、閃いたことなども書き込むのです。そうすれば頭が働いて眠くならないのです!」
アタシは確か「眠くて頭働かないから何も考えられないし思い出さないし閃かないんだけど」って返したっけ。「じゃあ夜寝てくださいなのです!」って言われて喧嘩みたいになったの、アホくさくて面白かったな。
身体を起こして、鞄からノートを取り出して机の上に広げる。スタンドライトを点けると白が眩しかったけど、すぐに慣れてペンを走らせれるようになった。
頭に胸に渦巻くモヤモヤ。一つ一つ書いていく。
[・選ばなきゃダメ。髪色の話だった。染める? 伸ばす?]
これは後でいいか。
とにかく書いて整理しよう。思いついた順、そしてほぼ時系列順で書き出して……。
とりあえず上から考えていってみることにした。
[・浄土寺さん。「今のミーコをよく見てあげて」アタシが昔のミーコほど今のミーコを考えられてないって。]
今のミーコ。人生破壊光線女の光を浴びて、浄土寺さんいわく「別人」になった、心が読めて共感性豊かすぎで超善良で怪異を寄せ付ける体質のミーコ。
元のミーコに比べたら、天と地の差。月とスッポン。天使と悪魔。
アタシをいじめてきたミーコはズルくて差別主義者で人の気持ちなんて考えない、誰かが貶められる姿でしか笑えない最低最悪人間。アタシが何か言う度に揚げ足を取って偉そうに否定して人格批判してうざったい皮肉を言って悦に浸るクズ女。
対して今のミーコといえば。危ない時に守ってくれる。怖いとき前に出てくれる。困ってるときに助けてくれて、アタシが苦手なことを代わってくれたりやり方を教えてくれたら支えてくれる。
オカルトの話を一々相槌打ちながら聞いてくれるし、質問までしていっぱい話してくれるし、変な口調ときゃぴきゃぴした声の掛け算がクセになるし、いつもくりっとした目しててかわいいし、表情がコロコロ変わるのが愛くるしいし、たまに世話焼きなのがちょっと面倒なときもあるけどアタシのことずっと考えてくれてるんだと思うとなんかキュンって
「あれ……!?」
浄土寺さんは言っていた。「貴方は今の冷杯さんから目を逸らしている」とかなんとか。
目を逸らすのをやめたら、ちょっと正面から考えてみたら、それを書き連ねてみたら……こんなんになる、わけ……!?
そんなはずはないので消しゴムを掛ける。
そしてもう一度考え直す。昨日のミーコ。一昨日のミーコ。一昨日の前から始業式までのミーコのことを思い出す。
そしてそれを、紙にペンで出力した。
「おんなじじゃないの……!!」
顔が熱い。胸が苦しい。これは桃園さんの料理のせい。きっとそう、絶対そう!
その、はず……。
だけど、黒いセーラー服のあの人は言った。
「恋愛かどうかは きみ自身で整理して決めたらいいよ それが大事だと思う」
「アタシが、決める……のか」
だったら。それなら。まあ、仮に。
ミーコを、今のミーコをアタシが好きになっていると仮定したとして。
………………いや。
だって、今のミーコを好きになるってことは。
今のミーコを肯定すること。光線女に改造された今の人格を認めることは、つまり。
元のミーコに戻るのを諦めることになる。
ミーコは言ってた。「
また新しく始めたかったから。
ミーコと、本当の友達になりたかった、から。
今のミーコが好きって、それとは真逆のことだ。
またか。これだからアタシは。なにやってんだろ? そんなことも忘れてたっての? 自分の馬鹿さがほんと嫌になる。
ペンを握る。シャー芯がノートに黒い爪痕を残す。
[いい子のミーコを好きになっちゃダメ]
そう。ダメだ。思い出せよ。アタシが、あの子に、なんて言ったのか。
──まず誰よりも優先して、アタシに償うべきでしょ! アンタは!
──アタシを救わないで、どのツラ下げていい子なんだっての。アンタがまず償うべきはアタシ。
アタシが今になって「あの話忘れていいよ。だって今のミーコの方が好きになっちゃったから」なんて言ったら……ああ、そうだ。
手元のノートに書いたこと。別の項に目が移る。
[・桃園さん。「告白するのとしないのとどっちがよかったのか」友達に告られて断ったら永遠の別れになった。]
アタシがそんな告白したら、この二人と同じことになりかねない。
例えば。
[ミーコ! アタシいい子のアンタが好き! ずっとそのままでいて!]
[わかりました! まずいい子の使命として、霊媒体質を活かして陰陽師になるのです! 危険な怪異を一掃してみんなが暮らしやすい世の中を作るのです!]
[──そして、ヤク教狂シスターみたいな激ヤバ怪異に単身挑んだミーコは見るも無残な死体になった…]
こんなふうに。
馬鹿な妄想を文字にして見て思う。
クロユリさん。あなたはどうして恋バナだなんて言ったんですか?
だってまとめたら、こうでしたよ。
浄土寺さんの言う通り考えてみて気づいた。アタシはミーコのことが好き。
桃園さんの話が気にかかった理由。ミーコを好きな気持ちは、絶対バレちゃいけないこと、伝えたら終わることだから。
選ばなきゃダメ、と思ってたけど。
アタシに選択肢なんかない。共感の呪いにもバレないよう、自分を騙し続けるしかない。堪えて苦しみ続けるしかない。新たな地獄に身を落とすんだ。
ペンを握る。力が籠る。自分の指と融合でもさせたいのかってくらい、強く握ってしまう。怪物の爪先が眩しい白に黒い感情を刻む。
[アタシはミーコのことが好き。だけどそれは許されない]
それは、正しく。
あの人の言った通りだった。
[
馬鹿なアタシはノートの取り方も馬鹿みたいに下手だ。
だからもっと書くかと思って、クロユリさんの気になった言葉は隣のページに書いていた。
ノートを閉じようとして、腕をどけて、それを見つけた。
[・クロユリさん。「愛は間違うもの」?
「
ノートを閉じて鞄にしまう。
ゲーミングチェアを引いて机に寄って。
PCの電源を入れた。