──ちょっと、プライベートすぎること言っちゃったかなぁ……?
嫌な汗が背中に滲むのを感じるカルテだったが、隣に立つ親友の心からの笑い声が聞こえて安堵した。
秋の終わりを予感させる寒さの中に二人だけの温度。それを恥ずかしげもなく享受する二人に、怪異少女は目を伏せて笑ってから。
這いつくばる薬物聖女に再び問いかける。
「良い貌だね シスターラリファ 最後に言い残すことはある?」
「わたくし わたくし…… ああ クロユリさん
シスターの一言に、クロユリさんは悪趣味な薄ら笑いを引っ込めた。
真顔になり、どこまでも黒い瞳で見下ろして答える。
「ごめんね
「わたくしの……おクスリ…… ああっ ううううっ 痛い いたいぃ……」
シスターラリファは髪をぐしゃぐしゃにしながら、少しでも痛みから逃れようと両手で頭を揉む。黒い後ろ髪が根元からじわじわと色が抜け、白くなっていく。
「
うずくまるシスターの裾や袖から、涙のようにボロボロと薬物が零れ出してくる。
【薬物を製造してはいけない】【薬物を所持してはいけない】【薬物を使用してはいけない】【いい子にならなくてはいけない】【安易に薬で解決してはいけない】【苦しみの原因から目を逸らしてはいけない】【現実から逃げてはいけない】【いい子にならなくてはいけない】【罪を償わなければいけない】【薬をやめなければいけない】【いい子にならなくてはいけない】【いい子にならなくてはいけない】【いい子にならなくてはいけない】【いい子にならなくてはいけない】
ラリファは生み出したその麻薬に手を出すことができず、ただ嗚咽を上げながら惨めに泣いている。
信仰の崩壊と共に白く染まっていく髪。今に彼女は心身ともに【ヤク教狂シスター】のアイデンティティから追い出され、自然消滅するだろう。
愛を見失った憐れな修道女。
その最期に。
不出来と不完全を愛する怪異少女が言葉を掛けた。
「周りを巻き込んで 拡がって 不幸をばら撒いた 【ヤク
でもわたし 愛は押し並べて
狂ってて 傲慢で 迷惑で みっともなくて どうしようもなくて いじらしい…… 愛を求めて一生懸命だったきみのことは 愛おしいと思うよ シスターラリファ」
その髪をウェディングベールのように白くした怪異は顔を上げると。
しゃがんで目を合わせてくれた黒いセーラー服の少女に、か細い声で礼を告げ。
細かな塵へと変わっていき、風に吹かれて消え去った。
◇
一週間と数日が経ったころ。
目的は、リコとエミの見舞い。
病室に入って並べられた二人のベッドの元へ来ると、挨拶もそこそこにリコが尋ねてきた。
「あんま覚えてなくてさぁ……。あのあと、どうなったんだっけ?」
「アンタらヤク教メンバーは全員控えてた警察に逮捕されたのよ。暴れた奴はヤク抜きのために病院送り。それがアンタがここにいる理由」
「え、マジ? アタシが? じゃあエミも?」
「エミちゃんは……シスターがいなくなるのを見てショックを受けて、目の前にあったシスタードラッグを呑んでしまったので、薬を抜くためにこちらに収容されたのです」
「……ごめん、
ベッドの上で正座し頭を下げるエミに、「別に、依存症のアンタを誘き出すのに採用したアタシも悪かったから」とカルテはごにょごにょと誤魔化す。
その様子をまだ視点の定まらない眼で見ていたリコは、急に思い出したように叫んだ。
「そういえばラリファ様は!? いなくなったってなに? 逮捕されたんだっけ?」
「……アンタ、ちゃんと反省してんの? あんまり思い出すのよくないって言われたんでしょ? マトリの人にも精神科の医者にも」
「ぼやっとしててスッキリしないとさぁ、逆にシスいれてシャキっとしたくなってきちゃうのよ。健常者のアンタにはわかんないでしょうけど」
「チッ……。ラリファは、その……逮捕されたわね。ニュースで言ってた。けど移送中に中毒起こして死んだらしいわよ。まあ生きてても死刑は免れなかったでしょうけど」
聞いたリコは「ふーん」と相槌を打つが、ぼんやりとして受け止められていない。捕まった当初の彼女が聞けば「シスターラリファが薬物中毒になんてなるはずがない」と激昂しただろう。
実際、シスターの権能は自身の肉体に麻薬への耐性を付与していたため、急性中毒で死亡することはない。その最期は深衣の式神【いい子のミーコ】で精神に致命的な矛盾を起こし、都市伝説怪異としての自壊を迎えての消滅だった。
世間的にはそれを「移送中の中毒死」と報じ、関係各所への証拠としては先日見つかった「朽ちない死体」が流用された。陰陽師は事態を表の理屈で解決するカバーストーリーを築き上げ、浄土寺を筆頭に隠蔽や根回しで忙殺状態だと小路からは聞いている。
「アンタはよかったわね、リコ。薬で中毒死する前に助かって」
「カルテちゃん、言葉に棘が……」
「これくらいいいでしょ。散々迷惑かけられてきたわけだし」
「……ねえ、カルカル」
虚ろな目で手元を見るリコ。その顔を見ていたカルテは、ふと視線を落としてぎょっとする。
血の滲む包帯がずれて
それを上からなぞりながら、リコは震える声で語った。
「知ってる? 薬物依存症って、一生治らないの。薬でキマる快感って絶対忘れられなくて、ずっとやってなくても急に思い出したり無性にやりたくなったりしちゃうんだって。あは、終わってるよね。治療方法は『やめ続ける』とか根性論しかなくて、そのために毎週だか毎月だかグループワークに参加しないといけないんだって。
しかもアタシ、この歳で前科持ちになっちゃった。昨日来た親がさ、最初はキショいくらい落ち着いてたのに、話してるうちにどんどんヒスっていってさあ。怒られて、罵られて、泣かれて、家の恥だとか言われて。誰のせいでこう育ったんだっていってやったよ。……言っちゃったんよ。
ねえ。アタシ生きてていいと思う? 死んだ方がよくない? アタシは死んだ方がいいって思う。禁断症状辛くて、今こうして落ち着いてるのもさあ、別のクスリやってるからなんだよ? なんか怪獣みたいな名前のヤツを病院が打ってくれてんの。これがなかったら狂ってるのがデフォなんだよ。シスの反動、誰かに愛してほしくてたまらなくて、とにかく誰かにしがみついたり話しかけたりしたくなって、それができないと眠れなくなってイライラして暴れて吐いてしまいにゃ幻覚見て、でも、誰もっ、愛してくれない……助けてくれない……みんながアタシを無視すんの! 誰も撫でてくれない、触ってくれない、言葉もくれない、目も合わない、誰もアタシのことなんて愛してくれないの!
あのとき死ねばよかった!! そう、あのとき、いやらしい警官に囲まれて掴まれて暴れたときに、頭打って死んでりゃよかったのよ……。
ねえ、カッター持ってない? リスカしたい。もう、楽になりたいの……」
重苦しい感情の吐露に、カルテは足元が揺らぐような感覚を覚えた。
助け出した。そんな風に思ってしまっていた。
だがそれは間違いだった。リコはこの先の人生を決して逃れられない苦しみと共に送ることになる。肉体的にも精神的にも、そして社会的にもこのスティグマは消せない。どこまでも付きまとってくる。
以前の自分なら、自業自得だと切り捨てられただろうか。いい気味だと嗤っただろうか。
今のカルテは、それはあまりにも酷だと感じていた。
そして。
その救いになれるものがあるとするなら……彼女だけだろうと思った。
震えるリコの両手を、いい子の深衣が取る。
「話してくれて、ありがとうなのです。こんなこと言っても軽薄に聞こえるかもしれませんが、気持ちは痛いほど伝わりました。
リコちゃん。それにエミちゃんも。二人にはあたしがいます。あたしが二人の味方です。無視されてると思ったり、薬がどうしても欲しくなってしまったときは、あたしのことを思い浮かべてください。スマホにメッセージを送ったり、電話したりしてきてください。いつも応えられるとは断言できないのですが、出られるすべての機会で必ず出ます。会いに行きます。話しに来ます。
あたしは、あなたに生きててほしいです。……これも、愛と言えませんか? リコちゃん」
ぎゅっと手を取り、潤んだ瞳を真っすぐに向けてくる善良な少女。
優しく握られるその力と温もりが神経を伝い、リコの心をほぐす。隣で見ていたエミが涙ぐんで、それを見たリコも遅れてぽろぽろと泣き出す。
カルテは背を向けて、
晴れやかな心地が、その口元に微笑を浮かべさせていた。