病院からの帰り道。晩秋の秋晴れの下、人気のない路地を歩いていた深衣とカルテ。駅へ向かう左の道か、街に向かう右の道かの三叉路を前にして、カルテが立ち止まった。
「ミーコ」
彼女だけの呼び名を口にする。
呼ばれた少女は立ち止まり、明るい表情で振り返った。
「どうかしましたか、カルテちゃん」
正面から向き合い、カルテは心を決める。
事が済んだら言おうと、ずっと研ぎ澄ましてきた言葉。
しかし伝わらせまいと、必死に隠してきた感情。
それをここで告白する。
息を深く吸って、大きく口を開けて勢い任せに吐き出す。
「アタシっ、
あんなに練習を重ねたのにどもった挙句謎の丁寧語が付いた。
言い切るのと同時に下を向いて、暴れ出したくなる恥ずかしさを肩で呼吸して鎮める。
そんな取り繕いのすべてが共感の呪いで深衣には伝わる。
けれどカルテには、深衣が何か言うまでどう受け取られたかはわからない。
それが肯定的なものであることを信じて、希望のある返事を願って、関係が壊れてしまわないことを祈って、ぐらぐらと力の入らない足で必死に立って答えを待つ。
深衣は。
「ありがとうございます、なのです」
感謝を述べると。
ぐちゃぐちゃなカルテの思考を解きほぐすように、一つ一つ問うていった。
「今のあたしは、いい子の呪いで考え方を固定されています。記憶とか想像力とかはそのままなのですが、主義が違うという意味では、別人と言えてしまうでしょう。
それでもいいのですか?」
「それでいい。むしろそれがいい。アタシは今の、いい子のミーコが好き。優しくて思いやりがあって優等生で善良で、人を救えるミーコが好き」
「あたしは、その……ノーマルなので、カルテちゃんと
それでも、いいのですか?」
「い、いい。いいから。そんなとこまで汲まなくていいから……! アタシはただ単純に……そう、親友として! 一番の友達としてね! ミーコと一緒にいたいって、言ってるの……よぅ……」
「わかりました。
ですが、それでも……いいのですか?」
重ねて問う少女は眉を不安げに傾けていた。
叶わなくなる願いと、来るべき未来を質さねばならなかった。
「元のあたしに戻るのを諦めたら、カルテちゃんの未練は果たせません。
ずっといじめの被害者のまま。苦い記憶はトラウマのまま。いじめをしていたあたしを殴って全て清算するという目的は果たせなくなります。
それだけではありません。カルテちゃんに償うという目標が無くなったら、あたしはまた『みんなのいい子』に戻ってしまうかもしれません。カルテちゃんを公平に扱う、誰にとってもいい子になってしまうかもしれないのです。
それでも、本当に……本当にいいのですか? カルテちゃん」
問うた少女の眼前で、彼女の親友はしっかりと立っていた。
震えていた足からは怯えが消え、恥じらいの熱は秋風に吹かれた。
自信に満ちた表情で、きっぱりと答える。
「
「……へ?」
気持ちを読み違えたのか、きょとんと呆気に取られる少女。
強欲な答えを持つ親友は彼女にずんずん歩み寄る。高身長の彼女は陽を遮って深衣に陰を落とし、にやりと笑う。
その距離まで来れば、もっと正確に心の声を聞くことができる。隣にいるうちに誤魔化すのが上手くなったカルテのその感情を知って、深衣は。
胸の奥底で青ざめる。
「今のミーコが好き。だけど、
だからミーコは、その償いに……。
元に戻ってもらうのはやめて、今のまま隣にいてもらう。アタシだけのものになってもらう。常にアタシを優先して、アタシのことを考えて行動して、アタシに縛られて生きてもらう。アタシがしてほしいって思うことはして、アタシがしてほしくないって思うことはやらない。ちょっとくらい外れてもいいけど、その根本にアタシがいないのは絶対ナシ。許さない。浮気は論外。男と仲良くしちゃダメ。女でもあんまり近寄らせちゃダメ。優しくして助けるのはいいけど、それ以上の関係は許さない。連絡先は交換してもいいけど楽しく話しちゃダメ、遊びに行っちゃダメ、二人きりになっちゃダメ、アイコンタクトしちゃダメ、ほぐれた表情しちゃダメ。アタシを不安にさせることは全部ダメ。アタシだけのいい子でいて。みんなのいい子にならないで。ずっと、ずっと、アタシのミーコでいて。
ミーコ。わかった? わかったらほら、返事して?」
迫る瞳がぐるぐると弧を描くようにブレて見える。
陰を落とすカルテの狂気的な眼差しが、自分にも伝播してくるのを深衣は感じる。
吐き気を催すような独占欲。肺の底に溜まる血のように息を苦しくさせるもの。呪いが脳をグサグサと刺して共感を拒む感情。醜く歪んだ悪の心。
いい子の深衣にとって、人並み以上の道徳を持つ彼女にとってそれは。
あまりにも間違った愛。
それを受け止めて。
冷杯深衣は、カルテに言った。
「はい! わかりました!
これから一生、変わらず『カルテちゃんのいい子』で生きていくことを誓うのです!」
新たな約束が二人の間に結ばれ。
指切りを交わしたその手を、恋人繋ぎにして。
深衣とカルテは分かれ道を右へ進んだ。
「伸びてきた