都市伝説少女   作:龍田乃々介

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第20話 大宅カルテという少女

「え」

「え、じゃないわよ。夏休み前の性格最悪クソ女(ミーコ)に戻って。そのあとぶん殴るから」

「えっ、えっ?」

 

 赤みを帯び始めた陽光が差し込む教室に深衣の困惑した声が響く。

 いじめっ子だった頃の深衣(みい)に戻ってもらってから殴る。その発言をすぐに理解することができず狼狽する。

 

「あれ、ちょっと待ってくださいです。……みんなのためにいじめられるのをやめる、とかではないのです……?」

「何言ってるの。いじめは()()()()()()絶対に。いじめられてる方に『いじめられるのをやめろ』なんて、元被害者(アタシ)が言うわけないでしょ」

「それは、そう…………あれ、でもさっき、あたしを殴ったあと『これ以上は要らないと思った』って……」

「ええ。そのときはそう思った。でも今の『いい子のミーコ(アンタ)』を見てるとまた許せなくなったの。馬鹿にしやがって、ってね」

「でも、殴って嫌な気持ちになったと……これ以上は要らない、というのは……」

「そう。嫌な気持ちになるから、()()()()()()()。それ以上は要らないってこと」

「あ、ああー…………」

 

 だから何があったか知らないけど、性格最悪クソ女の頃のミーコに戻って。

 

 そう要求するカルテ。

 それは深衣が二つの呪いを受けて最初に目的としたことと一致していた。

 呪いを解いて、以前までの自分に戻ること。

 

 しかし、それは不可能らしいと今の深衣は考えていた。

 ……この状況では、いよいよそれを打ち明けなくてはならないだろう。

 

『カルテのためのいい子』として。深衣はこれ以上、彼女に隠し事をすることだけはできなかった。

 

「それは、たぶん無理、みたいなのです」

「は? この流れで断るわけ? 殴られるのそんなに嫌?」

「あたしもできれば殴らせてあげたいのです! でも、実は、その、今のあたしの、この……状態は……」

 

 都市伝説が実体を得た怪物、都市伝説怪異。

 八月三十一日の夜。深衣はその一種である【人生破壊光線女】に光を浴びせられた。

 廃人化、発狂、凶行による社会的死や生物学的突然死……曝された者の人生をそれぞれの形で破滅へと導くという光線女の呪いの光。深衣が刻まれた呪詛は二つだった。

 他人の心を読み取って自動的に共感する『共感の呪い』と、いい子としての思考・精神や発言・行動を強制させられる『いい子の呪い』。

 解呪の(すべ)を探る日々の中、窮地に偶然居合わせて救ってくれた親切な都市伝説怪異【怪異退治のクロユリさん】によれば……

 この呪いは光線女を倒したとしても解除されない可能性が高い。

 

「………………」

「信じられないと思うけれど事実なのです。それであたしは、これ以上あたしみたいな被害者を出さないために、クロユリさんと協力して光線女を倒すことにしました」

「………………」

「これは、まだあまり集まっていないのですが、光線女の情報をまとめたノートなのです。あれと遭遇する条件を見つけ出して、それをクロユリさんに報告するという流れで」

「待って」

 

 ピシっと揃った手のひらで制止される。その表情はちょうど手で隠れて深衣には見えない。

 

 やっぱり、こんな話信じてもらえるわけがないのです。

 いいえ、それどころかきっと、おかしな冗談でやり過ごそうとしてると思われて……しまっ…………えっ?

 

 手のひらの血色、発汗、全体の微細な震え、奥に見えるカルテの噤まれた唇。そこから伝わってくる感情に深衣は戸惑った。

 荒唐無稽な嘘を突然つらつらと並べられ、愚弄されたカルテは怒髪天を衝く勢い……。

 などでは全くなく。

 

 ──待って? 待って待って待って待って待って待って待って待って

 

 共感の呪いに染め上げられる直前、その心を見た深衣がぞっとするほどの、うきうきと沸き立つ興奮があった。

 

「人生破壊光線女の、呪い?」

「はい」

「怪異退治の、クロユリさん?」

「はい!」

 

「……()()?」

 

「…………あのと言われてもよくわからないけれどたぶんその人生破壊光線女と怪異退治のクロユリさんなのです!」

 

「あの!?!? 異例のロングトレンドとして界隈に鎮座し続けてる巷で話題の超絶理不尽都市伝説の激ヤバ魔法少女コスプレ女こと人生破壊光線女!? そしてホラー好きなら賛否が分かれる最強怪異特攻ヒロイン往年の都市伝説ファンなら知らない者はいないと言われる怪異退治のクロユリさん!?」

 

「あっ……はい?」

 

 知らない情報がたくさん出てきたのです……!

 

 光線女が『激ヤバ魔法少女コスプレ女』呼ばわりされているのも、クロユリさんが知る人ぞ知るうえに好き嫌いが二分されているキャラなのも、……大宅(おおやけ)カルテが彼らに謎に大きい熱量を向けていることも。

 深衣はそのときまで全然知らなかった。

 

「え、待って」

 

 突然冷静になって黙り込むオカルトオタク少女。

 その心の内は相変わらずうるさいのだが、待てと言われた以上深衣は黙って待つ。目の前のオタクから反映した心でそわそわとしながら待つ。

 そしてたっぷりと長考したのち、カルテが出した答えは。

 

「……ドッキリ?」

「違うのです」

「嘘ついてる?」

「ついてません。いい子として、あたしは人を傷つける嘘は言わないのです」

「あっ。そっか光線女の呪いだから……。じゃあ始業式の日からのキモい言動全部……? いや、そりゃそうだ。嘘なワケない。アンタの口からそんな嘘出てきたらアタシ傷つくもんね」

「はい。安心して信じてほしいのです」

「あっはっはっはっはっは」

「えへへ……」

「……………………」

「えひ……」

 

 カルテは窓際へと走り勢いよく窓を開けると、すぐそこに見える鈴山に向かって咆哮した。

 

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」

 

 

 ◇

 

 

「めっちゃ怒られたのです」

 

 生徒指導室を出て、昇降口へと向かう渡り廊下。独り言のように呟く深衣にカルテは横から不満そうな視線をよこす。

 鈴山(すずやま)に向かって奇声を轟かせていた現場をちょうど鍵を締めに来た担任の加州先生に目撃され、二人は彼女から当然の説教を受けることとなったのだった。

 

「何? 謝らないけど」

「悪いことをしたら謝るべきなのです。カルテちゃんが素直に謝罪しないので、ご多忙な先生の時間を三十分も奪ってしまったのです」

「アタシは悪くない。オカルトオタクの妄想みたいな話をいきなり現実にぶっこんできたアンタが悪い」

 

 共感の呪いでわかる。カルテは自分が悪いとは一割も思っていなかった。

 冗談半分で深衣が悪いと考えていて、深衣の呪いはそこに共感を重ねた。

 

「あっ確かにその通りなのです! ごめんなさい。あたしが悪いのに、カルテちゃんのせいにしてしまったのです」

「え……情緒キモ。あ、もしかして今のが光線女に掛けられたっていう呪い? は、発動したってコト? わ、わあ……マジぃ……?」

 

 強制共感による深衣の支離滅裂な情緒は、始業式のあの日からずっと不気味なものとしてクラスメイトに受け取られていた。リコとエミによる彼女への攻撃がすぐに始まらなかったのもその得体の知れなさのためだ。

 カルテもまたその大衆の一人であったために静観していた。

 しかしそれが怪異の呪いであり、怪異がこの世に実在することの間接的な証明であると知るや否や、嬉しそうにまじまじ見つめてくるのであった。

 

「ね、ねえ、光線女ってどんな感じだった? やっぱり『プリチア』の格好だったの?」

「『プリチア』……とは?」

「え、知らない人がいるの、あの国民的魔法少女シリーズを」

「ごめんなさい、存じ上げないのです。というか、あの時のことをあまり思い出したくありません……」

「人生破壊光線ってどんな感じだったの? 熱かったとか痛かったとか、あそういえばビームはステッキで撃ってきた? 口から撃ってくるパターンとかもあるらしいんだけど絵面想像したらなんかちょっとギャグじゃない?盛りすぎじゃない?ってずっと思ってたのよね~」

「ビームは口からでした! 着ぐるみのような顔がブクブクと膨らんで裂けて光を撃ちだしてきたのです。それでたしか、全身に溶けた鉄の滝を浴びせかけられるみたいに熱くて痛かったような……? もう二度と浴びたくないのです!」

「ひええーーー! もっと! もっとちょうだいそういうの!」

「はい! 今思い出すのでちょっと待ってください!」

 

 こんなに楽しそうなカルテを深衣は見たことが無かった。その上気した笑顔からから伝わってくる歓喜は紛れもなく快い。

 トラウマになっているあの夜のことを思い出させられるのはつらいものがあったが、共感の呪いが伝染させる興奮といい子の呪いの【友達の期待には応えなくてはならない】という命令もあって、抗う余地はなかった。

 

 深衣が楽し気に質問に答えるごとにカルテがキャーキャーと沸き立ち、それに合わせて深衣までテンションを上げていく奇妙な会話は、昇降口に到着するまで繰り返される。

 

 立ち並ぶ靴箱の前に来て、そのいちゃいちゃとした空気は終わりを告げた。

 

「どしたん、なんか笑い声聞こえてたけど」

 

 薄笑いを浮かべて靴箱に背を預けていたのは、深衣のかつての友人で現在のいじめの主犯格。リコ。隣には一緒になって犯行をするエミもしゃがんでいた。

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