都市伝説少女   作:龍田乃々介

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第21話 「ミーコ」の帰趨

「どしたん、なんか笑い声聞こえてたけど」

 

 薄笑いを浮かべて靴箱に背を預けていたのは、深衣のかつての友人で現在のいじめの主犯格。リコ。隣には一緒になって犯行をするエミもしゃがんでいた。

 

「え? もしかして仲直りみたいな? 青春~~! ウケるんですけど」

「リコ……ちゃん」

「あ、名前呼ばんでくれる? キショいから」

「ぷっ、言い過ぎだってリコ。泣いちゃったらどうすんの? いじめになっちゃうじゃん。っフフ」

「チッ、クソゴミカスども……」

 

 けらけらと嘲笑するリコとエミに、かつてなく明らかな態度でカルテが嫌悪を示す。

 水を浴びせかけられたように二人は笑いを引っ込め、「は?」二人揃ってカルテを威圧する。

 

「なにイキってんの? 青春パワーで自信でもついちゃった? キショ~~」

「カルカル~そういうのイタいよ~っていつもダサダサなカルカルに言ってもか。ハハッ」

「二人とも、やめてください。人を嘲るのは良くないことなのです」

「ミーコこそそれやめてってマジで。キんモいから。見てこれ鳥肌立っちゃう」

「そういう嫌がらせなんじゃない? てかずっと聞きたかったんだけど、ウチらがなにしたっての? ミーコなんで突然裏切ったワケ? イミフすぎてモヤってたんだよね」

「言ってもわからないでしょ。アンタらに話が通じたことなんて今まで一回もなかったんだから」

 

 鎮めようとする深衣に反して、三人の間に散る火花はどんどん温度と激しさを増す。

 

「カルカルそういうとこだよー? 頭軽々カルテちゃんの方がおかしいの。IQに差があると会話が成立しないってやつ?」

「何がIQよ馬鹿馬鹿しい。生まれ持ったものでマウント取るためにしか使われない概念持ち出してイキらないで」

「カルぴ今日はよく喋るじゃん、大丈夫? 顔真っ赤っかだけど」

 

 高まる怒りの感情が深衣の中にも育ってくるが、やはり頭痛で相殺される。

 痛みに耐えながら必死に制止するが、やはり三人の冷笑口喧嘩は止まらない。

 

 そしてその火は、やがて深衣に飛んでくる。

 

「てか、カルカルは正直もうどうでもいいんだよね。ウチらが用あるのはミーコの方」

「そうそう。久々に一緒に帰ってあげよーって待ってたんだよねえ」

「っ……」

「は? こんな時間まで? どんだけ暇なのよ」

「暇じゃないけど。いやほら、ウチらのノリ最近変わったトコあるじゃん。だから誤解があったらイヤだなーって思ってさあ」

「ミーコはカルぴと違ってわかってくれてると思うけどぉ〜。イジメとか言われたらダルいからさぁ」

「お前ら…………」

 

 カルテの拳が固く握り込まれているのを深衣は目にする。白い指は力んでさらに白く、覗くその内側は赤々と。

 

「別にカルカルが口出すことじゃなくない? むしろ感謝すべきでしょ」

「ハァ?」

「だってそうじゃん。ウチらがあんだけ仲良くしてあげてたのにさあ、最近謎に拗ねて反抗しだして。ねえ?」

「恩を仇で返されてんのに忘れてあげるって言ってんの。わかる? わかったらさっさと消えて? ウチらはミーコと仲良くやるからさ」

 

 細い目と細い唇。ニタニタと笑う二人の視線は互いを見る合間に深衣の靴箱へ寄り道する。

 深衣とカルテがそちらを見ると、靴箱の覗き窓を水色の布地が塞いでいた。

 それに二人とも見覚えがある。

 

 深衣がお弁当を入れている巾着袋のものだった。

 

「なんか今日はお昼からぼーっとしてたじゃん? ご飯足りなかったのかなって心配でさあ」

「差し入れ入れておいてあげたよー? 開けて見てからのオタノシミね!」

 

「……ミーコ」

 

 深衣の青みがかった黒い瞳に、激昂する少女が映る。

 深衣が知る彼女は、プライドが高く意地っ張りなところがあるものの、根は小心者で人に強く出られない、内弁慶な気質の少女だった。

 始業式の日に深衣を打ったのが「生まれて初めて人を殴った」経験だということにも頷ける。口は悪くても、暴力を振るうような子ではなかったのだ。

 

 あの日、あのビンタによって、枷が外れてしまったのか。

 

 少女が今、鋼のように固く結んだ拳を、張り詰めていく弓の弦のように後ろへ引いて。

 

 

「止めないでね」

 

 

 放つ。

 

 化粧の乗った邪な笑顔に向けて、真っすぐ。

 大宅カルテの鉄拳が炸裂した。

 

 拳が頬に包まれた歯や顎の骨に食い込むグギャッという音。

 驚愕する深衣の目にスローモーションで映る、出入口に向け飛んでいく女子高生の体。

 低い放物線はすぐにコンクリートの地面へと着地する。受け身をとれないリコの体は肩から背中へとその衝撃を残す。

 

 殴り飛ばした。

 殴り飛ばされた……?

 殴り飛ばさせてしまいました……!

 

 リコ以外の三人が、ぴくぴくと横たわり痙攣する肢体の向こうでその事実を噛みしめる。

 最初に口を開いたのは、リコの共犯者。エミ。

 

「あ、えと、これ」

「何?」

「あ………………ぼ、暴力事件じゃん?」

「そうよッ!!!!」

 

 弾けるような速度の右フックが左頬を貫き、エミは体を半回転させながら靴箱に突っ込む。ガシャンドシャンと激しい音を立ててぶつかった彼女は大げさに転げていき、リコが放り出された出入口の近くまで行った。

 

「いっだあああああああ!!!! あっ、ああっ、がああああああ」

「っ……はっ…………っああ…………ッ」

「わ、わ……」

「ふー…………」

 

 満足気な吐息を漏らすと、カルテは深衣の靴箱へと歩いていく。中から巾着袋を取り出すと、弁当箱を出して開き、詰め込まれていた悪質な差し入れを二人の体の上にぶちまけた。

 スナップを効かせて箱から汚物をできるかぎり飛ばし切ると、手早くそれを片付けて巾着にしまい、深衣に押し付ける。

 

「帰るわよ。ミーコ」

「か、カルテちゃん。これは……」

 

 同級生への暴力行為、及び制服への器物損壊。

 顔に負った怪我はしばらく治らないだろうし、制服の汚れは物理的にも心理的にも落とすのが難しそうに見える。

 

 良くないことなのです。

 

 いい子として、決して見過ごしてはならない。

 容認してはならない。

 許してはいけない。

 これは良くない行いだ。

 

 だがしかし。

 『大宅カルテのいい子』である今の深衣は。

 

 彼女への償いを優先することに決めたのだから。

 

 

「先生に怒られるときは、あたしも一緒に怒られようと思うので、名前を出してほしいです」

「警察に捕まるかもしれないけど?」

「一緒に捕まって、一緒の刑務所の一緒の房に入るのです」

「ハッ。そんなんで許してあげたりしないから」

 

 

 殴られた二人から、痛い痛いと叫ぶ心の声が聞こえてきていた。

 だから深衣は、意識を失ってないくらいならとりあえず大丈夫でしょうと判じて、さっさと下校してしまおうとするカルテについていく。

 二人を幸せにすることは、今はできない。

 深衣にはもうできないかもしれない。

 

 ──それでもいい いいんだよ

 

 陽はすっかりと落ちている。

 靴箱からボロボロにされた靴を取り出して履く。

 

 夕闇の中へ溶けていきそうなカルテの背を追って、深衣も闇へ混ざっていく。

 

「ねえ、いっこ思いついたことあるんだけど。やってほしいこと」

「? あたしにできることなら、なんでも言ってほしいのです!」

「ミーコってあだ名、もうアタシ以外に呼ばせないで」

「はあ、そんなことで良いのなら……わかりました!」

 

 二人の元友人を置き去りにして談笑する。

 

 その歩みを呪いが戒めることはなかった。

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