都市伝説少女   作:龍田乃々介

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第30話 都市伝説怪異【怪異退治のクロユリさん】

「助けに来たよ もう大丈夫」

 

 黒いスカート、黒いセーラー服。長い黒髪は腰まで伸びていて、顔は半分前髪が隠す。

 徒手空拳。ただその十指には、何らかの呪文が刻印された金の指輪が嵌められている。

 

 その指で膨張した光線女の首根っこを掴んでへし折り、頭を地面に叩きつけ、擦り付けて半身の肉を刮《こそ》ぎ落として、壁面の内へ抉りこんだ。

 

 その冗談めいた圧倒的暴力は間違いなく。

 怪異を狩る怪異。

 生ける対抗神話。

 討ち滅ぼす少女(アンチガール)

 伝説の怪談《ネタ》殺し。

 

 

 都市伝説怪異【怪異退治のクロユリさん】。

 

 

「二人とも 怪我しちゃった?」

 

 歩み寄ってしゃがむと、クロユリさんは深衣を左腕に寝かせるようにして抱き、反対にカルテには肩に腕を回して抱き起こした。

 ふわり、バニラアイスのような冷たくて甘い香りがカルテの鼻腔をくすぐる。

 

「ひゃわっ!?」

「きみは大丈夫だ」

 

 微笑みを向けられ、背中をさすられる。冷たい手に背筋が凍った。

 

「こっちは大変」

 

 腕を解いて深衣に微笑む。

 セーラー服の裾を少し持ち上げて、腰に巻いたベルト付の小さなポーチを開くと、クロユリさんは中から絆創膏と包帯を取り出した。

 

「ふふ お大事にね」

 

 全身の火傷にも関わらず、彼女は深衣の頬に絆創膏を貼り付けその上に雑に包帯を一巻きすると離れていってしまう。

 

「え、ええっ? ちょっ、あのっ」

「そこにいてね」

 

 クロユリさんは向かいの壁へと歩いていく。

 そこには瓦礫を抜け出した都市伝説怪異【人生破壊光線女】が立ち上がりつつ、頭を膨らませ始めていた。

 だがその頭は背面を主とするあちこちから出血していて、さっきまでのようには膨らまない。

 ボシュッ、ブシュッと空気や液体の抜ける音が聞こえてくる。

 

 170cm近い高身長のクロユリさんは光線女のすぐ前に立つことで、カルテたちにその光が届かないようにしていた。

 ボシュゥ、ブシュゥ、膨らむことができない光線女、後背の肉を大幅に削られたダメージで真っすぐ立つこともままならないその怪物を、黒セーラーの処刑人はただ黙って見下ろしている。

 

「……あ、れ? クロユリ……さん?」

「ミーコ……? ミーコっ! 気づいたの、っていうか、大丈夫なの? これ、えっと、これ!?」

 

 カルテの腕に抱かれていた深衣は、いつの間にか火傷がほとんど回復していた。カルテが見ている間にも、全身から痛々しい赤みがどんどん引いていく。絆創膏の上から巻いた包帯周辺はすでに完治してさえいた。

 

「……どんな傷を負っても、絆創膏と包帯で回復…………って」

 

 カルテの脳裏に、クロユリさんの都市伝説の一つが過る。

 それは彼女が、鉈を持ちながら踊り狂う全裸の子供と戦う怪談でのこと。

 彼女は襲われていた女性を庇って右足の健を斬られたのだ。

 心配の声をかける女性に、クロユリさんはこう答える。

 

 絆創膏でも貼ってれば治るから。

 

 すぐにそれを取り出して患部に雑に貼りつけると、彼女はそれまでとほとんど変わらない俊敏さで鉈子供の暴走剣舞をいなし蹴り飛ばした。

 

 あくまでネタとしてではあるが。

 この逸話から「彼女が使う応急処置道具はどんな傷もたちまち治してしまう霊力を持っているのでは」と噂されるようになったのだ。

 

「いや…………うそでしょ………………」

「あっ、カルテちゃんごめんなのです。重かったですよね。今どくのです」

「重い……重い、怪我だったのに……」

「?」

 

 一分かかったかどうか。

 それほどの短い間に深衣の致命的だった火傷は完治するに至った。

 

「……頭がすっきりしてるのです」

「……鼻、包帯掛かってるわよ」

「わ」

 

 どころか、前より体調がよさそうだった。

 彼女が抱えていた頭痛による蓄積ダメージまで治したのか。カルテはオカルトオタクの直感でそう理解した。

 

「あっ、そういえばクロユリさんは」

 

 包帯を外した深衣が振り向くのにつられて、カルテもクロユリさんの方を見る。

 怪異殺しはまだ膨張を試みる光線女を見下ろしていた。

 

 そこにいてねと、カルテはそう言われた。

 だから見守るしかないのだが、黒セーラーの少女が怪物を見下しているその姿は、事態はもう終息したのではないかと思わせる弛緩した空気を醸し出していた。

 

「クロユリさん! そっちはどうなってるんですか?」

 

 カルテが呼び掛けた。

 クロユリさんは振り返って微笑みを向け、小さく手を振って返す。

 

「もうちょっと」

 

 そう言ってまた光線女に体を向ける。

 カルテは深衣の方を見たが、深衣はその目を見開いて、一心にクロユリさんの姿を見つめているようだった。

 何がどうなっているのやら。カルテがクロユリさんへ視線を戻す。

 

「あっ」

 

 光線女は立ち上がって自分の口内に腕を突っ込んでいた。

 グショグショとグロテスクな音を轟かせながら引き抜かれた腕には、激しい光を放つあのステッキが握られている。

 

「クロユリさんっ!!」

 

 カルテが思わずその場に立とうとした瞬間。

 光線女はクロユリさんの頭、その()()へ向けて強烈な光の線を放つ。

 

 ジャッ、一瞬の音。有機物を灰に変える極熱が怪異狩りを襲った。

 深衣が浴びせられたようなそれではなかったが、その光はクロユリさんの頭部に直撃。

 クロユリさんに動きは見られない。

 

「あ、あの、クロユリさん……?」

 

 カルテの声に彼女は応えない。

 代わりに光線女が、差し向けたステッキをぷるぷると震わせながら、「じじっ、じじじじじじ」と、壊れた蛍光灯のような音を立てて光のチャージを始める。

 

「く、クロゆ」言い終わるその前に。

 

【怪異退治のクロユリさん】は光線女のステッキを、振り払った裏拳で粉々に破壊した。

 

 パキャンッ、小気味の良い音を立てて血の焼け付いたステッキが塵になる。

 すると「じじじじ」という独特な唸り声はどんどんと萎んでいき、電灯が点滅しながら暗くなるようにその姿も薄れていって。

 

 ふっ、と。

 静かに消えてしまった。

 

 

 黒セーラーの処刑人はただその場に立ち、数秒。

 虚空の静寂を重んじる。

 

 

 ……それから、急に振り返って深衣たちに明るい声を飛ばした。

 

「おつかれさま 殺したよ 人生破壊光線女」 

 

 優しく慈しみに満ちた微笑みを彼女は浮かべる。

 その表情がもたらす安心感に、カルテはぱあっと笑顔を弾けさせた。

 

「っミーコ! ミーコ! 倒したって、終わったって! 光線女はもう!!」

 

 両手で肩を掴んで向き合って、至上の喜びを分かち合おうとした。

 

 

 しかし。

 深衣のその顔は。

『共感の呪い』の下地であるその心は。

 

 

 茫然として、絶望の色に染まっていた。

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