都市伝説少女   作:龍田乃々介

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第5話 投身教師

「こぉおおおおおおおおおみぃいいいいいいいいいいちぃいいいいいいいいいいさぁああああああああああああああああああああああああああああんっ!!!!」

 

 黄色い悲鳴で小路(こみち)を呼ぶ、スーツライクな恰好の中年女性。

 彼女は特別棟屋上のフェンスの外に立っていて、今にも小路や深衣(みい)、他の生徒がまばらに見上げる中庭へと墜落してきそうだった。

 

「ねえあれちょっとやばくない?」

「誰かもう先生呼んだの?」

「てかあれが先生でしょ、2-5の……」

「やだやだアタシ無理教室入ってる!」

「こみちって二年の蘆屋小路?」

 

 ──あかん。

 

 深衣の視線の先で、小路は女教師を見上げながら思考する。

 朝の柔らかな日差しが薄白く照らす校舎に囲まれたその場所で、張り詰めた空気に生徒たちの声はいやに響く。

 彼らの言葉と視線はすべて、飛び降りようとしている彼女に向けられていた。

 

 ──人の目がありすぎる。■■■(風の式神)が打てへん。

 

 その名前を深衣は知らない。だがその力が今朝駅で自分を掬い上げたものであることは理解できた。

 風の式神、おそらく大きな左手のような空気の塊だった。小路はそれを自在に操ることができる。あの狂気的な笑みを浮かべる女教師が身投げを図ろうとも、陰陽師蘆屋小路は容易に彼女を受け止めることができるのだ。

 

 あの駅のホームのように、あらかじめ人払いの呪詛を準備できていたなら。

 

 陰陽師は悪霊や怪異の実在と、怪異現象である陰陽術の存在を隠蔽しなくてはならない。この掟を破れば、陰陽師の間に伝わる都市伝説怪異【桔梗様】が現れて、陰陽師も目撃者も皆殺しにする……。

 少なくとも深衣が今しがた受けた説明によれば、そうなってしまう。

 

「せんせぇーっ! そんなとこで何やっとんのーっ! 危ないでーっ!」

「こみちさん! こみちさんこみちさんこみちさあぁあああん!」

「はいはい小路やでー! どないしたーん!」

「あははっ! あはははははははっ!」

 

 ──移動するための場所の駅と違って学校は留まる場所、すぐに人払いなんか無理や。式神は使えん。それ以外、それ以外の術で、なんとか……なんとかって……! くそっ、今日は厄日ちゃうはずやろ!?

 

 普段の小路ならば、「風の式神で女教師の体をフェンスに押さえつけ、誰かが救出に来る時間を稼ぐ」といった解決法を発想できたかもしれない。

 しかしこのとき彼女は冷静ではなかった。

 自分の判断ミスで三つも呪いを受けた少女を呪術犯罪者と疑って脅しかけたという失敗で動揺していた、そんなところに更に加えて()()()()()()()()()が現れたのだ。

 かろうじて会話で猶予を作ろうとも、その頭に打開策が浮かぶことはなかった。

 そして。

 

「ありがとぉおおおおおおおおおぉねぇええええええええええっ!!」

「は……?」

「小路さんがぁ、目を覚まさせてくれたからぁあ!! 私ぃ! 目を、ねえぇ目をぉおおお! 逸らしちゃっ……ダメだったのにっ……気づいちゃ、った……気づけたんだよぉおおおおお!!」

「っ……立山センセーっ! そっち行って話聞くから! 動かんで待っててなあ!!」

「あっははははははっ! 大丈夫ー!」

 

 

 今そっち行くから!!

 

 

 ふらりと小さく傾いた女教師が真っ逆さまに、宙を切って落ちてくる。

 遠く人形のように見えたその体が、急速に生身の人間へと解像度を上げる。

 息を呑む間にもう半分。

 硬い地面までまばたき一回。

 

「ッッッッ!」

 

 その一瞬の間に小路は。落ちてくる中年女性の体へ……

 

 跳躍した。

 

 ──ああああもうもうもうもう!

 

 無我夢中で、何も考えず、ただ体が動くままに全力で地を蹴って。

 特別棟二階理科準備室の窓にその姿が反射する。

 無意識に靴裏から逆噴射する風を()んでいた。

 人間離れしたジャンプにより空中で教師の体と衝突、強打による痛みの信号はそのまま腕を閉じる反射神経へ。立山先生をキャッチした。

 重力と拮抗する0.01秒。高度は10m。浮遊感は終わり、三階程度の高さからの落下が始まる。

 人間が最も恐怖するのは11~12mだという説がある。これから激突する地面がはっきり見える最大の高さだからだそうだ。

 

 ──かぜかぜかぜかぜ風ぇっっ!!

 

 小路の周囲を風が入り乱れる。コントロールなどできていない。

 120kgのひと塊となって落ちながら準備なしに式神を使ったことなど一度もなかった。

 乱気流に振り回される二人。校舎へ流されぶつかって、反動で中庭中央へ。

 落ちる。高度4m。

 体勢が悪い。立山をかばう小路はこのままでは植栽を縁取る石の腰掛けに背中をぶつける。脊椎に重大な損傷を負うかもしれない。

 落ちる、落ちる、落ちる。そうわかっていても、体を校舎にぶつけたときの痛みで頭が回らない。

 

 ──えっと、えっと? ああもう、こうなったら……

 

 ()()()()()()()()()式神で飛んでしまうか。

 

 考えてすぐ己を恥じた。それだけは許されない。

 自分の未熟が招いた事故でこの場の全員死なせるかもしれないのだ。

 仕方がない。大怪我になるだろうが、甘んじて受け入れよう。

 大丈夫、命さえ助かればきっと、父上がなんとかしてくれる。

 ……心底失望したという眼差しを、あの豪快な笑顔の仮面の下に隠して。

 

 衝撃に備えて体に力を入れて、墜落を受け容れる小路。

 

 

 その落下先に。

 深衣はいた。

 

「こみ先輩! うぎゃっ!!」

「きゃあぁッ!!」

 

 細かく位置調整した深衣がジャンプして二人を受け止める。

 上方向への力が加わって落下地点が後ろに逸れた。

 三人は中央植栽スペースの茂みの中へ倒れ込む。

 重い打撲と枝に裂かれた肌の痛みに、深衣と小路はしばし呻いて。

 

「い、生きてるぅ……っ」

 

 草むらの中で人知れず、小路の目じりが雫で潤んだ。

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