都市伝説少女   作:龍田乃々介

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第6話 一年四組の夜明け

「こ、こみせんぱい、だいじょうぶですか……」

「あっ、みーちゃん!?」

 

 パキパキと茂みの枝を折りながら小路(こみち)が体を起こす。深衣(みい)は彼女と気絶した立山教員の下敷きになる形だったが、植え込みがクッションになった他、乱気流で落下エネルギーが左右に揺さぶられ落とされていたためにほぼ無傷だった。

 

「なんだなんだ!? 今何が起こったんだ!?」

「うおーっ! すげえ今の見たかよ! かっけぇ!」

「きゃーっ! 小路せんぱぁーーーい!!」

「誰か下敷きになってたの大丈夫なの!?」

 

 遅れて、周囲から驚愕の歓声が沸き起こる。

 聞く限り小路の超人的なジャンプは「あの小路先輩だから」という評価で納得されているようだった。不自然な風について言及する生徒は見られない。

 ひとまず、助かった。二人の間に弛緩した空気が満ちる。

 安堵のため息を零すと、昇降口の方から「お前ら大丈夫かー!」と男性教員と数名の生徒が駆けてきているのが見えた。

 

「みーちゃん、ありがとな」

「いえ、当然のことをしたまでなのです」

「続きはお昼休みにでも話そ。立山先生(このひと)のこと含めて、色々、相談したいことあんねん」

 

 柔らかな口調でそう言って、小路は膝を手で突きながら一人で立ち上がろうとする。

 がくり、肩から手のひらへ走る痛みに倒れそうになった彼女を深衣が支えた。今度は互いを支えにして、二人で一緒に立ち上がる。

 気絶した立山をやってきた男性教員の背中に預けて「念のためお前たちも」と促されるまま保健室に付いて行く。

 

 立山先生は意識が戻らず、放課後まで目覚めなければ教頭が病院へ連れて行くという話になった。

 事情を話した後、深衣と小路の二人とも大事を取って病院へ行くよう勧められたが、「怪我はありませんし、いい子として授業は休めません」と深衣は固辞。小路も「帰りに自分で行くので、心配いりませんよー」と断って、二人とも授業へ戻されることとなった。

 

 教頭や学年主任、養護教諭が彼女たちの話を聞くあいだ、ずっと白目を剥いていたように深衣には見えた。

 

 それはあのとき……二学期始業式の翌日に生徒指導室で、カルテへのいじめの告白をしようとした時と同じ反応。トラブルへの極端な恐怖を感じている教員たちに見られたもの。

 これが何なのか小路に尋ねたかったが、教室に戻る間も担任の付き添いがあったため訊くことはできず。小路からはただウインクと、心の声で「まーだ。今はお互い落ち着く時間にしよ」と伝えられたのみ。

 

 悶々とする気持ちのまま、深衣は一年四組の教室へと戻った。

 

 すると。

 

 

「あっ!! 冷杯(れいばい)さん帰ってきた!!」

 

 

 大きな声を上げて雀のヘアピンを付けた女子生徒が机から立ち上がった。

「授業出て大丈夫なの? どこも痛くない? さっきの中庭見てたよすっごいかっこよかった!」早口にまくしたてながらズンズンと近づいてきて彼女は深衣の肩を叩くようにして持つ。

 

「小路さまを庇ってくれてありがとう! あの状況で動けたのすごい! どうしてあんなすぐ動けたの!? レイさんって呼んでいい!?」

「えっ、えっ?」

「そうそうあの時の冷杯めっちゃカッコよかったよな!」

「ミーコかっこよかったよ!」

「流石ミーコだった!」

「ミーコ! ミーコ!」

「えっ、ええええっ?」

 

 次々にクラスメイトが立ち上がり深衣へ賛辞を贈る。席を離れて駆け寄る者が現れ、賞賛が合唱のような囃に変わっていく。共感の呪いが彼らの半分以上から本物の尊敬と興奮を受け取る。深衣は自分の心が暖かな感情で染まっていくのを感じた。

 

「こ、こちらこそありがとうなのです!」

「なんでレイさんが感謝するの! こっちのセリフ! ねえひょっとしてなんだけどレイさんも小路さまの」

「はいはいこらこら! そこまでにして着席しなさい! 授業中ですよ!」

 

 はしゃぎ倒す生徒たちを諫めたのは、深衣の属する一年四組の担任。

 ライトブラウンの長い髪をルーズサイドテールに結んだおっとりした顔立ちの女性。厳しく叱ったつもりでも癒されてしまうような高く、甘く、母性的な慈しみを含む声の新米教師。

 加洲。

 生徒たちからは、こう呼ばれていた。

 

()()()()()()()、ちょっとくらい許してよー! レイさんと小路さまが先生の先輩の命救ったんだよー!」

「だめです。他の教室の迷惑になるでしょ? あと二十分で休み時間なので、お話はそのときにしてください。いい?」

「むう……。はーい」

 

 生徒たちは三々五々に散って自分の席へと戻る。

 雀のヘアピンの少女は深衣にこっそりと「またあとで!」と告げ、彼女もまた席に着く。

 クラスメイトたちの気が静まったことで深衣も冷静になって自分の席へと急ぎ、着席して荷物の整理を始めた。鞄を開いて教科書や筆記用具を取り出す手元。

 そこに。

 

 強烈な黒い視線が突き刺さる。

 

 とてつもない悪感情を深衣は感知した。

 びりびりと手の甲から腕を登って脳に達するような本能的恐怖は、深衣の頭をゆっくりと、視線の持ち主へと向けさせる……。

 

 

 ──アタシ以外が……『ミーコ』って……ッ、呼ばせない……約束……ッ!

 

 

 煮えたぎるような嫉妬と赤く血走る怒り。

『共感の呪い』によって激しい憎悪が流れ込み、それを咎める『いい子の呪い』が頭痛を引き起こして、視線の主と同じほどの脳破壊を深衣にもたらした。

 

 

 冷杯深衣の親友。彼女が第一に救うべきと定めた相手。彼女の(いじめ)の消えない証人(ひがいしゃ)。償うべき相手であり、都市伝説調査においては頼れる大先輩。

 

 オカルトオタクのハーフ美少女、大宅(おおやけ)カルテ。

 切りそろえた黒染めの前髪から光の無い碧い瞳がキレていた。

 

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