都市伝説少女   作:龍田乃々介

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第15話 あくまでも彼女の手で

「……も、モデルルームみたいに綺麗なのです!」

「人間らしい生活感が微塵もないんですね……」

 

 古い集合住宅の一室、正方形に近い形で部屋が配置された2DKのその空間に二人は闇を垣間見た気がした。

 とても綺麗ではあった。床には一つも物が置かれておらず、調度は白無地のシンプルなタンスや棚、小さな机とベッドが一つ。すっきり広々としている。

 

 だが、あまりに物がない。

 棚にカルテが密かに期待したような陰陽道の専門書や怪談怪異の稀覯本などはなく、たっぷりの空白に押しやられた教科書が行儀よく隅に固まっているのみ。

 テレビやPCどころか、通信回線や電話もないようだった。自炊もしないのだろう、調理道具はもちろん食器すら見当たらない。

 この部屋で小路(こみち)が普段どうやって過ごしているのか、二人には全く想像ができない。

 

「ご、ゴミ箱もない……!?」

「あー。レジ袋に入れたのをゴミ袋に入れて毎週出してたら案外なくてもええなって」

「わ、和室には祭壇があるのです!」

「うん。御先祖様を祀ってるやつ。言うても誰かの位牌とかはなくて、単に家系の象徴みたいなものとして置かれてるだけやけど」

「すごいストイックに生きてるんですね、蘆屋先輩……」

「そうかなあ? 単に、陰陽師の仕事で夜も出歩いて、空いた時間は勉強してってしてたら他にすることがないってだけやと思うよ」

「ストイックオバケじゃないですか」

「オバケんなったら流石にダラけたいな~っと、ほな二人ともスマホ貸して。親御さんに連絡する。ちょっと掛かるやろから買ってきたお菓子でも食べて寛いどって」

 

 小路にスマートフォンを預けて、電話するために和室へと移動する彼女の背中を深衣は見送った。

 他にすることがない。そう言ったときの彼女の伏せがちな目。その感情の残滓がまだ宙に残っているかのように、深衣はぼーっと虚空を見つめて考えていた。

 

「ミーコ、アタシたちも連絡しなくていいのかな」

「ひゃ、えっ、なんですか?」

「今日の、七不思議退治。都市伝説怪異と戦うワケでしょ。蘆屋先輩が頼りないとは思わないけどさ、いたら絶対勝ちが確定する人? がいるじゃん」

「それは……」

 

 それは標戸に語られる怪異の中でも極めて特異な存在。

 百怪千様万人害する人外魔境のこの街で一人、怪異を退治している怪異。

 窮地に陥った深衣とカルテを救い、人生破壊光線女を一方的に瞬殺した……怪異狩りの少女。

 

 彼女を呼べば安全かつ確実に【S高の禁じられた七不思議】を討伐できるはず。

 しかし、深衣は。

 

「ダメ、ではないでしょうか」

「え、なんで? 今から燦宮(さんみや)に行くくらい大丈夫でしょ?」

「できるかどうかではなく……これは、こみ先輩の戦いなのです」

 

 深衣は週に一度、木曜日の夕方に燦宮で怪異少女と会う約束をしている。

 深衣を悩ませる頭痛、『共感の呪い』で受け取ってしまった悪感情に対し『いい子の呪い』が加える制裁。その蓄積によるダメージを癒せるのは、今のところあの怪異が持つ権能『退治道具』の一つである絆創膏だけ。故に定期的に会って話をする間柄となっていた。

 今日は月曜日だが、行けば彼女を見つけることはできるだろう。助けを求められることに至上の喜びを見出している彼女のことだ、学校に巣くう怪異の討伐にもきっと協力してくれる。

 

 しかし、それではいけない。

 

「陰陽師である蘆屋小路先輩の戦いに怪異の助っ人を呼ぶのは失礼だと思います」

「そりゃ、まあそうだけど。でも被害を出さず帰れる確率が上がるのよ?」

「それでも……それでもダメなのです」

 

 怪異少女と共闘して七不思議を倒すのでは、()()()()()は叶わない。

 上手く言語化できないが、小路から写し取った感情の切れ端たちを思い返して深衣はそう考えた。

 学校から怪異を取り除き先生を呪いから解放する。

 小路の手でそれを成す。それは、果たせず尻尾を巻いて逃げ帰ることになるよりも、あるいは誰かが怪我を負うことになるよりも、小路にとって大切なこと。

 

 いい子として、深衣はその想いを尊重したかった。

 

「こみ先輩を信じます」

「……ハァ。あっそ」

「あ! もちろんカルテちゃんがどうしてもというのならあたしはカルテちゃんを一番に考えているので今からでもこみ先輩に事情を話して燦宮に向かって」

「はいはいはいはい、いーからもう。別に思いつきで言っただけだから、そこまでガチで答えなくていいわよ」

「カルテちゃん……」

「アタシだって、信じてるわよ。朝の除霊やら飛び降り救助やらは見てないけど」

 

 ミーコが信じるって言うんなら、アタシも信じて付いて行く。

 

 ──たとえその先がバッドエンドでも。

 

「お待たせ二人ともー。ん、二人とも立ちっぱでどしたん? 遠慮せずベッド座ってよかったのに」

「い、いえ! なんでもないのです!」

「なんでもないのでーす」

「そう? あ、これ返しとくな。これで親御さんからの許可はOKっと。あとは……今は18時か」

 

 自分のスマートフォンで確認する小路。部屋に時計はないので深衣たちは時間を忘れていた。

 

「作戦会議の予定やったけど、先にごはん食べよっか」

「え、結構早いんですね。うちはいつも19時過ぎに食べてますけど……」

「あたしの家もそれくらいの時間なのです」

「や、だって二人とも、この後夜の学校行くんやで?」

「はあ」

「はよ食べてお風呂入って寝とかんと、体キツいやろ」

「……言われてみれば」

 

 三人はコンビニで調達した弁当を食し、順番に入浴を済ませ。

 もうすぐ中間テストがあるからと、待っている間に深衣が始めた勉強会に二人もしばし付き合って、それがいつの間にやらカルテのオカルト講演会に変わり。

 いい加減寝ようと小路に急かされて、深衣とカルテは敷布団の上で眠りに就いた。

 

「……時間の条件があるとしたら、丑三つ時前後やろな」

 

 小路はアラームを0時半にセットすると、自分もベッドの中に入る。

 

「作戦会議、できんかったな……。仮眠も、たったの二時間半……」

 

 

 心残りのある時間の過ごし方。

 されどそれは小路にとって、この数年来で幾度あったかというほどの、楽しい時間でもあった。

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