都市伝説少女   作:龍田乃々介

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第32話 白い紙

『三人とも とっても素敵』

「……クロユリさんの言う素敵って」

「わかるで。この流れ、普通に馬鹿にしとるやろ」

『うふふっ ふふふふふふふふっ』

「なにわろとんねん」

 

 下り坂の終わりに待つ鈴山学園高校の名が書かれたアーチ。その手前で三人と一体は立ち止まる。

 おかしくてたのしくてしょうがない。くすくす笑うクロユリさんの笑顔から深衣(みい)はそんな感情を読み取って共感した。

 確かに、面白い。

 

 あたしたち、どうして今更こんなことで悩むのでしょう?

 

「ちょっと、ミーコまで笑い出さないでよ。こわ……」

「あっ、ふふ、ごめんなさいなのです。なんだか、どうにも仕方のないことで悩んでいるのがおかしいという気持ちになってしまって」

「仕方ないて……どういう意味?」

「それは……」

『ふふっ ふふふふ……』

 

 共感の呪いはあくまでも共感するだけ。同じ感情へと深衣を染め上げはしても、元の対象の嗜好や思考を理解させるわけではない。

 どうしてこんなくだらないという気持ちになってしまったのか、深衣はクロユリさんを視てその原因を知ろうとする。

 

 その答えは、怪異少女自らが口にした。

 

『こみちゃんはもう既に この事態の乗り越え方を実践してるのに 気づいてないの?』

「は? てか()()()()()てお前」

『きみは最初一人だった でも今は三人だよ』

 

 みーちゃんとカルテちゃんを もう巻き込んでるじゃない

 

 クロユリさんは指摘した。

 深衣とカルテ。小路(こみち)が出会ったとき二人は一般人の枠にいた。今の加洲(かしま)と同じように。

 

 だが何も知らないわけではなかった。

 標戸(しるべ)の地に根を張る世界への呪い『怪異言現(ごんげん)』を知っていた。

 人の怖ろしい想像や噂の高まりによって生まれる怪異の脅威を知っていた。

 それを退治する存在についても、知っていた。

 

 今の加洲も同じ。何も知らないわけではない。

 鈴山学園の教師に課せられた秘密の業務『夜当番』によって、校内に出現する怪異について知っている。

 元鈴山学園生徒として、この怪異の発端となる七不思議事件を知っている。

 そして怪異退治を行う小路をあのモニター室で目撃しており、霊的な存在への対抗力(カウンター)が存在することも知っている。

 

 もはや「何も知らない一般人」とは呼び難い位置に彼女はいるのだ。

 

「いや、違う。決定的に違うことがある。『黙殺の呪い』や。あれはセンセらの認識をぼかして目を逸らさせとる。やからウチらと会ったあの夜のことも夢かなんかやと思っとるはずや」

「ああ、それで、教室で意味深に見つめられたり廊下で世間話振られたりしてたんだ……」

「カルっちやみーちゃんみたいに仲間に引き込んでまえへんのは呪い(ソレ)があるから。今言うてたとこやろ? 無理に怪異に関わらせたら良くて気絶、悪くて自殺や」

()()()()()()()()() でしょ』

「あのなあ、無理に……関わらせたら……」

『みーちゃんとカルテちゃんは きみに強制されて今ここにいるの?』

「あ…………いや、お前……」

「? 違いますけど……」

()()が可能なら、話は、変わってくるのです……」

「いやみーちゃん、言うけどやで!?」

「???」

 

 深衣はいい子として、怪異に苛まれる先生たちを救うため。

 カルテはオカルトオタクとして、単純な好奇心とちょっぴりの使命感から。

 二人はそれぞれの理由で()()()()怪異禁七の退治に参加している。

 

 それと同じこと。

 

 

『加洲って先生にも ()()()()手伝いたいと言い出してもらえばいい 黙殺の呪いを ()()()()()()()()()()()()()() ね』

 

 

 ◇

 

 

 翌日、十月十日の金曜日。

 アラームで目を覚ました深衣がスマートフォンを開くと、就寝する寸前まで見ていたメッセージアプリのトーク画面が現れる。

 議題はもちろん、「加洲先生を仲間に引き入れるか否か」「そんなことが可能なのかどうか」。

 

 意見は割れたままだった。

 

 陰陽師・蘆屋小路は反対している。

「桔梗様の定義する悪に該当しうる」

「どんな形であれまだこちら側の事情を把握しきらない者を引き込むことは承諾しかねる」

「失敗すれば先生の命を無駄に危険に晒すことになる」

 そう言って断固として譲らない。

 

 賛成派は提案した本人であるクロユリさん。[繧ッ繝ュ繝ヲ繝ェ縺輔s]というアカウント名でグループに参加しているバグの存在が彼女の意志を送信している。

「抜け道はいくらでもあるものでしょ」

「二人も引き込んでおいて今更三人目を遠慮するなんてちゃんちゃらおかしい」

「最終的に先生全員の呪いを解くのが目標なのだから発狂させない方法を試行錯誤するチャンス」

 そう主張している。

 

 カルテは賛成派だった。ただ積極的に支持しているわけではない。学校新聞という望外の情報源からも手がかりが得られず、もはやこの手しかあるまいといった諦念が理由だ。

 

 深衣は、保留とした。

 いつも夜の二十三時には寝ている深衣は、眠気に霞む疲れた頭では正常な判断ができないと考えたためだ。

 

「……どうすればいいのでしょう」

 

 朝、登校してまた屋上に集まったときに答えを出すという約束をしている。

 だが一眠りして改めて勘案してみても深衣には決められない。

 

 きっと、加洲を危険に晒す挑戦をしてでも教師たちを救うことは、「正しい」。

 けれど、平穏を得るためにどんな犠牲を許容しないこともまた、「正しい」。

 品行方正、善良優等、正義と道徳の求道者として、深衣は岐路に立ち竦む。

 

 

 どちらが、「いい子」の選ぶべき道?

 

 

「みーちゃーん? 朝ごはんの時間ですよー?」

「あ、はーい! 今行くのです!」

 

 ベッドを出て、制服に着替え、朝食の用意されたリビングへと赴く。

 机の上にはいつものメニュー。トースト、ベーコンを添えた目玉焼き、サラダ、コーンスープ、そしてコップに入った牛乳。

 今日はそれに加えて、真っ白なヨーグルトの小皿も並んでいた。

 

「昨日の夜、ずいぶんお疲れのようでしたから。いちごジャムかブルーベリージャム、どちらを乗せますか?」

「あ、ありがとうございますです。じゃあ……う……あとで自分で決めさせてください」

「わかりました。でも一品増えた分、早く食べないと遅れてしまいますよ」

「わ、いただきますです!」

 

 朝食を摂りながら、テレビから流れてくるニュースの音声を聞くともなく聞き。やはり深衣は思案に耽る。いい子として、カルテの親友として、小路の仲間として、どうするのが正解なのか。

 それはしっかりと表情に出ていたのだろう。対面の席に座った深衣の母親は、テレビの方を向きながらも気づかわしげに尋ねた。

 

「悩み事ですか?」

「んぐっ、っん、あの、えと、……はいなのです」

「それは、どんな感じのことですか? 恋とか、進路とか、友人関係?」

「あ……たぶん、進路、でしょうか。でも、友人関係のことでもあるし……、もっと大きな、道徳的なことでもあるのです」

「あら……」

 

 想定したよりも複雑な悩みであることに母親は戸惑うが、深衣がサラダを食べ終わるころには深衣に向き直り、おおよその当たりをつけて言葉を繋いだ。

 

「今みーちゃんの前には二つの道がある。一方にはお友達がいて、一方には尊敬すべき人がいる。だからどちらも進むべき道に見えている。そういう体でお話しますね」

「は、はい」

「結論から言いましょう。()()()()()()()()()()()()()

「えっ!?」

 

 食事の手を止めて固まる深衣に、優雅に目を伏せた母親はその手の仕草で「早く召し上がりなさい」と促す。

 深衣がスプーンを手に取ってスープを口に運ぶと、席を立ってキッチンに戻りつつ、アドバイスの続きを母親は語った。

 

「昨日遅くに帰ってから寝るまでずっと、みーちゃんは真剣な表情で悩んでいました。若い内の時間はとても貴重。一夜悩み通したのなら十分です。これ以上悩んでもきっとみーちゃんは決められません。だからとにかく選ぶしかない。どっちを選んでも後悔するでしょうけれど」

「そ、そんな……もっと考えれば、きっとよりよい選択がどちらか決められるのに」

「でしょうね。それが後悔というものです」

「間違った方を選択して後悔したらいい、ということなのです?」

「いいえ? そんな意地悪を言うつもりはありません。

 

 いつまでも岐路に立っていたのではわからないことを、先に進んで確かめよ。そう言っているのです」

 

 席に戻った深衣の母親は、机の上にいちごジャムの瓶とブルーベリージャムの瓶を置く。そして食卓の上に置かれたステンレスの容器を瓶の先に引き寄せる。

 グラニュー糖が入ったシュガーポット。

 

「みーちゃん。一番ダメなのは、選ばず終わることです」

 

 赤い紙か、青い紙か。黙っていれば二度と口を利けなくされる。

 学校のみんなか、一人の教師か。選ばなければ誰も助からない。

 

 選ぶしかない。

 

 けれど。

 

「それ以上に、()()()()()が大切です」

 

 ──片方を取ったからといって、片方を諦めなければいけないわけではないのです。

 

 その選択を最善最良にする。

 そう努めることこそが、深衣が最もすべきこと。

 

「……お母さん。ありがとうございます」

「ふふ。良い学校生活になるよう、応援していますね」

 

 最後にイチゴジャムと砂糖を入れたヨーグルトを食べて朝食を終え、食器を洗い場に運び、鞄を取って家を出る。

 

 赤い紙を選んだら、全身から出血して個室が真っ赤に染まる。

 痛みを伴う決断。

 けれどそれで絶命するのかどうか、分かつものがあるとしたら。

 深衣が光線女からカルテを守り抜けたように、死中において活路となるもの。

 

 それは何か?

 

 覚悟だ。

 

 誓いを重んじる心と、果たそうとする執念の合金。

 目的を遂げんとする揺るがぬ決意。

 

 それを胸に今深衣は歩み出した。

 目指すのは、職員室。

 

 加洲と話をする。

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