都市伝説少女   作:龍田乃々介

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第7話 Rock on 六子の占い屋

 

 生徒指導室の一件で時間を押してしまったが、下校時は下りとなる通学路の坂を全力で駆け降りることでなんとか予約通りの時間に間に合った。

 

 鈴山駅併設の駅ビル内にある空きスペース、そこに開かれた占い屋の出張店舗に深衣(みい)は到着する。

 呼吸を整えながら、その外観をなんとはなしに観察した。

 

 円柱の上に平たい円錐を乗せたようなシルエットの、簡易なテントで作られた密室。上に紅色の布を被せてあるのは防音のためか、見栄えのためか。店の前にはテントの豪奢な色味に不似合いなパイプ椅子と、これまた不釣り合いにかわいらしい丸机。その上にはアンティーク調の呼び鈴と小さな立て札があった。

 

[ただいまの待ち時間 [予約中] 分]

 

 深衣が呼び鈴を手に取り控えめに振ると、やや濁ったベルの音がリンリンと鳴る。

 少し間を置いて、のんびりとしたような、なにかぽやぽやした喋り方の女の声がテント内から答えた。

 

「はぁ~い。中へどうぞぉ~」

 

 失礼しますです、と断りを入れて、深衣は仕切り布の入り口から入室する。中はぼんやりと薄暗く怪しげな赤や紫のライトで彩られており、薄っすらと花の匂いが香っている。いかにもな占い屋だった。

 

「あの、こんにちは。予約していた冷杯(れいばい)と申します」

「あや~。いらっしゃいませえ。こちらのお席にどぞ~」

「ありがとうございます。失礼しますです」

 

 テント中央には紫と黒のゴージャスなクロスが掛かったラウンドテーブルと、同じ色調のアンティークな椅子。机の向こうに座する占い師に手で促され、深衣は対面に座す。

 目の前にいたのはZのメディア欄に投稿されていた自撮り画像の通りの女性。紫とピンクと白の三色に染めた髪を大雑把に二つ分けにして、口元はライトパープルのベールマスクで覆った奇抜な占い師。

 

「改めまして~。こほん。 Rock on 六子(ロッコン ロッコ)の占い屋女主人、六子(ろっこ)と申します。狙い定めた占いの結果は百発百中……とはいきませんが、顧客満足度はたかぁい評価を頂いて~おります。今日はよろしくお願いします~」

「は、はい。よろしくお願いしますです!」

 

 緊張で必要以上に元気な返事をしてしまった深衣。

 ふんふん、と何かを確かめているかのように頷きながら彼女を見る占い師は、深衣とは対照的にほわほわと陽気な雰囲気を纏っている。

 

「んやー、まさかって思ってたけど、ほんとに若い女の子とはねぇ」

「珍しい、ですか?」

「へ? 全然。 ここでやってるときのお客さんは八割女子高生よ~。って言っても、冷杯さんみたいのは珍しいけどねー」

 

 恋愛相談ばっかりだから。

 わざわざダイレクトメッセージで予約を取り『お祓い』を依頼してきたのは深衣が初めてとのことだった。

 

「ちょっと待ってぬぇー。えーどこにしま……った、っけか……なー。これじゃない、これでもない、ジャマ、ジャマ、ジャマ、あこれジャマちゃうわ」

 

 占い師は足元の鞄にしまってあるらしい占い道具をがちゃがちゃと漁る。整理整頓はしていないらしい。

 机の上に一時避難してきた不必要なアイテムが並べられていく。水晶。タロットカード。飴。茶器。縛って畳まれたレジ袋。口の開いた塩の袋。

 

「あの、これから何を……」

「アッ、ちょっと待ってねぇ? お祓いの前にやっておきたい占いがあぁるんだけどぉー……。どこにしまったかな……」

「その占いは……水晶占いとかタロットカード占いとかとは、道具が違うのですね」

「あはは……うん……」

 

 え、マジどこやったっけ。うろたえた小言を漏らす占い師。

 その動きと、目元に浮かぶ汗、瞳の動きなどから、深衣は彼女の心を感じ取った。

 

 ──焦るな、思い出せぇ六子……。最後に使ったのが去年末……一昨年?だから、そのときのわたしなら多分スーツケースの方に、あ、スーツケース車の中じゃん。うぎゃああ、やばい、焦る、ちゃんと段取りしとけばよかった。いやあもうそもそも「お祓い承ります」とか書かなきゃよかったんじゃん。まともにできた試しないし。できてたらこんな場末(トコ)下手な占術業(こんなコト)なんかやってないし。うわ~~~ん!

 

 今からでも恋愛相談ということにした方がいいかもしれません……!

 

 深衣がそう焦り始めてからようやく、「あったぁ!!」テントの端にインテリアのように置かれていた道具を手に取って、占い師は準備を終えた。

 今机の上には大量の棒が入った割りばし入れのようなものと、中央を赤い正方形に塗られた木の棒が置かれている。十五歳の深衣には見も知らぬものだが、易者が占いに用いる筮竹と算木だ。

 

「ええっとぉ、それでぁ……はじめみゃす」

「お願いしますです……」

「あぇーっと……冷杯深衣さん。ミーちゃんだ。かわいい名前だね」

「ありがとうございます……?」

 

 名前、性別、年齢など、予約の時に伝えた簡単なプロフィールの確認。

 それが一通り済むと、現況の聞き取り調査が始まる。

 

「お祓いの前にねぇ、このお祓いが上手くいくかどうかってことを簡単に占いたいんよー」

「はあ」

「そのために今の状況を知っておこうと。そういうかんじデス。それでぇ、燦宮(さんみや)で怪物に会って呪われた? ってコトは聞いてるケド、具体的にどーんなかんじ? 経緯とかぁ、理由とか」

 

 相手は霊能者。そして困っている自分に手を差し伸べようとしてくれている人。

 深衣は普通の人に言えば信じてもらえないようなあの夜の話を包み隠さず伝える。

 

 夏休み最終日。友人二人と遅くまで遊んで、映画を見て解散して、明日から学校かと思っていたところを突然襲われた。理由などわからない。しかし、今自分に降りかかっている二つの呪いと焼き付いた恐怖の記憶は、決して夢幻ではなかった。

 そう説明した。

 

「いつもと違う道を歩いたとかじゃあないんだよねえ。よくない気が偶々形になってたのかな……」

「あ、それであたしを襲った怪物なのですが、ネット上で『人生破壊光線女』と呼ばれているものみたいなのです」

「……ふんふん。…………」

「本当に、嘘ではないのですよ? 魔法少女みたいなフリフリの服で、着ぐるみみたいな顔をした不気味な……」

「都市伝説?」

 

 冷たくはっきりとした声だった。

 水を浴びせかけるようであり、水に打たれたようでもある、驚愕の音。

 

 占い師の顔つきから陽気さが消えていた。

 

「……始めるね」

「あ、はい……」

 

 真剣な顔つきで六子は容器から筮竹を取り出し、一本を抜いて容器に戻す。

 残りの束を左右に二分して、右手から取った一本を左手の小指に持ち、右手分の筮竹を置いて、左手の筮竹を右手で八本ずつ取っていく……。

 占い師が易筮を行う間、深衣はその手つきと表情に注目し、彼女の感情を読み取ってみた。

 

──まさか……。ないない……。だめ、集中。…………でも……。

──もうあの人たちがなんとかしたでしょ、違う違う……。

──じゃなかったら、どうしよう……。

 

──ああ、うそうそ、だめだめだめだめ……。

 

 易の知識がない深衣には、占い師の手元に示された易神のお告げの意味はわからない。

 しかし蒼白になった六子の震える瞳を見れば、結果がどんなものか想像するのはたやすかった。

 

「あの……六子さん?」

「あっ、はい、うん、えっと、…………ごめん」

 

 俯いた占い師。マーブルカラーの髪を揺らしながら、足元から引っ張り出した用紙にガラスペンで文字を書いている。

 

「実はね、不安にさせないよういゎ……言えなかったんだけど、ぁわ、わたし、その……祓い屋としては下の下のさらに下とかいうレベルでさぁ……」

「………………」

 

 呪われた少女は無言で占い師を見守る。

 彼女に掛けられた共感の呪いは占い師のつむじからでさえ、その感情を読み取ることができた。

 

 (こうべ)を垂れさせるような大きなトラウマ。恐怖を。

 

「ミーちゃんのお祓いが上手くいくかどうか……。結果は、『沢天夬(たくてんかい)上爻(じょうこう)』」

 

 用紙に書かれた占断。

 

 その意味するところは『助けを求めて泣き叫ぼうと無駄』。

 

 沢天夬自体は大雨の前の空のような緊張状態において、決断することの重要性を啓示する卦だ。トラブルは予想されるものの、身の振り方次第で損害を抑えたり利益を得たり、状況を切り抜けることも可能とされる。

 

 しかし、危機の極致となる上爻においては、破局的災難は確定事項。

 

「ごっ、ごめんね、ミーちゃん……。わたしの手には負えない……ってやつ」

 

 本当に、ごめん。再三占い師は謝罪を重ねる。

 お祓いの前に『お祓いが上手くいくか』をわざわざ占うのは、彼女が手出ししてもいい程度のものかを知るためだった。

 そして結果は現れた。

 自分では太刀打ちできない。下手に手を出せば自分もただでは済まない。そんな絶望的な結果が。

 

──この子を、見殺しにするしかない……。わたしなんかが首を突っ込んでも、死体が一つ増えるだけだ……っ。

 

 テーブルクロスの上にぽたぽたと雫が落ちてシミを作る。

 メモを持つ占い師の指はぷるぷると震えていて、ラメ入り赤のネイルをキラキラとチラつかせていた。

 潤んだ深衣の瞳にはそれが、いやに眩しくてつらかった。

 

 「ありがとう、ございました」

 

 細い声で礼を述べ、足元に置いていたカバンを持ち上げる。

 

「あ、六子さん、お代は……」

「……もともと相談無料で、お祓いもムリーってわけだから、貰えないよぉ。帰り道、気を付けてね……」

 

 涙目の占い師に会釈で再度礼を伝え、深衣はテントを出る。

 スマートフォンを取り出して時間を見ると、時刻は16時18分。電車が来るまではまだ少し時間がある。すぐそこにあるスーパーで何か飲み物でも購入して、どこか座って落ち着きたい……。

 

 

 そう考えていた深衣を「ちょっと待ってぇ!!」後ろから呼び止める大きな声。

 振り返った彼女に、マーブルカラーの女が抱き着いた。

 

「やっぱり、ちょっとだけ、悪あがきさせて!」

 

 耳元で占い師の女が早口に言う。

 

「天蓬天内天衝天輔天心天禽天柱天任天英、陰陽の神の護りあれ、九字五芒星の加護ぞあれ……」

 

 ポンポンポンポン……背中をすばやく九度、首筋に謎の呪文を囁きながら叩かれた。

 

「それと、これぇ……」

 

 タダでいいから、そう強引に握らされたのは赤地に金の刺繍を施したお守り。

『除災招福』と書いてあった。

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