「それが、あなたの本当の幸せなのですか?
小灯芽の独白。
悪いのは全て自分であり、その自覚だけが唯一最後の自分らしさ。だから
彼女のその覚悟に、少女は問わずにいられなかった。
「……あなたは?」
「あたしは……鈴山学園高校第二十一回生、一年四組十八番、
「……ああ、そっか。八年経ったんだっけ。八年で加洲
「先生は、生徒のみんなからは『きずなちゃん』と親しみを込めて呼ばれています。先生がいつも優しくて親切で、生徒想いの良い先生だからです」
「………………」
「でも、それは先生の本当の姿ではありません」
「……?」
「本当のきづな先生は……もっともっと優しい、素晴らしい先生なのです!!」
「……は?」
女子トイレで共感の呪いを加洲に先鋭化させたあのとき。
深衣は小灯芽を失ってからの加洲の八年を断片的に垣間見た。
自死を許さず、懺悔を許さず、小灯芽以外のすべての人へ償うことで自らを罰すると決めた彼女が、どのように生きてきたのかを知った。
加洲姫綱。彼女は事の正しさよりも、人の優しさを重んじて生きてきた。
だが『黙殺の呪い』による制限のために、他の生徒はまだ知らないのだ。
彼女がどれほど優渥なる人物なのかを。
「大学時代は勉学に励む傍ら、ボランティアサークルに所属していました。幼稚園でのレクリエーションやお年寄り向けのスマホ教室を手伝ったり、ヤングケアラーの子供たちの生活支援や学習支援をしたり」
「………………」
「突発的に人を助けることも多々ありました。歩くのが辛そうなおばあさんが大きなゴミ袋を持っていたとき、ゴミ捨て場まで持っていってあげたり、乗るバスを間違えてしまった観光客の人を見つけたとき、駅まで連れ立って案内してあげたり」
「ごめんなさい。だから何、としか思えない。善行を積んできたんだから許してあげるべきって言いたいの?」
「んん……ちょっと違うのです!」
「は……?」
「あたしはただ、
冷杯深衣。『いい子の呪い』によって、純粋な善に染め上げられた少女。
彼女は信じなかった。
ただ一人孤独でありたい少女。彼女にとっての最高の幸せが、「加洲姫綱を不幸にしてまで掴み取った孤独に浸り続けること」だとは。
もっとずっと良い幸福の形があるはずだと、訴えていた。
「例えば、その教室を出てこちらの世界で一人になれる場所を探してみるのはどうでしょうか。そのうえできづな先生とは会わない、それがきづな先生にお願いする償いだということであれば、お二人はもっと幸せになれるのではと思うのです!」
「れ、冷杯さん……」
「嫌。誰かの手を借りてここを出るほどの価値を感じない」
「価値はあると思います。先ほど小灯芽さんは一年ほどで自殺したと仰いましたが、こちらの世界には空き教室と違って無数の娯楽があるのです。本がお好きなのですよね? そちらに本はあるのですか?」
「ちょ、っと、ミーコ……」
「本はないわね。けど必要ない。もう娯楽が欲しいなんて精神構造じゃないの」
「むっ、それは嘘なのです。あたしは別の怪異から『共感の呪い』というのを刻まれていて、小灯芽さんの抱いている感情を知ることができます。あなたは今、『それはちょっとだけ気になるけれど』と思ったはずなのです」
「おお、みーちゃん……」
「あなた、人の心を勝手に……!」
押している。
そんな感覚がモニタールームの少女たちに湧き起こった。
深衣はただ必死だった。このまま加洲と小灯芽が悲劇的な離別を迎えてしまうことだけは避けたかったのだ。
だって二人ともこんなに、こんなに苦しんだのですから。
幸せになってほしいと思うのは当然。
そのためにできることはなんだってしてあげたいと思うのが、当然なのです。
「小灯芽さんは仰いました。『自分の弱さを認められる程度の強さだけが、自分を許せるたった一つの拠り所』だと。それなら、その拠り所をもっと強く大きくできるのであれば、もっと生きやすくなるのではないでしょうか!」
「なにを……」
「あたしがそのお手伝いをします。共感の呪いで、あなたと他の人が摩擦なく共に生きられるようサポートします。それでゆくゆくは、人を傷つけず悲しませず苦しませず生きられるような強い人に、あなたを導いてみせます! だから!!
その空き教室から、出てきてください! 小灯芽さん!!」
深衣の言葉は、しっかりと小灯芽の心に寄り添っていた。
他人が嫌い。他人は怖い。自分は弱い。自分が嫌い。
対人恐怖症と自己嫌悪の迷宮で一人孤独に苦しむ彼女に、ひと時でも、出口の光を予感させることができた。
希望を抱かせた。
幸せに、
それは小灯芽に、「自分らしさ」を思い出させる
──そうだ、私は、
小灯芽は扉の窓から顔を離す。
紫の瞳は茜色に浮かぶ黒い人影に戻り、ぴたりと張り付いていた小さな手のひらも剥がれて消えた瞬間拳の底が強烈に窓を叩く。
ダンッ!!
窓が割れんばかりの衝撃。
しかし開かずの教室の物は永遠。ただの人の拳がどれだけ強く叩こうが割れることはないのを、何度も試したから、彼女は知っていた。
牢獄の窓は幽閉された少女の手を受け止めた。
「レイバイ、ミイ、だったかしら? あなた、とってもいい子なのね。素敵。気に入った」
「……小灯芽さん、それは……!」
「死人の私に『社会復帰のお手伝い』をしてあげられるって、あなたはそう言っているのよね」
「
「それじゃあ、お願いするとしましょうか」
この【開かずの教室】の中で。
引き戸が壊れそうなほどの勢いで開かれた。
制服を着た小柄な少女が燃えるような茜色の教室に立っていた。
その表情は狂気に染まっていた。
不気味な紫の瞳が見開かれ、口角が弧を描く邪悪な笑みが浮かんでいた。
「
幽閉された少女が呼ぶ。すると深衣の足はその意志に反して一歩、前へと歩み出た。
「みーちゃん!」
「ミーコ!」
「冷杯さんっ!」
前進する深衣にカルテと加洲がしがみついて止める。小路は亜風伯の左手で壁を作った。通常ならばこの状況でこれ以上進むことなど不可能。
しかし、深衣の足は前へ、前へと、ゆっくりだが確実に動いていく。
「嘘でしょ!? なにこの馬鹿力!」
「無駄よ その子は貰う この空き教室で百年過ごしてまだ同じことが言えるのなら 聞いてあげることにしたの」
「チッ、これも権能か! おい怪談殺し! お前も見てへんでなんかせえ!」
「ん? ああ ごめん とても良いところだったから鑑賞モードになってたよ す~~~~っ はぁ………… 良い空気だったな……」
「こいつなんやねん!! クソっ、一ツ……火ッ!!」
亜風伯で深衣を力いっぱい抑えながら、反対の感覚で一ツ火を幽閉少女へ撃ち放つ小路。
しかし。
「それは」
何かに阻まれたように扉の前で搔き消える。
「
開かずの教室に入ることができるのは、七不思議のすべてを知った人間のみ。
扉の向こうにいる小灯芽に小路の炎弾は届かなかった。
「そんなんありかいな……ッ!」
「クロユリさんッ! ミーコを助けてください! つよっ、このままじゃ連れてかれちゃいます! 助けて! ちょっ……とミーコもしっかりしてよ!!」
「からだが……かってに……」
「助けてあげたい気持ちは とても強いんだけどね……」
クロユリさんは見ていた。一人の教師の表情を。
怪異狩りの少女は待っていた。加洲姫綱の決断を。
それは単なる趣味からではなく。
それが本当に、彼女の先の人生にとって大切だろうからという信念によって。
「きみはどうするの きづなちゃん」
「……っ、ぁ、……わた、し、は……!」
「あら 何か言いたいの? 加洲姫綱」
「…………ひめ、ちゃん……っ!」
「……そういえば あなたに言っておきたいことがあったの」
「な、に……?」
「加洲姫綱 私 本当はね」
最初からずっと あなたのことが嫌いだった
ブルーライトの中、青ざめた加洲の瞳は小灯芽の貌をしっかりと見た。
血のような茜色の教室の中、孤独を愛した少女の口元に……ふっと。
あのときと同じ微笑みが、
「っ! クロユリさんっ! お願いします、私の生徒を!!」
冷杯さんを助けてくださいっ!!!
生徒を想う教師の叫びに、黒い少女は槍を取る。
一跳びで茜色が漏れ出す回廊に着地、三叉槍の穂先を繰り出して、幽閉少女の心臓を貫く。せめて彼女が、永遠に教室の中に囚われぬように、殺す。
槍を引き抜くとすぐさま引き戸の取っ手に手を掛け、力任せにそれを引っ張り、最終的に槍をてこにして無理やり閉じると。
背後からの陰陽師少女の火炎弾にタイミングを合わせて扉に強烈な後ろ蹴りを放つ。
七不思議怪異、七体目。
『幽閉悠久』の権能で、
二人の怪異退治人の攻撃によって扉ごと炎上崩壊した。
こうして、都市伝説怪異【S高の禁じられた七不思議】、その完全討伐が為されたのだった。