都市伝説少女   作:龍田乃々介

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第42話 エピローグ 一錠の光が差していた

 十月十七日、金曜日。

 中間テスト最後の教科が終了し、午前中に解放された生徒たちはさっそく部活に向かったり、街に遊びに繰り出したりと楽し気に教室を去っていく。

 一年四組の教室に最後まで残っていたのは深衣とカルテ、そして担任教師の加洲だった。

 

冷杯(れいばい)さん、どうでしたか? 中間テストの手応えは」

「うう……勉強にあまり時間を割けなかったので、今までで一番悪い結果になるやもしれないのです……」

「あらあら……でも大丈夫、まだ高校一年の中間。いくらでも挽回できますよ!」

「そう……ですね! 百点は次で獲ればいいのです!」

「うん! その調子! でも多分、冷杯さんは今回悪くなさそうな気がするなー」

「へ?」

大宅(おおやけ)さんはどう……お菓子食べる?」

「いらないので、赤点だったとき大目に見てもらえませんか」

「あげられませんからこのお金チョコでも食べて元気出して」

「賄賂ですね……これをネタにすれば教育委員会を……」

「カルテちゃん。恥を上塗りするだけなのです」

「言ったわね! 恥と! 赤点を恥だと!!」

「いたっ。現状を正確に認識しなくては良い改善はできないのです。いたっ」

 

 じゃれあう二人。くすくすと笑う教師。テストは終わった。怪異も祓った。全き平穏がそこにはあった。全員で勝ち取ったかけがえのない日常だった。

 その輪郭をそっと確かめるかのように、カルテは思い出したことを加洲に尋ねる。

 

「そういえばきづなちゃん、先生みんなの解呪計画はどんな感じになってるんですか?」

「どんな感じと言われても……イイ感じ?」

「アバウトなのです……」

 

 七不思議の怪異を撃滅してから一週間。既に教師たちの間には変化が始まっていた。

 なにせ、夜当番を担当した教員から「怪異が出なくなった」と報告が上がってきたのだから。

 

 金曜の加洲から土曜の石滝学年主任、日曜の教頭もそれを確認して、月曜の朝から緊急会議が開かれた。加洲はそこで教員側の存在として議論を誘導。予め小路(こみち)と共に用意した偽の原因呪物や偽のお祓い道具、クロユリさんが映っているカットを集めた断片的な録画などを提示して、「七不思議の怪異は通りすがりの黒い少女霊に祓われて、もういない。これからそれは確かだとわかるはず」と遮二無二訴えた。

 それからというもの。校門に立つ先生の顔色が日に日に良くなったり、廊下ですれ違う先生の挨拶の声色が明るくなったり、職員室を尋ねたときにどきりとするような冷たい視線を向けられなくなったり。

 細やかながら良い変化が現れ始めていた。

 

 鈴園の教師たちが自らの正気を守るために作り上げていた環境型の呪詛『黙殺の呪い』は、あの怪異たちを認知しないためのもの。

 元凶が取り除かれたと信じられるようになればそれは徐々に弱まって、いずれ完全になくなるだろう。

 怪異に関する記憶も、人間の脳が持つ防衛機制によって自然に忘却されていき、きっかけがなければ蘇ることもなくなるはずと、陰陽師少女は言っていた。

 

「むしろこれから、思い出したとしても死のうと思わせないために、前向きな精神状態にしておくことが大事って、小路さんは言ってたわ」

「あー、きづなちゃんが呪いを乗り越えたみたいに、正気を保とうっていう気合が入ってないとってことでしたっけ」

「概ねあっているのですが、気合と言われると単なる根性論に聞こえてきて複雑なのです」

「根性論も馬鹿にできないってことがわかったわね、大宅さん」

(かしこ)にもできませんけどね」

「もー。……あ、そういえば小路さんの報告書を手伝うのって今日よね?」

「はいなのです。先生の仕事が落ち着いてからという話でしたが」

「採点やら先々の行事の準備やらもあるから、むしろ今が一番落ち着いてるかも。そろそろ向かいましょうか?」

「りょー」

「了解なのです!」

 

 解放感から上機嫌な二人を従えて、担任教師が教室の扉に手を掛け、開く。

 するとそこには女子生徒が一人立っていた。

 

「きゃっ!」

「うおわっ!」

「? あ、スズメさんなのです!」

 

 驚いてのけぞっていたのは雀のヘアピンが目印の少女。図書委員にして小路ファンクラブの一員、雀子(じゃっこ)詩乃だった。

 

「び、びっくりした。小路さまの話が聞こえた気がして入ろうとしたら急に開くんだもん……」

「アンタブレないわねほんと」

「レイさんたち残って先生となんの話してたの?」

「えっとぉ……」

「進路の話よっ? その、大宅さんが将来を憂えていたようだから……」

「えっ!? 成績とか気にするタイプだったんだ大宅さん」

「……まあ、憂えもしますけど、時として」

 

 嘘がつけない深衣の代わりに咄嗟に誤魔化した加洲の流れ弾を食らうカルテ。

 不機嫌の空気を醸し出して「さっさと行くわよ」と仕切って脱出する彼女に、深衣と加洲も続こうとする。

 

「それじゃあスズメさん、また来週!」

「テストの復習はしっかりするのよー?」

「はーい! ……あっ、レイさん! 思い出した、ちょっと待って!」

 

 雀子はぱたぱたと小走りをして追いついてくると、深衣の制服の裾を掴んだ。

 何やら真剣な表情を浮かべる彼女を見て、深衣は目くばせでカルテと加洲を先に行かせる。

 どうしたのですか? 穏やかな声色で、秘密を聞くように優しく問う。

 そのまなざしに戸惑って一瞬目を逸らす雀子だが、きゅっと一旦瞑目してからすぐに深衣に向き直ると、薄い紺色を宿した黒瞳に目を合わせて言う。

 

「わたし、実は、見ちゃったの……!」

「えっ!? な、なにを…… !」

 

 何を見たのか。共感の呪いで、言われるより先にわかってしまった。

 それでよかった。少しだがそれで助かった。

 クラスメイトの口から突然それを知らされるのは今の深衣にとって、とても辛いことだったから。

 

 

袂町(たもとまち)の中華街で、相島さんが……その、()()()()()()()を受け取ってるとこ、見ちゃったの……!」

 

 

 言葉を濁してくれた彼女だが、深衣にはしっかり伝わっていた。

 その()()を、我慢できずその場で口にした相島莉子(リコ)

 深衣のかつての友人であり、カルテと深衣をいじめた主犯格であり、救えなかった一人の少女。

 

 

 彼女が()()で狂気に溺れる姿を、雀子は目撃したのだった。

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