遠く校舎から響く運動部の掛け声や吹奏楽部の練習の音を聞きながら、
裏門脇の公園から入ったこの
しかし平日の夕方ともなると、まして駅から遠く離れた学校の側から入ったとなれば、人と遭遇することは滅多にない。
小路はさらに用心を重ね、隠形の術や人払いの呪詛、耳晦ましという会話を雑音に偽装する術を展開しつつ、深衣へ語りかけた。
「改めて、遅なってごめんな。一週間くらい会えんかったけど、だいじょぶやった?」
大丈夫、とはどういう意味なのか。怪異に襲われなかったかどうか、それとも呪い由来の頭痛に悩まされなかったかどうか?
深衣には声に出してどちらか問う必要はない。小路の心の声を読み取り、前者の意味であると理解した。
「はい。二回ほど奇妙な怪異に絡まれたのですが、クロユリさんが駆けつけてくれました」
「襲われたんかい。え、ほんまに大丈夫やった? 変な呪いかけられたりとか呪印つけられたりとか、怪しい薬押し付けられたりとかしてへん?」
「呪いは先日こみ先輩がくれた護符が防いでくれました。ありがとうございましたです! 呪印? は、クロユリさんが怪異を退治してくれたら消えました。怪しい薬というのもありませんでした。本当に大丈夫なのです!」
「いや結構やられとるやん……ごめん、ほったらかしにして」
「いえいえ!」
落ち葉の敷物を踏みしめながら登る二人。
視線を感じる……わけではなく、ちょうどいい場所を探していた。陰陽術のレッスンを受けるにふさわしい、人目につきにくく開けた場所を。
「にしてもアイツ……クロユリさん、暇なんやろかね」
「暇、なのです?」
「クロユリさんの怪談、『霊や怪異に襲われてるときに呼んだら助けに来る』ってやつさあ、もし同時多発的に襲われとる人がおったら誰かしら駆け付けられへん人が出そうやん? みーちゃんのとこにいつでも来れとるってことは、他に呼ぶ人おらんのかなーって」
「んん……」
光線女以後、深衣がクロユリさんを呼ぶとすぐに彼女は現れた。背中に刺さった釘でハリネズミのようになっている女に付きまとわれたときも、赤いマジックペンで気味の悪い顔を落書きして回るのっぺらぼうの子供に追い回されたときも。
どちらも余裕そうな表情で優雅に現れて、圧倒的な暴力で制圧し、家まで送り届けてもらう間楽しく雑談を交わしてから別れた。
その様子は確かに、忙しいとは評しがたい。だが深衣はそもそも怪異の出現について詳しく知らなかった。いい子として、短絡的な決断の前に質問をする。
「同時に二人以上として存在したりは、できないものなのですか?」
「んー、できるやつはできるんやろうけど、聞いたことないなあ」
「……なるほど」
都市伝説怪異は「怪談として語られたものがそのまま実現したもの」。噂の中で「同じ時に別の場所で目撃された」と語られ、その恐ろしき矛盾をアイデンティティとする怪異ならば、同時に二人以上が存在しうる。だがその実例となるような怪異は把握していない、ということらしかった。
「カルテちゃんなら知っているかもしれませんね」と冗談っぽく言う深衣に、「あの子はたぶん
そこで深衣はふと、以前カルテとクロユリさんの三人で登校した時、怪異少女本人が言っていたことを思い出した。
「そういえば、クロユリさんは自分が『落ち着いた都市伝説』だと言っていました」
「落ち着いた都市伝説?」
「たしか、クロユリさんを認識できる条件について話をしていたときのことで、今は定番化して盛んに語られるものではなくなったので、条件を拡大解釈して助ける相手の範囲を広げられている、と」
「拡大解釈……なぁ……」
意味深長に相槌を打ちながら先を行く小路。その後ろ姿が持つすべての情報から深衣に掛けられた共感の呪いが心の声を算出する。
──やっぱり言うといたほうがええか。
「みーちゃん」
登る足を止め、振り返り、木漏れ日を背に見下ろす小路が深衣に言った。
「あんまりアイツを信用せんほうがええと思う」
秋の訪れを感じる冷たい風に吹かれながら、深衣は怪異少女にまつわる三つの違和感について聞かされた。