「ねえレイさん山で死体見つけたってホント!?」
「えっと…………」
週明けの月曜朝から学校はその話題で持ちきりだった。
金曜の放課後、女子生徒が隣の鈴山で死体を発見し警察に通報。パトカーが部活帰りの生徒と入れ替わる様に校舎へやってきて大騒ぎだった、と。
そしてその発見者が
ショートホームルーム前の教室、深衣とカルテに話しかけてきた、この
「おはようございます、スズメちゃん」
「アンタ遠慮とかないわけ?」
「あっ
「おはよう。そしてさよなら」
「ねえホント!? ホントなのレイさん!?」
「帰れっつってんだけど」
「聞いたら大人しく帰るから! ね!?」
「あはは……」
深衣とカルテはこっそりと視線を交わす。困り眉をする噂の人物に、その親友は真剣な眼差しで「アタシに任せて」と応えた。
──アタシだって、中学のときは人をあしらう側の人間だったんだから。
「ミーコは無関係よ。噂は全くのでたらめ」
「そうなの!? ……ほんとにぃ~?」
「…………はぁ。ここだけの話よ。いい?」
「やった! 教えて教えて!」
耳を寄せてくる詩乃にカルテはこっそりと耳打ちする。
「ミーコに最近謎の不調が続いてたから、帰りにパワースポットでも寄ったらってそこの鈴山を勧めたの。まさかその日のうちに登るとは思わなくて一人で行かせちゃったけど」
信じ込ませるために渋々明かす体を取り、確実に広めるために再度「秘密にしなさいよ」と釘を刺した。「もちろん!」と了承する詩乃に、カルテはしたり顔が出そうになるのを堪える。
しかし詩乃は全く勢いを落とさずに、潜めることもない明るい声でこんなことを訊いてきた。
「じゃああれもホント? 死体の女の人は何か月も前に死んだはずなのに
「いっ……!?」
「ど、どうして知っているのです……!?」
思わず認める形をとってしまった深衣は、すぐにはっと口元を隠す。
確かに、発見された死体は腐敗していなかった。損壊も軽微だった。虫も獣も微生物も彼女の亡骸に、まるで聖なるものがこの世から損なわれることを躊躇うかのように手を付けなかったのだ。
だがそれは別にそこで死んでいた彼女が聖女だったからというわけでもなく、現実的な答えはもっと醜悪なもの。悲劇的なもの。
その死体が腐っていなかったのは、殺虫剤もかくやという劇毒で汚染されきっていたからだ。
日曜の夜、
『「最近の死体は腐らない」って都市伝説知っとる? 現代人の体は飲食物に含まれる添加物やら化学物質やらで知らん間に防腐処理されてて、死んでもしばらく腐らず残るっていうやつ』
『もちろん知ってます。でもあれあくまでも都市伝説で、実際は普通に腐りますよね。しかも山の中なんて、雨風とか土の湿気とか鳥とか虫とか微生物とか、死体を分解しにかかる要素なんて文字通り山ほどあるような』
『もしかして、その「死体が腐らない」という都市伝説が
『それもあるかもしれん。けど確認はとれてない。今わかってるんは、仏さんはとりわけレベルの高い防腐処理をされてた、ってこと』
『レベルの高い防腐処理……?』
『えっとなあ、リストが……硫酸ニコチン、安息香酸ナトリウム、カフェイン、アルコール、エタノール。それから、テトラヒドロカンナビノール、フェニルメチルアミノプロパン、フェニルアミノプロパン、サイロシビン、その他もろもろの複合化学反応がうんたらかんたら……やって』
『え、ええと?』
『要するに
とんでもないヤク中やったせいで、自然の摂理が分解を拒否したって話』
二人は正直、この話を誰かに聞かれることはないだろうとたかを括っていた。しかし雀のように人の間を小回りするこの少女はそれを掴んできた。
「二組の山河岸さんが卓球部の先輩の友達から聞いたんだって! トイレに行ってたら警察が来てて怖くて帰りそびれてたら話し声が聞こえてきて~とか。あと見物に来てた近所の畑さんとか事情通の桃園さんとかも噂してたって、ファンクラブの友達から今朝聞いたの」
「ファンクラブ……蘆屋先輩の狂信者集団か。どうなってんのよやつらの情報網」
「別にファンクラブ経由じゃなくてもみんな知ってると思うよ? もう学校中この話で持ち切りだもん! わたしも気になってたんだ~!」
オカルトの噂話が今まさに盛り上がっていたにもかかわらず気付かなかったことに、自他共に認めるオカルトオタクのカルテは居心地を悪くする。そんな様子もお構いなし「それで、どうなの!?」と興奮気味に迫ってくる雀子。深衣は再びカルテに目くばせをした。
もしも死体の状態まで広く知れ渡ることになっていたらどうするか。それは既に小路から指針を貰っている。それを実行しようという合図。
口火を切ったのは発見者の少女だ。
「あたしは発見しただけなので、詳しくは存じ上げません。ですが確かに、ご遺体は山中で発見されたものにしては異様に状態が良かったように思いますです」
「おお〜!」
「おかげで、すぐに身元が割れるだろうって話だったわよね?」
「えっ?」
「はい。数ヶ月前行方不明になって捜索願が出されている女性と身体的特徴はほぼ一致していて、あとは届け人に確認していただくだけだと」
「腐ってなかった理由は今頃司法解剖で明らかになってるでしょうね、あっけなく」
「あまり騒ぎ立てては警察やご遺族の方に迷惑をかけてしまうかもしれません。スズメちゃん、あたしはいい子としてこれ以上この件をお話しないほうがよいと思うのです」
「アタシも賛成。オカルトは悪趣味にならない範囲で楽しみたいから」
「え、えーーーーー」
怪異
二人が託されたのはそのテクニックの一端。いわく、「リアルで陳腐なオチを付けること」、そして「遺族や現地民など関係の深い生者を引き合いに水を差すこと」。
『幽霊の 正体見たり 枯れ尾花……とか。ご遺族は死者が化けて出ることなんか望んでないとか。ネットではも少し上手くやる必要があるんやろうけど、リアルで流行しようとする段階やったらこれでなんとか収められると思うで』
そのプロフェッショナルの言が果たして真実だったか、詩乃は心底落胆した様子で「そうなんだぁ……」とため息交じりに呟く。
それから、突然深衣に顔面をずいと引き寄せ、眼球と眼球が触れ合いそうな距離で訊いてきた。
「それって小路さまのお言葉?」
「ひっ」
視界を占めるのはミミズのような赤い線の走る白い海と黒い大地。開き切った瞳孔にしっかりと自分が映っているのがわかる。深衣は背筋に嫌な汗が浮かぶのを感じつつ、「はい……」と泣きそうな細い声で答えてしまった。ため息を吐く親友も「なんでわかんのよ……」と暗に肯定する。
聞きだした小路信者は余韻深く留まってからゆっくりと顔を離してゆき、じわじわと満面に喜びの色を広げていった。
「え、へへ、金曜だったら、小路さま先生の手伝いで残ってたよねって思っててさあ……もしかしたら先生からの信頼ぶ篤くレイさんとは何やらただならぬ関係にあらせられる小路さまもそこに立ち会ってたんじゃないかって……何かご助言あそばされたんじゃないかって……へへ、当たった、気持ちいい……小路さまのお言葉……!!」
「アンタ一回頭の病院行った方がいいんじゃないの」
「ものすごい興奮なのです。頭が痛くなってきました……!」
興奮し蕩ける詩乃、白けた視線で咎めるカルテ、いい子の呪いの頭痛にうなだれる深衣。滞留しかける空気は、ホームルーム前の予鈴が鳴ったことで急速に日常へと引き戻された。
我に返った詩乃は「それじゃ、ちゃんと広めとくね!」と言って去る。声色と振った手の振り幅から読み取った心の声は、最初から彼女がそのつもりで来ていたことを教えてくれた。
──やっぱりさすがの小路さま、レイさんがウワサの的になっちゃうの予想して対抗策考えてたんだ~! よし、二人の話を広めるのが今日のわたしの使命! 大役仰せつかっちゃった、がんばろ~~~~!!
席に着きさっそくスマートフォンで友人に“噂の真相”を発信する詩乃を見て、彼女に感謝する深衣。自分も頑張ろうと意気込む。
やがて教室に担任の加洲がやってきた。出席の確認をし、簡単な連絡事項を伝える。その最後に彼女が言ったこと。
「それから、突然のことですが今日の六限目は総合学習に変更となりました。体育館に集合なので、五限目のあとの休み時間は移動があることを忘れないでくださいね」
禁七を討伐してから十五日。
少女たちの安息の日々は短命に終わろうとしていた。