都市伝説少女   作:龍田乃々介

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第6話 ダメ。ゼッタイ。

 五限目の終了を告げるチャイムが鳴った。生徒たちはノートや筆記用具を片づけたり、お手洗いに行って用を済ませたりといった準備をして、六限の移動に侵食され短くなった休み時間を嘆きつつ体育館へと移動していく。担任教師の案内に従って学年・クラス別の生徒番号順に整列、前方の長机に機材を並べて忙しなくしている先生や外部講師たちを眺めながら始業を待つ。

 やがて六限目開始を告げるチャイムが鳴ると、教頭の指示で全校生徒が体育館の床に腰を下ろして。簡単な挨拶と案内の後、特別授業が始まる。今日の外部講師、二人の警官と一人のスーツ姿の女性が前に出て、警官たちが先に話を始めた。

 

「鈴山学園高校のみなさん初めまして! 私は港庫(こうご)県警生活安全課の保篠と申します」

「同じく港庫県警生活安全課から来ました、鷹野です」

「みなさん、ニュースはちゃんとチェックしてますか? 私は正直、忙しくて見れていません! 鷹野さんはどうですかー?」

「えー、僕も忙しくて、全然見れてません!」

「あはははー、やあ、昨日も終電で帰りましたもんね」

「最後に家のテレビを点けたのがいつか思い出せないですね」

「そうですね。みなさんはテレビは見ますか? みなさんの世代だともうテレビでニュースとか見ないかなー? それで知らない方ももしかしたら多いかもしれませんが……実は昨今港庫県で、特に標戸(しるべ)市において、薬物乱用が深刻化しています。なので今日はみなさんに、薬物の危険性、薬物のおそろしさを知っていただくため、緊急で学校の方にお時間を取っていただきました!」

「先生方、ありがとうございます。えー、それで、いつもなら僕と保篠さんの二人がね、前でビデオ流してお話したりなんだりといったことをするんですが。今日は特別ゲストとして、こちらの方にもお越しいただきました」

 

 男性警官が「どうぞ」と言ってマイクをスーツの女性に渡す。長い黒髪を後ろでまとめた、涼やかに透き通った水色の縁の眼鏡のかけた彼女。何故かマイクの電源を切って話し始め、すぐに勘違いに気づいて電源を入れ直し咳ばらいをすると。開幕のドジを微塵も感じさせない氷のように冷たく硬い声色で名乗った。

 

「浄土寺碧。厚生労働省九州厚生局麻薬取締部小倉分室から臨時で標戸分室に派遣されています。麻薬取締官です。本日はよろしくお願いします」

 

 ぴしりと言い切り、斜め四十五度に頭を下げてぴったりと静止。二秒きっかりを待ってから頭を上げた。眼鏡の向こうから覗く細く鋭い目つきと引き結ばれた口のきりりとした表情に、何人かの生徒は思わず姿勢を正す。あまりに粛然とした彼女に生活安全課の二人は苦笑いを浮かべつつ、あとを引き継いだ。

 

「麻薬取締官って、みなさんは聞いたことありますか? 厚生労働省の、麻薬の捜査や取り締まりに特化した『麻薬取締部』という組織で働いている薬物犯罪対策のプロフェッショナルで、なんと、警察官ではないのに逮捕権を持っている『特別司法警察職員』という特殊なお仕事の人なんです! かっこいいですね~!」

「そうですね~って保篠さん、あんまり難しい言葉使っても伝わりませんって。それに時間もなくなっちゃいますよ」

「あ、そうでしたね! それではっ、まずはこちらの動画をご覧ください。三十分くらいありますが、みなさんに考えてもらう時間もあり、その時には動画を止めてみなさんに質問をしますので、六限目、ねむ~いだろうとは思いますが! しっかり聞いてくださいね!」

 

 体育館前方の照明が落とされる。そして、広々とした大きなスクリーンにかわいらしい女性の立ち絵と「薬物乱用防止教室」の題字が映し出されると。ご当地バーチャルYourTuberであるという個性的な声のキャラクターによる講義が始まった。

 薬物乱用の定義を問いかけるところから、薬物の種類や効果・危険性を紹介しつつ、合間合間に気の緩むような感想が挟まる。動画が視聴者へのシンキングタイムへと突入したあとには生活安全課の保篠が再生を止め、マイクを持って生徒から意見を求め。脇に座する鷹野や浄土寺からもコメントを取って授業を進める。

 手を挙げて意見を述べる積極的な生徒、ただ真面目に内容を聞く生徒、斜に構えて半目で見ている生徒、無表情で他の考え事に耽っている生徒。その中にうつらうつらと舟を漕ぎ始める生徒が出てきた頃には動画を使った説明の時間が終わり、授業は講師たちによる総括へと移った。

 

「さて色々と大切なことを教えていただいたわけですが~、鷹野さん! 鷹野さんはどのようなことが印象に残りましたか?」

「え~そうですね、僕はあの、誘いを断る練習をしようっていうところが特に印象に残りましたね。誘ってきた人や場面に合わせて、断り方を予め決めておこうっていうところ」

「あ~わかります! 薬物を使わない、そのためにはきっぱりと誘いを断ることが大事。っていっても、実際そういう場面に出くわしていきなり断るって、考えてみると難しい気がしますよね! 勇気が要りますし、なんて言えばいいかも咄嗟に出てこないよねっていう」

「そうなんですよ。大事なんですけど、意外とその練習ってやったことがないっていう。なのでそこは見てて、おお~ってなりましたね。はい」

「みなさんもぜひ、お友達と練習してみてくださいね~! それでは、浄土寺さんはどのようなところが印象に残りましたか?」

 

 質問をされた浄土寺はマイクを持ちパクパクと何事かを呟く。またマイクの電源が入っていない。隣の鷹野に指摘されて気づくと、速やかにスイッチをオンにして頭から再開した。

 

「私も、断る練習が必要という意見には胸を打たれるものがありました」

「おや、鷹野さんと同じなんですね? やっぱり麻薬取締官(マトリ)の浄土寺さんから見ても、断るのって難しいことなんですか?」

「…………」

 

 ……あれ? と生徒たちが困惑して顔を上げるほどの沈黙。そののち、マトリの女性は冗談っ気のない声音で答えた。

 

「簡単だ、と言う人がいたら、その人こそ危険であると思います。

 違法薬物の勧誘を昨日今日知り合った浅い関係の人に行う乱用者はいません。既に長く深い交友・交際を経て互いに信頼を積み重ねた気の置けない相手だからこそ、彼らは薬物から得られる快楽を勧めたくなるのです。そんな人が本気の善意で勧めてくる物を無下に断るのは勇気以上のものが必要だとすら思います」

「そ、そうなんですか?」

「はい。例えば、貴方の頼れる先輩を思い出してみてください。仕事ができて、気配りができて、休憩時間は趣味の話で盛り上がったり、仕事帰りには食事しながら愚痴をこぼしたりできる相手。自分のプライベートな悩み、長く抱えるコンプレックスまでも打ち明けられるような深い関係の相手です」

「え、えと、あ、みなさんも想像してみてくださいね! とにかく身近で頼れる人、ですね?」

「居酒屋、食堂、駅のホーム、公園。賑やかで明るい開けた場所で貴方が個人的な悩みを打ち明け、その人も最近あった辛い出来事を話す。そのあとで、こう言い出します。『もう最近は睡眠薬でも眠れなくて、友達から貰った漢方薬を使ってるんだ』『よかったら君にもちょっと分けてあげるよ。辛いときに使うとほんとに楽になって、また頑張ろうって気になれるんだよ』と。

 出てくるのは上質な包装紙にオシャレなフォントで英字が書かれているサプリメントや、一見するとコインの駄菓子のようにも見えるトローチ、丁寧にパッケージングされたアロマオイルなどです。白い粉や乾燥した植物などわかりやすいものではありません。それでも、きっと貴方は少し怪しむことができます。

 ただ『そんなのいりません』と断固として拒否するほどではない。

 過剰な反応を示して気を悪くさせまいと、十中八九受け取ってしまいます。おそらく、真面目で思いやりのある優等生ほどこういった場面で断ることが難しいでしょう。そうして受け取った物はしばらく所持する。捨ててしまってあとから『どうだった?』と聞かれてはバツが悪いし、相手に申し訳ないから。そして所持している間に落ち込むことが起こる。仕事のミス、失恋、家族トラブルやご不幸。最近では、推しの配信者の裏アカウントから彼氏の存在が発覚し失望した、というのもきっかけとして実際にありました」

「え、ええ……」

「そのときにふと思い出します。『そういえば、あの先輩は辛くなった時、あの漢方薬とやらを使うと言っていたっけ』『先輩とはずっと一緒にいる。あんな立派な人が使っていて大丈夫なのだから、きっと悪いものじゃないんだ』どこかにしまい込んでいたその薬を取り出し、使用する。それが薬物乱用の、破滅的な人生への始まりになるとも知らずに。

 

 つまるところ、断ることは非常に難しい。ほぼ不可能です。受け取ってしまいます。所持し、その使用が現実的選択肢として有る生活を送ることとなります。

 

 そこから実際に使用してしまうかは時と場合とその人により、そこから依存症に陥るかもまた、時と場合とその人次第ですが。

 薬物を断るなんて簡単だ。自分は大丈夫。断れない人とは違う。そう思ってしまうことが危険であることは、ぜひ承知してほしいです」

 

 きっぱりと言い切る麻薬取締官。相槌を打っていた二人の警官も吞まれるように沈黙してしまったが、すぐに我に返り、保篠はマイクを握り直して司会を再開する。

 

「そ、えっと、不可能! 不可能とは、言い切りましたね浄土寺さん。でもそれだとちょっと突き放した感じになるというか……、その……ねっ鷹野さん?」

「えっ、え~そうですね、そう、あー、だからこそですね、断る練習が必要、ということでしたかね?」

「いいえ。その発想に感銘しただけです。練習が実践で功を奏する可能性は否定しませんが、練習したことによる安心が逆に油断を生む可能性もまた存在するため、積極的に推奨するには至らないというのが私の所感となります」

「んん~、む、難しいですね~。あ、それでは浄土寺さんは、どうするのがよいとお考えですか?」

「断る事についてですか? うまくやるしかないと思います。こっそり破棄するか、警察に通報するか。人によるでしょう。私なら受け取ったのち厚生局に持ち込んで検査し、結果次第では情を捨て怒りを燃やし捜査ないし逮捕の対象とします」

「れ、冷血……あ、失礼しました。それもなんですが、薬物乱用防止について。今日の内容全体について、みなさんが違法薬物を使用しないためにはどのようなことが大切だと思いますか?」

「……そうですね……」

 

 冷たい無表情で厳しい意見を述べ続けてきた彼女が黙り込む。手を顎にやって静かに考え込む姿を、その場の誰もが緊張を持って見守る。

「無理です諦めましょう」そんな投げやりなことすら言いかねないという心配が生徒に浮かぶ。

「大人を頼りましょう」現実的にはそれくらいのことを言ってほしいと教師たちは願う。

「正しい知識と勇気を身に付けましょう」そう言うのが正しい教育でしょと生活安全課の二人は乞うような視線を送る。

 そのすべてを裏切って、はっとした顔を浮かべた取締官は真剣な表情で言った。

 

 

「愛(・)です。積極的に誰かを愛すること、誰かからの愛に自覚的になること。そうして、愛による繋がりを日々大事にして生きること。それが最も大切だと思います」

 

 

 誰もが啞然とする体育館の中。六限目終了を告げるチャイムが鳴り。

 保篠が大慌てで強引に話をまとめて、鈴山学園高校での薬物乱用防止教室は終了したのだった。

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