教師の案内に従って、三年生からクラス毎に体育館を出ていく。
予定では四十分で外部講師による特別授業は終了し、残り時間は教室でアンケートと感想コメントを用紙に記入することになっていた。予想外に刺激的だったゲストによるスピーチでその時間は潰れてしまったので、クラスで用紙を配って宿題として書いてきてもらおう。体育館前方に集まる教師たちがそんな風な話し合いをしているのを深衣は目にする。
その教師集団の横には、撤収作業をしながら何やら言い合う警察官二人と、スーツ姿の女性。浄土寺碧、愛こそが薬物乱用への対策だという麻薬取締官の彼女の主張は、仕事仲間の間でも議論の余地があるものだった。
◇
「変な人だったわね、あの人」
「あ、カルテちゃん」
帰りのショートホームルームのあと。プリントを鞄にしまう深衣の元をいつものようにカルテが訪れる。
「確かになのです」そう同意しようとして、しかし、呪われた少女は言葉を呑み込む。
共感の呪い。他者の心の声を読み取り深衣を同じ感情に染めるそれは、カルテの内心にこんな言葉があると伝えてきた。
──愛って……まったく、なんなんだか……。
「…………」
「ん、どしたのミーコ」
「カルテちゃん。何か悩み事があれば聞くのです。遠慮なく言ってください」
「は? なにいきなり……え、はっ、まさかアタシの心読んで?! ハァ!?」
大いに取り乱すカルテ。教室を去っていくクラスメイトたちが怪訝な表情で彼女を振り返る。それに気づいた本人は恥ずかしそうに頬を赤らめ、「さっさと帰るわよ!」と大声で流した。
秘された思いに公然と触れてしまったことへ戒めの頭痛を覚えつつ深衣も帰り支度を終える。すみやかに教室を出て、カルテと共にすぐ横の階段を下り昇降口へと向かった。
人少なな頃合いを見て「さっきはごめんなさい」と切り出す深衣。「いい。けど今度から気を付けて」恥と怒りと恐れと反省、感情の糸を混線させながら言うカルテに、深衣はそれ以上踏み込むことはできず。せめて心の声から気を逸らせるよう、話題を切り替えた。
「そういえば、こみ先輩との特訓のことなのですが」
「それ!! 色々あって聞き忘れてた! どうだったの?」
「滞りなく修了し、防御術についてはお墨付きをもらったのです!」
「へえー、へええーーやるじゃない。どんな術教わったの? やっぱり式神とか呪詛返しとか五龍祭とか?」
「五龍……? えと、九字護身法という術なのです。簡単な術だと先輩は仰っていて、あたしでも最初から発動できましたので、もしかしたらカルテちゃんでも使えるかもしれませんね」
「ッッまじで? 後で教えて……もらうのは、陰陽師的にルール違反かしらね」
「あっ、確かにその可能性が高いのです……ごめんなさい」
「いいわよ別に。それで? 予定ではアンタの呪い由来の頭痛ダメージを回復する術も習うって話だったけど」
「それについてはあの後連絡があって、ちょっとまた立て込んでしまうので頃合いをみて追々……だそうなのです」
「また……はあ。蘆屋先輩って、ほんっとに忙しい人なのねぇ」
昇降口に到着し、二人はそれぞれ自分の靴箱から靴を取り出して履き替える。
玄関を出て、できるだけ人に聞かれたくない話をできる帰り道、中庭を通って裏門から出る「下山ルート」を選ぼうとしていたところ。深衣が反対側の玄関の先に白い髪を見た。
特別棟から体育館へと延びる渡り廊下。奥から
「あれ?」
「どしたのミーコ」
「こみ先輩が麻薬取締官の女性の方と一緒に歩いているのです」
「マトリの人? 浄土寺さんだっけ」
二人は渡り廊下から特別棟校舎へと入ると、深衣たちから見て左側、校長室や応接室、そして「放送準備室」のある一階廊下へと曲がった。その瞬間までの様子から深衣の呪いでわかったことは、二人は知り合いであり、お互いに信頼があり、一つの大きな事件への目的意識で一致していること。
それがどうしてか、どうにも他人事であるとは深衣には思えない。二人が見えなくなってからもじっとその場から目を離すことができず、その理由を求めて思考は深淵に下っていく。
深衣の頬に冷や汗が浮かぶ。凍てつく何かの舌先が背筋をつぅっと舐めるような、嫌な予感がする。痺れが指先まで達し、氷像にされたように動けない。
その彼女の手を、温かな手が取った。
体温高めの、好奇心に燃えるオカルトオタクの手だ。
「行ってみましょうか」
「……えっ」
「だって気になるでしょ。忙しいとか言っておきながら綺麗なお姉さんと密会なんて。ほら行くわよ!」
「えっ、あっ、カルテちゃん!」
立ち竦んでいた深衣の手を取ってカルテは特別棟に入っていく。
階段を通り過ぎて一階廊下へと曲がると、そこにはまだ小路と浄土寺の姿があった。不用意に首を突っ込んではいけないのでは、と逡巡する深衣を気にすることもなく。気の強い親友ははっきりとした大きな声で二人に話しかける。
「蘆屋先輩。こんにちは」
「こんにちはなのです……」
「げっ!? あー、みーちゃん。んでカルっちか。こんちは。どしたん?」
「そちらの人とは知り合いだったんですか?」
「ん、アオちゃんのこと?」
「こみっちさん、こちらの方は……」
「あだ名で呼び合う仲なのです……!?」
「あー……ごめん、とりあえずそこ入っていい?」
詰め寄られる小路が指さしたのは放送準備室。半月前まで、学校に巣くう都市伝説怪異との戦いの最前線だった場所。表向き今は放置されているその場所だが、実際は学校との取引を経た小路が校内の拠点として利用している。準備室の扉をパスワードで開き、突き当りの隠し錠を合鍵で開き、四人は八画面モニターのブルーライトで満たされた秘密の監視部屋へと入った。
小路は一度深呼吸をしてから、まず浄土寺へ二人を紹介をする。三つの呪いを背負う伝承怪異の被害者
「なるほど。申し訳ありません。こみっちさんでも見破られるとあれば、私程度の術では実力不足でした」
「いや、そんな言うほどのことでは」
「あの、『私程度の術』とか全部話しちゃうのとか、もしかしてその人……陰陽師なんですか!?」
「はあ……そうやで。自己紹介したって」
「わかりました。初めまして、大宅さん、冷杯さん。
浄土寺碧。本来の所属は陰陽道総局 情報・工作部 政府機関課。陰陽師です」