都市伝説少女   作:龍田乃々介

88 / 110
第8話 情報・工作部

 

 

 陰陽道総局の業務は主に四つの部門に分けられている。

 

「霊災対策部」

 悪霊・怪異がもたらす霊的災害、霊災について予防・討伐を担う戦闘部門。実戦経験の豊富な蘆屋家門派が多くを占め、小路の肩書である筆頭調伏師もこの部の下にある「標戸《しるべ》霊怪退治課」に属する。

「内部監査・特別対策部」

 その名の通り組織内秩序を監督し、国家規模の有事に際しては指揮権を持つ部門。安倍晴明を祖に持つ歴史的名家・土御門の実力者が要職に就いている。

「総務部」

 組織内の事務・雑事を幅広くこなすデスクワーク部門。故あって零落した勘解由小路《かでのこうじ》家の指揮のもと組織運営の実務や他部門のサポートを行うが、最近は十全に機能しているとはいえない。

 

 そして「情報・工作部」。

 大企業や政府組織に派遣員として潜入し、陰陽師の活動を秘密裏に援護する部門。主な仕事は霊災の隠蔽や事後処理、巷説抑止工作、有力者への交渉、機密取引など。ただし、所属組織が霊怪事件の当事者的立場として関わるときには、霊災対策部と連携してその調伏にも当たる。

 それが体育館では麻薬取締官として名乗り、薬物乱用防止教育で弁を振るった彼女、浄土寺碧の本業である。

 

「この人が陰陽師……」

「全然気づかなかったのです!」

「? それはそうです。陰陽師は外見でわかるものではありません」

 

 ブルーライトで青白く照らされた背の高い女。港庫《こうご》県の寺社を活動の場とした唱門師一族にルーツを持ち、戦後福岡に移り住んで以来は大隈家派閥として情報・工作部に人材を輩出する「浄土寺家」の者。

 ただその風貌……行儀よくまとめられた黒髪、氷色をしたスクエアフレームの眼鏡、ぴしりとした姿勢を強調するスーツのどれをとっても、世間一般の「陰陽師」の印象からは遠い。

 

「みーちゃんには共感の呪いゆうんがあってな。人の心が読めて、読んだ感情に自動的に共感させられてまうってもんで……」

「はっ。なるほど、こみっちさんが仰っていたことを今思い出しました。ですが、心が読めるとしても貴方に私の素性を見抜けなかったことは不思議ではありません」

「そうなのです?」

「はい。私は一人の麻薬取締官としてあの場に立っていましたから」

 

 情報部の「政府機関課」に属すると言っても、陰陽師の使命に関わらない平生は真っ当にその組織の職員として働くのがポリシー。そう語る浄土寺の眼鏡の下、目元に小さなほくろがあることに深衣が気づけたのは、彼女がどこか誇らしげに顔を上げていたからだった。

 

「素晴らしい心がけなのです。あなたのような立派な方とお知り合いになれたことをあたしも誇りに思うのです!」

「なんと、そんなことは初めて言われました。感謝感激です」

「たぶんアオちゃんに共感してるだけやでそれ」

「てことはあの『愛です。愛こそが大事なのです』ってやつもマトリ100%の発言なんですか」

「やや記憶に齟齬があるように思いますが。はい。概ね合っています。ただ……言葉は足りなかったと反省しています」

「足りなかった……って?」

「…………薬物乱用は、自己否定から始まる悲劇です」

 

 乱用防止に大切なことは何か。

 そう問われたとき浄土寺の頭の中にはすぐに答えが浮かんだ。いくつも。同じくらい大切なことが。その中から共通して言えることを抽出していっていたが、途中で深く考え込んで黙りすぎていたことに気づいて、漠然とした答えをそのまま口にしてしまったのだ。

 

「受験勉強が苦しい浪人生。今年有名大学に受からなければ親から見捨てられる。

 激しい感情を制御できない不良生徒。不良グループからも見放されたら終わり。

 ルッキズムを信奉するハイクラス女子。ニキビ一つで存在価値が失われる……。

 『そうあれない自分には何の価値もない』『そこに居られないならどこにも居られない』そういった切迫した孤独と低い自己肯定感から転落が始まります。

 覚せい剤はその名の通り、意識を覚醒させる効果のある薬物です。反動はもちろんありますが、服用すれば三日間一切眠気を覚えず勉強に打ち込むことも可能です。大麻を利用する人々の中では『タバコより体に害がない』としきりに語られ、リラックス感や感覚器官の変調を殊更に賞賛する向きもあります。睡眠薬のオーバードーズでは爆発しそうな精神を鎮めて楽になれるという効能が謳われます。

 浪人生、不良、容姿主義者……というのも例にすぎませんが。『そうあるために』『そして居場所を得るために』薬物に手を染める人々が後を絶ちません。その先に続く地獄の人生を想像もせずに。

 

 ……なので、私は自(・)己(・)否(・)定(・)の(・)反(・)対(・)こそが薬物乱用の対抗策であると考えています」

 

「それが、愛(・)ですか?」

 

 尋ねるカルテの目に先ほどまでの揶揄うような色はない。ただ純粋に。先の展開を予想しながら絵本を開いた幼少時代のように訊いた。

 マトリの女は頷く。

 

「自己否定の正反対は、他者からの肯定。それは“愛”と呼ばれるものだと、あのとき私は考えました。それは今でも変わらない、確かなことです」

「けど説明する時間が足らんかったと」

「チャイムが鳴ったとき、『結論から話す癖が裏目にでるとは……』と後悔なさっていたのです」

「お恥ずかしい限りです。補足の機会が欲しい。有給休暇よりもずっと」

「もしかしてこの人、見た目に反してだいぶポンコツですか」

「それはアオちゃんのチャームポイントやで~」

「こみっちさんにも既に何度もご迷惑をおかけしており、この場を借りて改めて謝罪を」

「あだ名で呼び合う仲、なのです?」

「……あ。あーっ!! まさか、もしかしてっ!!」

「どしたんカルちゃん急に」

 

 陰陽師という繋がりがあることがわかった小路と浄土寺。しかしその二人があだ名で呼び合っていることに強い違和感を抱いていたのは深衣だけではなく。

 カルテはそれに加えて、浄土寺の勤める「情報・工作部」の説明を思い出して一つの仮説を閃いていた。

 

 ──所属組織が霊怪事件の当事者的立場として関わるときには、霊災対策部と連携してその調伏にも当たる。

 

 

「もしかしてお二人とも、『ヤク教狂シスター』を退治しようとしてるんですか?」

「!」

「うわ……」

「? やく……?」

 

 大宅《おおやけ》カルテ。中間考査、五教科十科目の総得点は316点。赤点五科目、160人の一年生のうち142位。

 しかし、ことオカルトに関しては鋭い洞察力を発揮する、生粋のオカルトオタクだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。