「ヤク教狂シスター……『ラリファ様』を倒すためにお二人は協力してる。違いますか?」
突拍子のないカルテの発言。一人はスクエアフレームの奥で目を丸くして、もう一人は口を小さく歪めて受け止める。眼鏡の中央を抑えてズレを戻す浄土寺は、生真面目な顔面にわずかに焦りを覗かせていた。
「……こみっちさん」
「はは、推理モノの探偵みたいやなカルっち。なんでわかったん?」
婉曲な肯定から問いへ切り返す
「色々あります。浄土寺さんの部署の説明……『自分の組織が怪異案件の当事者になるようなときは戦闘部門と連携する』ってのとか。急にやることになった今日の薬物乱用防止教室とか、最近のネットホラー界隈のトピックとか……。でも、決め手は蘆屋先輩のあだ名呼びです」
「え、マジで?」
「はい。アタシたち後輩や友達ならまだしも、確実に年上の浄土寺さんにまでそれはおかしい。思い返してみたら、先輩が誰かの名前をちゃんと呼ぶのって最初に聞いたときだけだったし。何か意味があって意識的にそうしている。それを浄土寺さんも承知している。その必要がある。 じゃあ、その必要って? って考えたら、それしかないと思ったんです」
傍らの浄土寺は目を細く伏せて少し背を丸めると、手を口元に添え小路へ、「やはりあだ名呼びは無理がありました。今からでも役職呼びか、二つ名呼びにするべきではないでしょうか」潜めているが十分聞こえてしまう声量で囁いた。
「役職呼び……こみ先輩の役職というと、陰陽師さんなのです?」
「あ、いえ。こみっちさんはこの
「アオちゃん?」
「はっ……申し訳ありません」
「二つ名とかあるんですか。蘆屋先輩だと……『白装束』とかですか?」
「いいえ。こみっちさんは齢十六にして式神三体の同時使用を可能とすることから『
「浄土寺」
「はっ、申し訳ありません」
はあ、と大きなため息をつく小路。場合によっては誤魔化すことも考えていたが、心中を覗く深衣の目もあるのに隠し事なんて、と観念したように語り出した。
「古今東西、名前ってのは呪術において重要なもんでな。陰陽術の中にも相手の名前を使って呪う禁術とかあるから、ウチらには本名で呼ぶのを特に避ける文化がある……って、慣れすぎて昔習ったん忘れてたわ」
名前とは、その人を象徴する最大の概念である。
名前を口に出して唱えることがその人を呼びよせる意味になるのがいい証拠であり、その性質はどの国どの時代のどの人々にも利用されてきた。
悪魔憑きから悪魔の名前を聞き出し退去するよう命じる。傘の下に自分の名前と相手の名前を書いて恋愛成就を祈る。名前の書かれた人形に釘を打ち付け祟りを招く。
この概念はもちろん、人の口から生まれ出る伝承怪異たちにも共通する。
先の禁七討伐の際、【開かずの教室】に囚われそれを構成する一部となっていた少女は「
電話でのみ繋がるある怪異には絶対に名前を知られてはいけないというルールがある。知られればどれだけ逃げ隠れしようとも必ず見つかり、殺されるから。
怪異名前を知られること、それは相手の認知する怪談世界に取り込まれることであり、生殺与奪を握られるに等しいことである。
そのために、安倍晴明や蘆屋道満などごく一部を除く陰陽師は、古の時代から霊災に対するとき本名を口にすることを固く避けてきた。
そして日常の場においては一人の人間を可能な限り多くの異名で呼ぶようにした。本名の重要性を分散させ支配力を低減させるため、そして万が一知られてしまったときに、名を口にする親類縁者に霊障を招かないようにするため。
「もう癖みたいなもんで、いっつもそこまで考えとるわけやないんやけどな。今回は派閥を越えての共同戦線なもんでしっかりやろって思たんが仇になるとは……」
「じゃ、じゃあほんとに、ほんとにあの『ラリファ様』を倒すために、陰陽師の人たちが動いてるんですね……! うわわわ……!!」
「ラリファさま……? あの、カルテちゃん……」
はしゃいで加速した思考は言葉を飛び越えた感情の濁流となる。興奮、戦慄、期待、好奇心、熱狂。そこから事情を汲み取ることができない深衣がカルテに尋ねようとすると、しかし、浄土寺がぴしりと手を伸ばしてきて遮った。
「本件は目下対応中の事案であるため、我々の口から仔細を説明することはできかねます」
「対応ってどんなことしてるんですか? ラリファ様が捕まらないのってぶっちゃけ何が一番大きいんですか?」
「答えられません」
「人を盾にするからですか?」
「なんと、どうして知っているんですか」
「こらこらこらこら」
立ち塞がる様に立っていた浄土寺の後ろから出てきて、小路はその迂闊な口に手をやって止める。
──アカン、こんな情報の出し方しとったらカルちゃん煽ってまうわ。みーちゃんに内心の機密まで知られて横流しされたらいよいよ危ないし、とびきりしょうもない仕方の説明で納得してもらうしかないか……。
「こみ先輩! あたしはいい子として、機密情報の横流しなんて絶対にしないのです!」
「んーすんごい信用できひん」
「なにミーコ、呪いでなんか聞き取ったの!? 教えて!」
「ウチから教えたるからとりま静かにしてくれるー?」
わかりました教えてください! 大声でそう言ったのを最後に、カルテは胸元に拳を作って鼻息荒く待つ構えをとった。それを見て重いため息を怠さに任せて長く吐いたあと、小路は壁際に歩み寄り、背中を預けながら語り始める。
「陰陽道総局は、伝承怪異をその発生元となった噂の内容から二型三様の六種類に分類しとる。二型いうんは条件があるかないか、三様ってのは実体、現象、異界の三つな」
例えば……小路はこれまでの怪異をこれに当てはめて説明する。
深衣に三つの呪いを焼き付けた怪異、【人生破壊光線女】。
それは実体を持って現実世界に現れ出て人を襲う存在だったが、「人生の幸福を感じている少女」の前にのみ姿を現すという条件があった。
故に「条件型実体怪異」と称される。
小路が学校で協力者を得てようやく退治した怪異、【禁じられた七不思議】。
その最終譚【開かずの教室】は決して出られないと語られる空間であり、そこに迷い込むのは「ほかの七不思議の怪談を体験した者」に限られた。
故に「条件型異界怪異」に分類される。
「今ウチらが倒そうとしとるんは、この二つとはワケが違う。あまりにも危険すぎる。やから二人には関わらせんようにするつもりやった。可能ならその存在すら知らせず、恐れさせへんようにって」
「そこまでするほど……なのです?」
「わかっとるやろ? ウチの感情読めば、どんだけヤバいか」
「……ワケが、違うのです……」
「……でしょうね」
その怪異を知るカルテは気持ちの高ぶりを押し殺して低く呟く。小路の心に共鳴して体感した深衣は体が底から重くなるのを感じる。
【ヤク教狂シスター】、シスターラリファと呼ばれるその怪異は──
「