[呪い 性格 変わる 都市伝説]検索。
[怪談 友人 豹変]検索。
[呪物 性格 悪くなる]検索。
毎夜の巡回作業。メモ帳から幾度となくコピー&ペーストした検索ワード。結果は以前とほとんど同じ。目新しい情報は見つからなかった。
探し始めてひと月以上。既存の怪談や都市伝説で、怪異
残されている選択肢はそのような噂の新生を待つこと。あるいは──
「……いっそ、アタシがウワサを流すとか……」
成果なしのネットサーフィンは無意識のうちに脇道に逸れる。手癖で開いた短文投稿SNS「Z」。カルテのタイムラインは今日もオカルト一色。現在そのうちの半分を占めるのは、怪異【ヤク教狂シスター】の話題だった。
ラリファらしき姿をデパートで見た、ヤク教第三世代のメンバーが見えつつある、今日も逮捕者出たらしくて怖い、信号の歩行者用ボタンを押したら謎の粘液が手について最悪……。
夕方の
──自分が何言うとるかわかっとる?
「っ……アタシって、ほんとに……!」
ぎりりと歯を食いしばり、両の掌を握り込む。
怪異によるドラッグテロで世間が乱れているこの時に、新たな怪異を意図的に作ろうなどと考えたこと。
つられて蘇る、忌まわしい失敗の記憶。人生破壊光線女の出没する
臓腑を焦がす苛立ちが嫌気の煙を内に
どうしてアタシは、こうなんだろう。
なんでそんなに危機意識が低いの?
なんでそんなに学習能力がないの?
なんでそんなに人を軽んじられるの?
なんでそんなに周りを気遣えないの?
なんで、こんなに……何もできないの?
ブラウザも閉じず強制シャットダウンしてネット巡回をやめる。ベッドに倒れ込み、目を瞑って気持ちを押し殺しているうちに眠りに落ちた。
その夜カルテは夢を見た。
カルテが最初に憧れた冷杯深衣。
カルテの価値観を嘲り所有物を損壊した冷杯深衣。
カルテに贖罪を誓った、呪いに苦しむ冷杯深衣。
カルテを危機から救ってくれる、呪いの力で前を進む冷杯深衣。
漫画のヒロインのように一挙に詰め寄ってきて、それぞれの声色で一斉に告げる。
──私みたいになっちゃだめよ。
ぴとりと背中に抱き着く深衣がいた。
四人の深衣は消え、背後の深衣だけが残っていた。
霊安室を想起するような冷たい肌の冷杯深衣。あの腐敗しない死体の話を思い出した。
美しいまま朽ちない深衣が手を伸ばして、ブロンドの地毛が目立ち始めた黒髪を撫でる。
愛嬌の死んだ無機質な声で彼女が言った。
【ちゃんと選ばなきゃだめよ】
◇
「カルテちゃん。今日は一緒にプラザに行きませんか、なのです」
「……は?」
部活動に向かう生徒があらかた飛び出し終えた教室。カルテのもとにコソコソとした動きでやってきた深衣が言った。
深衣は週に一度、燦宮のセンター街にある商業ビルの一角に赴く。薄暗くて滅多に人が寄り付かず、衝立で目隠しされた裏には行き場を失くした資材が放置されていていかにも不気味な物置スペース。そこは深衣と怪異の少女が初めて出会った場所であり、呪いによる蓄積頭痛を治療してもらうため定期的に会いに行く場所でもある。
「あれって木曜じゃなかったっけ? まだ火曜日だけど」
「クロユリさんに念のため報告しておこうと思うのです。昨日こみ先輩に聞かせてもらったことについて」
「ああ、そういうことね。え、なんでアタシも? そりゃ会えるなら会っときたいけど、今特に追い詰められてないし、条件満たしてないから見えないんじゃない?」
「それは……その、なんだか落ち込んでいる様子でしたので。通話越しにでもクロユリさんから何かヒントが頂けないかなとか、せめて気分転換にならないかなと思ったのです」
「ぐ……」
相変わらず精神状態を見透かされている。妖怪
「そうね。アンタの呪いを打ち消す呪いの調査はアンタが手伝わないのもあって完全に行き詰ってるし、現地で動き回る側のクロユリさんに訊いてみるのは良いアイデアかもね?」
「あう、ごめんなさいなのです。勉強の合間合間にネットで調べてみたりはしているのですが……」
「アタシは学校終わりに図書館で地域伝承漁ったり公開論文読んだりしてるけどね」
「本当にごめんなさい、そしてありがとうございますなのです。……なぜその努力の少しでもテスト勉強に向けられなかったのです?」
「うるさいわね!! 学校の勉強ってやる意味わかんなくて気が乗らないのよ!」
「赤点で補習になったらそれどころではないですのに……あだっ、頭痛が」
「はいはい悪かったわね! とにかく! 燦宮! 燦宮行くのね! だったら早く行きましょ! 日が暮れたら危ないしね!!」
「あっ、待ってくださいなのですカルテちゃん!」
乱暴に支度を済ませて鞄を持ったカルテのあとを深衣も追った。
いつもの下山ルートで駅に向かい燦宮に着くまでの間、二人は世間話をした。
秋めいてきた季節のこと、金曜のハロウィンのこと、すぐあとの三連休のこと。紅葉を見に小旅行でもと誘う深衣を、人ごみ嫌いでインドア派のカルテがやたらと拒み、偏見を茶化す深衣に、買い言葉のカルテが卑屈な冗談を言う。軽やかで遠慮のない談笑は電車に乗り込むまで続き、静かな車内では控えめなやりとりで時間を潰して。
しばらく続いた安寧の時を断ち切ったのは、聞きなれない車内アナウンスだった。
『次は、
……お降りのお客様に、
高速
いつもはイヤホンをしていたので気づかなかった深衣。共感の呪いで感じ取る周囲の空気から察するに、昨日の朝あたりから定期放送されているらしい。傍らのカルテに話そうとしたところ、彼女は眉間に皺を寄せ顎に手を当て考え込んでいた。
──こんなアナウンスしたら逆に不安を煽って怪異が強くなるんじゃないの……? いや、でもヤク教第一世代撲滅発表のあと抑え込みができなかった時点でもう後手に回った対抗策しかできないのか。ラリファ様の逮捕ができないのも人を使って躱されるからで決定だったし噂レベルの対処は諦めて被害軽減を狙う……善良じゃないと殺されるっていう陰陽師さんらしいやり方かもしれない。となればいよいよ教祖である怪異を倒さないと終われないわけだけどマトリの浄土寺さんが教育現場回ってるあたり手詰まり極まって対症療法に力を割きだした?それは流石にまずいでしょ何か他にできることが……
オカルトに関することであれば、深い知識による分析と豊富な想像力の高速稼働で状況突破の閃きを生み出す。禁七の最後の怪異を推理したときのように。光線女の条件を割り出したときのように。今回も、もしかしたら。
信じる友の思考の洪水に深衣は瞼を下ろし、微笑みを浮かべてそっと浸るのだった。