都市伝説少女   作:龍田乃々介

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第14話 嗜薬教団

 十月のはじめくらいだったかな。カルカルのせいで学校行きづらくて、気晴らしを探してリコと一緒に燦宮(さんみや)をうろついてた頃のことだった。

 駅前のファストフード店でだらだらしてたウチらの隣で堂々とパキろうとした女の人がいたの。……睡眠薬とかをオーバードーズするって意味ね。リコがその人に声を掛けて、話の弾みでその人が出したトローチを飲んで。ウチも半分もらった。

 

 あとになってから知ったんだけど、それは「コイン」って呼ばれてる麻薬だった。

 今世間で「シスタードラッグ」って名前で騒がれてる薬物のひとつ。

 袂町(たもとまち)に出るって噂の【ヤク教狂シスター】がくれるクスリ。

 

 ウチらの隣にいた女の人が、その『シスターラリファ』だったの。

 

 体がふわふわする気持ちいい感覚でわからなくなってる間に、ウチらはラリファ様……ラリファの仲間の車に乗せられて、どこかのビルの事務所みたいなところに連れていかれてた。その時にはもうラリファはいなくて、頭が回るようになってきたウチらにそこで働いてる大学生っぽいお姉さんが説明をしてくれた。

 弓祢(ゆみね)さんっていう、見た目からして優しい人。すごく穏やかに教えてくれたの。

「ここは市民ボランティア団体のオフィスよ」「生きづらさを感じている仲間たちで集まって、世の中をより良くするための活動を行っているの」「つらかったよね、苦しかったよね」「薬が欲しくなったら袂町に来て。お金はいらない。お手伝いも、してくれたら嬉しいけど、しなくて大丈夫なのよ」

 

「ラリファ様は聖女だから。いくらでもおくすりをくれる。わたしたちを救ってくださるの」

 

 シスターラリファの信者集団。ネットじゃ『ヤク教』って呼ばれて、そのうち自分たちでもそう自称し始めた人たち。

 薬漬けにされて、薬なしじゃもうやってけなくなった人たちの集まり。負け犬の群れ。底辺犯罪者の掃き溜め。これ以上関わるつもりなんかそのときのウチには全然なかった。

 

 でも、一度あの軽(・)さ(・)を知ってしまったら。

 

 弓祢さんに車で送ってもらって帰った夕方。母親にまだ学校に行かないのって愚痴られて。インスタで病みストしても誰も反応くれなくて。もう寝ようって思って布団に入っても目がさえて全然眠れなくて。

 眠れないとずっと考えちゃうの。あの時の気持ちよさ……。

 寒くなってきたこの季節に、肌触りのいい布団でぬくぬく十時間ぐっすり熟睡して、朝アラーム無しですっきり目が覚めても学校に行くとか勉強するとか一切考えなくてよくて、気楽に目を瞑ってまた寝たり起きたりを繰り返すような……自由で軽やかな気持ちと、あったかくてやさしい感覚。

 それが何十倍にもなったような、最っ高のふわふわ。「快楽」って、ああいうものを言うんだって思った。

 眠れなかった。考えちゃって、欲しくなってたまらなくなって、あれを飲まずに眠るなんて絶対無理って考えがぐるぐるぐるぐるして。結局深夜三時に家を抜け出して走った。袂町のビルまで走った。楽しかった。あの快楽がもう一度味わえると思ったら、さっきまでの終わった気持ちが嘘みたいだった。まだ灯りの点いた事務所の前に辿り着いたときには笑いが止まらなかった。

 

 そこにリコもいた。

 ウチと同じ気持ちだったらしくて、あっちは自転車で来てた。おかしくて笑いあってたらちょうど事務所から出てきた弓祢さんが迎えてくれて。

 

 ……あとはもう、ずるずると。貰うだけのつもりだったのが、なんか申し訳なくなってちょっとした手伝いをするようになって。いつの間にかあの人たちのおつかい役みたいな立ち位置になってた。

 

 

 ミーコってニュースあんま見ないよね。だから知らないと思うけど、ヤク教って一回壊滅してるんだよ。警察の大きなガサ入れがあって、「ヤク教」として活動してた人は幹部から下っ端まで全員逮捕された。

 

 あんときは怖かったなあ。「公園セッティング」がウチとリコの係だったんだけどさ、渡された分使い切って帰ったら事務所の前にトラックとパトカーと人だかりが来てて。ざわざわすごいうるさくて、心臓バクバクさせながら見てたら、三時間前話したばっかりのお兄さんとかボーナスくれてたおばちゃんとかが手錠かけられて連れていかれてんの。汗がだらだら噴き出して、慌てて逃げたら警察に仲間だってバレるかもって怖くて、リコと世間話しながら喫茶店入ってパンケーキ食べてから逃げたんだけどさ、味がぜんっぜんわからなくて綿でも食べてる気分だった。

 ビビり散らしながら家に帰って、そしたら弓祢さんから連絡が来てさ。オフィスは三つ全部やられたけど、現場に出てた「スタッフ」とか「臨時ボランティア」とかは無事で、なによりラリファ様は逃げ切ったから大丈夫って知らされて。

 

 めっちゃデカいため息出てさあ、「よかったあ~~」って思わず声になって、それで初めて気づいたんだよね。

 あ、ウチ、捕まる事より、「もうラリファ様のクスリ貰えないこと」の方が怖かったんだ……って。

 

 ヤク教が再結成されるとき、弓祢さんは正式メンバーになった。もうあんなことが起こらないようにって、力になれることは全部やろうって気持ちになったらしい。

 ウチらも手伝いに使う時間を増やして、薬のばら撒き方も注意するようになって、他の先輩や新入りたちとコミュニケーションも取るようになって。ほとんど教団の仲間みたいになってた。リコとベンチに座って「残り香」を吸いながら、ウチらが「セッティング」した自販機のボタンを押す人を見て一緒に「やったね。これでまた人の助けになれたね」って笑い合ったりした。

 そんな毎日がしばらく続いたあと。弓祢さんがパーティーに誘ってくれたの。幹部の人が「最近あの子たち頑張ってるから、慰労会に呼んであげよう」ってことになったのよって教えてくれて。

 

 めちゃくちゃ嬉しかった。ウチらのやってきたことを、社会とやりあってるすごい人たちが見ててくれたんだって、認めてくれたんだって。しかも、それ以上に嬉しいことが、そのパーティーにはラリファ様……ラリファも来るって知らされたことだった。

 

 会うのはあのファストフード店の初対面以来。それまでの時間で気づいたことだけど、あの人って、存在が麻薬みたいなものなの。

 吸い込まれそうな魅力っていうの? 顔が良かったし、声が綺麗だったし、言葉が心の奥に直接響いて来る、自分の全部を理解して受け入れて、救ってくれるって勝手に思い込んじゃう……魔性のオーラみたいなのがあった。

 だからパーティーはすごく楽しみで、何の疑いもなく参加した。

 

 

 その夜、見たのは、

 

 

 

 

 

 

 カエル。

 

 そう、カエル。 カエルだった。 カエルだった。カエル。あれは、絶対、カエル。だったの。絶対。ぜったい。ぜったいぜったい、カエル カエル カエル……

 

 

 ◇

 

 

「……何? どしたの」

「カエル……カエルだったの……だって、脚が、ぴょんぴょん、ぴくぴく、おなかが出てて、ぶつかって、ぱちん、ぱちんって……」

「チッ。わかるように言って。なによ突然。何のメタファー?」

「り、リコが……いや、カエルが、ね、あれ、ウチが、だから……カエルなんだから、いいか、いや、いやだ、いやだって、ウチ……」

 

 宙を見上げる目が虚ろになったエミ。同じような言葉を繰り返して、話が突然進まなくなった。じれったくなったカルテはその意図を、感情を読むことにおいて不正(チート)が使える親友に訊くことにした。

 

「ミーコ、ちょっと訳してもらえる? アンタならわかる……でしょ……」

 

 深衣(みい)の顔面は蒼白だった。口元を手で押さえ、呼吸で肩を上下させ、今にも吐き出しそうになっていた。カルテのオカルトオタクとしての勘が告げていた。これは、知らない方がいいことなのだと。

 

「もういい。つまりはパーティーに行ってなんかイヤなもん見たってことでしょ? 幻覚かなにか知らないけど。それで? ラリファには会えたの? そこからどういう流れでセンター街に来てアタシたちを見つけるわけ?」

「あ……う、うん……。えっと、ウチ、部屋から逃げて、逃げる途中で、ロビーでラリファ様……と会って……」

「会って? またクスリでも貰った?」

「……もらい、たかった。怖くて、気持ち悪くて、ふわふわでぶっ飛んで全部消して幸せになりたくてあの人に縋って助けてって叫んで……手のひらにたくさん、溢れて零れるくらいのコインをもらった」

「…………」

「でも、飲めなかった。飲んだら……飲んだら、連れ戻されて、あの、あのリコと同じになるんだ、ウチもカエルになるんだって思ったら、吐いちゃって、パーティーで食べたもの全部吐いて全部全部吐いて胃の中からっぽになって……ラリファ様にもらった薬、台無しにしちゃったことが悲しくて、申し訳なくて、泣いて謝った……」

「…………それで?」

「そしたらラリファ様、『いいんですよ』って許してくれて……も(・)っ(・)と(・)く(・)れ(・)た(・)の(・)」

 

 

 白濁色のタイルの上、エミの吐しゃ物を覆うように金のコインが降り注ぐ。

 止めどなく。止めどなく。雨のように落ちてくる。

 金色のアルミ包装紙に包まれたトローチ、水色のリキッドが充填された電子タバコのカートリッジ、香りの詰まった小さなスプレー缶、天国行と書かれたピンクの切符、わた雲のような繊維束、霰(あられ)のような透き通る粒、ブランドロゴの入った錠剤、甘い匂いのする乾燥植物、太極模様のプリントされた切手。

 ありとあらゆる麻薬が止めどなく、止めどなく。シスターラリファの袖から無限に溢れ出してくるそれらは吐しゃ物を覆い隠し、埋め尽くし、山を作って、それでもなお止まることなくエミの前に降り注いだ。

 

 不意に彼女の後ろから「ラリファさまぁ!」女の叫ぶ声がすると。

 走ってきたその誰かはすぐさまエミの前の麻薬の山に顔を突っ込んで、包装も構わず貪り始めた。

 

「弓祢さんだった。優しくて、立派で、頼りになる大人の女の人だった弓祢さんが……目の前でバケモノになった」

 

 口から泡を吹き、瞳は忙しなく上下して、獣のように唸りながら全身を掻きむしり、ごろごろとのたうち回ったのち痙攣して失禁する。水気を含んだ布の上から弄(まさぐ)ってさらなる快楽を求めて暴れ、突然四つん這いになって廊下の奥へと走っていった。あの部屋に戻って、仲間を呼んで、この山となった薬に集(たか)り食らいつき、みんなでカ(・)エ(・)ル(・)になるのだとエミは悟った。

 

「怖くて仕方なかった。あんな、あんなふうになりたくない、なりたくない……でも、も、もうウチ、毎日クスリやってたから……あんなふうに、なっちゃうんだって、思ったら、思ったら……

 

 後ろから、ラリファ様が、ね」

 

 ガタガタと震える少女の後ろで、修道服のような黒いロングワンピースを着た女がくすくすと笑った。今しがた起こった惨事を見て起こったとは思えない、鈴を転がすようなひどく綺麗な声。

 頽(くずお)れる少女に膝を折って近づき、女は言った。

 

「見ましたか? 見ましたか? なんて なんて愛に満ちた姿なのでしょう!」

 

 気色の悪い歓喜の叫びを上げたかと思えば。

 耳元で狂わせるように囁く。

 

「さあ あなたさまも 一緒に愛に浸りましょう?

 三重寺(みえでら)絵美(エミ)さん」

 

 

「そこまでされてようやく気付いた。ほんとに、ほんとうに怖いのは、誰なのか……。

 シスターラリファ(あの女)が、どれだけ恐ろしい怪物なのか」

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