都市伝説少女   作:龍田乃々介

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第15話 殺意

「そのあとどうやって帰ったのかは覚えてない。たぶん走って逃げて、家に着いたあとすぐ寝ちゃって……パーティーで入れた薬の反動でずっと寝てて、起きたら日曜の朝だった」

「丸一日寝てたってこと?」

「全然軽い方だよ。全部吐いたせいかも。それで起きてから、スマホとか財布とか、パーティーに持ってったものカバンごと忘れてることに気づいた」

 

 取りに戻らなくてはならない。けれど、事務所のメンバーたちにどんな顔をして会えばいいのかわからない。というより、シンプルに会いたくない。

 

 エミはカ(・)エ(・)ル(・)がずっとトラウマだった。小学生の頃、いたずら心で昼休みに学校を抜け出して家に帰ってみたときのこと。母親と、近所で英語教室を開いている若い男の先生が一緒にカ(・)エ(・)ル(・)になっていたのを見て以来、それは強烈な生理的嫌悪の対象になっていた。

 

 あんなに憧れて、輝いて見えた教団の大人たちの顔が、今は醜い両生類のそれに思えてならない。事務所に戻ればあの醜い化け物たちに仲間になる薬を飲まされるかと思うと肌が粟立つ。

 だがそれ以上に。

 もう一度シスタードラッグを前にしたら拒めないかもしれない、そう感じることが恐ろしい。こんなに憎悪しているのに、まだ薬を求める気持ちが自分の中にある。まるで怪物の卵を臓器の中に植え付けられたかのような感覚がおぞましく、気持ち悪い。

 

 暗い部屋に閉じこもり鬱々と思案を巡らせるエミ。不安が悪質な妄想を育て、自縄自縛の孤独の中で後悔と不幸への呪いを反復する。カーテンから漏れてくる光が白から橙に、やがて仄明るい青へと変わってもそれは止まらず。

 頭の中の自分の声と頭の外の声との区別があやふやになってきたところに、インターホンの音がして、それから母親の威張るような声が聞こえてきた。

 友だちが来てるわよ。

 その言葉の意味をよく考えられないまま玄関の扉を開けたエミ。彼女の前に立っていたのは、ちゃんと人間の顔をしたリコだった。

 

「忘れ物、届けに来たんだけど」

「あ……ありがと……」

「もしかして死んでた? いやー、金曜のはスゴかったもんね」

「…………」

「エミ途中で帰ったから知らないだろうけどさ、あの後ヤバかったんだよ? アタシが送ってもらったあとさ、事務所に帰った弓祢(ゆみね)さんたちがガサ入れに遭ったらしくて。たくさん逮捕されたって」

「えっ!? た、えっ、じゃあ」

「ダイジョブダイジョブ、今度はラリファ様が逃げるの助けてくれたらしくて。麻野さんとか窓間さんとかは無事。今夜にも活動再開するって」

「っ……そう、なんだ……」

 

 玄関先で、まるで部活の先輩の武勇伝を語るかのように逃走劇の仔細を話すリコ。合間にポケットに手を突っ込んで、電子タバコを取り出して当たり前のように吸煙しだす。吐き出した息の甘い香りに体が疼くが、手首を握りしめて必死に堪えた。

 そんなエミの様子を見て取ったか、リコの声色から徐々に明るさが失せ、やがて黙り込んでしまい。

 気まずい空気が喉に詰まって耐えられなくなる寸前で、リコから切り出した。

 

「アタシ、ヤク教入るよ」

「えっ……?」

「エミは? 一応、答え聞いときたい」

「………………ごめん」

「……そか」

「っ、リコ、あのさ」

 

「ありがとね。今まで」

 

 え? 短い息がエミの喉から漏れる。

 予想もしなかった言葉。リコの口からは聞いたこともない言葉。身に覚えのない感謝だった。

 

「エミがどう思ってくれてるかわかんないけどさ、アタシって、実はダッサい奴なんよね。中身なんもない、空っぽの、顔だけはまあそれなりってくらいの奴。不器用で、臆病で、一人だとなんもできない。気になってるオシャレカフェにも入れないの」

「は、はあ? リコが?」

「うん。店員と話すの緊張するし、お会計スムーズにできなかったら罪悪感感じてヘコむ。前に店内で動画撮るなって怒られたときとか、心臓止まるかと思った」

「…………嘘みたい」

「ホントホント」

 

 長い息を吐きだして、「懺悔室」の煙が大気に散り消えるのを見つめるリコ。様々なシスタードラッグを試してきた二人だったが、彼女が最も気に入ったのはこの電子タバコのリキッドだった。

 

「……あの夜、最初にコイン貰った日の夜さあ、覚えてる? ド深夜に袂町のオフィスビルの前で会って、思わず笑っちゃったときのこと」

「うん……」

「あのときさあ、アタシ実は、リコよりずーっと早く着いてたんだよね。三十分? くらいかな。怖い男の人出てきたらどうしようとか、やっぱりお金出せとか代わりにAV出ろとか言われたらどうしようって、事務所の前まで来て急ーに怖くなってさ……物陰に隠れてウジウジ迷ってたわけ」

 

 本体のボタンを押して電子タバコの電源を切る。

 細長い黄色の筒を後ろ手にして、リコはエミに向かい合う。

 そして、隠していた感謝を告白する。

 

 

「エミ。ア(・)ン(・)タ(・)の(・)お(・)か(・)げ(・)だよ。

 アンタが来てくれたおかげで、アタシはあのとき事務所に入れた。

 ヤク教のみんなと出会えて、ラリファ様と再会できた。

 一人じゃ何もできないアタシが、絶対にアタシを一人にしない仲間を手に入れられた」

 

 

 エミの呼吸はその瞬間止まっていた。衝撃で言葉が出なかった。

 なぜなら、それはつまり、こう言い換えることができたから。

 

 相島莉子(リコ)は、三重寺(みえでら)絵美(エミ)のせいでドラッグカルトに加入することになった。

 

「誰かがついててくれないと自分に自信を持てない、弱くてダサいアタシが。それを忘れられるくらい凄い人たちの仲間になれた。これも全部、あの時エミが一緒にいてくれたおかげ」

「ま、待ってよ……違う、違うでしょ? リコは、自分に自信があって、態度もプライドもデカくて強くていじわるで、どこに行っても変わらない我の強さが」

「プッ、くははっ、なにそれ! やっぱり誤解してた! アンタも大概、自分に自信がないっていうか……人にくっついて行きゃいいみたいなメンタルしてるよね」

「ねえ、ダメ、だめじゃない? その、あ、よ、よく考えた方がいいっていうかさ、やめとこうよ! ほら、は、犯罪なんだよ? 結局、捕まるんだよ? いつか!」

「今更でしょ。てかそれはエミも同じだかんね。アンタもアタシらのこと話したら捕まってムショ行き。懲役三年とか五年とかだっけ? でもその先二度とまともな職に就けないことのがヤバいらしいね」

「そ、そんな……」

「……フフッ、でも安心していいよ」

 

 

「アタシたちヤク教が頑張ってラリファ様の愛を広めてさあ! そんな法律間違ってるんだって気づかせてあげるから!!

 

 だから黙って待っててよ。エミ。社会がドラッグで変わるその時までさ……」

 

 

 去っていくリコ。エミはその背中をただ見送るしかできなかった。

 部屋に戻ってバッグの中を確かめると、元々入っていた財布やスマートフォンのほかに、ビニールに入った大量のシスタードラッグと小さなメモ用紙があった。

 メモには匿名メッセージアプリの新しい連絡先と、『欲しくなったらいつでも来てね』とリコの手書きの文字が添えられていた。

 

 そのメモを差し出して見せ、深衣(みい)とカルテの二人にエミは乞うた。

 

「ウチのせいで、リコはヤク教に入っちゃった。ウチの間違いに、リコを巻き込んで、ウチだけ逃げてきちゃった。……っ、いじめしてたウチがこんなん言うの、間違ってるって、わかるけど……っ!

 

 

 助けて……っ! ウチのことも、リコのこともっ! お願い。お願い……お願い、します……おねがい…………」

 

 

 ◇

 

 

 泣きつかれたエミを自分のベッドに寝かせた深衣は、彼女の服のポケットから薬のパッケージをいくつも見つけた。市販の睡眠薬で、すべて使用されたあとの空の状態だった。そこに必死さと苦痛を感じ取り、一つの想像が浮かぶ。

 リコと別れてから約二日、エミは激しい悔恨の中でシスタードラッグへの欲求や離脱症状と戦っていた。睡眠薬のオーバードーズでごまかしていたがいよいよ堪えられなくなり、感情の爆発するに任せて彷徨していたところで、偶然にあのセンター街にやってきて二人と再会したのだろう、と。

 部屋を出る深衣。ちょうどリビングからカルテが出てきて、「夕ご飯できたって、おばさんが」と連絡をしてくる。「では食べましょう」と向かおうとする深衣の肩に手を出して止め、潜めた声でカルテは訊いた。

 

「これから、どうするの?」

「ごはんを食べるのです。重たい話でしたので脳に栄養が必要ですし、できたてを食べないとお母さんに申し訳ないのです」

「そうじゃなくて。まあそれもだけど。……そのあとは?」

「こみ先輩に連絡を取ります」

「なんて言うの?」

「友(・)達(・)が巻き込まれました」

 

 

「もう当事者です。リコちゃんを取り戻しエミちゃんを救うため、あたしも捜査に協力します。

 

 ヤク教狂シスターを白日の下に捕らえ、息の根を止めてもらうのです」

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