「なんであの流れで要求がグレードアップすんの!? 囮作戦はアカンって話やったやろ!」
「なんでムリなんですか! 今の完全に聞いてくれる流れだったじゃないですか!」
「あの、お二人の見えている流れが食い違っているような気がするのですが……」
危うく喧嘩になるところを
リコとエミへの憎しみから深衣の参戦を快く思っていなかったカルテ。彼女はその絡まった思考を絡まったままながら言語化し、決断した。
未練を無くしたい。深衣と共に自分も怪異退治に加わると。
しかし勢い余って過激なやり方を主張してしまい。
「こみ先輩は昨日スマホで連絡を取り合った際すでに、あたしが参加すること自体は認めてくださっているのです」
「は!? 聞いてないんだけど!?」
「言わんよう暗示掛けといたからやね。みーちゃんのことは責めんたってな」
「なんでそんなことしたんですか!?」
「カルっちがちゃんと自分の意思だけで参加するかどうか決められるよーに。試すようなことしてごめんな」
「ごめんで免ぜる域じゃないんですけど……!」
「まあまあ、なのです。それで、残る論点は『どのような形で関わるか』ということだったのですが、あたしは先ほど述べたように、あたしの霊媒体質を使っておびき出す案が迅速かつ確実だと提示したのです」
「その答えが、ムリやでーってこと。カルテちゃんもイヤやんなあって聞いたつもりやってんけど、意図せず参加意思を確かめる流れになってもーてたなあ」
「チッ……参加を認めるってなら暗示とか試し行動とかすれ違いコントとかディスコミュニケーションやめてくださいよ……命掛かってんでしょ……? 先輩の人望の無さで連携取れず作戦失敗とかなったらしょーもないじゃ済みませんよ」
「ぐ……カルテちゃん、ウチも一応傷つくときは傷つくからな……」
人を扱う素質が壊滅的にないと自認する筆頭調伏師・小路。先の威圧感はどこへやら、カルテの言葉のナイフを受け入れて素直に反省した様子を見せる。
しゅんとして一回り小さくなったような彼女に、怒声を飛ばした少女も溜飲を下げ話を進めることを選んだ。
「逆に聞きたいんですけど、先輩はどういう『関わり方』ならOK出してくれるんですか? まさか対案なしで拒否権だけ主張してたわけじゃないですよね」
「ああ、それな。今朝ようやく考え着いてんけど……二人には『おつかい』を頼もかなって思っとる」
「おつかい、なのです?」
「うん。ほんまにただのおつかい。
◇
「
「小学生の頃一度来た記憶があるのです。家族で中華街に行って食べ歩きを楽しみました。ぶたさん饅頭がかわいくて中々食べられなかったのですが、一口齧ってみるとおいしくて、あっという間に食べきってしまって……」
「うーん、今のミーコならともかく、元ミーコの過去にそんな萌えエピソードがあるの信じがたいわね」
「元ミーコ、なのです……?」
放課後。クロユリさんと会ういつものプラザからさらに西、幾分落ち着いた雰囲気になる第二商店街を二人は歩いていた。目的地はそこから徒歩5分程度の場所、袂町商店街。
ステンドグラス風の意匠を持つ巨大なゲートから続くこと約1.2km、
明治時代から続くその通りには今ふさわしくない輩が蔓延り、商店街内部にも紛れ込んでいるという噂があった。
都市伝説怪異【ヤク教狂シスター】、彼女を崇めその思想を推し広めるべく活動するカルト集団。
通称を『ヤク教』。
彼らの活動はシスターラリファに同調するように袂町商店街の内と近辺に集中しており、壊滅した第一世代、半壊した第二世代の両方がこの街に複数の拠点を持っていた。
貸しオフィスや雑居ビルの一室から、街中華や喫茶店などの飲食店、骨とう品店、洋服店、シャッター店まで。取締官たちを驚かせたケースでは、カプセルトイ専門店に麻薬入りのマシンが設置されていたこともあった。信徒が専用の硬貨を渡し、客が自分で回して手に入れる方式だったらしい。
小路は語る。この事態の全貌を商店街連合の会長は把握できていなかったが、状況を知悉する「黒幕」は必ずいるはずだ、と。
「それが『事情通の桃園』って人なんですか?」モニタールームでカルテは訊ねた。筆頭調伏師の少女は頷いて、「お巡りさんの地道な聞き込みの賜物や」と肯定する。
「袂町のどこで何をしてる人なんかはぼかされてわからんかったって。聞いた範囲でわかる話やと、商店街の全員と顔見知りで気軽に相談できる人、時にはいざこざの折衝もしてくれて、意見のとりまとめ役としてよう信頼されとる人らしい。
そういう人なら、『第三世代ヤク教の活動拠点』……
第二世代の拠点捜索が教団半壊という中途半端な結果に終わったのは、シスターラリファが信徒たちの逃亡を手助けしたため。今の彼女は勝手についてきた存在ともいえるドラッグカルトたちを協力者と認めている。
であれば、彼女はまた教団のもとに現れる。彼らに薬を供給しその布教活動を存続させるために。
ラリファは都市伝説由来の権能『
筆頭調伏師・蘆屋小路は撲滅作戦を採択。
第三世代ヤク教は都市伝説怪異【怪異退治のクロユリさん】も召喚しての超総力戦で以て、ラリファ共々討ち滅ぼすこととした。
そのために絶対に必要な情報、「ヤク教の活動拠点」。それを知る商店街の裏の支配者「桃園」。
深衣とカルテに託されたのはその人との接触と、説得だった。
「……確かに、ミーコの共感の呪いは聞き込み向きだもんね」
「そうですね、考えていることや抱いている感情がわかるのはこういうとき便利なのです。ただ、一人でこれをやると、相手の意向に引っ張られて目的を見失いがちになってしまうのです」
「ああ、光線女のときセンター街でやったんだっけ? よくやる……キツかったでしょ」
「はい。大変苦労しましたです。しかも情報は得られなかったうえ、パチンコ店から出てきた女性三人組の逆鱗に触れて襲われかける事態に陥ってしまいました」
「あー……え!? そんな話あった!?」
「ええ。クロユリさんと初めて会ったのは、あの三人から助けてもらったときのことなのです。簡潔になるよう省略していましたし、確かお伝えしたときカルテちゃんはクロユリさんの実在に湧きたってよく聞いていなかったので、覚えていなくてもはないのです」
「うっ……身に覚えはあるけどね。あの時の興奮は人生イチになりそうな気がするし。そっか、女の
「む、うぅーん……」
今回の調査に陰陽師は同行していない。
指揮官を務める小路はモニタールームでの話し合いのあと作戦準備のため学校を早退するほど忙しくしており、浄土寺は
小路の他にいるという六人の調伏師や、派遣されてきている他の部門の陰陽師たちについては、「相手が強すぎるから付けるだけ無駄」と切り捨てられた。
「もし何か起こったら、迷わず真っ先にクロユリさんを呼びながら逃げる。これを守ってくれるんやったら、二人の協力を受け入れます」
陰陽師少女はそう条件づけて深衣たちを送り出したのだった。
「ガラの悪い人に絡まれたくらいで呼ぶのは、さすがに……」
「もしかしたら今この瞬間も、ヤク教信徒に絡まれてる誰かを助けてるかもしれないしね。プラザにもいなかったんでしょ」
「はい。それに今回はカルテちゃんがいるので、クロユリさんを呼べるほどの危機とはならない可能性もあるのです」
「……ん、え!? アタシ!?」
「え? はい。カルテちゃん、腕っぷしが強いではないですか」
「いやいやいやいや! アタシ喧嘩とかめっちゃ苦手なんだけど!」
「そうなのです? でもリコちゃんやエミちゃんを殴ったときなんてそれはもう凄まじい……」
「あれは文脈乗ってたから! 拳に腕っぷし以上のなんかチカラ的なのが乗ってただけ! 頼りにされても困るわよ、アタシ、ほら、そもそも人殴れるような性格じゃないし」
「え?」
「は?」
ポカンと口を開ける深衣、遅れて理解し、噴き出すように笑う。
それが小馬鹿にされているのだと察したカルテはごく軽い毒舌を返して、じゃれるように笑う。
弛緩した会話を続けながら歩いてきた彼女たちはやがて、大きなデパート前にアーチを構えるその商店街の入り口に到着していた。
人の流れに配慮して二人は特に立ち止まることなく足を踏み入れる。通りはセンター街ほどではないが、先ほどまでの第二商店街よりは人が多い。
ただその様子は、「混雑」というより「混沌」がふさわしかった。
「らっしゃいらっしゃーい! 今日も負けずに営業してるよー! 虹村青果店今日は果物安いよー! かぼちゃもどうですかー!」
「吉田さん聞いたぁ? 昨日ワンちゃんのお散歩してた斉藤さん、リード引っ張られて行った先でおクスリ見つけちゃったって!」
「お兄さん、ちょっといいですか。ああ大丈夫です。注意喚起だけです。……お兄さん、念のためリュックの中見せてもらってもいいですか?」
「ねねねあれ売人だったりすんじゃない!? アハっ、ちょっと話しかけてみる?」
声を枯らして呼び込みをする正真正銘野菜売りの店主。空きテナントの前で井戸端会議をする主婦たち。マスクと帽子で顔を隠した男性と職務質問をする警官。そして、噂を聞いて興味本位でやってきた女子高生グループ。
憔悴、不安、緊張、興奮……不健全な想念が人々の間で入り乱れているのを、深衣はありありと感じ取っていた。