「よう生き延びたなあ……よかったなあ……!」
「あの、はい。えへへ、よかったのです……!」
「よくないが? ミーコ? 説明して??」
しがみつく金髪女の肩とされるがままの親友の肩を持ち力いっぱい引きはがそうとするカルテ。
ただ一人状況が呑み込めない彼女に向けて事情を話したのは、金髪女が連れている二人だった。
「アンタその子のダチなんやろ? とりあえず怒らんで聞いてほしんやけど、アタシら前にその子をカツアゲしようとしてもうたんよ」
「未遂やで未遂! 途中でな、ブレッブレに振動する黒いセーラー服着た女子高生の幽霊が出てきて、出ていかへんと呪い殺すぞ~~って腕伸ばしてぐあーってきてもうあーしらパニックなってもーて!」
「気が付いたらちょうどこの辺まで走って逃げてきててな、それから気づいたんよ、『あっ、あのガキ置いてきてもうた!』って」
「……えぇ?」
未だ離れない金髪に苛立ちを覚えつつカルテは相槌を打つ。やや脚色はあったものの、その話はここに来る道中で深衣《みい》から聞いた通り。しかし、初めに受けた印象と当人たちの気質にはどうも食い違いがあるように思われた。
二人の取り巻きはカルテに歩み寄り、リーダーを引きはがすのに協力しつつ話を続ける。
「いやだって考えてもみてや。ムカついたからカツアゲするくらいやったらええにしてもさ、そんで連れこんだ場所で幽霊に呪い殺されたとかなったらやで? 殺された方は誰を恨むんやって話よ」
「あっ」
「めっちゃ怖かったんよ~! あの子が死んで、あーしらんとこに夜な夜な殺しに来たらどーしよ~っって!」
「ずっと気になっててんけど、なんか燦宮《さんみや》の方ってヤバいお化け出るらしいってその後から聞いてさあ。うわ絶対アタシらが見たヤツやん、下手し殺されてたんアタシらやんって思ったら、もう怖すぎてあっち行けんくてさあ」
「だから何もできずただ怯えるだけの日々を送っていたと」
「お祓いは行ったで!」
「無事も祈って来たな?」
「行ってよかったほんまにぃ~~!」
「この金髪いい加減引きはがせませんか」
凄んできたかと思えば泣きじゃくって少女に抱き着くヤンキー女。たっぷりと時間をかけて共感の呪いに転写され、すでに深衣も涙で顔を濡らしていた。
三人で力を合わせ、腕を浮かせた状態で両肩を引っ張りようやく二人の分断に成功。
尻もちをついて転ぶ金髪女のジャケット、その裏地に神社のお守りがカイロのごとく無数に貼り付けられているのを見て、こいつは話してくれた二人より一層信心深いタイプなんだなとカルテは納得する。神のご加護を信じるなら、悪霊の祟りもさぞ怖かろう。
すっかり戦意を失ったカルテは再び深衣の傍に立ち、彼女が落ち着けるよう平静を意識してチンピラ三人に向き合った。
「それじゃあ、よかったですねってことで、アタシたち用事があるのでここで失礼しますね」
「ああ、手間取らせたな。それじゃあ」
「ちょう待ちぃ!」
二人に助け起こされながら金髪女が再び怒鳴る。
というより、この女はデフォルトで声がデカいのではないかとカルテは思い始める。眉は顰めつつも睨むことはせずに「まだなんかあるんですか」と問うた。
「用事ってなんやねん」
「おつかいです」
「おつかいぃ? おこちゃまかいな。何買いに来たん」
「調べものです。……袂町《たもとまち》の事情に詳しい『桃園』って人に会って、聞きたいことがあって」
「なっ!?」「えっ」「げっ」
「……え。まさか知ってるんですか、『商店街の裏の支配者』とか呼ばれてる……」
「バッカ!!!」
金髪女が詰め寄りカルテの口を手で塞ぐ。続けて取り巻きの二人も追いすがり「その呼び方をするな」といったことをそれぞれ叫ぶ。
三人は「桃園」を知っている。
カルテは目を丸くして隣の深衣に向けた。情緒が安定した深衣も同様に驚愕の表情を浮かべている。
「あの、みなさんは桃園さんの関係者……なのですよね?」
「……おう」
「ぜひ会わせてくださいなのです! あたしたち、どうしても会って聞かなくてはいけないことがあるのです!」
「いや、でも今はなあ……?」
「ねぇ……?」
「お願いします! 大事な、ことなのです……!」
「…………わかった」
金髪女はカルテから手を離し、六丁目の素朴なアーチをくぐって商店街へと入っていく。
「
「あ、ありがとうございますなのです!」
恐ろしかった風貌は一転、その頼もしい背中に深衣は付いて行く。一抹の不安を抱えながらも二人をカルテは追い、そのカルテに絡むようにして取り巻き二人も歩き出した。
◇
「そういや名乗ってへんかったな。ウチは松本あかり」
「アタシ竹内ひかり」
「あーし梅田きらりー」
「……はっ!」
「三人まとめて松竹梅って呼ばれたりするけどお前らは絶対言うなよ。年上やからなウチら」
「桃さんは特にそういう序列キビシーから。名字呼び徹底すんだぞ」
「さんを付けろよ? なのですガール」
「はい! 承知なのです!」
「…………」
大勢の中では黙りがちになるカルテ。年功序列を尊重する松竹梅トリオが「さん」を付けるということは桃園はさらに年上か……、と一歩退いたところで思考しながら付いて行っていた。
名乗った三人に応えて今度は深衣の、続いてカルテの自己紹介。お互いのことを最低限知ったところで、金髪女もとい松本から二人に「注意事項」が言い渡される。
「桃さんやけどな、さっきも言《ゆ》ったとおり『裏のボス』とか『影の支配者』みたいな大物扱いされるんめっちゃ嫌がる人やねん」
「そうなのですね。あ、だから聞き込みをしたときみなさん、最初に『うわっ』って顔をされたのですね」
「え、アンタ桃さんのこと聞いて回ったん? ヤバ……」
「まずかったのです!?」
「肝ったま座りすぎ! みーたん前世は大仏かなんかなん?」
「仏さまも輪廻転生なさるのでしょうか?」
「あーとにかくなぁ、そういう『噂の実力者』みたいな接し方絶対やめときな。何が知りたいんか知らんけど、これ間違えるだけで門前払いやで」
「わかりました。対等な関係を努めて意識するのです!」
「そこの、オーヤケも。わかった?」
「はい。大丈夫です竹本さん」
「松本や!」
軽口を機に空気が緩み、話題は深衣のことへと移る。取り残されたあとどうやって切り抜けたのか。あれから何事もなく平穏無事に過ごせているか。学校は楽しいのかなど、たわいない世間話。答えづらいことにはカルテのアシストが入り、松竹梅に疑念を抱かせることなくその場所へとたどり着いた。
袂町商店街は三丁目の南。狭い路地から開けた道へ出てくるとそこは、赤と金の中華街。日が沈み始める黄昏時、店先に出た店員の呼び込みと、漂う肉と油の芳香。先ほどまでの商店街とは打って変わって、「食」を求める人々による健全な活気で通りは満たされていた。
先導する松本たちの後ろを育ちざかりの少女二人は目移りしながら付いて行く。そろそろ夕飯の時間も近い。カルテは事が済んだなら何か買い食いをして帰るのも楽しそうだと内心浮足立つ。その足が止まったのは、一つの中華料理店の前。古ぼけた看板には「■■中華タオシェンジン」とあり、シートが掛けられて一部が伏せられている。
店の前には懸命に客寄せをする看板娘らしき小さな女の子。こちらに気づくと、爛漫な笑顔を咲かせて手を振ってきた。
「あ、まっちゃん! おかえりなさーい!」
赤いチャイナドレスを着て、黒髪のお団子ヘアにシニヨンキャップを被せた、概念的な「チャイナ娘」のコスプレのような恰好。歳のほどは小学校高学年か、いや中学生ほどだろうか。
健気にも両親の営む店の手伝いをしているのかなと何の気なしに考えながら見ていたカルテの前で、松竹梅は斜め四十五度にぴっしりと頭を下げて言った。
「「「ただいま戻りました!!!」」」
「……え」
困惑する深衣とカルテ。お団子ヘアの少女は三人の頭を黙って一瞥し、それからその向こうの二人に視線を移す。
「あ! お客さん? お客さん連れてきてくれたん? うれしー!! ささ、入って入って! お好きなとこどうぞー!」
暖簾より低い少女がガラス張りの扉を開けようとすると、「いえいえ自分が」と松本が取り直す。「ほら二人とも、とりあえず入り」竹内に促されるまま入ると、こじんまりとした店内で「ここ座りここ!」梅田がテーブル席に案内しておしぼりや水を配る。
外の活況とは裏腹に他の客はいなかったが、内装を見た限りでは悪い店とも思えない。二人がとりあえずメニュー表を開いて見てみようとした、そのとき。
店の入り口からドスの効いた低い声が言った。
「お前ら、ちゃんと説明したんか?」
ガラス戸の締まる音。入って来た彼女は視線で松竹梅の三人を射すくめた。
驚愕と混乱で唖然とするカルテ。共感の呪いで訳を知り得つつ、「大物扱い」の禁をなぜ犯すのかと当惑していた深衣。
二人が見つめる先にいたのは、呼び込みをしていたお団子ヘアの少女だった。
「クソバカトリオ。とりあえずそこ並べや。準備中の札出してきたから」