Re:ゼロから始める宿儺の器の異世界生活   作:カノンだよ

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第一章1『虎杖悠仁の異世界召喚』

――これは本気でまずいことになった。

 

一文無しで途方に暮れながら、彼の心中はそんな言葉で埋め尽くされていた。

 

赤い裾付きの学ランという少し変わった制服も、この場でむしろ地味な部類に入る。

なにせ周囲の人々は、色とりどりの髪に、鎧、踊子風の衣装、全身黒づくめのローブと、統一感のかけらもない装いをしている。

中には獣の耳や尻尾を持つ者までいて――もはや人間かどうかも怪しい。

 

ここまでくれば、認めざるを得ないだろう。

 

「つまり、これはあれか……異世界召喚って奴か!?」

 

目の前を、巨大なトカゲ風の生き物に引かれた馬車的な乗り物が横切って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虎杖悠仁は、宮城県仙台市を地元に持つごく普通の高校生。

 

SASUKEを全クリしたとか、ミルコ・クロコップの生まれ変わりなどとまことしやかに囁かれる少し強固な肉体を持ち、地元で“西中の虎”と不良たちに恐れられていたことを除けば――間違いなく、ごく普通の高校生である。

 

そんな彼なら、今日も朝に目を覚まし、学校へ行き、のらりくらりと一日を過ごす。それがいつもの日常。その、はずなのだが。

 

「それが一体どうして、こんな面白いことになったんだ」

 

気づけば周囲は見知らぬ光景。それも映画でしか見たことのない、中世の街並みだ。考えられる可能性としてはやはり――『異世界召喚』あたりだろうか。

 

高校で言っていたオカルト研究部の先輩が貸してくれた本で、そんな単語を見たことがある。日本で普通の生活を送っていた少年少女が、ある日突然亜人や魔法の飛び交うファンタジー世界に飛ばされ、面白おかしく冒険を繰り広げる物語だ。

もちろん、ただのフィクションだし、そう簡単に信じられるものじゃない。

 

けれど、今の状況を説明できる言葉がそれくらいしか思いつかないのも、また事実だった。

 

「誰に聞いても「日本なんて知らないって」って言うし、これからどうすれば……」

 

出来の悪い夢でも見ている気分だが、頬をつねっても壁に頭突きしても目は覚めない。

ため息をこぼす虎杖。好奇の視線を浴びていた表通りから場所を移し、今は通りを一本外れた裏路地、その舗装された地面の上に腰を下ろしている。

 

現地人に日本語が通じ、コミュニケーションが可能なことは既に確認済みだ。

あいにく、誰も日本なんて知らないの一点張りだったし、コンタクトを図った果物屋には嫌な顔をされてしまったが。

 

「は゛ぁ゛~、オカ研どうすっかなぁ~、爺ちゃんちゃんと生きてっかなぁ~」

 

異世界召喚――そんな現象は、思春期男子にとっては一種の夢かもしれない。だがいざ現実に起きたら、たまったものではない。

学校には、自分がいなければ心霊スポットすらろくに行けないオカ研の先輩二人が待っている。入院している爺ちゃんのお見舞いもとい、看護師さんとの交流だって欠かせない。寝る場所は、食べるものはどうすればいいのか。

 

毎日をそこそこ居心地よく過ごしていた虎杖にとって、無一文で知らない土地に放り出されるなんて――誘拐まがいの出来事以外の何物でもなかった。

 

「……んなこと考えてても仕方ねぇ、か。うし! 頑張って日本に戻るぞ!」

 

ホームシックに浸っている暇はない。つまらない考えを振り払い、虎杖は立ち上がる。とにかくまずは、この場をどうにかしなくては。そう思いながら大通りへと足を向けた、その時。

 

「あっと、わるい」

 

路地から出ようとしたところで、虎杖はちょうどそこを通りがかる人影とすれ違う。ぶつかりかけた相手への謝罪の言葉を投げ、その横を抜けようとして、

 

「おい」

 

「うぇ?」

 

低い声と共に、後ろから思い切り肩を掴まれた。

何事かと振り返れば、虎杖の肩を掴んでいるのは見上げるほどの大柄な男だ。男は背後に二人の仲間を連れており、男たちは路地を塞ぐように立ち位置を移動する。そのどこか見覚えのある動きに嫌な予感。

 

「ええっと……俺、急ぎの用事あんだけど。なんか用?」

 

「安心しろ。出すもん出しゃあ、そう時間は取らねえよ」

 

「……あー、もしかして、そういう感じ」

 

「あ?」

 

侮辱と嘲笑まじりの視線。男たちの年代は二十代はそこそこで、内面の卑しさが顔にそのまま顔ににじみ出ている。素性は知れなくとも、善人はあり得ない。

この異世界に来てから初めて遭遇する、虎杖にとってある意味でなじみ深い存在。つまり、

 

「異世界にも、不良とカツアゲってあんのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄笑いを浮かべる男たちに、愛想笑いで場を持たせながら虎杖は思考する。

普通に考えてピンチな状況だが、今の虎杖に限っては、ほんの少し感謝に近い感情が沸いていた。

 

虎杖悠仁が“西中の虎”などという恥ずかしい二つ名で呼ばれるようになったのは、もとはといえば中学時代の事。当時、訳あって少しとがっていた自分は、不良たちのもめごとに首を突っ込んでは面倒を背負い込むのが常だった。

 

そんな自分にとって、彼らは厄介な相手でありながら、現状に限ってはどこか実家のような、妙な安心感を与えてくれる相手でもあったのだ。

 

「……でも、え~っと。悪いけど俺一文無しだから。絡んでもなんも得しねえよ?」

 

「なら珍しい着物でも履物でも何でもいいんだよ。大人しく路地裏でネズミの餌になれ」

 

穏便に済ませられる可能性は一瞬で消え去り、じりじりと距離を詰められる。どうしたものかと虎杖が頭を悩ませていた――そのときだ。

 

「ちょっとどけどけどけ! そこの奴ら、ホントに邪魔!」

 

切羽詰まった声を上げて、誰かが路地裏に駆け込んできた。

ギョッと顔を上げる男たちと同じく、虎杖は首だけ動かして声の先を見据える。

 

目の前をセミロングの金髪を揺らす小柄な少女が横切っていく。意志の強そうな赤い瞳に、イタズラっぽく除く八重歯。小生意気な印象に先立つが、微笑めば人並み以上に愛嬌のある顔立ちの気がする。

 

今ここに来るのはまずい。そんな虎杖の心配を、少女はまるで意に介さない。

 

走る勢いそのままに細い路地を駆け抜け、男たちを素通りして行き止まりのはずの奥へ。

そのまま袋小路に立てかけられた板を蹴り、身軽に壁を掴むとあれよと言う間に建物の上へと乗り移った。

 

「おお、くのいち!」

 

「なんかすげー現場だけどゴメンな! あたし忙しいんだ!」

 

「平気平気。そっちこそすごい急いでる感じだけど大丈夫?」

 

「あんちゃん余裕すげえな!? 自分の置かれてる状況分かってるか!?」

 

今まさに不良に囲まれ、追いはぎに遭おうという少年からの提案に、少女は目を見開く。だが、よほど先を急いでいるのか、すぐ申し訳なさそうに手を上げ、

 

「まあ、なんだ。強く生きてくれ!」

 

その言葉を最後に、建物の向こう側へと消えていった。

まさに台風のように一過していった少女。唖然としたのはこの場の全員。だが、虎杖はふと、現状が何も好転していないことに気軽く。

 

「今ので毒気が抜かれて気が変わったりしねぇ?」

 

「むしろ水差されて気分を害したぜ。楽に逝けると思うなよ」

 

言葉通り、先ほどよりも不機嫌そうな男が、虎杖を壁際へと追い詰める。

よく見れば後ろの細身の男の手にはナイフのようなものが握られていた。その鋭い刃が日光を受けて煌めくのを見た瞬間、虎杖の目が僅かに吊り上がる。

 

「……そっか、そうだよな。懐かしんでる場合じゃない」

 

自分の中で、何かが切り替わったのを感じる。

 

日本の不良にも、刃物を使う奴らはいた。そして、そういう奴らがいる現場ってのは決まって、とびきり胸糞悪いものだったのだ。

そういう手合いに対して、自分がどうしていたのかなんて――思い出すまでもない。

 

「――――」

 

その時、大柄の男が振り上げた腕をぴたりと止めた。

 

何かされたわけじゃない。ただ、目の前の少年から漂う空気が明らかに、変わったのだ。

自分より小柄な体躯も、まだあどけなさの残る顔つきも、何一つ変わっていないのに。それでも何故か自分が見下ろされているような圧迫感に襲われ、その違和感に動けなくなる。

 

「どうした。早くこのガキを黙らせようぜ」

 

「い、いや……」

 

背後から急かされても、依然動かない大男。まずはその腕を掴もうとした――その時だ。

 

 

 

「――そこまでよ、悪党」

 

その声は雑踏の喧騒も、男たちの野卑な罵声も、虎杖自身の呼吸も、その何もかもをねじ伏せて、世界を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時が止まる、というのはこういうことだろうか。

 

路地の入口に、一人の少女が立っている。美しい少女だった。編み込みの入った、腰まで届く銀色の髪。理知的な紫紺の瞳でこちらを見据えている。柔らかな面差しには艶と幼さが同居しており、どことなく感じさせる高貴さが危うげな魅力を生み出していた。

白を基調とした服装には華美な装飾はなく、シンプルさが逆にその存在感を際立たせる。唯一目立つのは彼女の羽織る白いコート。『鷹に似ている鳥』を象った刺繍が施されており、荘厳な印象を与えている。

 

だがその衣装すら、少女と言う存在を輝かせるための添え物に過ぎない。

 

「それ以上の狼藉は見過ごせないわ。――そこまでよ」

 

銀鈴の声音は鼓膜を心地よく叩き、虎杖に今の状況を忘れさせる。ただひたすら、銀髪の少女の存在感に打ちのめさせる。男たちにも、同じ動揺が広がった。

 

「あ……てめえは、いったい……」

 

「今なら許してあげる。私の不注意もあったもの。だから、早く盗った物を返して」

 

「おい、着てるもんが高そうだ。貴族とかじゃ……へ? 盗った物?」

 

「お願い。あれは大切な物なの。あれ以外なら諦めもつくけど、あれは絶対にダメ。お願い。いい子だから大人しく渡して」

 

懇願の気配すら漂わせている少女――。

だが、現場には不可解な圧迫感が高まりつつあった。言葉にはし難い何かが起きている。

 

「ちょ、待て! は、話が食い違ってると思うんだがっ」

 

「……なんのこと?」

 

男たちは背後にいる虎杖を指さし、

 

「こ、こいつを助けに来た……ってわけじゃねえんで?」

 

「……変な格好の人ね。仲間割れの途中? 三対一なんて感心しないけど……私と関係あるのか聞かれたら、無関係って答えるしかないわ」

 

話をはぐらかされていると思ったのか、少女の口調にかすかな苛立ちが感じられた。少女の態度に焦りを覚えた男たちは、慌てた様子で口々に弁明を始める。

 

「待ってくれ! 目的がこいつじゃないなら、俺らは別口だ! さっきのガキだろ!」

 

「盗まれたって言ってたろ! 壁だ! 壁蹴って屋根伝いに逃げてった!」

 

「奥だ奥! その向こう! あの勢いなら通りをもう三つは抜けてる!!」

 

男達の続けざまの言葉に、少女の視線が虎杖へと向けられる。男たちの言葉の真偽を問う視線に、虎杖も肯定するように頷いた。

 

「ううん……嘘じゃ、ないみたい。それじゃ、盗った子は路地の向こう? 急がないと」

 

虎杖に背を向けて、少女の足が路地の外へ向かう。完全に姿が消えてから仕切りなおそうと、虎杖が拳を固める前で――、

 

「それはそれとして、見過ごせる状況じゃないの」

 

振り向きざまに掌をこちらに向けた少女――その掌から輝きが乱舞して放たれていた。

 

硬球が肉を打つのに似た音が響き、男たちが苦鳴をあげて吹っ飛ばされる。そして、虎杖の傍らに甲高い音を立てて、拳大の氷の塊が落ちた。季節感や物理現象を無視して生じた氷塊は、すぐさま大気に食まれるようにして霧散する。

 

「――魔法」

 

今の現象を説明するのにもっとも適した単語が、とっさに口から零れる。

詠唱も何もなかったが、それは確かに彼女の掌から生まれて打ち出されていた。

 

「すげえ、先輩にも見せてあげたいな、この光景」

 

「やって……くれやがったな」

 

虎杖の魔法への感想はさておき、氷塊の一撃を受けた男たちが立ち上がる。

 

仲間がやられらことがかえって男たちの怒りに油を注いだらしい。ナイフ男とは別の男もこん棒のような鈍器を手に、臨戦態勢に入っている。

 

「こうなりゃ、相手が魔法使いだろうが貴族だろうが知った事かよ。収まりがつかねえ。囲んでぶっ殺す! 二対一で勝てると思ってんのか、ああ!」

 

片手で鼻血の滴る顔を抑えるナイフ男。その罵声に少女が目を瞑り再び手を前にだすが、

 

「じゃあ」

 

「――あ、UFO!!」

 

「え?」

 

「ひっかかってやーんの!」

 

「ごはっ!?」

 

少女の声を引き継ぐように、虎杖の拳が男たちの間に切り込んだ。

少女が虎杖の予想外の動きに声を上げる一瞬で、少年の拳が次々に標的を捉える。男たちは反撃する間も与えられずに衝撃に目を回し――意識を失って地面へと崩れ落ちた。

 

ふう、と息を吐く虎杖を前に、少女は暫し呆然としていた。そして出しかかった手を下げ、虎杖の傍まで歩み寄る。

 

「……あなた」

 

「な、なるべく怪我させたくなくて、確かに汚かったかもしれねぇけど」

 

「ユーフォ―って、なんのことなの?」

 

「あ、そっち?」

 

少しずれたところに興味をもつ少女に虎杖は首を傾げる。よく考えれば異世界で通用する手段ではなかった。そのおかげで自分に悪い印象はつかなかったようだが。

 

「でも、注意引いてくれて助かった。ありがとお姉さん」

 

お礼を端的に告げると、目の前の少女は何故か不服そうに頬を膨らませたまま口を開く。

 

「別に、助けようとしたわけじゃありません。盗品に関して、あなたから情報を聞き出すためよ」

 

「情報?」

 

「そう、情報。――あなた、私から徽章を盗んだ子を知ってるでしょ?」

 

少女は自信満々と言った顔で虎杖に問いかける。しかし、

 

「えっと、期待されてるとこ悪いんだけど……俺なんにも知らねえよ?」

 

「え、やだ、嘘!?」

 

「逆になんで知ってると思ったの……?」

 

自信が顔から剥がれると、少女の作り物でない素の表情がちらと除いた。

徽章、というといわゆる弁護士や検事、自衛官などが身分を証明するためにつけるバッジに当たる物だろう。残念ながら、それっぽいものを見た記憶は皆無だ。

 

先ほどまでの凛々しい態度もどこへやら、慌てふためいた彼女はくるりと百八十度反転する。無駄にしてしまった時間を取り戻すように走り出した、その、背中を見て――、

 

「お姉さん待って!」

 

虎杖は無意識に手を伸ばし、声を出していた。

 

「なに? 言っておくけど、これ以上は私もちょっとしか付き合ってあげられないから」

 

「ちょっと付き合ってくれるの何なの。じゃなくて、盗まれたもの探すの、俺にも手伝わせて」

 

虎杖の申し出に、少女は驚いた様子で目を瞬かせる。

 

「でも、あなたは何も知らないって……」

 

「そういや盗んだ奴の顔なら見た。一人より二人の方がいいだろうし、助けてくれたお礼ってことで……どう?」

 

「お礼をされるようなことしてない。あなたなら、一人でどうにかできたんでしょ」

 

協力を強く拒む少女。

 

その意志の固い瞳を前に、虎杖は自分が勢いのまま提案してしまった事に困惑していた。

確かに自力でどうにかできたのは事実だし、「顔を見た」というのも手がかりとしては少し弱い。協力を拒む彼女に無理やりついていっても、お互いにとって有益なものにはならないかもしれない。

じゃあなんで、俺はこんな必死になって、この子を引き留めているんだろう。

 

異世界で一人は心細かったから? お姉さんが美人だから? それとも――、

 

「……なんで、だろう。分かんねえ」

 

「はい?」

 

「でも、絶対に損はさせないから。頼む!」

 

助けさせてくれと頭を下げる、そんな奇妙な状況に路地裏には暫く沈黙が流れる。

虎杖が首を動かしてちらりと顔色を伺えば、少女はなおも懊悩を継続中。ただ、虎杖の熱意に天秤は揺れたらしく「あうー」「ううん」「でもっ」と色っぽく悩んだ挙句、

 

「――こっちは、何のお礼もできないからね」

 

そう言って、虎杖の申し出を受け入れてくれたのだった。

 

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