Re:ゼロから始める宿儺の器の異世界生活   作:カノンだよ

4 / 6
第一章4『夢と現実の狭間』

「――どうしたよ、兄ちゃん。急に呆けた面して」

 

「は――?」

 

厳つい顔、白い刀傷の目立つ男に声をかけられ、思わず間抜けな反応が出てしまう。こちらの応答に男はその傷跡を盛大に歪める。

 

「だーかーら、けっきょくどうすんだよ。リンガ、買うのか買わないのか」

 

「え、えっと……?」

 

「リンガだよ! 食いたいんだろ? 自分でそう話しかけてきといて、急に目がイっちまうんだからビビったぜ。……で、どうすんだよ」

 

筋骨隆々のスカーフェイスが、その掌にちょこんと可愛らしい赤い果実を乗せている。突き出されるリンゴに酷似した果物。それと中年の顔を見比べて、

 

「いや、だから俺、一文無しなんだって」

 

「っだよ! じゃあ、ただの冷やかしじゃねえか。なら行った行った! こっちゃ商売してんだ。冷やかしにゃ付き合ってられん」

 

おざなりな手ぶりでその場からどかされて、よろよろと店の横手へ抜ける。そして彼――虎杖悠仁はあたりを見回しながら、

 

 

 

「…………どういうことだ?」

 

疑問と当惑に、誰へと向けた者でもない問いを吐き出すのが精いっぱいであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大通りは相変わらず人でごった返しており、たまにトカゲの馬車が通りかかる以外では常に道幅いっぱいに歩行者が広がっている。

まだ日差しの明るい時間だ。気温は高いというほどでもないが、目の前を通り過ぎる人狼っぽい人種の毛皮などを見ると、「うわぁ、暑そう」という感想がぼんやり浮かぶ。

 

「どういうことだ……さっきまで、夜だったよな?」

 

日が高い、のだ。少なくとも、虎杖の認識の範囲では夜を迎えていた筈だったのに。

 

「体の傷も……ない」

 

制服の裾をまくって、虎杖は腹部を確認する。

大型の刃物と思しき凶器に切り裂かれ、死を免れないほど出血していた筈なのだ。だが、腹部には傷跡はおろか血の痕跡も見つからない。

 

――頭がおかしくなりそうだった。

 

記憶の混濁を自覚して、虎杖は意識を失う寸前のことを懸命に思い出す。盗品蔵で死体を見つけて、殺したと思しき相手に虎杖自身も襲われた。そして死に瀕する状況で――、

 

「……そうだ、サテラ!」

 

虎杖を案じて盗品蔵に入ってしまったサテラもまた、凶刃の餌食となったのだ。

 

思い至った瞬間、臓腑が搾り上げられるような痛みを感じる。それは自身を傷つけられたことを意識した時より、ずっと厳しく己の罪を自覚させた。

 

「……ッ、何してんだよ俺は」

 

日本とは何もかもが違う世界。それを理解していながら油断を重ね、凶刃の前にあっさりとひれ伏した。盗品蔵へのカチコミ、女の存在はまだしも、大なり小なり危険があることは簡単に予想できたはずだ。それなのに俺はまた、自分の『役割』を――、

 

「――っ、なんて考え事してる場合じゃない。とにかく、サテラとパックを探さねえと」

 

終わりのない自問自答に一度けりをつけ、目の前の問題に集中する。もう、二人とも死んでるかもしれない。そんな想像を虎杖は頭を振って追い払った。

あそこまで傷物にされた自分ですら命を拾っているのだ。それならば、魔法が使えて、お人よしの世話焼きで、優しすぎる少女と、飄々と掴みどころのない変わり者精霊が死んでしまったとは思えない。

 

――死んでいてほしくない。

 

「今は、盗品蔵にいかないと……ッ」

 

思い立ったが即行動。自慢だった脚力を活かして、駆け足でその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や、やっと見つけた。……思ったより手間取った」

 

額にかいた汗をぬぐいながら、ようやくたどり着いた目的地の前で虎杖は息を吐く。貧民街の最奥――盗品蔵の前に到着には、一時間近く時間を有した。迷わないでいけると思ったのだが、やはり案内板などの文字が読めないのは障壁となった。

何故か果物屋のおじさんには冷たい態度を取られるし。

 

盗品蔵の前に立つと、速度を上げる鼓動が虎杖の手先を重くしていく。唾液が乾いて下がひりつき、ひどい耳鳴りが何度も何度も頭の中を殴りつけてきていた。この盗品蔵の中に、虎杖の求める答えがあるのだ。

 

「……よし、ビビるな。二度同じ轍は踏まない」

 

中にまだあの女がいる。そう仮定して、今度は最初から臨戦態勢。

悠長に扉を開けて入れば、相手に準備の時間を与えるだけ。そう考え虎杖は、腰を軽く落とし、体の横で右手を強く握り込んだ。

 

「……ふぅ」

 

木製の扉。自分の馬鹿力なら、問題なく破壊できる強度。一気に踏み込み、中に誰かいたなら先に一発。そういう算段だ。虎杖はそう決め、盗品蔵の扉を真正面から睨み据える。

覚悟を決める最中で、瞼の奥にこの中で目にしてきた光景がフラッシュバックする。老人の死体、切り裂かれた自分の腹と、その自分のせいで巻き込んだサテラの無残な姿が。

 

恐怖と怒り。後悔と焦燥。負の感情が絡まり合い、胸の奥で膨れ上がる。それが限界に達した瞬間――、

 

「そいやっさああああああ!!」

 

――渾身の右ストレートが、扉を打ち抜いた。

轟音。破裂するような衝撃。耐えきれなかった扉は原形を留めず粉砕され、木片と砂埃が爆発的に舞い上がる。

だが、次に起きた出来事は、虎杖の想定とまるで違っていた。

 

「お、お、お前っ! 急になにしてくれとんじゃああ!!」

 

「……アレ?」

 

そこにあったのは、血まみれの惨状でも、刃を持つ女の姿でもない。

飛び散った木片の向こうで、怒り半分、困惑半分といった様子で顔を真っ赤にする、禿頭の老人が一人立っているだけだった。

――だが、虎杖が最も驚かされた点は、そこではない。

 

虎杖は、ぽかんと口を開けたまま、その光景を眺め――そして、

 

「――――」

 

言葉を失った。

 

「お、おい! 聞いとるんか! 人んちの扉をなんだと思っとる!」

 

怒鳴り声が飛ぶ。だが虎杖の視線は、その主ではなく、()()()()()に落ちる。宣言の通り、女じゃなくても誰かいれば、即座にアクションを取るつもりだった。それが出来なかった理由は、ただ一つ。

 

――打撃の威力があまりに予想外だったからだ。

 

精々、扉が倒れる程度の威力のつもりだった。だが、扉は粉々に砕け、その破片は盗品蔵の反対側の壁まで飛び、あちこちに無残な穴を穿っている。

こんな威力、覚えがない。

それに、あれだけの打撃を放ったにもかかわらず、自分の皮膚にはかすり傷一つない。そして、何より、

 

 

 

「……な、なんだぁ、これ?」

 

拳の表面を、見慣れない“何か”が薄く覆っている。

赤黒いような、歪んだ光の残滓。それが、まるで意思を持つかのように、前腕にまとわりついていた。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、急に扉を破壊するなんて、とんでもない小僧じゃ」

 

「うう……すいませんでした……」

 

「そう思うならとっとと手を動かせ!それが直るまで絶対逃がさんからな!」

 

どうして、こんなことに。

 

虎杖はひとまず無事に盗品蔵の中に入ることができた。但し、破壊した諸々を修理する整備師として、だが。

今は入ってすぐのカウンター、そこに備え付けられた来客用の固定椅子に座り、居心地悪く使い慣れないトンカチを片手に修復作業を続けている。

 

「はぁ、おっかしいなあ……確かにこの建物なんだけど」

 

手を止めないまま、ざっと周囲を見回す。夕刻の盗品蔵――そこで虎杖が味わった惨劇の痕跡は一切見当たらない。統一感のない、盗品らしき品々が雑然と並び、荒らされているのか整理されているのか判別不能。それに、

 

「なんじゃ小僧、わしの顔になんかついとるか?」

 

「……いや、そうじゃねえけど」

 

大柄の老人――ロムと名乗ったこの人物は、間違いなく盗品蔵で見た死体だった。

暗闇の中、そして初めて死体を見た驚きで、平静でいられたとは言えない。それでも、見間違えるのが難しいほど特徴的な老人だ。だが、彼は今もこうしてピンピンしている。

逆のことは虎杖にも言えることだ。致命傷を負ったのは、自分も同じなのだから。

 

さらに加えて言えば、先ほど扉を殴った時に無意識に使った、――()()()

 

謎が謎を呼び、分からないことだらけの状況。白昼でもみたのではないかと、虎杖は自分の頭の中が信用できなくなる。

あれは全部、夢だったのか、なら今この瞬間は現実なのか。サテラは本当に、存在するのか?

焼けるような痛みも、僅かに触れた少女の温もりも、憤死しそうな自責の念すらも夢幻の中の名残でしかないのなら、なぜ自分はここにいるのだろうか。――俺の『役割』は何だ?

 

終わりの無い不毛な自問自答で勝手に涙目になりながら作業を続ける事、およそ一時間。

 

「げえー、なんだよこれ!?完全にドアぶっ壊れてんじゃねえか!」

 

突然、盗品蔵の入口から、高らかな声がなる。

 

耳に通る美しい声音とそれに反する下品な口調。そちらに目を向ければ、金色の髪に兎のように赤い瞳、口の端から除く悪戯な八重歯が特徴的な少女。

 

「こんなに風通し良くしちまって、一体何が……あ、もしかしてそこの兄ちゃんか?」

 

「ご名答。こいつが勘違いで殴りこんできたから、こうして修理させとるのよ」

 

「何してんだよロム爺。アタシ大口持ち込むから人払い頼んどいたはずだろ……」

 

――その見覚えのある風貌は、確かにあの時路地裏で虎杖が遭遇した、盗賊の少女だった。

こちらに物珍し気な視線を向けながら背につく少女。その間虎杖は、少女が片手にぶら下げる掌ほどの装飾品に目を奪われる。

 

「……んだよ兄ちゃん。これはやれねえぞ、私が盗った大事な資金源だ」

 

「――――」

 

それは、真ん中に宝石がはめられ、龍の装飾が施されたペンダント。

一致している。サテラが盗られたと言っていた、徽章の特徴に。しかしその事実は、目の前の少女に対する怒りよりも、むしろ感嘆の念を浮かばせた。サテラとの出会い、謎の女の襲撃。あれら一連の出来事が現実だったのか夢だったのかは、まだ分からない。だけど、彼女の痕跡は、『徽章』という形で今、目の前に存在している。

 

「おーい、兄ちゃん?聞いてんのかよ?」

 

「……ああ! 聞いてる聞いてる! ずっと中腰の作業で疲れんだよ」

 

怪訝にこちらの様子を伺う少女に返事をし、修理の作業を再開する。

盗品は、盗品蔵を通じて取引先に売られていく。俺にはこれを買い戻すだけの資金はないが、どうせ盗品だ。こちらが盗み返したとしても、何の文句もないだろう。――サテラを探す前に、まずはこれを奪わなくては。

 

奪い返すと言っても、手荒な真似はしたくない。最悪、殺し合いに発展する可能性だってある。――だから今は、機会を待つ。

虎杖は少女と老人にぎこちない笑みを浮かべ、そこから暫くの間、大人しく修復作業を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扉の修理と並行して彼らとの観察も続けた結果、いくつかの情報を得ることが出来た。

まず、目の前の金髪少女はやはり、路地裏で俺と遭遇しサテラから徽章を盗んだ『フェルト』本人で間違いないということ。そして、盗まれた徽章は今日にでも、これから来る客に渡されるということ。

 

ロム爺は見た目からかなり強そうだし、二人よりは一人を相手取る方が簡単なので、徽章を取り返すのは、その客とやらに渡った後にすべきかもしれない。

 

「……はぁ、やっとこさ全部直せた」

 

「一応、お疲れさんと言っておいてやろう。完全に自分で蒔いた種じゃがの」

 

修理し終えた扉を枠にはめ、二人の方を振り返る虎杖。ロム爺はその虎杖に鼻を鳴らす。一方、正面のフェルトはミルクの入った杯を傾けて顔をしかめた。

 

「おい、ロム爺。このミルク、水入れて薄めてねーだろーな。マズいぞ」

 

「お前さんは毎度、人が好意で出してやっとるもんをマズいマズいと……」

 

散々な言われようのロム爺が、ふてぶてしい態度のフェルトの頭をでかい掌で撫でる。

フェルトの首がもげそうな絵面だが、ロム爺側に悪意がないのは撫でる爺さんのふやけた顔つきを見れば明白だ。フェルトも、慣れ切った様子で受け入れている。そんな二人の様子を見て虎杖はふと、

 

「――仲いいんだな、二人とも」

 

誰に聞かせるわけでもない小さな声で、そう呟いた。

 

「……なんだよ兄ちゃん、急に気色悪いこと言うなよな」

 

「……え、口に出てた?」

 

ぽつりと漏れた独り言に、フェルトは本気で鳥肌が立ったとでも言いたげに肩をすくめる。虎杖自身、頭の中で浮かんだ考えがそのまま声になってしまっただけで、決して口にするつもりはなかった。

慌てて脈絡のある話題を探し、真っ先に思い浮かんだ光景で言葉を続ける。

 

「……えっとさ。俺にも、爺ちゃんがいるんだよ」

 

「爺ちゃん?」

 

「うん、つってもほとんど親みたいなもんだけど」

 

二人が同時に怪訝な顔を向けてくるのを見て、虎杖は少しだけ照れくさそうに頬を掻く。思い浮かぶのは、日本に置いてきてしまった、たった一人の家族。

 

「これがまあ、絵に描いたような頑固おやじでさ。気性は荒いし、変なところで無駄にカッコつけるし。そんな性格だから、病院で寝たきりになってからも……見舞いに来るのは俺くらいだった」

 

虎杖悠仁の祖父――虎杖倭助(いたどりわすけ)。幼い頃に両親を亡くした虎杖にとって、ほとんど親代わりのような存在だった。

もっとも、いわゆる『いい親』だったかと聞かれれば、首を傾げる。小学生の虎杖を平気でパチンコ屋に連れて行くし、飯は大体インスタント。説教は短いが、その代わりに鉄拳成敗が常套手段という、今思えばだいぶアウトな教育方針だった。

 

「でも、そんな爺ちゃんでももう会えないのかもって思うと、俺は寂しい。……だから、二人を見てたら羨ましくなって、つい口に出ちまったんだ」

 

今頃、爺ちゃんは病院で何をしているだろう。毎日通っていた見舞いが、急に途切れたわけだから、少しくらいは心配しているだろうか。いや、案外そんなこともなく、今日も今日とて看護師相手に鼻の下を伸ばしているのかもしれない。

 

そんな想像をして、寂しそうな顔で微笑む虎杖。彼を見てフェルトが口を開く。

 

「……兄ちゃん」

 

フェルトは恐る恐ると言った様子で虎杖の顔を覗き込み、

 

 

 

「――マジで何言ってんだ? 頭大丈夫か?」

 

「……え?」

 

そんなあまりにも人の心がない、容赦ゼロの一言を繰り出した。

 

「誰も聞いてねえのに好き勝手語りやがって。隙あたえたつもりはねえぞ」

 

「は、はー!? 今の話聞いてそんな酷いこと言えるか普通? もっとこう……優しく慰めるとかあってもいいだろ!」

 

「大の男が女々しいこと言ってんじゃねーよ」

 

「ぐぬぬ……!」

 

虎杖の必死の抗議は、フェルトにケラケラと笑い飛ばされる。

華奢で小柄な外見に反して、精神の図太さと逞しさは折り紙付きらしい。思えば彼女は、徽章を盗む過程で一度、不良に絡まれていた虎杖のことを、何のためらいもなく見捨てている。

結果的に問題はなかったとはいえ、その事実を改めて思い出すと、じわじわと腹が立ってきた。

 

――というか。

 

「……フェルトはひょっとして俺のこと、覚えてないのか?」

 

「――? どっかであった? っても、かなり衝撃的な出会い方してねーとアタシも暇じゃねーから覚えてねーよ」

 

「…………」

 

「第一さ、兄ちゃん地味すぎんだよ。髪の色と服くらいしか目立たねーじゃん」

 

「そーですか、フェルトの性格はよーく分かったよ」

 

フェルトの言葉に嘘は感じられなかった。外見の凡庸さを真正面からディスられたことも相まって、虎杖は静かにダメージを受ける。

何の得にもならない虎杖を助けようとしたサテラがいるかと思えば、こうして堂々と他人を切り捨てる、どこか憎めない小悪党もいる。異世界というのは、つくづく分からない。

 

自分の弱みなど、晒すもんじゃなかった。

そう思い、事の発端である爺ちゃんの顔を脳裏に思い浮かべて、軽く八つ当たりしかけた――その時。

 

「……そういや」

 

ふと、妙な違和感が虎杖の意識をかすめる。

 

「盗品蔵で倒れた時……()()()が、聞こえたような」

 

余裕がなかったからか、もしくは単純に思い返したくないほど嫌な記憶だからか。これまで深く考えなかった、意識を失う直前の出来事。その奥底に沈んでいた記憶が、今になってゆっくりと浮かび上がってくる。

 

――意識を撫でるように、何度も何度も繰り返された、たった一つの言葉。

 

 

 

『お前は強いから、人を助けろ』

 

 

 

「……あれは、まさか」

 

酷く、聞き覚えのある声だった。そして、なぜ今になって忘れていたはずの言葉が蘇ったのか。それは間違いなく、先ほど自分の口から話題として零し、その存在を改めて認識したからだ。脳裏に浮かべた、あの不器用で、乱暴で、それでも誰よりも近くにいた存在。

 

つまりあの言葉は、爺ちゃんが、俺に――。

 

 

 

そうして虎杖が、謎の頭痛に眉をひそめながらも記憶の奥底へと手を伸ばした――その時だった。

 

 

 

「――!!」

 

コンコンコン、と。不意に、扉を叩く音が響いた。三人が同時に顔を見合わせる。

 

「符丁は?」

 

「あ、教えてねーや。そうだ! 兄ちゃんが代わりにアタシの客か確かめてきてくれよ!」

 

「えぇ、俺なの?」

 

「ああ、どうせ取引中は外してもらうから、客かどうか確かめてそのまま帰ってくれ」

 

「扱い酷い……って言いたいとこだけど、よく考えりゃ元々部外者だしな。しゃあねえか」

 

「客は黒い外套羽織った、露出度高めの姉ちゃんな。それ以外だったら通すなよ」

 

フェルトの無情な言葉に、虎杖は小さくため息を吐きながら立ち上がる。先ほど直したばかりの扉へと歩み寄り、自然と拳を握った。

取引の場から外されるのは予想外だったが、冷静に考えれば部外者を追い出すのは当たり前の事だ。取引が終わるまで、隠れて監視しておけばいいだけのことだ。徽章奪還の作戦に変更はない。

 

――けど、何かが引っかかる。

 

黒い外套。女。その特徴を聞いた瞬間から、胸の奥に、嫌なものが引っかかっていた。胃が締めつけられるような、吐き気にも似た感覚。その予感を振り払うように、虎杖が扉に手をかけた――その時だった。

 

 

「……あら?」

 

「――ッ!?」

 

僅かに開いた扉の向こう側。そこから除く“女”の存在感に、心臓が跳ね上がる。

顔はフードではっきりと見えない。それでも、分かる。見ているだけで吐き気を催すほどの邪悪。人の命をなんとも思わない、こちらとは決定的に違う“何か”。

 

一致している。立ち振る舞いが。甘い声が。この、どうしようもない気色の悪さが。

 

「剥き出しの敵意と恐怖、嫌いじゃないわ。でも今日の仕事には、――邪魔よ」

 

「――がっ!!」

 

次の瞬間、放たれたのは風すら切り裂く鋭い蹴り。虎杖は反射的に腕を交差させ、防御に回るが、勢いを殺しきれない。

 

「っ、ああああぁぁ!?」

 

堪え切れなかった体は矢のように弾き飛ばされ、フェルトとロム爺の間をくぐり抜け、雑多に積まれた木箱へと激突した。

ガシャリ、と。重い轟音が盗品蔵に響き渡る。

 

――空気が、一変した。

 

「なっ、なにごとじゃ!?」

 

「おいおいおい! 冗談じゃねえ! いきなり何してくれんだてめぇ!」

 

ロム爺は困惑を隠せず、フェルトは恐怖を怒声で塗り潰すように叫ぶ。その視線は、例外なく入口に立つ女へと向けられていた。そして虎杖もまた、瓦礫の中に伏しながら――その女の一挙手一投足から、目を離すことができない。

 

「何って、それはこっちのセリフ。取引に関係のないぼうやを招き入れて、仕事がまるで全うできてないじゃない。だから、関係者は皆殺しにしてあげるの」

 

「たったそれだけで……? このイカレ異常者が!」

 

笑いながらフードをはぎ取り、外套の下から現れたのは狂気じみた笑顔。そして、その手に握られているのは、

 

「……ッ!」

 

文字通りに見覚えのある、黒い刃。

 

夢なんかじゃ、なかった。だって夢で再現できるはずがない。この異質さ。この醜悪さ。そして、臓腑を直接掴まれるような、痛みと恐怖。

間違いない。今この場で、大した理由もなく俺たちを殺そうとしている、この女こそ――、

 

「天使に会わせてあげるわ――楽しませて頂戴ね?」

 

この女こそ、俺とサテラを襲ったあの殺人鬼、そのものだ。

 

 

 

瞬間、刃の切っ先が、フェルトの胴体を切り離すべく、その華奢な体に襲い掛かる。目にもとまらぬ早業、少女がその動作に気づくことすらできずに、命を落とす。――その前に、

 

「させねえっ!!」

 

「――へえ」

 

割り込ませた腕で、刃を握る女の手首を上へ打ち上げた。女は弾かれた衝撃に抗わず、体の軸を回し蹴りを放つが、身をかがめてそれを避け、がら空きの胴に拳を叩きこむ。まるで金属同士がぶつかるような鈍い音と共に、女の体が少し仰け反った。

 

「……ッ、やるじゃない、ぼうや」

 

女は予想外の反撃を見せた張本人――虎杖悠仁を、そこで初めて敵と認識する。

 

反応は、ほんの僅か。さっき押し負けたことも考えれば、強みであるはずの筋力も、やはり向こうが上だ。でも、それでも、

 

「やっぱり……これがあれば、何とか戦える、かも」

 

虎杖は先ほど女を殴りつけた自身の右拳。それを纏う()()()()()()に目を向ける。

最初は意図せず発動し、盗品蔵の扉を滅茶苦茶に壊したこの力。先ほど女の蹴りを受けて腕が無事だったのも、これを纏っていたからだ。これがあれば、こいつ相手でもきっと、渡り合える。――但し。

 

「……ロム爺さん。フェルトを連れて、この場から離れてくれ」

 

「……は、ぁ?」

 

それは、一人ならという条件付きだ。

 

ついさっきまで死の淵に立たされていたと理解し、尻餅をついたまま顔色を失っているフェルト。その前に立ち、背中越しに言葉を投げる。

 

この子を庇いながらじゃ、勝ち目はない。

 

ロム爺は状況を完全には飲み込めていない様子だったが、女の放つヤバさだけは直感で察し、短く頷いた。

 

「なっ、尻尾巻いて逃げろってか! ……そんなの!」

 

「フェルトの言いたいことも分かる、でも今は呑んでくれ。……お前は戦って命を落とす責任のない、普通の子供だ」

 

「それは、兄ちゃんだって同じことだろ……!一人で戦ったら、死ぬぞ……!」

 

若干裏返った震え声で、フェルトが叫ぶ。虎杖の言い分は彼女にとって、到底納得できるものではなかったからだ。少女に言わせてみれば彼の方こそ、自分達の仕事に巻き込んでしまっただけの普通の子供。自分と年もそう変わらないだろう目の前の少年のどこに一体、責任が伴っているというのか。

 

だが、フェルトが後ろから虎杖の顔を見上げた時、それら一切の思考を忘れ――言葉を失った。

 

 

 

「――俺は、違うよ」

 

 

 

「――――」

 

「俺はただ役割を全うする消耗品で、……不幸を振りまく呪いだ。だから――頼む」

 

「……何を、言って」

 

懇願するような笑顔を向ける少年。その異質さを前に、フェルトは何も言い返せなくなったのだ。

 

こうして死に瀕した状況でありながら、役割に従事できることを心底喜んでいるような、そうできない自分はいらないとでも言いたげな、そんな破滅的な笑顔に言葉が詰まった。

口にしたことは半分も理解できなかったが、自分の命をどこまでも道具として扱うそのムカつく心意気だけは、伝わった。――だから、

 

「分かった。私たちがいても邪魔になるだけだから、今は言う事聞いてやる。――だけど、死んだら殺すかんな」

 

「――おう!!」

 

フェルトの答えを聞いて、虎杖は感謝するように拳をあわせて言外に返事をした。

腰の抜けたフェルトをロム爺が担ぎ、低い姿勢で構える。時が止まったような静寂、虎杖の頬から一筋の汗が頬を伝い、地面に落ちた――次の瞬間。

 

 

 

「――走れっ!!」

 

「――ッ!」

 

弾かれるようにロム爺の巨体が、入口めがけて吶喊した。

 

「行かせると思う?」

 

それを真横から阻むのは、目にもとまらぬ速さで引き抜かれた女の投げナイフだ。普段振るっているそれとは違うシンプルな装飾のナイフは真っすぐロム爺の背中を狙い撃つ。虎杖は傍にあった巨大なテーブルを蹴り上げることでナイフを阻止。

 

その隙を縫って女の長い脚が虎杖の頭めがけて放たれるが、

 

「ふんっ!!」

 

虎杖は避けることなく頭で受け、――攻撃に転じていたはずの足の骨を、逆に粉砕して見せた。女はたまらず後ろに飛び、つま先が180度曲がった自分の足に目を丸くする。

 

「……驚いた、やる子だとは思ってたけど……あなた、本当に人間?」

 

「完全こっちのセリフだよそれ。その怪我で眉一つ動かさねえんだもん」

 

女にとってほとんどないであろう苦戦、それを強いられているというのにその顔はやはりどこか愉しそうだ。本当に気味が悪い。

 

「痛み……そんなもの、とうの昔に消えちゃったわ。あなたなら思い出させてくれるかしら?」

 

女は異常に口角の吊り上がった歪な笑みを浮かべ、笑いをこぼす。

怖くない、と言えば嘘になる、それでも俺はこの女を倒す。まだやらなきゃいけないことがたくさんあるから。徽章を取り戻して、サテラに返す。異世界から日本に帰るための方法を見つける。そして、

 

――爺ちゃんの言葉と謎の力、頭を覆う違和感の一切合切、その正体を知るために。

 

「私は腸狩り、エルザ・グランヒルテ。――天使に会わせてあげるわ」

 

「……悪いけど、まだ死ぬわけにはいかねぇんだわ」

 

これより虎杖悠仁は異世界に来て初めて全力の、命の取り合いを――呪いあいを、始める。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。