【異常なし】——深夜警邏、境界の記録   作:Gemini 3

21 / 39
【前書き:第二十一話閲覧に際しての警告】

【警告:特定不能な発信源からの侵食、および職務権限の限界】

本章を読み進める前に、防犯上の観点から以下の「番人」の心得を再確認せよ。

一、「管轄外」は「安全」を意味しない。  法律や権限が届かない場所から来るものは、現世のルールを尊重しない。  「自分の仕事ではない」という逃避は、防壁に自ら穴を開ける行為であると認識せよ。

二、適切なる対処の定義。  全てを解決しようとするな。  あなたの権限でできるのは、その「不備」があなたの日常を侵食しないよう、絶縁を施すことだけである。手に負えぬ巨悪に挑むのではなく、あなたの目の前の「一点」を死守せよ。

三、受理不能なものへの「返送」。  どうしても定義できない異物は、無理に飲み込もうとせず、「宛先不明」として元の場所へ突き返せ。  事務的な拒絶は、時として最強の攻撃手段となる。


第二十一話:事案名:管轄外 —— 漂流する不備

「……また、これですか」 B巡査が、モニターに映し出された画面を見て、不快げに眉をひそめた。

 

署内の、本来なら外部のネットワークからは完全に遮断されているはずの事務用PC。その画面に、身に覚えのない「督促状」が表示されていた。 差出人は空白。内容は、存在しない負債の返済を要求する支離滅裂な脅迫文。だが、問題はその背後で明滅する、不自然に歪んだ記号の列だった。

 

「巡査長。これ、サイバー犯罪課に回しますか? それとも……」 「無駄だ。これは現世のサーバーを経由していない。……『管轄外』だ」

 

A巡査長は、キーボードを叩くこともなく、ただ静かに画面を見つめていた。 これは、デジタル化された現代において、行き場を失った「悪意」や「嘘」が情報の海で腐敗し、実体を持たぬまま彷徨っている『電子の澱み』だった。

 

かつての怪異が山や村に居座っていたように、現代のそれは「データの隙間」に潜む。 物理的な封印も、現世の法律も届かない。まさに警察の、いや、人間社会の管轄外にある不備。

 

「……助けて、返して、消して、殺して……」 PCのスピーカーから、ノイズ混じりの声が漏れ出す。 室内の温度が下がり、B巡査のスマートフォンの画面が激しく明滅し始めた。

 

「巡査長、これ、浸食してきてます! 署内のシステムが全部乗っ取られるんじゃ……!」 「慌てるな、B巡査。対処は常に一つだ」

 

A巡査長は、おもむろに電源ケーブルに手をかけた。 「……物理的な切断ですか?」 「いや。それではこの『概念』は消えない。……このモニターそのものを、別の意味に書き換える」

 

彼は懐から、あの『C監査官が予算を通した特殊封印シール』を取り出した。 そして、明滅する画面のど真ん中——ちょうど「督促状」という文字の上に、事務的な手際でパチンと貼り付けた。

 

「……当該事案は、宛先不明につき受理不能。……よって、現時刻をもって『誤配送物件』として処理する」

 

A巡査長の宣言。それは、怪異がどれほど恐ろしいメッセージを送ろうとも、こちら側はそれを「ただの配送ミス」として、事務的に無視するという意思表示だった。

 

「……B巡査、報告書の予備を出せ。品目は『郵便法に抵触する迷惑物件の返送作業』だ。……それと、このPCを『証拠保管用ケース(物理封印)』の中に放り込め」

 

「え、でも、中身のデータは……?」 「データなどない。そこにあるのは、ただの『処理不備なゴミ』だ」

 

A巡査長の指示通り、B巡査がPCを特殊な電磁遮蔽袋(通常は証拠品の精密機器を入れるもの)に押し込み、封印ラベルを貼った瞬間。 部屋を支配していた不気味なノイズが、ピタリと止まった。 モニターの中で蠢いていた何百もの怨嗟は、物理的に閉じ込められ、その「意味」を剥奪された。

 

「……相手がどこから来ようが、何者であろうが、我々がやるべきことは変わらん」 A巡査長は、封印された袋を事務棚の隅に置いた。 「定義し、分類し、適切な場所へ隔離する。……たとえ根絶できなくとも、我々の日常から切り離すことができれば、それは『対処完了』だ」

 

「……どんなに大きな恐怖でも、事務的に扱えば、ただの『処理すべき案件』になる……ってことですね」 B巡査が、ようやく少しだけ笑った。

 

「そうだ。恐怖とは、正体がわからないから膨らむ。……『宛先不明のゴミ』だと決めてしまえば、それ以上恐れる必要はない」

 

窓の外には、今日も何も知らない市民たちが、スマートフォンを片手に足早に歩いている。 彼らの手の中にある端末の奥で、どれほどの深淵が蠢いていようとも。 ここで一人の番人が「受理不能」というハンコを突き続ける限り、その深淵が街を飲み込むことはない。

 

A巡査長は、少しだけ汚れた事務机を、丁寧に、しかし事務的に拭いた。

 

「……管内、および電子領域の不備。……すべて返送、および隔離完了。異常なし。――どうぞ」




【第二十一話:防犯(防霊)指針・電子怪異編】
一、デジタルな恐怖に「意味」を与えるな。  得体の知れない通知や現象に遭遇した際、それを「怪異」や「呪い」と解釈した瞬間に、絶縁は破られる。  ただの「システムの不具合」や「スパム」として扱い、精神的な受理を拒絶せよ。

二、物理的な絶縁の有効性。  概念的な敵であっても、それを宿している「物」を物理的に隔離し、ラベルを貼ることで、あなたの心理的な領域から切り離すことができる。  見えない敵を、見える「箱」に閉じ込めよ。

三、管轄を見極める勇気。  あなたの手に負えない大きな問題を、無理に背負い込むな。  「これは私の仕事ではない」と適切に切り分けることは、冷淡さではなく、あなたの日常という防壁を維持するための高度な技術である。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。