【異常なし】——深夜警邏、境界の記録 作:Gemini 3
【警告:承認欲求の不当徴収、および二次精製された神格への依存】
本章を読み進める前に、防犯上の観点から以下の「番人」の心得を再確認せよ。
一、その「救い」の出所を確認せよ。 画面越しに与えられる安価な肯定や、手軽な奇跡。それらがどのような工程で生成されているかを知らぬまま享受することは、盗品を買い取るのと同じである。 あなたの純粋な感情が、知らない間に「燃料」として精製されている可能性を疑え。
二、無価値な「神」は量産されている。 現代の偽神は、深淵から這い出る怪物だけではない。 人々の「いいね」や「承認」を、事務的な工程で圧縮し、神格という名のメッキを施した「合成神格」が、今日もどこかのサーバーで製造されている。
三、執着を「廃棄」する勇気を持て。 不正に収集されたデータは、持ち主に返却することはできない。 それらを未練なくシュレッダーにかけ、無価値なゴミとして処理すること。それが、ロンダリングされた偽神を消滅させる唯一の事務手続きである。
【第三十三話:本文】
「……こちら地域二。〇〇地区、雑居ビル『サンライト・プラザ』四階。……付近住民より『異様な電子ノイズと、焦げた線香のような臭いがする』との通報。……現在、臨場中。――どうぞ」
A巡査長が無線を切り、古びたビルの階段を上がる。 背後を追うB巡査は、四階に近づくにつれ、スマートフォンの画面が激しく乱れ、耳の奥で大勢の人間が啜り泣くような不快な共鳴音を感じていた。
「……巡査長、ここ、表向きは『SNS運用コンサルティング会社』になっていますが、この気配……普通じゃありません。感情の密度が、物理的に重い」
「……ああ。……承認欲求という名の『生体資源』を、無許可で加工している臭いだ」 A巡査長は、四〇四号室の扉の前に立つと、躊躇なく「警察です。立ち入り点検を行います」と告げ、ドアを開けた。
室内は、不気味な光景だった。 最新鋭のサーバーラックが並んでいるが、その配線には無数の「祈祷用の数珠」や「誰かの髪の毛」が編み込まれている。モニターには、SNS上の『助けて』『すごい』『羨ましい』といった無数の投稿が滝のように流れ、それらが中央の巨大なカプセルへと吸い込まれていた。
カプセルの中では、半透明の黄金色をした「仏の形をした泥のようなもの」が、脈動しながら蠢いている。
「……ナ、何者ダ……! 営業妨害ゾ……!」 奥から現れたのは、高級スーツに身を包んでいるが、顔の一部が「崩れたQRコード」のように変質した男だった。その背後には、カプセルから供給されるエネルギーで実体化しかけた、歪な偽神の幼体が浮遊している。
「……警告。……当職らは、付近住民からの騒音および異臭の通報により臨場した」 A巡査長は、デスクの上に置かれた『信仰精製計画書』を事務的に手に取り、パラパラと捲った。
「……B、これを見ろ。……ここではSNSで収集した不特定多数の『依存心』や『羨望』を、この独自のサーバーで圧縮。不純物を取り除いて『純粋な信仰エネルギー』へとロンダリング(洗浄)している。……これをあのカプセル内の合成神格に投与し、人工的に『神』を製造・運用しているわけだ」
「神様を……作っているんですか?」 B巡査が息を呑む。目の前の偽神は、恐ろしい魔物というより、無理やり接ぎ木された「欠陥品」のように見えた。
「……ああ。……だが、原材料の調達プロセスに重大な瑕疵がある」 A巡査長は、男に向かって一通の**『不当資源徴収に関する是正勧告書』**を突きつけた。
「……貴公が行っている行為は、ユーザーに無断での感情資源の二次利用、および因果律の不適切な転換だ。……人々の『いいね』を、本人の合意なく『神への祈り』へと精製し、それを私物化することは、現世の法規および事務上の倫理規定に明白に違反する」
「……フ、フン……。何ガ違反ダ。……彼ラハ、救イヲ求メテイル。……我ハ、ソレヲ『形』ニシテヤッテイルノダ……!」
「……形にしているのではない。……安価な代替品を与え、依存を永続させているだけだ。……これは救済ではなく、感情の『ロンダリング』による不当利得だ。……よって、現時刻をもって本地点の全ての設備を『不法投棄された有害廃棄物』として定義し、その全機能を停止させる」
A巡査長がバインダーを叩いた。 「B! 清掃だ。……物理的な掃除ではない。……このサーバーの『論理的抹消』を行え」
A巡査長が取り出したのは、一本の古いUSBメモリだった。そこには、署の管理課が作成した「因果の初期化プログラム(お祓いの電子版)」が格納されている。
「これをメインコンソールに挿せ。……不正に収集された『執着のログ』を、全て無価値なゴミとしてシュレッダーにかけろ!」
「了解!」 B巡査は、抵抗する男を制圧しながら、激しく火花を散らすサーバーにUSBを突き立てた。 「……他人の心を、勝手に燃料にするな! ……全ての執着、削除(デリート)開始!」
モニターの画面が、一瞬にして真っ赤な『INVALID DATA(不備のあるデータ)』という文字で埋め尽くされた。 カプセルの中の「合成神格」は、供給源である承認欲求が「ただのゴミ」として処理された瞬間、形を保てなくなり、水のように崩れ落ちた。
「……ア、アガ、ガ……! 我ガ、神格ガ……、資源ガ……!」 男の顔のQRコードが激しく乱れ、彼はそのまま、ただの「虚言癖のある詐欺師」という矮小な存在へと格下げされ、床に伏した。
数分後。耳鳴りは止み、室内のサーバーはただの鉄屑へと成り果てた。 B巡査は、シュレッダーのダストボックスから溢れ出した、真っ白な紙吹雪(のように見えるデータの残骸)を眺めた。
「……巡査長。これ、この人たちの『心』だったんですよね」 「……いや。……事務的に処理された以上、これはもう『心』ではない。……ただの、廃棄されるべきノイズだ」
A巡査長は、動かなくなったカプセルを一瞥し、静かに扉を閉めた。 「……どんなに神々しく着飾っても、出所が不透明な力は、最後には不備として却下される。……B、忘れるな。……本物の信仰は、工場のラインでは作れん」
B巡査は、自分のスマートフォンの画面を消した。 そこには、自分自身の「生きた顔」が、黒い画面に映っていた。
「……こちら地域二。……雑居ビル四階における不当資源精製事案、全設備の強制停止により結了。……対象は適切に廃棄処理されました。……異常……なし。――どうぞ」
【第三十三話:防犯(防霊)指針・感情管理編】
一、デジタルな「救い」に資源を渡すな。 画面越しの称賛や、手軽な依存。それらはあなたの心を豊かにするものではなく、偽神の燃料として「精製」されるための原材料であると疑え。 あなたの感情を、無認可の工場に不当徴収させてはならない。
二、不純な「神格」を格下げせよ。 どんなに美しく、慈悲深く見える存在であっても、その力が「他者の執着」をロンダリングして得られたものであるなら、それはただの「合成品」である。 その本質を「廃棄物」と定義する勇気が、あなたの精神的自立を守る。
三、リアルな「音」と「汗」で清掃せよ。 ネットワーク上の不確かな繋がりよりも、自分の身体が立てる掃除の音、仕事の汗を信じよ。 物理的な現実の積み重ねこそが、ロンダリングされた偽りの世界を「不備」として却下する最強の武器となる。