イントロ
「じゃあ、お疲れ様。セスくん」
「はい、お疲れ様です班長!!」
やたらと元気のいい後輩の声。事務所に響くソレを背中に聞きながら、私は治安局を出る。
ラマニアンホロウ。要警戒エーテリアス・パエトーン────そして、並行世界。夢や物語の中の出来事とまで思ってしまうようなあの案件があってから、二週間の月日が経った。
・・・・・・『パエトーン』は無事討伐。私と『トリガー』さんが連れ帰った
『こんな結末────ッ、間違ってる!!』
あんなの、報告できるわけがない。
エーテリアスと化した彼女の兄。独特な外骨格に包まれた身体が、みるみるうちに・・・・・・まるで、ビデオの巻き戻し機能でも眺めているように。その身体が人のソレに戻って行く光景は、今でも瞼にこびりついている。
正直に報告したところで鼻で笑われるか、信じられたところでリンさんの身が研究機関や然るべき機関に囚われるか。
ブリンガー長官が裏で讃頌会と繋がっていた事実がある以上、私は報告書に嘘を書き連ねるしか無かった。
「エーテル進行の減退────並行世界、ね」
私が知らない世界。私が知らない道筋。
インターノットで名を馳せるプロキシの二人組。あの二人と友人関係にある、あちら側の私は────それよりも、私の掛け替えの無い友人はどうしているのか。
聞きたい気持ちはあった。けれど、怖くて聞けなかった。だから私とリンさんの関係性を聞くことで疑問に蓋をして。湧き出るソレを、無理やり押さえ込むことを選んだのだ。
ルミナスクエアのデパートに寄って、彼女の好物のメロンを買って。
向こうの空を茜色が染め上げた頃、私はH.A.N.D.が経営する総合病院に辿り着く。
見慣れた受付のお姉さんに挨拶を済ませ、そのまま廊下へ。目的の病室の扉に手をかけて、私は大きく呼吸する。
・・・・・・一応手荷物から鏡を取り出し、自分の顔を確認して。疲れた顔をしていないか、だとか。クマは出来ていないか、だとか。
そして目一杯に、いつもの笑顔を作った。
引き戸を開く。窓の向こうから差し込む夕焼けに一瞬目を焼かれて。ベッドの上の彼女が、私を見やる。
「・・・・・・ああ、
「こんばんは、
「変わらず、だ。今日もこうして、ベッドの上で外を眺める修行をしている」
「もう、修行は辞めてって話はしたでしょう? 貴女がするべきなのは療養」
────新エリー都を騒がせた事件。
ブリンガー長官がサクリファイスと呼ばれる生命体に変化し、讃頌会と共に私たちと
彼女────当代の虚狩り、星見雅は、現役を退いた。
私がもっと強ければ。私にもっと、力があれば。
未だに胸に残るしこりと後悔。その正体だ。
◇◆◇
最強の
それはウチら一般人からすれば『光の差し込まない世界』のようなモンで、行先も見えず希望なんてモンもない。この世に生きる人間はただでさえ暗い方向を向いて生きとるんやし、道筋示してくれる大きな背中は必要不可欠だと思うんよ。
「せやから今日も、ボクは汚れ役を買って出るワケですわ」
「・・・・・・また来たんですか、
「ヤだなァ〜何度も
ボクの目の前でこれでもかってくらいに大きなため息をつく月城課長は、前回会いに来た時に比べてだいぶ疲れているように見て取れた。
「そろそろアンタも自覚してきた頃やと思うんよ。星見雅が居ない世界・・・・・・あの子がどれだけ太い柱として、この歪な世界を支えていたか」
「────、────」
「あちこちに出現する共生ホロウ。中でも十二分街の『ゼンレス限界』迎えて原生ホロウになった────アレは名前なんて言いましたっけ?」
「・・・・・・名称は付けられていませんね」
「そーでしたっけ? まあホラ。そんなことしてる余裕すらあらへんのやろ?」
明確な脅威が失われたことで、各地で勢いを増す暴徒。とてもカタギとは言えへんヤツら。
治安官の汚職。『最強』の虚狩りの引退。あちこちで広がり脅威を増してくホロウの数々は、まるで新エリー都市民の不安を具現化しとるようやった。
月城課長が眼鏡を外して、自分の目頭を強く揉む。まるで殺気でもこもったような目つきでボクを見つめれば、眼鏡を掛け直し、視線は明後日の方へと逃げてった。
「けど。最初に会った時に、貴方には言ったはずです。私は星見雅の代わりにはならない。・・・・・・代わりには、なれない」
「ボクも最初に言うたはずですよ。アンタに星見雅になれって言うとるワケやない。アンタが『虚狩り』の肩書を貰いさえすれば、ボクがアンタにハクを付けたる。アンタには見合った実力もあるし・・・・・・そのための情報ならいくらでも持っとる、ってね」
「────こうして話す度にいつも思いますけど、本当・・・・・・貴方は何者なんですか?」
「ただの一般市民」
「ただの一般市民が頻繁にホロウを出入りするんですか? 詰めが甘いですよ」
「ボクの詰めが甘いんじゃなく、オタクの『副課長』のストーキング能力が高いんと違います? あの湿度の塊みたいな男、
ホントにキショいねんアイツ。単純に嫌い。いっつもニコニコしとる癖に、笑顔の下ではずぅっとボクに対して『余計なことすんな』って感情を隠しとる。ボクは心の底からこの世の平和を願っとるだけやのに。
ままま、閑話休題。別にボクはこの子と楽しいお話しにきたワケと違うし。
「鬼との戦争を終わらせるために、鬼の長の血をその身に取り込んだ半人半鬼。ストーリー性は最年少の虚狩りには負けへんとボクは思いますよ。いつだって一般市民は物語に惹かれるモンやし。ツラも悪くあらへんし」
なんて言葉を並べた途端。ボクに向けられてた殺気がその濃さを増す。
月城課長が持っとった書類が宙を舞う。途端に背中へ衝撃が走り、怒りに歪んだ綺麗な顔がボクへと近づけられた。
「あら、ガチ恋距離」
「────馬鹿にしてるんですか?」
ボクの胸倉を掴んだ彼女の掌が小さく震える。眼鏡の向こうで震える鋭い目つきは、怒りの炎に燃えとるんに心底冷たい。トコトン嫌われたモンやね、ボクも。
「私はそんなことのために彼女の血を継いだんじゃありません。何度来られても、何度言われても答えは変わりません。私は『虚狩り』にはならない」
「ジブンもいつ戦えなくなるかわからんから、ですか?」
「────、────ッ!」
視界の隅で拳が握られた。腕が消えたかと錯覚するほどの速度で振り上げられる。ああこりゃ、一発もらうんもしゃーないかな、なんて考えていた所で、
「課長」
噂をすれば影、なんてよく言ったモンで。ボクが心底気に入らんヤツの声が、辺りに響いた。
「・・・・・・副課長」
「ダメですよ、月城さん。どこで誰が見てるかわかんないんですから、そんなつまんないヤツに暴力振っちゃ。ねえ、巴くん?」
ソイツはカツ、カツ、と甲高い足音を立てながら。満面の笑みでボクと月城課長に歩み寄ってくる。そのまま掌を緩く振れば、
「どうやって毎度
「邪魔しとるつもりはあらへんよ。ボクはこの世の平和を心の底から願っとるだけや」
「あっそ。まあどうでも良いけど。少なからず今日のところは帰ったほうがいいんじゃない?」
胸倉を解放され、衣服を整える最中。月城課長からチラリと向けられたその視線は、『さっさと帰れ』と言ってるようで。思わず肩を竦めて苦笑いが漏れてしまう。これ以上は藪蛇か。
「ま、そうさせてもらいますわ。お邪魔しました、と」
これでここに来るのは四回目。何度来ても話は平行線で、月城柳は意地でも頷かない。今回、未遂には終わったけど暴力まで振るわれそうになってしもうた。おっかない、おっかない。
ダメな時はちゃんと退く。無理な話は押し付けない。これはこの世界で生きてく上で必要不可欠であり、
「こりゃ、月城課長は諦めた方が良さそうやね」
誰に向けたわけでもあらへん独り言。何とも無しに放ったソレが、ボクの足音に溶けていく。
また無意識のウチに漏れ出たため息は、もはやボクの癖になっとるみたいやった。