P.ZZZ 虚満ちる、壊れた世界。   作:悠問追

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Chapter9『衝突』

 吹き荒ぶ風が頬を撫でる。体を冷やす冷たい風に、混ざっているのは殺気によく似た感覚であった。

 私の中でゆーちゃんが警報ブザーを鳴らしている。けたたましいソレを意識の外にやり、視線は目の前の怪物に向けて。内部のスイッチを切り替え、戦闘モードに移行────身体から稲妻が四方八方に散るのを横目に、息を長く、長く吐く。

「おねーちゃん」

 巴の言葉に小さく頷く。言いたいことは理解できた。

 空裂閣の〝何処〟が怪しいのかわからない以上、私たちはこれから内部を探索しなければいけない。

 

 この怪物と追いかけっこしながらの探索は、得策ではない。

 ここでコレを倒し、先に進むのが一番良い。

 

 目の前に無数のウィンドウが開く。ゆーちゃんが怪物を解析してくれているのだろう。

 今まで見てきたどのエーテリアスにも該当しない。ウィンドウが開閉を数度繰り返した後で、

『該当データ、あったよ! これは────』

 開かれたのは、H.A.N.D.の機密ファイルから引っ張り出されてきた研究データ。

『────識別名、サクリファイス・・・・・・!』

 ポートエルピスで、虚狩り・星見雅に討伐されたソレに近しい個体であった。

「▂▅▇▇▇█▂▇▂!!!!」

 怪物が────サクリファイスが吠える。肥大した両腕をダラリとぶら下げ、腹部では大きく口と思われる部位を開けて唾を前方に撒き散らしながら叫びを上げた。

 今は聴覚情報は邪魔だ。〝音〟に充てていたリソースを視界に集中する。外界から音という形で送り込まれる情報をシャットアウト────何よりあの叫びは、聞くものの恐怖を煽るような波長のモノだから。不快で不快で仕方がなかった。

「────ッ、!」

 地を蹴る。同時に両掌の銃口から空気弾を発射して、その勢いと衝撃を乗せて前へ、前へと跳躍。

 相手の動きの予測はゆーちゃんに任せる。私は身体の操縦と、戦意を研ぎ澄ますことだけに集中すれば良い。

『輝夜、右腕! 横薙ぎ大振り!!』

 ゆーちゃんの推測はいつだって完璧だ。だから全幅の信頼を置いて回避行動を取れる。

 跳躍の勢いは殺さない。つま先で地を蹴りハンドスプリング────反り返った背中を何かが掠める気配。ダメージはない。そのままつま先の銃口から、砲撃の勢いを乗せて、サクリファイスの頭部に踵を落とす。

 空気弾の発砲、発砲、発砲。ダン、ダン、ダン、と衝撃が身体を揺らし、踵が硬い何かにめり込んでいく感覚がある。

 手応えはある。けれど────、

「         」

 また、咆哮。聴覚デバイスをオフにしていてもわかる。身体を衝撃が伝ってくる。

『輝夜、翔んで!』

 ゆーちゃんの声に反応して跳躍。けど、僅かに遅かった。

 ぐん、と視界が縦にグラつく。左足首を掴まれたらしい。脚部パーツを一旦パージ────は、良くない。コイツを相手にするのに機動力が削がれるのは避けなきゃダメだ。

 身体が宙を舞う。衝撃に備えて、頭を抱え身体を丸める。

 まるで玩具のように私は地面に叩きつけられた後で、私の身体は軽々と投げ捨てられた。

 衝撃。視界にノイズ。簡易的なメディカルチェック────軽症。戦闘継続、問題なし。引っ掴まれた脚部ユニットも、特に問題なく反応を返してくれた。

 視線を巡らせれば、飲み屋のホールに私は突っ込んだらしい。壁に空いた穴の向こうで、サクリファイスが私に駆け寄ってくるのが見える。

 ・・・・・・思ったより足が速い。構え直す隙がない。壁の穴を更に広げながら店内へと入り込んだソイツが、右腕を大きく振り上げる────。

「・・・・・・っ、ふ、!」

 小さく息を吸う。吐く。思考はクリアに。振り下ろされた右腕に掌底。掌の銃口からエーテル弾を撃ちつける・・・・・・が、手応えはあれど攻撃は止まらない。ダメージの類も見受けられない。

 

 ────僅かに跳ね上がった腕。それでも勢いが死なない。

 

 身体を半回転。腕の振り下ろしを躱す。

 そのままの勢いで裏拳。頭部に直撃。それでも、左腕の拳を構えるのが見えた。

 跳躍。拳を躱して、ここでひと呼吸。

 

『丈夫だなコイツ・・・・・・!!』

 ゆーちゃんの言う通りだ。だいぶ硬い。攻撃は通っても、全てが決定打になっていないような感覚。タフだなあ、なんて場違いな程にぼんやり思った。

 外部への攻撃が通用しない。なら、

『最初の咆哮の時、口の中にコアみたいなのが見えた! それが弱点かも!』

「────、────!」

 同意見だった。肉体、硬い外殻。それで覆い隠しているということは、内部に何かしらの弱点があるだろう、と。

 両掌から空気弾を射出。急速で落下し、膝を折って衝撃を殺し床に着地する。

 眼前。腹部の大きな口。上顎と下顎にそれぞれ手を添え、無理矢理開こうと力を込めた。

「          」

 ────ギシ、ギシ、ミシ、と私の両腕が軋むのが伝わってくる。指の人工皮膚が剥がれていくのがわかる。目の前には無数のアラートが浮かび、視界の隅には火花が散った。

 咬合力が強すぎる。私の力ではコイツの顎を開けない。駄々をこねるようにサクリファイスは身体を捩り、振り回される形で私は宙を舞い、それでも手は離さない。

「────ぁ、っ、」

 耐えきれない。吹き飛ばされた。床を何度もバウンドする形で転がり、追撃の拳が私の身体を打ちつけ、また店外へと────、

 

 硬い身体。あそこまで執拗に嫌がるような動き。多分、私たちの推察は正しいんだろう。

 巴が連絡していた相手。ハリンが居れば、少しは戦況も変わっていたかもしれない。いや、これは無い物ねだりだ。現状配られた手札で勝負するしか無い。

 けど、このままだと・・・・・・。

 

『大丈夫だよ、輝夜! なんとかなりそう!』

 

 ◇◆◇

 

 地を揺らすほどの咆哮。思わず僕らは両耳を押さえ、胸の内から恐怖を煽られる感覚があった。

 異様なエーテリアス。異形のエーテリアス。僕が変容していたモノとはまた何処か違い、生物的恐怖をも煽るソレ。

 不気味なほどに膨れ上がった両腕と、頭部にはヒトツメ。腹部には巨大な口が、顎があり、ソレが大きく開かれているのが見て取れた。

 咆哮の最中輝夜ちゃんが駆け出す。辺りを揺らすほどの咆哮が止んだ後、

『該当データ、発見。特異型エーテリアス・サクリファイスと予測』

「サクリファイスってーと、ポートエルピスのアレと同じか?」

『肯定。ブリンガー副長官が変容したモノに近しい個体かと』

 Fairyと巴くんの会話が聞こえて来る。僕らはその怪物────サクリファイスと、輝夜ちゃんの戦闘を眺めている他ない。

『巴さん! さっき口を開けた時、中にコアみたいなのが見えてたよ。輝夜ちゃんに教えてあげないと────』

「いや、そんくらいなら多分ゆーチャンかおねーちゃんが気づくやろ。リンチャンがわざわざ教えに行って、戦闘を邪魔する方が悪手。そも、おねーちゃんは戦闘に集中する時聴覚デバイスを切るんよ。目に見えるものに集中したいとか、リソースが足らへんとか何とかで」

 なら僕らが近くに寄ったところで確かに邪魔になる。かと言って何もせずに、こうして眺めているだけというのも歯痒かった。

 輝夜ちゃんの足が掴まれ、体が振り回される。何処か遠くへと投げ捨てられた辺りで、思わず僕は掌を強く握った。

 

 ────この義手に込められた能力を、

 

『報告。輝夜の力ではサクリファイスの顎を開けない、とのこと』

 ・・・・・・ならこの状況を解決は出来ない。アイツにこの能力(・・・・)が使えたところで、一時的に動きが止められる程度だ。

 何か、何か無いか────。

「イチかバチか、か」

 無い、わけじゃ無い。けどこれは、義手の能力と同じか────それ以上にリスクがある。

 巴くんの反応を見るに、サクリファイスとの遭遇は予想外。予想外の案件に対応するには、それ相応のリスクは必要だろう。

 息を吸って、吐く。僕の呟きに反応してこちらを見上げるリンに・・・・・・Fairyに、僕は問いを投げかけた。

「Fairy。この近くに工事現場は無いかい? 重機が置きっぱなしになっているなら、何でも良い」

 

 ◇◆◇

 

『大丈夫だよ、輝夜! 何とかなりそう!』

 目の前で振り上げられる異形の拳。それを躱そうと構え直したところで、ゆーちゃんの言葉が思考を遮る。思わず頭上に疑問符を浮かべた、その刹那。

「        」

 拳を構えていたサクリファイスが、凄まじい勢いで視界の外から飛び込んできた鉄の塊に吹き飛ばされた。

 鉄の塊に視線を向ける。頼もしいほどに大きな背中。そこには掠れた塗装で、『白祇重工』と書かれていて。

 

 ────白祇重工制の、重機・・・・・・?

 

 太く、長い両腕のようなアーム。脚部にはカタピラ。陽の光を浴びて黄色く輝くそれは、私のメンテナンスを定期的に行ってくれている女性が、かつて所属していた会社のモノであった。

 チラリと視界に映った操縦席には誰も座っていない。

 聴覚デバイスを再接続する。視線を巡らせれば、瞳を淡く輝かせたアキラくんと目が合った。

「長くは保たない、一気に決めよう!!」

 そんなことも出来るのか、と感心したのも束の間。アキラくんの悲鳴まじりの言葉が耳に届き、私は小さく頷きを返す。

 ────構えを取る。重機の力があれば、あの顎をこじ開けることも可能だろう。

 キャタピラがコンクリートの地面を踏み締め前進する。吹き飛ばされたサクリファイスが立ち上がり、重機のアームと組み合った。

 衝突音。地面が揺れ、機体が軋む音が聞こえてくる。私はその両者の間に滑り込み、

「────ッ、!」

「▃▄▄▟▞▟▜▞▂▇█!!」

 頭部のヒトツメを目掛けて、エーテル弾を発砲。流石にこれは効いたらしく、悲鳴をあげながらサクリファイスがたたらを踏む。

 好機。重機がサクリファイスの背後に回り込み、両顎をアームが引っ掴み────こじ開ける。

 口の中。喉と思われる部位の、その中心。無数の肉が纏わり付いた、コアのような物が露出した。

 口の中に右腕を突っ込む。コアを掌で引っ掴む。私の内部のトリガーに意識を向けて、

「ッ、ッ、!! ▃▄▄▟▞▟▜▞▂!」

 発砲。発砲。加減なしに、勿体ぶらず。残弾は気にするな。決めきれ。まだこの個体が潜んでいるかもしれない、とか。後のことは後に考えれば良い────。

 悲痛の声をあげる怪物。痛みに悶える異形。大丈夫、攻撃は通っている。

 発砲の勢いで後退する身体。左手で空気弾を放って勢いを殺す。コアにヒビが入ったのを目視した、その途端。

「────ぁ、づ」

 痛み。目の前に火花が散り、幾つかのエラーメッセージが目の前に表示される。

 アームが顎から外れ、両顎が私の腕を噛みちぎらんばかりに噛み締めて────、

『輝夜!!』

「ごめん、輝夜ちゃ────」

 大丈夫。腕は繋がってる。幾つかの機能は持ってかれたけれど、まだ撃てる。

 

 攻撃の手を止めるな。撃て、撃て、決めきれ────!!

 

 ミシミシと腕が軋む音。喧しいほどの警告音。ソレに嫌気がさした辺りで、

 

「────ふ、」

 

 ようやく、怪物が沈黙する。

 ゆっくりと膝を降り、だらしなく開いた口は私の右腕を解放して。

 体の端からエーテルの粒子となって溶けていくのを視認してから。私はようやく、肩の力を抜いた。

 

 ◇◆◇

 

「これでヨシ、と」

 輝夜ちゃんによって気絶させられた讃頌会の連中を麻縄で縛り、ひと仕事終えたように手を叩く巴さんを見上げる。

 結論から言えば、空裂閣の内部にはこれといった収穫は無くて。数少ない讃頌会の連中が、私たちを襲ってきただけだった。

 まだサクリファイスみたいな特殊個体が潜んでいるかもしれない、というお兄ちゃんと輝夜ちゃんの心配は杞憂に終わり、私は内心胸を撫で下ろす。

 

 残された未探索の場所は展望台だけ。連中が何か隠してるとすればそこだろう。

 

『にしても輝夜ちゃん、本当に大丈夫?』

 視線を巴さんから、その隣に立つ輝夜ちゃんへ。私に笑みを向ける彼女の右腕は、人工皮膚が剥がれて機械部が丸見えになって居る。装甲も傷やら穴やら付いていて・・・・・・見ているだけで痛々しい。

『もう一回サクリファイスと戦えって言われたら僕も輝夜も厳しいけど、対人戦くらいなら問題ないよ。ホロウを出たらちゃんと修理してもらおうね、輝夜』

 輝夜ちゃんの代わりにGhostが応え、それに輝夜ちゃんが頷く形だ。本人たちがそう言うならそうなんだろうけど、やっぱり心配ではある。

『僕らの傷は自業自得、みたいなところがあるからね。讃頌会の〝できること〟や戦力が解らなかったにしろ、流石に見通しが甘すぎた。輝夜だけでサクリファイス討伐は厳しいよ。ね、巴?』

「はいはい、ボクが悪ぅござんしたよ。普段から交友関係広げておくべきでした。反省してます」

『あ、あはは・・・・・・』

 サクリファイスは何とか討伐できた。それは確かに結果論ではある。

 けどまあ、巴さんの早く何とかしたいって気持ちだってわかる。私も六分街が同じことになったら、同じ選択を取ると思う。だから私は苦笑いを返す他ない。

 で、心配しなきゃいけないのはこっちもだ。

『お兄ちゃんは? 問題無い?』

「え。ああ、僕かい?」

『そりゃあお兄ちゃんも心配だよ』

 お兄ちゃんだってかなりの無茶をした。

 あの時動かしていた重機。アレが放置されていたのは、ここから二キロ近く離れた場所だ。

 Fairyから細かい位置情報や座標を聞いていたにしろ、そこまで離れた機械の制御権を掌握して、ここまで走らせてきたんだから。私も似たようなことが出来る────とはいえそんなに距離の離れたものをアレコレはできないけれど────からこそ、その労力としんどさは理解できる。

「無茶、と言われても仕方ないけれど・・・・・・アレ(・・)の影響かな。範囲がかなり広がったんだ。少し身体がダルいけれど、特に問題はないよ」

『・・・・・・その報告も私受けてない。帰ったら色々共有ね』

「・・・・・・はい」

 ま、お兄ちゃんのお説教はとりあえず後に回して、だ。

 部屋は全て探索し終えた。あとは展望台だけ。エレベーターに電力が通っているのは確認済みだし、軽くジャンプして扉横のボタンを押下する。

 一階に待機していたらしいエレベーターはすぐにその口を開いて、私たちを迎え入れてくれた。

 

 ほんの少し重力が増す感覚。右側面、左側面、そして背後の壁がガラス張りになっていて。何ともなしに私たちは視線を外に向けた。

 視界が高くなっていく。ケセドホロウのほぼ全域が見下ろせるほどに。展望台がホロウから飛び出る形になって居るんだから当たり前か。

 そして、沈黙がほんの少し続いて、

 

「────?」

 

 違和感に最初に気づいたのは、輝夜ちゃんだった。

 

「・・・・・・なるほどな。安定してたホロウが急にこんな成長するとか、違和感があったんよ」

「いや、にしたってこの光景も────」

 

 私たちの視線の先。かなり高くなった時点で街を見下ろして居る私たち。

 ケセドホロウほぼ全域を見下ろす、その中に。

 

『もうひとつ、ホロウ────?!』

 

 ホロウの内側に、もうひとつのホロウ。

 初めて見るその光景に、私は思わず目を疑った。




アルテミスの二人、強キャラ感出しながら出てきた割には見通し甘いな、などと思いつつ。
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