・・・・・・十二分街に共生ホロウがある、という話は聞いたことがある。かなり安定していて何の危険性も無い、という話も。
『じゃあ、何? つまり十二分街にあったホロウを覆い隠すように、もうひとつのホロウが生まれた────それが、ケセドホロウ・・・・・・ってこと?』
巴さんの言い分からするとそういう話になる。けれど、
『い、いやいや有り得ない。こんなに急速に、突然大きなホロウが生まれるなんて、』
「でも目の前ではそうなっとる。目に見えるものが全てやろ」
『そうだけど・・・・・・』
目に見えることが全て。今目の前で〝そう〟なっているんだから〝そう〟なんだろうけど。
・・・・・・Fairyの検査結果が出る。私たちの視線の先にあるもうひとつのホロウは、本来の十二分街に存在するホロウで間違いは無いようだった。
「ま、展望台につけば何かしら解るやろ」
そんな呑気とも取れる巴さんの呟き。その瞬間、エレベーターの天井から────ガン、と。何かがぶつかる音が聞こえてきた。
『何────!?』
「お客さんか。忙しないなあ、ホンマに」
咄嗟に掌の銃口を天井に向ける輝夜ちゃん。ノータイムで発砲し、狭いエレベーターの室内に数回の銃声が響く。が、
『当たってない────後ろ!!』
丁度私たちが背中を向けていたガラスの壁。背後を振り返った途端、ソレがけたたましい音を立てて割れ、床に散乱する────。
「猫宮・・・・・・!!」
顔の前で両腕を交差して自身の顔を守りながら、エレベーターに侵入してきたのは猫宮又奈。そのままの勢いで着地すると地を蹴り、凄まじい速度で輝夜ちゃんの懐に潜り込む。
「────ッ、!」
対応が間に合わない。強く睨みつけたまま猫宮は輝夜ちゃんの襟首を掴んで、そのまま。
「おねーちゃん!!」
割れたガラスの壁から、外へ放り投げた。
◇◆◇
多分何処かから、彼女はさっきの戦闘を見ていたのだろう。
パエトーン、そしてアルテミス。その中で主に戦えるのは私だけ。だから、私さえ排除してしまえば対処は容易い。
奇襲としてはこれ以上にない正解。私たちをどうしたいのかわからないけれど。
ま、さっきの戦闘で見せてないモノはあるし。全然戻れるから良いんだけどね。
右腕を振りかぶる。そのまま仕込みワイヤーのスイッチを入れて────、
「────!?」
ワイヤーが、飛ばない。嘘、このタイミングで・・・・・・、
『そっか、あの時!』
サクリファイスの顎に噛まれた右腕。視界に映った幾つものエラー表示。
そうか、あの時に機能が持っていかれて────!
視界が、下に流れていく。落ちていく、落ちていく。この高さから落ちたら流石に助からない。
空気弾で徐々に勢いを殺していけば、或いは。けど残弾が足りるかどうか。
────嗚呼、見通しが甘いのは巴だけじゃない。私もだったみたいだ。
◇◆◇
『時にアキラくん。カラスは何色だと思う?』
調整が終わった義手を僕の右腕に取り付けながら、グレースさんは不意にそう問いかけてきた。
『この義手に付与された能力について説明してくれるんじゃなかったのかな?』
・・・・・・脈絡が無さすぎてイマイチ意図が理解できない。質問に質問で返すのはどうかと思うけれど、思わず首を傾げながら問いかける他なかった。
『これもその
『そうかい? ・・・・・・カラス、カラスか』
カラスといえば、あのカラスだろう。今朝もゴミ捨て場に群がり、ネットと悪戦苦闘しているのを見た記憶があった。
『黒、じゃないのかな。僕が思い浮かべるカラスと、貴女が思い浮かべるカラスに乖離がなければ────の話になってしまうけれど』
『そうだね。カラスは黒い。それが、世間一般的な意見だろう』
ほんの少し間抜けた会話。当然のことを確認しあうだけのやり取り。この会話に意味が見出せなくて、眉間に皺が寄るのがわかった。
そんな僕を尻目に、グレースさんは言葉を続ける。
『じゃあ、何でカラスは黒いんだろうね?』
『何でって、そりゃあ────』
古来からの遺伝子。生きるのに都合が良かったから。様々な理由は浮かべど、
『それはね、人々が〝そうである〟と思ったからだ』
僕の言葉は、グレースさんの応えに掻き消された。
『カラスは黒い。私たちの集合的無意識────認知がそうさせている。旧文明の研究にはなってしまうけれど、アキラくんは二重スリット実験を知っているかな?』
『聞き齧った程度では、あるけど』
『それは結構。・・・・・・この世界は不思議なモノでね。人間が〝そうである〟と認識した通りに姿形を変えて確定する。たまに生まれる白いカラス────アルビノ種と呼ばれるソレは、世界のどこかで【カラスは白い】と主張して、その主張に【確かに白いカラスも居てもおかしく無いかもな】と賛同した何十、何百、何千かの人間の意識と認知の結果かもしれないね』
『────、────』
面白い話ではある。けれど、それを完全に飲み込めない僕がいた。
『あまりにも眉唾すぎるよ』
『信じ難い話かもしれない。けれど、あり得てしまうのもこの世界の面白いところだよ。人々の認知による世界の辻褄合わせ。世界の姿の変化。その結果が、キミの義手に込められた能力の正体だ』
言われて思わず、視線を下に落とす。沈み始めた夕焼けを受けて、怪しく黒く輝く義手を。
『この義手の制作途中、ラボに訪れた人間へとこれに込められた能力の話を決まってするようにした。どういう機能、どういう能力が付く予定だ、と。私はメカニックとしてはそこそこに優秀だからね、誰もがその話を信じて疑わなかった』
『・・・・・・この義手に、色んな人間の認知を集めた、と』
『飲み込みが早いな。良いことだ・・・・・・そう。私はこの義手に様々な人間の認知を集めた。AIに、機械に仕事を────意味を持たせるように。その行為は、【この子はこういう人間になって欲しい】という意味を込め、名前を考える親心が近かったかもしれない。とはいえ、大それた能力は付けなかったけどね。ふと言われ、説明されて、信じられる範囲に収めなければいけなかった。控えめな、現実的な範囲に収めたからこそ・・・・・・この実験は、成功したのかもしれない』
窓の外に放り投げ捨てられ、自由落下を始める輝夜ちゃん。何やら焦りの表情を浮かべるのを見て、僕は咄嗟に割れた窓へと駆け寄る。
「僕が何とかする!」
『その結果、その義手に付与された能力は────』
落下していく輝夜ちゃん目掛けて、手を伸ばす────、
『目に見えるモノを、掴む能力。視界に入っていれば、キミが
────掴んだ。掴んだ感覚があった。遥か下を落下している輝夜ちゃんを、その腕を。確かに掴んだ感覚があった。
◇◆◇
エレベーターの外に投げ捨てられた輝夜ちゃん。中に侵入してきた猫宮。状況が目まぐるしく動いていく。何から手をつけていいのかわからない。
けど、輝夜ちゃんの方はお兄ちゃんが〝どうにかする〟と言ったんだ。どう、何を、どうしてどうにかするのかはわからないけど。私は今はお兄ちゃんを信じる他ない。
視線は前へ。低く構えを取る猫宮に。目があった途端に猫宮は、懐から何かを取り出した。
『ッ・・・・・・注射器!?』
注射器。注射器だ。皮膚に押し当てると、針が出てくるタイプのやつ。
嫌な予感がする。アレを、体に打たせちゃいけない。私の胸騒ぎがそう告げていた────。
思わず駆け出す。歩幅が小さい。速度があまりにも遅い。これは、私じゃ間に合わない。
「おねーちゃんを外に放ったまでは良かったけどな。ボクが何も出来ないとか思われてんのは、流石に傷つくわ」
巴さんの背筋が冷えるような冷たい声と、その同時。発砲音が、再びエレベーターの室内に響く。
視線の先の猫宮の腕が跳ね上がる。床を注射器が転がる音がして、
「流石に護身用の拳銃くらいは持っとるわ。ま、中に入ってんのはおねーちゃんの空気弾とお揃いで大した殺傷能力も有らへんけど。シリオンでも暫く動かすのはしんどいや、ろ!」
驚愕と苦悶の表情を浮かべる猫宮の腕を引っ掴み、巴さんが地面に組み伏せる。シリオンの力があれば抵抗することくらいは出来るだろうけど、その時点で猫宮の表情には諦めの色が乗っていた。
これで、ひと通りの騒動は全て解決。どういう手を使ったのか、どういう原理かはわからないがお兄ちゃんが輝夜ちゃんを引き上げたのを視認したのと同時に。目的地に到着したことを告げる、ベルが鳴る。
『────ぁ、ついた』
エレベーターのドアがゆっくりと開く。とりあえず降りる直前に猫宮が持っていた注射器だけ回収して。そのまま私たちは、展望台へと躍り出た。
・・・・・・気まずい沈黙がある。猫宮は巴さんに両腕を拘束されたまま、虚な目で床を見つめ続けていた。
ど、どうしよう。どうするべきなんだろう、この間。
思わず視線をあちこちに巡らせる。不機嫌そうな巴さん、疲れた様子のお兄ちゃん。それから、いつもの無表情で猫宮を見つめる輝夜ちゃん。
その中で、意外なことに一番最初に口を開いたのは巴さんだった。
「・・・・・・讃頌会と組んで何を企んでたのか。おまえは何を、何処まで知ってるのか全部吐け。おまえの処遇はその後で決めたる」
「・・・・・・、・・・・・・」
「治安官がアテにならん今、ボクらがここでおまえを処分しても良えんやで。ボクらは所詮アウトロー────プロキシだって犯罪者。万一ボクが捕まったとしても、今更罪がひとつ増えたところで大して変わらん」
『ち、ちょっと・・・・・・』
思わず割って入ろうとする私を、輝夜ちゃんが視線と掌だけで制止する。
巴さんの冷たい声音からは、本当にやりかねないと思わせるだけの凄みがあった。けど輝夜ちゃんの瞳は、『大丈夫だから任せろ』と言いたげで。私は、おし黙る他ない。
痛いほどの沈黙が続く。猫宮は捻られていた腕が解放され、それでもその場に座り込んで地面を見つめているだけだった。
「・・・・・・一度、一緒に仕事した仲やろ。おまえを殺すような事させんなや」
「────、────あたし、は」
掠れた声。弱々しい声。猫宮の放たれたその言葉と同時に、堰を切ったように涙が床へとこぼれ落ちて。震えた両手は、床を引っ掻いて握り締められる。
「あたしは・・・・・・ただ、助けたかっただけなんだ。あたしの、大切な人たちを。失ったものを、取り戻したいだけ」
吐き出す言葉の全てが悲痛で。聞いてる私の胸も、締め付けられるような感覚がある。
「だから、だから仕方なかったんだ。讃頌会に手を貸す────このホロウを継続させる。それで沢山の人に迷惑をかける。よくない事だってことはわかってた、だけどあたしは大切な、」
「だからこの街の住人を攫って、ホロウの中に連れ込むのも『仕方がなかった』って言いたいんか?」
けれど、その悲痛な叫びを。感情の吐露を、尚も冷たい声音で巴さんは切り捨てた。
「────へ?」
「聞こえへんかったか? 十二分街の街の住人を攫って、ホロウの中に連れ込んだのも『仕方がなかった』って言いたいんか?」
・・・・・・ここに来て初めて、猫宮の視線が巴さんに向く。酷く困惑して、涙に揺れた瞳が向く。
「そんな、こと」
怯えたように、それでいて────自分の無実を願うように吐き出されたその言葉には、
「あたし、あたしは────知らない。やってない!」
決して、嘘はないように見えたし、聞こえた。
今週はなんか投稿早いな、と思われてるかもしれません。はい、今週は2話投稿です。次の投稿は土曜日に。
来週分の話────Chapter12は9000文字あります。よろしくお願いします。