P.ZZZ 虚満ちる、壊れた世界。   作:悠問追

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Chapter11 『罪と贖罪』

 デッドエンドホロウでの、あの日。

 あたしは巴と輝夜────アルテミスと協力して、爆破されかけていたあの地帯を、そこに住まう人々を救った。

 あの日あたしが手に入れたのは赤牙組の頭としての地位と、英雄という立場。ある種の全能感のようなモノに包まれていた。

 両親を亡くし、ひとりで生きてきて。誰かの下で生きることでしか、誰かの後ろでしか歩みを進められなかったあたしが。

 

 情けなかったあたしが、報われたような気がしたのだ。

 

 あたしとあの地帯の人々、それから赤牙組の面々はポートエルピスに移り住む。あまり大きくない依頼をこなし、沢山の人々に囲まれて平和に暮らしていたと思う。楽しい日々だったと、心の底からそう思う。

 あたしの名前を呼ぶ声は皆暖かくて。あたしを見つめる視線には、尊敬や尊重が含まれていた。

 

 ゴミ捨て場でゴミを漁って生きていたような野良猫(あたし)が、ここまで来れたんだ。

 

 嬉しかった。誇らしかった。楽しかった。

 

 ────満たされていた。

 

 けど、誰かから何かを受け取ることに慣れすぎて。受け取ることしかしていなくて。

 この世に神様というモノが本当に存在するのなら。そんなあたしに、罰を与えたのだろう。

 

 X月X日。あの日、あの時。

 

「あ、ああ────」

 

 ポートエルピスに巨大なホロウが広がり、そして。

 

「なん、なんで────」

 

 火の海が、瓦礫の山が。あたしの全てを奪って行った。

 

 ずっと蓋していた記憶。

 思い出すまいと都合よく鍵をかけて封じ込めていた記憶。

 甘い、温かい幻想で塗り固め、覆い隠してきた記憶。

 

 遠くで暴れる白い化け物とその戦闘音。定期的に鳴り響く斬撃音と暴風。

 その全てに頬を撫でられ、私は火の海のど真ん中で膝をつき、ソレらを呆然と眺めることしかできなかった。

 

 身体のあちこちが痛い。瓦礫の山から脱出できたのは、あたしだけ。

 シリオンという性質が幸いしたのだろう。身体は痛む────だけど、身体が痛むだけ(・・)で済んでいた。

 溢れる涙で視界が霞む。灰を吸い込んで痛む喉が、悲鳴も、嗚咽も漏らすことを許してくれない。

 

 だからあたしは泣きじゃくりながら、その光景を眺めていることしか許されなかった。

 

 奪われた。奪って行った。必死にかき集め、抱きしめようとも。ただの煤と炭になったその全ては、抱きしめた感覚すらもなくすり抜けていく。

 

 蓋をする。鍵をかける。忘れろ、忘れろ。

 ────火の海。大きな揺れ。倒壊していく建物。

 蓋をする。鍵をかける。忘れろ、忘れろ。

 ────泣く暇も無く潰されていく子供たち。助けを求めるような視線。

 蓋をする。鍵をかける。忘れろ、忘れて。

 ────手を伸ばしても、

 頼むから。お願いだから、

 ────何も掴まず、掠めることもせず。崩れて行った。

 お願いだから、忘れて。

 

 ・・・・・・蹲る。頭を抱える。身体と思考を冷まそうと流した汗を、あたしを囲う炎が蒸発させていくのがわかる。

 成す術もなく。ただただ震えるあたしを、

 

「助けてあげましょうか?」

 

 見下ろす誰かが。そこに居た。

 

「・・・・・・苦しいでしょうね。辛いでしょうね。助けた人々によって満たされ、ただ甘受するだけで何も返せず。返す機会も与えられず、全てを逃し────そして奪われて行った」

「・・・・・・さい、」

「そして逃した機会、その全ては。二度と貴女に訪れることは無い」

「うる、さい、」

 

 凄むような声音を出すように努めても。震えて、痛む喉は大声を出してくれない。

 怯えたような声しか、吐き出してくれない。

 頭をあげる。視線を上げる。あたしを見下ろしたその女は、炎が生み出す淡い灯りに照らされて。長い黒髪を靡かせながら、特徴的な緑の瞳を喜色に歪めて。尚も、言葉を続ける。

「それも、我々の神────創世の主が関わらなければ、でしょうけど」

「────、────?」

「最初に言ったでしょう? 助けてあげましょうか、と」

 何を言っているのか、イマイチ理解ができなかった。

「私の元に来なさい。そうすれば、もう一度────」

 理解ができなかった、けれど。

「────貴女の会いたい人たちに、会うことができる。言葉を交わせる。今度は、何かを返せるかもしれないわね?」

 この際、縋れるのなら。神でも邪神でも、なんでも良かったのだ。

 

 ◇◆◇

 

 あたしの話に、誰かが口を挟むことなく。

 ただただ静かに、消え切りそうな声で記憶を辿るその作業は。自分の身を切り刻み、体内から自身の罪を抉り出して、周りの目に触れるように並べていくような感覚だった。

 見られたく無い部位を静かに、ただ静かに見られている。見下ろされている。

「それで、あたしは────サラの元に。讃頌会の協力者になって、それで」

 痛く、苦しく、それでいて冷たい。身体の芯から冷えていくような。

「このホロウを維持する。後のことは好きにして良いって。そうすれば、あの人たちを治してくれるって────このホロウの現象からして、それも不可能じゃ無いと、思ったから」

 苦しくて苦しくて辛くて仕方なかったから。

「で、でも誓って誰かを攫ったり傷つけたりはしてない! 定期的にサラから、ホロウの隅に置かれた荷物を運び込むことは頼まれた。けど、ただの木箱で────い、生き残った赤牙組の仲間と協力して、それも、」

 

 ノイズが、走る。

 

「それ、も、」

 

 記憶にノイズが走る。

 それは、本当に。本当に、ただの木箱だったか?

 

「────、────」

 

 赤い液体が滴っていなかったか?

 生暖かくなかったか?

 箱の中で何かが蠢く気配がなかったか?

 

 そもそも、ソレは。本当に木箱だったか?

 

「ゔ、ぅ、ッ────」

 

 胃液が迫り上がり床に撒き散らす。

 吐瀉物と共に胃の内側から罪悪感が溢れて止まらなかった。

 痛い。頭が痛い。何処までが、どれが、あたしの、本当の記憶で、嘘で、真実なのか。

 

 あたしの全ては、都合の良い甘い夢に────、

 

「・・・・・・はあ。なるほどな」

 見れない。顔を見れない。今巴は、どんな顔をしてあたしを見ているのか。

 怖くて、辛くて、視線が動かせない。

「街の連中宥めて、ボクが全部請け負って正解だったわ。ま、ボクがみんなに信頼されてるっちゅーのもあるけど・・・・・・ここまでとは。本当に、甘く見とったみたいやね。ボクらは」

 

 痛い。痛い。頭が痛い。

 静寂が、痛い。

 

 沈黙がある。静寂がある。あたしの頭に、巴の視線が突き刺さっている。

 誰かの慌てたような、気まずそうな足音が聞こえた、その後で。

「厳しいことを言うようやけど・・・・・・ま、ええわ。猫宮のためを思って、全部言う」

「な、何────を、」

「まずな。生き残った赤牙組のヤツなんて、ひとりも()らん」

「────、────」

 意味が、理解出来ない。

「そんな、そんなわけ」

 だってあたしと一緒に生活して、荷物も運んで、それで。

「だって、いや、だって」

 触れ合った相手には、確かに感覚があって、

「本当に()るんなら、なんでおまえがこんな状況なのに誰ひとり助けに来ないん? そんな薄情な連中じゃないやろ」

「や、嫌」

「それにボクらがこのホロウを探索しとる時、一度も会わんかった。おまえと会った二度目の探索の時も、その前も。ずっとな」

「────、ッ!」

 たまたま会わなかっただけ。このホロウの作りは複雑なんだから、そういうことだってあるだろう。

 次々浮かぶ言い訳の全てが。脳裏にフラッシュバックするあの光景に、切り捨てられていく。

 

 ・・・・・・分かってたんじゃないのか。目を逸らしていただけだ。

 あの惨状で、他に誰かが助かるはずない。

 本当に、生き残ったのはあたしだけなんだって。

 

 だからあの甘い夢に。甘い光景に、依存したんじゃないか。

 心の底、ずっとあった承認欲求。寂しいという思い。誰かに認められたい欲求の根っこ。

 両親がいて、何も起こらず、平和な日々に。

「・・・・・・おまえのトコの人たちを助けてくれるって約束も」

「それは嘘じゃないはず。だって、」

「嘘だよ。嘘だったんだ」

「空裂閣に遺体を保存してるって」

「無かった」

「治すための設備が、」

「無いんだって。なんも」

 

 そんな、そんなはずは。

 

「騙されてたんだよ。利用されてただけだ。猫宮は、最初から、ずっと」

 

 そんなはず、無いのに。

 じゃあ、だとしたら。あたしはもう、なんのために────何を、して。

 

 誰かを助けるために誰かを傷つけたならまだ良い。誰かを助けるために誰かに迷惑をかけるのならまだ許せる。

 何も生まず、何にも辿り着けない道の上で。誰かから何かを奪い、それすらも甘い夢と幻想で塗りつぶして目を逸らして進み続けて来たあたしは。

 

 あたしは、何のために生きて来たんだ?

 

 あたしの中に抱いていた全ての期待も。サラから放たれた言葉までもが。

 あたしがここで見ていた甘い光景と同じように、全てが幻想だった、ということか。

 

「・・・・・・ゆる、せない」

 

 騙された方が悪い。裏の世界で生きていく上で何度も聞いてきた言葉だ。

 復讐は何も生まない。綺麗事ばかり並べる物語の中で、何度も聞いて来た言葉だ。

 

 なるほど、と思う。確かに、とも思う。

 けれど人間は、本当に同じ立場に立った時。それもこれも、どれもこれも。考えている暇なんてないのだと、そう思った。

 

 本当の怒り。本当の無念。心の底から抱いたそれは、視界を黒く塗りつぶすものなのだと。

 

「────殺してやらなきゃ。全員」

 

 けれど、

 

「本当に、それで良いのかい?」

 

 あたしの思考を、遮る声があった。

 

 顔をあげる。穏やかな視線と目が合う。

 どうやら今の声は、ここに来て初めて口を開いた義手の男から放たれたらしかった。

 

「一番下の階には、ここに残された讃頌会の連中が縄で括られている。殺そうと思えば、キミの力なら容易く殺せると思う」

「ありがとう、じゃあ────」

「でも、本当にそれでいいのかい?」

 まっすぐな視線があたしの瞳の奥に突き刺さる。

「復讐は何も生まない、なんて言わない。死んで行ったキミの身内が本当にそれを望のか、なんて綺麗事も言わない。ただ、本当にそれが────キミのしたいことなのかな?」

「あたしの、したいこと・・・・・・」

「猫宮をそんな目に遭わせたヤツを、他ならぬキミの手で殺せば気は晴れると思う。だけどその後に待ってるのは、きっと────手を汚したとしても、何も返ってこない無力感なんじゃないのかな」

 奥歯を噛み締める。放たれた言葉が、耳に痛くて。染みて行って。とても、痛い。

 

 あたしが本当にしたいこと。

 

 道を振り返れば無数の死体が見える。

 先を見れば暗い闇が広がっていて何も見えない。

 

「キミが彼らを殺したとしても。そのサラという女を殺したとしても。キミの手にはきっと、無力感しか残らない。達成感で満たされるのはほんの一瞬だ。それから先はきっと、キミは周りに誰もいない無力感と向き合わなければいけない」

「────、────」

「もう解放されても良いんじゃないかな。讃頌会のことは他の連中に任せるべきだ。キミが今向き合うべきなのは、亡くなっていった周りの人たちと────自分が犯してしまった罪。これ以上、積み重ねるようなものじゃないよ」

 

 ◇◆◇

 

 罪は、然るべき場所で然るべき罰を受けるべきだ。それで猫宮は満足しないかもしれないけれど、お兄ちゃんが今しているのはそういう話ではない。

 猫宮がこれから何処を向いて歩いていくのか。何を手放し、何を掌の内に秘めて進んでいくのか。

 

 今この場の怒りに任せて、復讐という道を進むのか。

 猫宮の言う『その日』に失った命を尊み、その悲しみを背負って進むのか。

 

 ・・・・・・お兄ちゃんが言う通り、どちらを選んでも────きっと、たどり着く先は変わらない。

 早いか、遅いか。自ら向き合うか、全てを終えた後に無力感と共にソレが訪れるか。

 大切な人を失った悲しみは強く、根深く、そして長い。私とお兄ちゃんが『先生』を失ったあの時に、嫌と言うほど味わったことだ。

 悲しみを乗り越えるのには時間がかかる。復讐の果てに得る達成感や喜びが、どれだけ手助けしてくれるかは私にはわからない。けれど、

『私は、猫宮に選択を間違えてほしく無いよ』

 自然と口を開いていた。

『・・・・・・だってそうでしょ。猫宮も騙された。誰かを傷つけた、誰かに迷惑をかけた加害者かもしれない。けど────同時に、アンタは被害者でしょ』

 これ以上この案件に関わるべきじゃない。きっと、讃頌会の仮面を────白い礼服を、アイツらを視認する度、何かしらの形で知覚する度、その悲しみは胸を痛めつけるだろう。

 だから、

『・・・・・・ね。猫宮』

 どうするべき、とは言えない。どうして欲しい、とも言えない。これ以上、私は強く言えない。猫宮の選択を尊重するべきだ。

 だから私は、そこからはイアスの視界カメラ越しに、猫宮を見上げるだけに留めた。

 ここに来て何度目かの沈黙がある。猫宮が地面に座り込んだまま、ただただ私を見つめている。

 そして、それから。猫宮はゆっくり口を開き、

 

「────わか、った。後のことは、任せる」

 

 静かに。視線を伏せて、そう言い放った。

 

『ふふ、任せて! じゃあ私はとびっきりに頼れる相手を知ってるから声かけするね。お兄ちゃん、巴さん、輝夜ちゃんとGhost! イアスと、このホロウのこと。頼むね!』

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