そうと決まれば早速行動に移さないと。私は即座にイアスとの接続を切り、自分の身体に戻ってくる。
急激に狭まる視界。未だに私は、片目の見えない生活に慣れていないようだった。
「ああやって言ったけど、別に私あの人の連絡先を知ってるわけじゃないんだよなあ・・・・・・」
その事実と共に、別れ際のあの背中が脳裏を過ぎる。
足早に私の目の前から去る背中。いつかどうにかしないと、とは思っていたけれど。思いの外早くその時は来てしまったらしい。
背もたれに身体を預けて腕を組む。自然と口からは唸り声が漏れていた。
そんな私に、
『提案があります、マスター』
やたら大きな電子音の通知の後で、Fairyが画面越しに私へと視線を向けてくる。
『マスターの言う・・・・・・とびっきり頼れる相手、とは朱鳶治安官だと予測。私に任せていただければ、新エリー都全域の監視カメラにアクセスし、彼女が今何処で、何をしているのかを特定できます』
「そ────れは、犯罪じゃない?」
『肯定。しかし、広大な新エリー都全域を彷徨うよりは、効率的かと』
ゔ、うぅん。確かにそう。そうではある、んだけど。
私の中で天秤が揺らぐ感覚がある。倫理観だとか、Fairyが提案した方法を否定する気持ちと────大見得を切った手前、ごめんなさい会えませんでした、で済ませたく無い・・・・・・という気持ち以上に、今を逃せば、朱鳶さんに直接会って会話を交わす機会は失われてしまう。そんな予感。
傾いた天秤は、後者の方だった。
「じゃあ・・・・・・お願い、します」
◇◆◇
書類を右から左へ。印鑑を押して流していく。
そんな流れ作業じみた職務を繰り返し、ふと時計に目をやった。
定時が近い。今日は雅のところに顔を出す予定だし、作業もキリがいい。帰る準備を済ませてしまって、もうそろそろ────、
「あの、朱鳶班長!」
・・・・・・最近こうして、作業中にやたらと声をかけられることが多い。別に不快というわけでは無いけれど。
PCの画面から視線を上げれば、私の横にはセスくんと青衣先輩が立っていた。セスくんは何やら居心地が悪そうに、定期的に身じろぎをしている。何か急ぎの用事でもあっただろうか、等とぼんやり考えた辺りで、再び口を開いた。
「この後は・・・・・・雅さんの所、ですか?」
「え? ああ・・・・・・そのつもりだけど。どうかした?」
「特に何がどう、というわけでは無いんですが。オレも、一緒に行っていいですか?」
「・・・・・・? 珍しい」
二人に大した面識は無かったはず。だからお見舞いも誘ったりはしなかったんだけど・・・・・・どういう風の吹き回しなんだろうか。
「何。ぬしは彼女の元へ行く度、少し良いメロンを買っているであろ? セス坊もその相伴に預かりたい、という魂胆────これ以上突っつけば、恥ずかしさの余り顔から火を吹くかもしれぬな」
「ち、違いますって! 青衣先輩、嘘吹き込むのやめてくださいよ!!」
「・・・・・・ふふ」
そんな二人のやり取りが可笑しくて思わず吹き出す。こんなやり取りも、随分と久しぶりな気がした。
いや、違う。こんなやり取り────ではなく、こうして三人で揃って話すのが久しぶりなんだ。
「────ダメ、ですか?」
「いえ、全然。雅もきっと、大勢の方が喜んでくれるだろうから。ああ見えてあの子、誰かと話すの好きなの」
なかなか口を開かない上に口下手で、静かそうな雰囲気がいつも誤解させるけれど。彼女は誰かとの対話を大事にしていて、かつ誰かと会話を交わすことに喜びを覚えているタイプだから。
病室で常にひとり、というのも退屈だろう。私が放った言葉に何ひとつ嘘はない。
定時を過ぎて、二人を連れ立って治安局を出る。
ルミナスクエアのデパートでメロンを買って。病院に着いて、受付のお姉さんと挨拶を交わして病室に向かう。
今日はひとりじゃ無いんですね、きっと星見さんも喜びます、なんて言われながら。
────病室の引き戸に手をかける。いつもと同じく、ヤケに重たい引き戸に。
物理的な意味では無い。精神的な意味合いで。この戸を開けば、いつもと同じ様子で・・・・・・ベッドに腰掛けた雅が待っている。
大した心構えなんて必要ないはずだった。昔はもっと、気楽に彼女の家に顔を出したりしていたはずだ。
なのに。こんなにも戸に触れた手のひらは汗ばんでいて、心臓が早鐘を打つ。
────燃え盛る炎と、積み上がった瓦礫。
辺りの地面につけられた無数の斬撃痕と、私の腕の中で、肩で息をする雅。
虚な瞳で私を見上げる雅。聞かなかったことにした辺りの呻き声と、目を逸らした惨状。
『朱鳶、私は────』
そして、
『私は────間違いを、犯さなかったか?』
普段では考えられない、弱々しい声音が────、
「班長?」
「────、────」
私の顔を覗き込む視線と、不安と心配が入り混じった声音が、私の意識を現実に引き戻す。
問題ない。大丈夫。二人に心配をかけるわけにはいかないから。
息を短く吸って、吐く。平常。いつもの様子で戸を開いて、その向こうに居る雅へと視線を向けた。
「こんばんは、雅。今日はセスくんと青衣先輩も連れてきたの」
「────こんばんは!」
「・・・・・・大勢での見舞いになり申し訳ない。体調に変わりは無いか?」
私達の言葉を聞いて、こちらに視線を向けて少し目を見開く雅。しかしすぐに驚愕の表情も笑みに変わって、
「・・・・・・ふふ、そうか。体調に大事は無い。病室でただ大人しくしているのも退屈でな。こうして多くの面々が私の元へ訪れてくれるのは、素直に喜ばしい」
そんなやり取りを皮切りに、私を含めた四人の間で何気ない会話が始まる。
私のことや、雅のこと。治安局での出来事や、対応した事件の話。
本当に何気ない会話。何処にでもある他愛のない話。
だけど全員が気を遣ったように、避けるように。未来やポートエルピスでのあの日のことには、一切触れない。
雅への優しさか、私への気遣いか。それはわからないけれど。
気づいてしまったからには誰かが口を開く度、胸が締め付けられるような感覚があって。
私の口数が減っていく。相槌を打つ余裕も、徐々に消えていって。
「────朱鳶、」
雅が私の名前を呼んだのと同時。
大きな音を立てて、病室の戸が開く。
全員の視線がそこへ向く。開かれ、ひとりの影に抑えられた引き戸に。
「えっと、キミ────」
セスくんの困惑の混ざった声音。青衣先輩の驚愕が混ざったような視線。
けれど私は、
「・・・・・・リンさん?」
その子を知っていた。
肩で息をする度に揺れる後ろ髪。汗ばんだ、活発そうで、人懐っこそうな印象を受ける顔。
私に向ける、まっすぐな瞳────。
「どうして、ここに」
「え、あ、ええと・・・・・・そうだよね。今の私すっごい不審だよね・・・・・・」
「アポイントは────」
「いや、その辺の話はまた後で! ちゃんと! ちゃんと説明するから!!」
私の言葉は最後まで紡がれない。焦った様子のリンさんの言葉に遮られて、とりあえず呼吸を落ち着けたいのか、右の手のひらが私に向けられた。
大きく息を吸って、吐く。汗ばんだ額を袖で拭って、病室に足を踏み入れ、後ろ手に戸を閉める。
改めて向けられたリンさんの視線は真っ直ぐで、眩しくて。私の瞳は思わず逃げていった。
「あのね、私────朱鳶さんに頼みたいことがあって来たの」
「頼みたいこと、ですか?」
「そう。今・・・・・・私のお兄ちゃんと友達が、十二分街に居て。讃頌会の連中を捕らえたから、来て欲しくて」
けれど。次いで放たれたリンさんの言葉に、思考が冷まされていく。
治安官としての仕事。私に相応しくない仕事────頼み事。真っ直ぐに向けられた視線と言葉にきっと悪意はない。
けれど、今の私には酷く痛くて、苦しくて。
「・・・・・・そうですか。では、こちらから他の者に連絡をしておきます。すぐに治安官が到着するでしょう」
「・・・・・・何で? 私は朱鳶さんに頼んでるんだよ?」
「質問に質問で返すようで申し訳ありませんが、何故リンさんは私に頼んでいるのですか?」
「私が知る限り、朱鳶さんが一番治安官らしい治安官だからだよ」
「────、────」
逃げられない。
「私は、あの時の言葉で救われた。この人なら大丈夫だと、心の底からそう思った」
『退きませんよ! だって、貴女を待っている人が居るんでしょう?!』
「この人がいる限り、新エリー都は安泰だ、って」
『良いですか、リンさん。私は治安官です。今私の目の前に居る限り貴女は護るべき対象なんです!』
「・・・・・・それ以上の理由が、何か必要?」
『自分は並行世界から来た、ですか? 関係ありません。今目の前に居る貴女が、少しでも早く安心できる場所に着く。少しでも早く、貴女を待つ人が安心できるようにする。それが治安官の仕事です────!!』
過去の自分の言葉が。彼女のまっすぐな言葉が、視線が。私を縛り付けて、離してくれない。
過去の自分の言葉の全てが、私の頰を掴んで無理矢理に罪を自覚させるような錯覚。私を見つめる、私に向けられるリンさんの全てが、逃げるなと主張しているような錯覚。
・・・・・・逃げたい。逃げてしまいたい。
私らしくない。そんなのは知らない。だって、今の私だって────何を、どうして、どうしたいのかわからないのだから。
何処へ向かうべきなのか。私は何を見ているのか。
黒いモヤに包まれて、呼吸を奪われて。常に胸には大きな
その酷い鈍痛は私の思考を鈍らせる。前に進もうとする足を堰き止める。
「・・・・・・それは。間違いです。リンさん、買い被りすぎなんですよ」
私の口から紡がれた言葉は。彼女の羨望から、逃げるようなモノだった。
「私たちの現状、知っているでしょう? 治安官は形だけの組織となり、今や主に動いているのは防衛軍の方々。
────私は、それに加えて。ポートエルピスのあの日の事。
『大丈夫。大丈夫よ、雅』
『────、────』
『貴女は、立派に、』
あの日の罪も相まって。私は、胸を張って
「リンさんと初めて会ったあの日。私は久しぶりに、治安官らしい仕事ができて────偶然、その場に居合わせたからという理由で選ばれたにもかかわらず、舞い上がっていた気持ちがあったんです」
口が勝手に開く。舌が勝手に回る。
「久々に治安官らしい仕事ができれば、この心に巣食うモヤが────少しでも晴れるのではないか、と」
堰を切ったように、止まらない。
「治安官の仕事は街の平和を守る事。人々の安寧を護ること。書面に記された『終わったこと』と睨めっこして、ひたすらに印鑑を押すことではない。その作業を繰り返す度苦しかった。私はこんなことをするために治安官になったんじゃない、と」
それは罪の告白。
「今一度誰かの心を救えたのなら。誰かのためになれたのなら。私の心も少しは救われるのではないか、と」
彼女が抱いた、私への『治安官』としての像。それが崩れてほしくないと思うのと同時に、そんな目で見ないでほしいというあべこべな感情。
「わかりますか? 私は────私は。貴女の思いを、自分の欲求を満たすために利用した。アレは自分の立場を自覚するために・・・・・・貴女のためではなく、自分の為に言い放った言葉なんですよ?」
目の前を覆うモヤは思考にまで至り、私は、
「自分勝手に、自分本位に。欲望をフィルターに通し、正義や綺麗事という名の膜で包んで貴女に投げつけた。己の欲求を満たす為に」
呼吸すらもままならず。逃避すらもままならず。
「私はまだ、
思考が、言葉が。思いついた全てが、口をついて出る。
「お礼を言われる資格だって、私には────」
ただただ自嘲する。自分はこんなにも惨めな存在なのだ、と。そんな私の言葉を、
「・・・・・・めて」
乾いた音と衝撃。それから急激に移り変わった視界が、堰き止める。
遅れて頰にやってくる痛み。ここまで来て、私は頰を打たれたのだと理解した。
「お、おいキミ────」
「セス。良い」
私の背後から詰め寄ろうとするセスくんの声と、それを制止する先輩の声が聞こえる。
そんな二人には目もくれず、リンさんはズカズカと私に歩み寄って、
「・・・・・・やめて」
「幻滅しましたか?」
「違う」
胸ぐらを引っ掴み、無理矢理私の視線を自身へと向けさせた。
目の前に彼女の顔がある。今にも泣きそうな顔がある。
なんで貴女は、誰かのためにそんな泣きそうな顔を出来るんですか?
まるでこれじゃあ、立場が逆じゃないですか。
真っ直ぐな視線が。泣きそうな表情がまた、酷く、酷く痛い。
「私は・・・・・・
私の
「────私を救ってくれたあの人のことを、馬鹿にしないで」
私の
「あの時の言葉は暖かかった。あの瞬間の気持ちは暖かかった。本当に、本当に心の底から救われたって・・・・・・そう思ったんだよ」
「────、────」
「ただ欲求を満たすためだけの言葉だったかもしれない。だけど、あの言葉に嘘はなかった。あの行動に偽りは無かった。心の底からの本心だった、そうでしょ?」
「それは、」
「誰かのためになりたい。誰かを救いたい。ずっとそんな気持ちを持って生きてきた人間じゃないと、あの言葉は紡げない」
リンさんの放つ言葉の全ては、私以上に私と向き合ったモノで。
あの日に抱いたであろう、『理想の治安官』という私とはかけ離れた像を通して。私を真っ直ぐに見つめている。
「終わった事件の書類に目を通して印鑑を押す。その作業に憤りや無力感を感じるのは、誰かを救いたいという真っ直ぐな気持ちの現れでしょ?」
私の心を包むモヤ。私の視界を包むモヤ。当の本人である私ですらも、言語化できず、正体が掴めずにいるそれらを、この子は。
私たちはエスパーではない。人の心を読むことはできない。自分以外の誰かの感情に対して語る時、本人が放った言葉や憶測でしか語らうことしかできない。
だとしても、リンさんが放つ言葉の数々は。私の袋小路に迷い込んだような思考よりも、私の心や欲望の形を捉えていた。
「自分がこうしてる間も、誰かが何処かで苦しんでいるかもしれない。藻搔いているかもしれない。だからこそ苦痛で仕方ないんじゃないの?」
「だから、買い被りすぎなんですよ・・・・・・」
「私は、そう信じたい」
・・・・・・あまりにも無理矢理だ。横暴すぎる。
「あの時の言葉に救われた。あの日の貴女に救われた。救う側に立っている自覚が欲しいのなら、いくらでも私が言ってあげる」
自分自身のことが信じられないのなら。私の言葉に救われた彼女の感情を信じろ、と。
「もう一度顔をあげて。もう一度周りを見て。・・・・・・自分の気持ちに向き合って。私は、貴女に救われた。貴女の言葉に救われた。貴女は、私にとって────これ以上ない治安官だよ」
彼女の言葉は、そう語っているようだった。
胸ぐらを掴んでいた手のひらが離れて、重たい体を背もたれに預けて。長く、長く息を吐く。
痛いほどの沈黙がある。痛いほどの静寂がある。息を呑み、
「・・・・・・朱鳶」
言葉に迷う私の名前を、今度は短く雅が呼んだ。
「・・・・・・雅?」
振り返れない。どんな顔をしているのか見たくなくて。見られなくて、向き合って言葉を聞くことができない。
失望されているだろうか。今まで雅に徹底して話すことを避けて来た、私の現状。
それを知って、雅はどんな表情を浮かべているのか。
けれど、そんな私の肩を雅は強く掴んで、
「自惚れるな、朱鳶」
無理矢理、向き合わせる。
これもまた、私を真っ直ぐに見つめる雅の瞳。リンさんに比べて力強く、そして。同情や、悔いや、様々な感情が揺らいで見える瞳。
「私は、未だにあの日のことを────ポートエルピスの時のことを、完全には思い出せていない。だがしかし、朱鳶が優しい嘘を吐いたのだろう、と。それだけは解る。・・・・・・私はおまえに私の罪まで背負えとは頼んでいない。私の罪は、私の罪だ。勝手に背負って進もうとするな」
ゆったり、ゆっくりと言葉が紡がれる。私に言い聞かせるように。放たれた言葉を、私が咀嚼する間を与えるように。
「私の責任は、私が取る。故に────自惚れるな、と」
厳しい言葉とは裏腹に、雅の声音はとても優しく、柔らかく、暖かい。言の葉を紡ぐ口元はほんの一瞬だけ歪められ、その後で。いつもの薄い笑みが浮かべられていた。
「必要以上の罪を背負い、行先を見失うくらいなら投げ捨て
・・・・・・情けない。情けない、本当に。
行先を見失い、路頭に迷って。挙句に行先を示してくれたのは、私が守るべき相手だった。
二人の言葉が染み渡る。視界を覆うモヤが晴れていく。
行き先はまだわからない。方法すらもわからない。
けれど、私が今するべきことは、少なくとも────あの日の後悔を背負い込んで、蹲っていることではない、と。
道の先で、視線の先で。二人が手を差し伸べて立っている。
────救えなかった人が居た。取りこぼした命があった。果たせなかった責務があった。
────手を差し伸ばせなかった、友が居た。
救えなかった命よりも多く、誰かの命を救えば許されるとは到底思えない。
けれど、同時に。それは私が立ち止まっていい理由にはならない。
私が抱えた罪と後悔は、雅が持っていってくれる。
私が抱えた罰と疑念は、リンさんが晴らしてくれる。
数歩先に滅びという名の絶望が横たわる、どん詰まりのこの世界。その世界で、自分ができることを精一杯にやれ────と。背中を押してくれる、友がいる。
「・・・・・・わかりました」
こうしている間も、何処かで苦しんでいる誰かが居るのなら、
「ごめんなさい、遅くなりました────じゃあ、十二分街に向かいますね、リンちゃん。セスくんも青衣先輩も、手伝ってください」
私が居るべき場所は、ここじゃない。
◇◆◇
正直、メチャクチャなことを言ったかもしれない。私の胸の内に湧き上がる感情を、がむしゃらに朱鳶さんにぶつけるような行為だった。
けれど、私がここに来て初めて見た朱鳶さんの表情に比べて幾らか晴れやかで────、
「・・・・・・え? 今、私のことリンちゃんって」
「さて、何のことですか?」
私の問いを笑顔ではぐらかして、朱鳶さんは病室を出ていく。それに続くように後の二人も。
けれど、
「────なあ」
猫耳を生やした、白い髪の男の人。少し気難しそうな彼が、肩越しに私へ振り返る。
「・・・・・・うん? どうかし────ぁ、も、もしかして怒られる?」
「そうじゃない! ・・・・・・いや、でも。褒められたことではない事も、あることにはあるが。暴行罪、だからな」
「ゔ────」
それに加えて不法侵入と、監視カメラのハッキングも余罪としてある。
雅さんのアポイントの方は、Fairyが情報を変更して無理矢理ねじ込む事でどうにかなった。
けど、朱鳶さんを思いっきり打ったことは言い逃れができない。正直、その場の流れというか・・・・・・勢いというか。何というか。
「・・・・・・別にキミを怒りたいわけじゃないんだ。むしろ、その。ありがとう、と」
けど、彼から放たれた言葉は予想と正反対のもので。
「・・・・・・え?」
「いや。キミが班長に放った言葉は本来、オレや青衣先輩が言うべき事だった。班長が────朱鳶さんが、ずっと何かに悩んで、蹲って。助けを求めていることは、解ってたんだ。オレたちはあの日、何があったのか聞かされていない。だからずっと、かける言葉に迷っていたんだ」
言いながら振り返り、私と向き合う。そのまま深々と、頭を下げて。
「心の底から、礼を言う。朱鳶班長が前を向く理由を、再び歩き出す理由を────言葉をくれてありがとう。いつかちゃんと、改めた形で礼がしたい」
「い、良いんだってそんな! 私だって頼み事した側の人間だし・・・・・・」
「それは市民の正当な権利だ。言ったからな、また後日!」
・・・・・・行ってしまった。何と言うか、真っ直ぐだけど人の話を聞かない人だな、あの人。
思わず大きなため息が漏れる。その後で、一変して病室は静まり返った。
雅さんと二人きり。ちょっとだけ気まずい。だってあの虚狩りと二人きりだよ? 確か、あちこちでアイドルみたいな扱い受けてたはずだし。考えなしに突っ込んできちゃったけど、改めて考えるとすごい状況だなあ、なんて。
「────、────」
肩越しに振り返ると、件の雅さんと視線がかち合った。ベッドに座り込んだまま、ゆらゆらと耳を揺らして。何か不思議そうな目で、私を見つめている。
「わ、私の顔に何か付いてる?」
「いや。先程までは勇ましいと思ったモノだが────どうにも落ち着かない様子だからな。コロコロと印象が変わって、面白い」
「面白がってるだけだったか・・・・・・」
まあ、面白いのは雅さんも同じだけど。何となく、写真や記事で見ている雅さんとはまた違って見える。
虚狩り。そんな肩書とはまた違って、面と向かって話した彼女は思ったより『普通の女の子』と言った感じだった。いや、普通って言うには少し浮世離れしている気もするけど。
・・・・・・また私たちの間に沈黙がある。お互い、黙ってじっと見つめ合うだけの時間。何なんだろう、この時間。
「・・・・・・私も、セスと同じく、おまえに礼が言いたい」
「い、良いって気にしなくて。好き勝手言っただけだし・・・・・・」
「だとしても、だ。朱鳶にとっては、ああして無理矢理にでも思いをぶつけてやるくらいの方がちょうど良い。朱鳶は少しばかり頭が硬いからな」
まあ、まあ。そうかもしれないけど。思い当たる節はあるけども。
そんな口ごもる私を他所に、長く、長く息を吐く雅さん。そのため息は、疲れた様子に見受けられた。
「・・・・・・が。私もまた後日、だな。今日は少しばかり疲れてしまった。予定が空いている日があれば、朱鳶を通して伝えてほしい。私から病院には言っておこう」
「え、ああ────ごめんね、押しかけちゃって」
「良い。・・・・・・次は正式な来訪者として、な」
イタズラげな笑みを浮かべてから、雅さんはベッドに横たわり目を瞑る。それを見守ってから私は踵を返して、引き戸に手をかけ、静かに開く。
お兄ちゃんのような、綺麗で・・・・・・人の心に響くようなことは言えない。
朱鳶さんのような、立派で・・・・・・誰かの心を救えるようなことは言えない。
私の言葉は不器用で、まっすぐにぶつけることしかできないけれど。
それでも、少しでも救われた気になってくれれば。誰かの道標になれたら良いな、と────そう思いながら。
長い一日が終わりに向かう。
長く私たちを見守っていた太陽が沈んでいく。
こうして、私たちパエトーンが復帰して初めての依頼は────幕を下ろしていった。
更新です。次回アウトロで、この章はおしまいです。よろしくお願いします。
オマケでこの話の執筆中にやらかした間抜け誤字を共有しておきます。
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