イントロ
「私が思うにね。物語の冒頭には確かな『引き』が必要だと思うのよ」
ルミナスクエアの片隅。ほんの少し寂れた公園で、友人のシオリはおれの隣でそう言った。
ベンチに腰掛ける彼女の視線は、申し訳程度に置かれた遊具たちを順繰りに見てから、横目におれを見つめてくる。
「・・・・・・例えば?」
「例えば〜・・・・・・まあそうだな。少なくとも、私たちみたいな平々凡々な高校生が駄弁ってるだけじゃないのは確か。冒頭から読んでる人を『おっ、』って思わせる何かが必要だと思うんだけども」
「はあ」
思わず生返事。いやまあ仕方ないだろう。だっておれは物書きでもないし、物語を読んで長々とご高説垂れる程の『通』というヤツでもない。せいぜいできるのは面白かったか、面白くなかったか。その程度の判断だけだ。
・・・・・・その点、シオリは物語を書く側ではあるし。少なからずこの子は平々凡々とやらからは外れている気がする。
閑話休題。シオリの膝の上に置かれたスマホの画面を見やれば、今朝チラッと見た場面からひと文字も進んでいないように見えた。
・・・・・・というか、おれの目が狂っていない限り、白紙にしか見えない。
「なに、スランプ? 全然進んでないように見えるけど・・・・・・ああ、おれとこういう話をして、物語の書き初めをどうにか捻り出そう・・・・・・とか、そういうアレ?」
「・・・・・・こら。おい。勝手に読むなって言ったでしょ、区切りが付いたらちゃんと読ませるから」
「見えるように置いてるシオリサイドにも問題があると思うんだけど・・・・・・」
「・・・・・・っさいな、くそトカゲ」
こういう理不尽な怒りにも慣れたものである。この子と長く付き合っていくなら、ある程度受け流す技量が必要になってくるのだ。まあ小説を書こうとする度、書き始めが一番難しい・・・・・・と嘆いているから。難産でちょっと苛立っているんだろう。
その証拠に手に持ったティーミルクのストローは親の仇のように噛み潰されていた。これはもはや、ストローの役割を成してないんじゃなかろーか。
大きなため息と共にシオリが立ち上がる。残った半分近くのティーミルクを一気に飲み干すと、スマホと共にベンチに置いて。その足先が向いたのは雲梯だった。
「例えば、例えばねえ────」
ほんの少し苦しそうな声。二割ほど進んだところで手の痛みに耐えかねたのか、ぼと、と鈍い音と共に地面に尻から落ちて。今度はそのまま横になって空を見上げ始めた。自由な子だ。
ほんの少しの沈黙。いくらか赤くなったであろう両掌を空に向けて。静かに、シオリは再び口を開く。
「────もし、本当に明後日世界が滅びるとして。ヒカリは何する?」
「それは・・・・・・今インターノットとかで騒がれてる、アレ?」
「そ。アレ」
誰が最初に言い始めたのか。世界は明後日滅びるらしい。
インターノットはその話題で持ちきりで、今日もスレッドが乱立し、住人が様々な論争を交わしているのが見て取れた。
やれ陰謀論だ、ソースは確かなのか、だとか。結局明確なソースが提示されることもなく、ただただ噂だけが独り歩きしているだけ。
何の証拠も、何の予兆も、今は何処にも何も存在しないのに。確かな滅びが目の前に横たわっている焦燥感が、みんなの喉を焼いているのと同時に────それをネタにし、はしゃいで居るのもまた今の世の中の事実だった。
けれど、誰もが同様に『確かに滅びるのだろう』という確信が胸の中にある。
・・・・・・世界崩壊。大災害。ソレを起こしかねないモノが────ホロウ、という存在が。おれ達の生活のすぐ側にあるからかもしれないが。
そう考えれば旧都陥落の一件が世界崩壊とやらに近いだろうか。
当時幼かったおれには大した記憶もなくて。絶望感というか・・・・・・恐怖というか。そういった形での感情はあまりない。恵まれている方なのだと、常思う。
だから、
「んー・・・・・・どうする、んだろ」
だから。あまりピンと来なかった。
シオリの視線は変わらず空に。おれの言葉の続きを待つように、ただただ黙って流れる雲を目で追っているのが見える。
「・・・・・・おれ自身、大した力があるヤツでも無いし。世界が滅びるどうこうを、何かしら出来るような主人公にもなれないし。どうせ滅びるなら、とか自分勝手に振る舞うような勇気も無いから」
そも、自分の社会的なアレコレを投げ打ってやり遂げたいほどの事も無い。だから、本当に、おれの思い描いた終末の直前には────何もなかった。
呆れたようなシオリのため息が聞こえてくる。ソレが、罵倒の前触れのような気がして。慌てて再び口を開いた。
「ああでも、世界が滅びるその前に。シオリが書いた小説を読みたいかな」
嘘は何も言ってない。心の底からの本心だった。だっていうのに、いつの間にか半身を起こしたシオリは、わかりやすく呆れたような顔をして、
「出た出た、その他人本意な意見・・・・・・どーせそう言ったら私が喜ぶとか気が済むとか、そういうアレでしょ? ホンット、アンタやめた方がいいよそれ。絶対生きてて苦労ばかりするから。もっと自分を持って生きた方が良いって」
「そう? でも本当だよ。おれ、死ぬ前にシオリの小説読みたいなって思ってる」
「・・・・・・それ、『おれが死ぬまでには一本書き上げられたら良いね』みたいな嫌味?」
「そ、そんなこと思ってないって・・・・・・」
・・・・・・あぁ、ダメだ。余計に不機嫌になってしまった。如何にもこうにも、こうなってしまったシオリとの会話は良い方向に転がってくれない。
不貞腐れたように砂を蹴るシオリと、それを宥めるおれ。そんな何度も繰り返してきたやり取りの中で、時間はゆったり進んでいく。
世間が騒ぐ『破滅』や『滅び』が待つその場所へ、歩みを進めていくように。
◇◆◇
思えばあの日は、最初から可笑しかったのかもしれない。
暴走する『無尾』と、定期的に訪れる眩暈。無理やりに力を抑え込んだ『無尾』は頻りに血を求め、エーテリアスを斬り伏せる度に喜んでいる気すらした。
基本、私の意識や意志に背くことは無かった愛刀が、自身の身体の一部のように使っていた愛刀が────。
まるで、別の生き物とすら錯覚してしまうほどに。
振るう度に私の意識に靄をかける、ノイズのような別の思考。
悪鬼を斬るたび、高揚感に似た何かが私の思考を占めていく。染めていく。
そんなことに意識を割けるほど、戦況は芳しく無かった。
何せ、治安官の上層部と敵である讃頌会が裏で繋がっていたのだ。私たちの行動、作戦は全て上からねじ伏せられ、戦員の四割は壊滅。数多の屍と怪我人を生み出した後で、私たちに襲い掛かる戦力は増えていく。
ポートエルピス全域を包むほどに突如現れたホロウの中は、有り体に言えばアウェイというヤツだった。
増える敵影。反比例するように、削がれていく私たちの戦力。
特に、悠真には負担をかけた。戦況を俯瞰し、それでいて逃げ遅れた市民の避難に充てられた治安官の手伝いまでさせてしまって。
各々が最善を尽くし、最高の選択肢を取り続けて────それでも。
「おお、おぉ────! この『ケテル』のホロウの存在を以て、我々は世界の破壊に手をかける!」
それでも、護れない命はあった。
「人々の悲鳴という喇叭が鳴り響き、世界の終わりを────崩壊の始まりを告げている! 嗚呼、嗚呼!! 神よ・・・・・・始まりの主よ、世界の創世を。この世の創世を!! 我が身が、最初の生贄となりましょう!!」
謎の薬物を投与したジャスティン・ブリンガー。それが変異した特殊エーテリアス個体、サクリファイス。
異様な刀に変異した左腕は飛ぶ斬撃を放ち、
「は、はは────!!」
それを目で追う形で、私は見てしまった。
斬撃に巻き込まれ、身体から血を流しながら倒れ伏す柳と蒼角。遠くの傾いた高台で、血反吐を吐いてしまうほどに咽せ返った悠真。
そして、逃げ遅れた市民の────いや。市民だったもの。
そして何より、
「これが人智を超えた『サクリファイス」の力・・・・・・そして、妖刀の力────!」
その光景を生み出しているのが、私から奪った力だというのが、良くなかった。
目の前に地獄が広がっている。
『雅、目を閉じて・・・・・・よく聞いて』
二度と見たく無いと願った、地獄が。
『これは、最後の────』
二度と生むまいと思った地獄が。
決して繰り返すまいと思った地獄が。
『────▇▇▇』
心の中の、何か決定的な部分が折れた音が聞こえた気がした。
心を支えていた何かが外れ、軋み、鈍い音を立てている。
一度も気を抜いたことは無かった。手を抜いたことは無かった。歩みを止めることは無かった。怠ったことは無かった。
それでも、それでも何かが足らずこうして多くのモノを失う結果になって。私は、私は────、
「何かが、足らないのであれば」
刀を強く握り直す。目を瞑る。
「寄越せ。代わりに、何を持って行っても構わない」
言葉は、すぐに聞き届けられる。
私の言葉に呼応するように刀身は震え、膨大な〝何か〟が溢れ出し、視界を黒く、黒く塗りつぶす。
黒に、闇に私の全てが覆い隠され、塗りつぶされて。
私の意識は、糸が切れたように途切れて落ちた。
はい、新章開始です。あとがきであんなこと言っときながらオリキャラメインかい、と思われそうですが……許してください。今後の展開に必要なんです。
予約投稿の日付ミスっとるやんけ!!