P.ZZZ 虚満ちる、壊れた世界。   作:悠問追

18 / 31
Chapter2 『心の虚』

 

 目覚ましが鳴る。けたたましい電子音に引っ張られる形でおれの意識は浮上していって、未だに重たい身体を無理矢理擡げ、端末を操作して目覚ましを止めた。

 いつも通りの時間。いつも通りの寝起き。いつも通りに準備を進めて、いつも通りに学校に向かう。

 

 世界滅亡の予言。それが明日に控えたとて、世界は正常に回っている。

 

 少し浮き足だったような雰囲気はあれど、心なしか沈んだ表情を浮かべた通行人は居れど、街が纏う雰囲気やそこから生み出される『生活』には何ら変わりはなかった。

 自販機はいつも通りに飲み物を吐き出してくれるし、電車はいつも通りの時間に来るし。車内に響くアナウンスや乗車客が織りなす会話の質量も、

「おはよ、ヒカリ」

「おはよう、シオリ」

 いつもの車両、いつもの時間におれを待つシオリも、一向に進まないシオリの書き途中の小説も、何も変わりなく────ただただ、平穏だった。

 短い挨拶を交わして、シオリはスマホの画面を消してポケットの中へと仕舞い込む。そのまま気怠げに口を開き、

「今日の一限なんだったっけ」

「確か数学だったかな」

「あー・・・・・・数学か。ヤだな」

「ふふ。シオリ、数学嫌いだもんね」

 あからさまにシオリの表情と声音に、不機嫌な色が乗るのがわかる。これ見よがしに吐き出された溜め息にもまた。

 

 何気ないやり取り、何気ない日常。

 

 そんな日々に、おれの胸の中が暖かくなっていく感覚がある。世界の滅亡なんてどうでも良くなるくらいには。

 どうやらおれは、自分の目の前に広がる世界で手一杯らしかった。だから視野を広げて、それ以上を気にする余裕なんてない。昨日はシオリに他人本意だ何だと言われたが、余裕が無いんだから仕方ないじゃ無いか。

 ・・・・・・誰に聞かせるわけでも無い言い訳を繰り返すボクの脳内で、イマジナリーシオリが鼻で笑った気配がする。バカにしたような顔をするんだろうな、あの子。

 時間はいつも通りに過ぎ去っていく。気が付けば放課後で、HRは終わっていて。確か、シオリと放課後に何処かに寄る約束をしていたよな、なんて、

 

「なぁおい、聞いてんの?」

 

 おれの思考を遮る痛みと衝撃。思わず床に尻餅をついて、その声の主を見上げるように視線をやる。

 目の前の────ええ、と。クラスメートの・・・・・・名前は失念したけど。彼と、おれ以外誰も居ない教室。授業を終えてぼうっとしている所で、話しかけられていたらしい。

「ご、ごめん。ぼうっとしてて。で、なんだっけ……」

「だからぁ、俺たちの先輩がおまえの〝尻尾切り〟見たいんだって。早くやれって」

「あれ、結構痛く────」

「何、口答えすんの、弱虫タツミくん? 良いじゃねぇかよ。どうせ、明日世界は滅びるんだしさ」

 ぴしゃり、と冷たい言葉がおれの言葉を遮る。そのままスマホのカメラを向けながら、不機嫌そうに口元を歪めて詰め寄ってきた。

「俺の期待に応えられなかった自分が悪い。そう言ったの、おまえだったよな?」

「────、────」

 ・・・・・・尾骶骨から生えた尻尾。右の頰から右肩、右手の甲に沿って生えた深い赤色の鱗。爬虫類のように縦に伸びた瞳孔と、鋭い牙。

 おれは昔から、初対面の相手に『竜のシリオンなのではないか』と思わせてしまう。どうにも、父親譲りの牙と、鋭い目つきがそう思わせるらしく・・・・・・実際はトカゲのシリオンだというのに。

 なぁんだ、と落胆する声を何度も聞いた。がっかりする顔を何度も見た。そして、自分の周りから『期待外れだ』と離れていく人達も。

 その表情が見たくなくて。ひとりになりたくなくて。だから、文字通り────おれは、身を削ることを覚えた。

 道化を演じているうちは周りに人が居てくれる。誰かが側で笑ってくれている。認めてくれる。何も出来ないおれの側に居てくれる。

 その間はおれのことを見ていてくれる。だから、

「それとも何だ。トカゲは自分が危ねぇ〜って思った時、尻尾を犠牲に逃げるんだっけ? じゃあ俺がそう思わせてやりゃ良いのかな〜?」

 何処から取り出したのか、カランビットナイフの先が向く。反射した陽の光が目を焼いて、本当に刺されるんじゃないか、なんて恐怖が思考を支配して・・・・・・思わず目を閉じた。

 瞬間、

「せんせー、こっちです。こっち」

 聞き慣れた声がする。途端に慌てたような足音が離れて行って。再び目を開いた目の前には、呆れた様子のシオリが居た。

「・・・・・・はーあ。先生たちにビビるくらいならこんなことしなきゃ良いのに。いや、アンタもアンタだよ」

「え? ・・・・・・ああ、いや。ほら。おれも悪いから」

「勝手に期待して、勝手に裏切られてアンタに色々言ってるだけなのに? 何も悪くないでしょ」

 口籠る。言葉が見つからなかったわけではない。おれの喉元まで迫り上がった思考の数々を、言葉という形にしてしまった段階で。きっと、シオリは渋い顔をしておれを罵倒する。

 だけど、言葉にしなくとも何を言いたかったのか察したらしい。シオリは大きなため息を吐き出した後で、おれの事を睨みつけた。

「・・・・・・、・・・・・・アンタのそうやって、人の顔色伺って生きてるトコ。ほんと、嫌い」

「ご、ごめんて・・・・・・」

「うっさい。もう喋んな、クソトカゲ」

 踵を返して教室の出入り口に向かう。シオリの両足が戸を越えるまで、ほんの数十秒くらいの出来事なのに。沈黙が痛くて、吐き出す息が浅くて。頭の中で、色々な思考が目まぐるしく回る。おれは、シオリの背中を眺めていることしかできなくて。

「何してんの、帰るよ」

 シオリのそのひと言だけで。どうしようもなく、救われた気になるのだ。

 

 ◇◆◇

 

 ヒカリとルミナスクエアで色々な店を見て回って、帰路に着く。

 本を見たり、音楽の試し聞きをしたり。映画の広告ポスターを冷やかして、洋服を見たりなんかして。

 私の行きたい場所。私の見たいもの。アイツが何処かへ行きたいと、希望を出したことは一度も無かったけれど。

「ホント、アイツ・・・・・・他人本位に生きすぎ」

 高校に入学してから何となく、アイツと一緒に居ることは多い。けどたったの一度もアイツの意見を聞いたことがなかった。

 他人の顔色を伺って生き、他人の意見を尊重して生きる。発言や決めた方針、その全ての中に────ヒカリという存在がひとカケラも無い。

 それが嫌いで、嫌で。それでも居心地が良かった。

 歪んでいるのは、きっと私もだ。

 

 きっと、私の世界はとっくの昔に壊れてる。

 割れたグラスにいくら水を注いだところで満たされないように。歪んで曲がって壊れて仕方のないこの世界は、決して綺麗に元通りというわけにはいかないのだろう。

 

 音楽が好き。私の代わりに笑ってくれるから。怒ってくれるから。泣いてくれるから。

 物語が好き。ソレに没頭している間は全てを忘れさせてくれる。目の前に開かれた頁の上で、物語を彩る者達が『ここに居て良い』と────『こんなに酷い現実に帰らなくて良い』と言ってくれれば、どれだけ私の心は救われるか。

 

「ただいま」

 けれど、心の何処かで、私にはまだ・・・・・・この世界から逃げ出せるほどの力が無いことを自覚していて。

「何度────何度言えばわかってくれるの!?」

 歪んで仕方ないこの世界の中で、

「俺だっておまえとシオリを思って────!」

 目と耳を塞いで、必死に見ないように、聞かないようにすることしか許されないのだ。

 首にかけたヘッドフォンを被って、端末を操作して爆音で音源を流す。

 朝まで。朝まで耐えれば良い。朝になればまた、心に住むモヤモヤとした感覚を誤魔化すことができるから。

 学校生活・・・・・・青春、だとかいう名の水を、割れたグラスの中に────死んだような目で注いでいる間だけは。いくらか気持ちも楽だから。

 

 二階に上がる階段へ足をかける。端末でメモ帳アプリを開く。汚い現実から目を逸らすために、物語の世界へ逃げ込むために。

 

 今日はひと文字も書けていない小説。

 城に閉じ込められた、どこにもいけないお嬢様と。ソレを助け出すトカゲの王子様のお話。

 登場人物の中に自分を幾らか投影すれば、物語は書きやすくなるとはいうけれど。あんまりにも願望が出過ぎていて乾いた笑みが漏れて出た。

 一向に筆が進まないのは『救い』の形がわからないから。そもそも私の胸を蝕むこのモヤモヤの名前すらわからないのだから、結末に向かって歩いて行くことすら出来ない。

 書いては消す。書く。消す。書く、消す。書く消す、書く消す書く消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す消す書いて、消して。書いて書いて書いて書いて消して、消して。

 

 そんなことを繰り返して。毎日、毎日。物語すら生み出せない、価値のない自分と向き合うだけの日々を過ごして。

 いつだったか戯れに書いた、X月X日に世界は滅ぶ、なんて内容のスレッドだけが異様に伸びて。

「・・・・・・ああ、それなら」

 今になって、ようやく気づく。

 

 そも、救いという形が間違っていたのではないか。

 世の中が────何より私が求めるのは、救いじゃなくて。

 ただただ、無に帰すための破滅だと。

 

 割れたグラス。穴の空いた風船。ソレが二度と満たされず、元の形に戻らないように。

 

 歪んだ世界は決して元には戻らない。

 

 それは私だけの意見ではなく世界の総意。

 

 破滅は世界の願望。

 

 なら破滅に向かうための物語の方が需要があって、

 

 救いの物語は誰にも求められていない。

 

 ────ああ、そうだ。私の胸の中のこのモヤモヤの名前は、きっと『承認欲求』で。

 

 まだ何者でもない私を認めて欲しくて。

 

 ただ、よくやった、と褒められたくて。認められたくて。

 

 だから、私が書かないと。

 

 筆を持ったからには。それでしか私は、価値を主張できない。表せない。見出せない。

 

 ────日付が、変わる。

 

 胸の虚無が形を成す。

 

 広がる。広がって行く。

 




ここまで投稿しておけば後は二話ずつで投稿綺麗に終わるんですよね。というわけで、今週はここまでです。引きとしても良い感じなので。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。