窓の外から鳴り響くサイレンに、叩き起こされる形で目を覚ました。
どうやら眠ってしまっていたらしい。咄嗟に枕元のスマートフォンで時刻を確認すると、十二時一分────日付が変わってすぐだ。
「────、────」
無性に嫌な予感がおれの胸に過り、画面を操作してインターノットを開く。真っ先に目についたのは一番最初に表示されたスレッド、タイトルは────、
【悲報】世界滅亡の予言、これは当たりか?www
「まさか」
くだらないレスを読み飛ばし、斜め読みではあるものの内容に目を通していく。
引用されていた記事のURLを踏んで、そこに書き記されていた内容に・・・・・・目の前が、真っ暗になる感覚があった。
十二時丁度。日付が変わったのと同時に、何処からともなく現れたホロウ。
その座標には覚えがあって。親切に貼り付けられたニュースの切り抜きには、おれも見覚えのある光景が映し出されている。
「シオリ────、シオリ!!」
居ても立っても居られず、ベッドから飛び起きて寝巻きのまま部屋を出る。家を出る。
寝起きで重たい身体も関係なしに。お構いなしに。足を必死に回して、一度聞いた住所へ向かって。
過去に何気なく聞いたシオリの家の場所。たった一度だけ彼女を家まで送ったことがあって。それきり近づくことはなかったけれど。
確かに覚えている。間違いであって欲しいと思う自分を否定するように、脳裏にこびりついた記憶が、『確かにその場所だ』と主張している。
まだ動いている電車に乗ることすらももどかしくて仕方がなくて。走る、走る。痛む足を回して、やかましくがなり立てる心臓を黙らせて。酸素を求める肺を酷使して、ただ。ただただ、足を回す。
そんなはずない。そんなはずはない。案外、現場に着いたらシオリはいつもの様子で笑ってて・・・・・・『何、そんなに息切らして。心配してくれたんだ?』とか、おれを揶揄うみたいに笑って、それで。
喉が痛い。肺が痛い。足が震える。それでも必死に走って、走って。
汗で全身ぐしょぐしょで気持ち悪くて。酸欠で視界がグラついて。それでもたどり着いたそこには、
「あ────、」
無情に、非情に。夜闇のなかでもわかるほど、深く、深い
「ああ、あ・・・・・・」
ホロウが、ぽっかりと口を開けていた。
侵入禁止の黄色いテープの前で。治安官の人たちが、野次馬達をこれ以上進ませないように声を張り上げているのが見える。
胸を撫で下ろすように泣き崩れる人たち。
端末でホロウを撮影する人たち。
その中に、シオリの姿は見えない。
「ゔ、っ、────」
ここまで急いで走ってきたせいか。目の前の現実があまりにもショックだったからか。吐き気を覚えて、適当な路地に逃げ込んで。地面に吐瀉物を撒き散らし、両膝をつく。
「どう、どうしよう・・・・・・どうしたら・・・・・・おれは、」
何も、何も手段が、方法が、何も。何も思いつかない。感情が、思いが、思考が。地べたに広がる吐瀉物と共に口から全て出ていってしまったような。
頭が回らない。胸の中にぽっかり穴が空いたような感覚が、ずっと────ずっと、『怖い』が。胸の中に在る。
何もできない。何もしようがない。しょうがない。だから、だから他の誰かに任せて────だって、だってどうせおれには誰も、
「あー・・・・・・えっと。そこのキミ、どうかした?」
おれの。おれの、後ろ向きな思考を遮る声がする。
視線を上げる。涙で霞んだ視界。ソレを擦って、何か応えようとして。おれの喉は、声を発せなかった。
「待った待った。うん。状況は何となく察せる。落ち着いて、とりあえず深呼吸」
優しい声の女の子だった。桃色の髪を風に靡かせ、被っていたフードを背中にやると。おれの目の前に膝を折り、視線を合わせてくる。
────大きく息を吸って、吐く。頭に血液を、酸素を回すように。胸にぽっかり空いた穴へ、その空洞と虚無感を埋めるみたいに。
「落ち着いた?」
「だい、ぶ────大丈夫、」
「そう。なら良かった」
その子は笑みを浮かべると立ち上がり、背中に背負ったリュックからペットボトルの飲料を取り出し、差し出してくる。キャップを回してひと口飲むのを待って、それから再び口を開いた。
「私は『レイン』────キミから見て、だいぶ不審者かもしれないけど・・・・・・多分、今一番キミの力になれると思うよ」
◇◆◇
久々にアルテミスとして依頼をこなして、報酬で美味いモンでも食って帰ろうと居酒屋に入ったらこれだ。外から響いたクソデカサイレンはボクにため息吐かせるのには十分やったし、非常事態となれば酒を飲むワケにもいかん。目の前に注がれたビールと泣く泣く別れを告げて、ボクらは店の外に出た。
待ち合わせ場所はルミナスクエアのオブジェ付近。いつも通りにボクにはわからん芸術性を発揮するソレとは違って街の雰囲気は騒がしく、東側の空に目を向ければ見覚えのないホロウの姿がある。ボクの想像より遥かに大きくて、でもって近い。
「・・・・・・なんやおねーちゃん。おん? スクラッチ引きたいって・・・・・・ボクらこれから依頼やで? 後にしなさい、後に」
咎めるボクの言葉を聞いて、おねーちゃんは不満げにボクの脛を蹴ってくる。痛い。いやめっちゃ痛い脛はやめろや脛は。
「どーせ世界は滅びる
「あー・・・・・・その。相変わらず、みたいだね」
そんなボクらの間の抜けたやり取りに割り込む、聞き覚えのある声。振り返って視線をやれば、電話口で告げられた依頼主であろうヤツとレインの姿が見える。誤魔化すみたく咳払いを挟んで、とりあえず仕切り直しってコトで緩く手を振った。
「久しぶりやな、レイン」
「うん、久しぶり。バレエツインズの時以来かな・・・・・・あの時はお世話になりました。お化け嫌いは治った?」
「余計なお世話やハゲナス」
「・・・・・・私別にハゲてないし。ナス要素は何処から来たの?」
マジレスすんなや調子狂うな。やりづらいねんコイツ、ホンマに。
ままま、ええわ。とりあえず本題。
「で、その少年が件の依頼主か?」
「え? あ、はい。そうです。おれ、あのホロウに入りたくて・・・・・・」
あのホロウ、と言いながら指さされんのはさっきボクが見上げていたソレ。突如住宅街に現れた、謎のホロウ。憶測の域を出ないけども、多分『ケセド』と似たようなモン。とりあえずキナ臭い、と黒い連中と関わって培ったボクの嗅覚が告げとった。
「どのみちボクはあのホロウに入る予定やったし、ええよ。付き合ったる。ほな協力して欲しいプロキシがおるから、ソイツに連絡してホロウに行こか。戦力はキミと、おねーちゃんだけで事足りるやろ・・・・・・」
ケセドの前例がある以上、過剰戦力と思うくらいに人員は集めておきたい。けどあんまり時間取りすぎて、今回も大事になってからホロウに入るのも避けたい。それに────、
「・・・・・・? どしたん、少年」
思考を中断。何か言いたげなソイツの視線が突き刺さり、ボクの眉間に皺がよるのがわかる。
心なしか冷たい声音になってしもうたボクの問いを受けて、少年の視線が逃げるように泳いだ。
「いや、その・・・・・・おれも、戦力に数えられるんですか?」
「当たり前や。だってキミ強いやろ?」
「別にそんなことは────」
食い気味の否定の言葉。自信なさげな声音。正味、ボクとしては何言っとるんコイツ、って感想しか浮かばんかった。
「何言っとるんオマエ」
いや声に出てた。失敬。
「いだっ・・・・・・おねーちゃん脛蹴らんといてやそんな執拗に! だってそうやろ、おねーちゃんだって解っとるんちゃうんか。コイツ────、」
咎めるような目。これ以上言うな、とその目が告げている。
言わずとも解れ、それ以上の発言はラインを越える、と。
・・・・・・嫌いなんよなあ、こういう『暗黙の了解』みたいな雰囲気。言わんでも察して〜みたいなキショいムーブ。言わんと解らんわ、ボクかて人間やし。
「・・・・・・へいへい、解りましたよ。こんなんだからボクは友達が少ないんでしょうね。ほんなら、もうひとり拾ってくか・・・・・・」
前回の『ケセド』の時は連絡がつかなかった相手。ノックノックで『今何処おる?』と送った数秒後には、六分街のラーメン屋の位置情報が送られてきた。まーたあいつ激辛ラーメン食っとるんか。よくもまあ飽きひんね。
とりあえずそこに居ろ、とだけ送り返して。ボクらは六分街に歩みを進める。リンチャンに電話をかけ、コール音を聞きながら。
◇◆◇
「おわ! 何、なになになに!?」
H.D.Dのモニターの前で微睡んでいた私は、店の外から突然鳴り響いたサイレンに意識を引き戻される。
口から垂れていたよだれを拭って、思わず立ち上がったところで。お兄ちゃんも焦ったように工房の中へと入ってきた。
「リン、無事かい!?」
「無事も何も、私も何が何だか・・・・・・Fairy!」
私が呼びかける前に、既にFairyの検索は始まっていたらしい。画面に無数のタブが開いては閉じてを繰り返し、最後にFairyの隻眼が画面を陣取る。
『検索、完了。ルミナスクエア東側の住宅街に、突如ホロウが発生。半径三キロメートルまで急速に成長し、今は停止中。朱鳶治安官を中心に、現在封鎖作業が進んでいます』
「突然現れたホロウ────」
Fairyから聞かされた言葉を反芻するのと同時に、脳裏に過ぎる記憶。
ホロウを覆うように突然現れた、もうひとつのホロウ。
家の内装が永遠に、ツギハギに続く内部。
認知を汲み取り、姿を変える未知のホロウ────。
「・・・・・・『ケセド』を思い出すね」
「やっぱりお兄ちゃんも?」
「ああ。巴くんに聞いていた話によく似ている」
とはいえ、今回は住宅街のど真ん中。元々ホロウがあった場所、というわけではないから。ケセドの例とは微妙に外れる気がするけど・・・・・・そもそも、私たちはあのホロウについて前例だとか、多くを知っているわけではない。疑ってかかるくらいがちょうど良いのだ。
「とりあえず、巴さんに連絡────」
なんて言いかけたところで、私のスマートフォンが着信を知らせて震える。画面に表示されるのは『
『あー、もしもしリンチャン? 十二分街の時ぶりやな。元気しとったか?』
「もしもし、お疲れ様! 私もお兄ちゃんも元気だよ。そっちも変わりなさそうでよかったよ」
アイスブレイク、というやつだろうか。互いの近況報告を軽い会話で済ませた後で、巴さんの声音が少し変わる。
声のトーンは僅かに低く。ここから先は真面目な話だ、と言わんばかりに。
『二人とも、今は六分街か?』
「うん。Random Playに居るよ。お兄ちゃんも、隣で聞いてる」
『そりゃ結構。ルミナスクエアの住宅街のホロウのことは?』
「今Fairyから聞いた所。丁度、巴さんに連絡しようと思ってたタイミング」
『ん、ふふ。グッドタイミングやな。そこで真っ先にボクらのことを思い出してくれるのは、素直に嬉しいわ。滅亡の予言様々やね』
「もー、不謹慎だよ。巴さん」
一瞬。一瞬の違和感。でもすぐに押し流されてしまうほどの、弱々しい違和感。
数度瞬きの後で思わず首を傾げるけど、あまり気にすることでは無い、とソレを頭の片隅に置いた。
『じゃ、二人はビデオ屋で待機。ちょーっとばかし、件のホロウに入る予定ができてな。『ケセド』と同じようなモンなら、二人の────んや。三人の力が借りたい』
「了解。じゃあ、お兄ちゃんと準備を済ませて待ってるから。気をつけて来てね!」
言いながら、端末を操作して通話を切って。そのまま、背もたれに体を預けて天井を仰ぐ。丁度私の顔を覗き込んだお兄ちゃんと目があって、形のいい眉が寄せられたのが見えた。
「どうかしたかい?」
「いや、うーん・・・・・・」
なん、だろう。何だろう。上手く言語化できないし、その正体はわからないけど。何か、違和感がある。
引っかかる所というか、普段は引っ掛かるべき場所なのに、すんなり通り過ぎていくモノがあった、というか────。
「ごめん、お兄ちゃん。私と巴さん、どんな会話してた?」
「うん? えっと────」
お兄ちゃんの視線が明後日の方向へ流れていって。思い返すように指を折りながら、ゆっくり口を開いた。
「まずは互いの近況報告。僕たちはビデオ屋の営業を再開した話と、グレースさんの所に義手のメンテナンスに行った話。向こうは十二分街復興の話をしてたね」
「うん」
「で、僕たちが何処に居るかの確認。それから、住宅街に現れたホロウの話」
「そうだね」
「あとは────印象に残ったのは、滅亡の予言」
「・・・・・・、・・・・・・それかな?」
再び頭の中に浮かんだ違和感。それを逃さないように、私は何と無く天井へ向けて手を伸ばし、虚空を掴む。それでもお兄ちゃんはさっきと同じように、眉を『へ』の字に曲げるのが見えた。
「本当にコレかい? 別にそんなに違和感を抱くモノではない気がするけれど」
「まあそうなんだけど。確かアレだよね、明日────いや、日付が変わったから今日か。世界が滅びるってヤツ」
「そう、それ」
違う。違和感。また違和感だ。
見方を変えよう。視点を変えれば────、
「・・・・・・そうだよ。何で、私たちはこんなにすんなり『世界滅亡』なんてモノを受け入れてるの?」
ここまで言って、ようやく違和感に気づいてくれたらしい。お兄ちゃんも何かを考え込むように顎に指を添えるのが視界の隅に見えた。
世界滅亡の予言。
私はそれを、最近何処かで聞いた────いや、見た覚えがある。
そうだ。朱鳶さんに初めて会いにいく時、電車の中で。何気なく開いたスレッドで、そんな内容の会話を見た気がする。
けどぼんやりと眺めていただけ。そこには明確な日付が書かれていた覚えはないし、書かれていたとしても覚えているほど真剣に読んだつもりはない。
それが今は、私の中で────私とお兄ちゃんの中で、当然だと思うほどに浸透してしまっている。
「────認知、かな。僕らのソレが、歪められている」
「かもしれない。けど私たち、ホロウの中に居るわけじゃ・・・・・・いや、さっき前例をあまり知らないから、全部を疑ってかかれって思ったばかりだ」
けど一体いつから? いや、そこも考えたって仕方ない。そもそも私たちが解明すべきなのは、『いつから』ではなくて『どうして』だ。
「Fairy、今その『世界滅亡』について話してるスレッドは幾つくらいある? できれば過去のログも漁って」
『該当スレッド、多数。その『世界滅亡』の根拠、理由。所謂『ソース』の特定にリソースを使用しますか?』
「んー、そうだね。出来るなら、その方がいいかも」
『了解しました、マスター』
Fairyの瞳が電子の海へと消えていく。再び開閉を繰り返す無数のタブから目を離して、私は大きなため息を吐き出した。
また私は────いや、私たちは。厄介なことに巻き込まれてしまっているかもしれない。