P.ZZZ 虚満ちる、壊れた世界。   作:悠問追

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Chapter1『来訪者。依頼』

 お兄ちゃんと私が退院してから、毎日がすごい速度で過ぎ去っていくほどに忙しくて。目が回りそうな日々だった。

 とりあえず、ビデオ屋の清掃をして、イアスたちを修理して。ご近所のみんなにも顔を見せて。沢山の心配とお祝いの言葉と食材なんかを貰って、ようやくRandom Playも営業再開の目処も立った。

 ああそう、ニコの所にも挨拶に行ったりして。中身は私ではなかったにしろ、あの子にも迷惑をかけたのは事実だし。『トリガー』も近いうちにお店に顔を出してくれるって言ってた。にしても、知らぬ間にあの子の連絡先が登録されていたのはどういう了見か……。

「ああ、でも」

 私の足元で、私を見上げていたイアスが首を傾げる。なんでもないよー、なんて苦笑いを返して。なんとも無しに、私は工房の壁一面に広がるモニターへと目を向けた。

 

 あの時、あの日。私を助けてくれたもうひとり。朱鳶さんとは、まだ連絡が取れていないし会えていない。

 

 何というか。どう接するか迷っている、というのが正しかった。

 私と彼女は本来相容れない。本当に黒いと言われるようなことはパエトーン(私たち)はしていないにしろ、治安官とプロキシだ。お礼を言うにしても過度な接触は迷惑をかける気がして。

 どうするべきかなあ、なんて迷っているのがこの数日である。悩ましい。

「ただいま」

 そんな私の思考を遮る声が、店の出入り口から聞こえてくる。

 06号(れむ)ちゃんがわたわた、とドアを開くと、左手にビニール袋を持ったお兄ちゃんが工房へと入ってきた。片腕の生活にもすっかり慣れたようで、手に持った袋を机に置いて。その中から、私の分のコーヒーカップを手渡してくる。

「ありがとー。私の分は気を遣わなくて良かったのに」

「良いんだよ。どうせ飲むなら、二人で飲みたかっただけさ」

 いつも通り甘い言葉を吐くお兄ちゃんを見上げながら、そのカップを受け取った。

 あの一件があってからというものの、お兄ちゃんはやけに私を甘やかす。それこそ、二人で居れなかった時間を埋めていくみたいに。

 私としては普通にしてくれるだけで十分幸せなんだけれど、一向に譲らないというか。こうなった時のお兄ちゃんは案外頑固なのである。だから私はとうとう抵抗を諦めて、お兄ちゃんが満足するまで甘やかされることにしたのだった。

 私が好きな甘めのトッピング。程よい苦さとカフェインが身体に染み渡る感覚がして、ほう、と自然と吐息が漏れる。

「で、何か悩み事かい?」

「ぅ、ぇ?」

 間抜けな声が出る。見通されてるとは思わなかった。

「悩み……といえば悩み、かな。人間関係的な」

「それは珍しい。僕の記憶が確かなら、リンは結構加減なしに突っ込んでいくタイプだと思っていたんだけれど」

「いやまあそうなんだけど〜……そうもいかない理由もあるんだよ」

 こればっかりは、本当に。何せ初めましてなのに初めましてじゃない、とかいう奇妙な関係性なのだ。会いにいこうと思えば会いに行けるけれど、プロキシと治安官という立場も相待って邪魔をするし。私の気持ちひとつでどうこうできるモノじゃない。

 だから眉間に目一杯に皺を寄せて、コーヒーを啜りながら目を逸らすことしか出来なくて。気まずさに耐えかねて、私は話の路線を変えることにした。

「お兄ちゃん、だいぶ慣れた?」

「うん? ああ……」

 言われて、お兄ちゃんの視線は自身の右腕に向く。私が着っぱなしだった上着、その右腕の袖には何も通されていなくて。緩く体を振れば、それに合わせて袖も揺れるのが見えた。

「そうだね、だいぶ。利き腕だから苦労するかと思ったけど、そんなに時間は掛からなかったな」

「お兄ちゃん器用だもんねー」

「器用貧乏、ともいうよ。趣味だってどれも長続きしない」

 確かに。お兄ちゃんの部屋にはアレコレ手を出すだけ出して、放置された趣味の残骸たちがある。スケボーやら自転車やら。

 でもどれもお兄ちゃんはすぐに一定以上上手くなって、満足してまた仕事漬けの日々に戻っている印象だった。本当に器用ではあるんだ。

 片腕が無くなってからだって、最初の頃は上手いこと重心が取れなくてまっすぐ歩くのにすら苦労していたのに。ものの数時間くらいでそれもなくなってたし。

 器用貧乏、というより努力の人。私の印象はそれ。絶対本人に伝えたら調子に乗るから言わないけど。

「お兄ちゃんは義手とか作る気ないの?」

「義手? 義手かあ・・・・・・あった方がいいかな、とも思うけれど。リンは?」

「私は〜・・・・・・別に眼球自体が無くなったわけじゃないからなあ。左目見えなくて心底困る! ってことはないし」

 お兄ちゃんに比べて、私は生活の中で不自由は感じて居ない。

 右側だけ、とはいえ視界は確保できているし。目に傷がついたわけでもないから、隠す必要だってない。鏡で確認したけど、視線を動かす時の目の動きにだって不自然さは無かった。

 だから義眼の類は必要ないかなあ、なんてぼんやりと。それに、

「まあ・・・・・・私は見えなくなった片目(これ)、無くしちゃいけないと思ってるから。これはもうひとりの私に、もう一度歩き出す理由を貰った証。ちゃんと残しておかないと」

 助かるために右腕を切り落とさなければいけなかったお兄ちゃんとは違う。

 

 ────あの時起こした奇跡。その代償。

 

 そう思えば自然と、無くしちゃいけないな、と思わされたのだ。自分への戒めの意味も込めて。

 なんて呟く私に、お兄ちゃんは薄く眉間に皺を寄せて。手に持ったコーヒーを大きく(あお)る。

 途端、店の方からカランカラン、と入店を知らせる小鐘の音が響いて、

「あれ、お客さんかな」

 駆け足で扉に向かい工房から顔を出す。出入り口に立ってたのは眼鏡をかけた糸目のお兄さんと、小さい女の子だった。

「ごめんなさい! まだ休業中で。来週には営業再開するんですけど」

「うん? ああ、わかっとるよ。大丈夫、ビデオ屋のキミらに用があって来たワケじゃないねん」

 そんなことを言いながら、糸目のお兄さんは辺りを見回して。数歩、店内に足を踏み入れる。

 値踏みするような視線。お店の棚、床、カウンター。それから最後に、私をまっすぐに見て。その辺りで不審に思ったらしいお兄ちゃんが、私を守るみたいに私の前へと出てくる。

「そんな顔せんといてな。ボクは別にキミらを取って食おう思うとるワケとちゃうねん」

「明らかに敵意を持っているような目に見えたけれど」

「ああそう? じゃあボクの人相のせいかもしれんなあ。よく誤解されんねん、困るわ」

 空気がピリついてる。肌が粟立つような錯覚すらあって。糸目のお兄さんの隣に立つ、小さい女の子すらも。それを感じたらしく身構えるのが見えた。それを、

「あー、アカンてお姉ちゃん。そんな敵対心剥き出しにしたら二人とも怖がってまう。ゴメンな〜二人とも」

 糸目のお兄さんは、女の襟首を引っ掴んで満面の笑みで諌める。それでも警戒の色を解かないお兄ちゃんを見て大きなため息を吐き出すのが見えた。

「そんな身構えんでもええよ。取って食おうとか思っとらんのは本当。ボクらはキミたち────パエトーンに依頼があって来てん」

パエトーン(僕たち)に?」

「そ。活動再開するんやろ?」

「・・・・・・何処から聞いたのかな」

「ソレは企業秘密やね。でもキミら的には願ったり叶ったりやろ?」

 お兄ちゃんの視線が私に向く。多分この視線は誰かに話したのか、という問いと。この人を信頼するべきかどうか、という意思確認だろう。

 私は誰にも話していない。多分、この反応からしてお兄ちゃんだってそうだ。外部の誰かから、私たちの活動再開の話が漏れるとは思えない。けれど、

「・・・・・・話くらいは聞いても良いかも。私たち、一年近くも休んでたんだから。ここでお得意様は作っておくべきじゃない?」

 パエトーンは完全に引退した。治安官に捕まったんじゃないか、とか。ホロウの中で野垂れ死んだんじゃないか────とか。ほんの少しエゴサしただけでも、インターノットであれこれ私たちのことを言われていた。

 プロキシは依頼主との信頼関係で成り立つもの。一年近く活動休止していた私たちに、依頼を頼んでくれる相手は正直そう多くない気はする。いくらパエトーンというブランドがあったとしても。

 羊飼いに連絡を取るか迷っていたけど、こうやって直接依頼を貰える方が手っ取り早いのは確かだ。それに、

「・・・・・・多分、なんだけど。このお兄さん、怪しいけど私たちが思ってるほど悪い人じゃないよ」

 怪しいのはそれはそう、なんだけど。私たちにさっき向けてきた視線だって、単純に『私たちが信頼できるかどうか』を見てるように感じた。私たちをどうこうしてやろう、みたいな悪意の類は無かったように思える。

 私たちがプロキシとして────パエトーンとして活動を始めた当初。よく向けられていたモノと同じだ。

 私の言葉を受けて、お兄ちゃんの眉間にまた皺が寄る。それから糸目のお兄さんに視線を移して、今度はお兄ちゃんがため息を吐き出す番だった。

「わかった。リンの人を見る目は信頼しているからね、話くらいは聞いてみよう」

 

 ◇◆◇

 

 そうと決まれば、だ。糸目メガネのお兄さんとちっちゃい女の子を工房へ通して、後ろ手にしっかりドアを閉めた。

「へえ、なるほど。壁一面にびっしりと並ぶモニター・・・・・・映画のスパイの秘密基地みたいやねえ。な、お姉ちゃん」

 なんて言葉を投げかけられた隣の小さな女の子が、こくこくと楽しそうに頷いているのが見える。

 ・・・・・・にしても、さっきお姉ちゃんって呼んでたのは聞き間違いじゃ無かったんだ。見た目は明らかに真逆なんだけど。いやいや、見た目で全部判断するのはよくない。良くないぞ〜、私。

 依頼主の二人をソファに座らせて。私とお兄ちゃんは、デスクチェアを転がしてきて向かいに座った。この依頼を受ける前の独特な緊張感が久しぶりなモノだから、がなりたてる心臓が喧しい。

「お茶やコーヒーの類は出せないけれど。ごめんね」

「ああ、ええよええよ。キミらも何かと入り用で余裕ないやろ? 社交辞令でも何でもナシに。お構いなく」

 なんて言い終えて、さて、と糸目のお兄さんは両手を合わせた。掌と掌がぶつかる乾いた音が、工房に響き渡る。

「まずは自己紹介からやね。ボクは(ともえ)。こっちのちんまいのは輝夜(かぐや)ちゃ────あいた、」

 ちんまいの、という表現が気に障ったらしい。女の子────改め、輝夜ちゃんの肘が勢いよく巴さんの脇腹に深々と刺さったのが見えた。

 その後で、巴さんの耳元に顔を寄せて。こしょ、こしょ、と数秒。

「ウンウン。よろしく、やって。ボクもよろしゅうな」

 と言い放った後で、また数秒。こしょ、こしょ、と。

「ウンウン・・・・・・お兄ちゃん、って呼んどったけど二人も兄妹? って」

「ええと・・・・・・」

「あーお姉ちゃんのコレは気にせんといて。シャイやねん、この子」

 ・・・・・・と言われてもちょっと気になるなあ、この独特の間。いや、そのうち慣れるか。対応力にはそれなりに自信があるし。ウン。

 ほんの少しの気まずい沈黙。それを取り払うように、お兄ちゃんが咳払いをして、

「僕はアキラ。こっちはリン。知っての通り、僕らは二人でパエトーンというプロキシだ。輝夜ちゃんが言う通り、僕らは兄妹だね。よろしく」

「よろしく〜、輝夜ちゃん。巴さん!」

 なんて声をかけてあげれば、輝夜ちゃんが満面の笑みで手を振ってくれる。可愛い。なんというか、腰元まで伸びた長い黒髪といい、整った顔立ちといい。お人形さんみたいな印象を受ける子だ。

 そんな和むやり取りの後で。巴さんが言葉を続ける。

「で、早速依頼の話に移らせてもらうんやけど。ボクら、十二分街のホロウに入りたくて。ナビゲーションを頼みたいねん」

「・・・・・・なるほど。ホロウに入る目的は? 聞いてもいいかな」

「かまへんよ。最近ホロウの中でめちゃくちゃしとる連中がおるんやけど・・・・・・なんて言ったっけな。名前」

 記憶を探るように、巴さんの視線が明後日の方向へ向けられる。うんうんと数秒悩ましげに唸り声をあげていたけど、痺れを切らしたらしい輝夜ちゃんが、巴さんの耳元に顔を寄せることでそれは終わった。

 そして、巴さんの口から放たれた名前は、

 

「ああ、そうそう赤牙組(せきがぐみ)! そういやそんな名前だったわ」

「────、────」

 

 私の知っている名前で。因縁のある名前で。

 思わず、息を呑む。

 

「せやなあ。依頼内容としては────ボクらの住処の近くで、めちゃくちゃしとる赤牙組の掃討。その手伝い、とでもさせて貰おか」




はい、書き溜めが出来たので投稿再開です。よろしくお願いします。週一投稿でやっていきますんで、のんびり着いてきてくれると嬉しいです。イントロとこの話込みで、とりあえず二万文字くらいですね。現状。何話になることやら。
本編で描き損ねた内容の補足をば。

リンちゃんの後ろ髪は長いまま。けど前作に比べてちゃんと手入れもされてるし、顔色なんかもだいぶよくなってます。

巴くん。かけてるメガネは丸メガネ。髪型はサイドアップで茶髪です。ゴリッゴリに側頭部はバリカンで刈り上げてたりします。
この兄妹の服装は特に決まってないんですよね。描写が入ったら『ああ、服装思いついたんだな』って思ってください。
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