P.ZZZ 虚満ちる、壊れた世界。   作:悠問追

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Chapter4 『滅亡の予言』

 

 画面に引っ切り無しに浮かんでは消えていたタブが消える。おそらく、Fairyの検索が終了したんだろう。

 それと同時に入店を告げるベルの音が聞こえてきて、工房の扉が開いた。

「お、来た来た。いらっしゃーい」

 デスクチェアをくるりと回し、入り口側に向き直る。そこに立っていた人影が私が想定していた人数よりも多くて、驚きのあまり少し固まったのは内緒だ。

「え、えー・・・・・・と?」

 今回は初めましての相手が多すぎるな。三人もいる。

 黒いパーカーのフードを被った、桃色の髪の女の子と・・・・・・何処かの学校のジャージを着た男の子。記憶が確かなら、エレンが着ていた制服の学校とは、また別の物なハズ。この子は、頰と手の甲に赤色の鱗が見えて────あとは瞳孔の形状から、おそらく爬虫類系のシリオンだということが解る。

 それから、

「・・・・・・? 私の顔に何かついてるかしら」

 私が思わず凝視して、言葉を失ったのは最後の子。

 物騒なタクティカルベストの上に赤色のミリタリージャケットを羽織った女の子。首元には黄色のバイザーがぶら下げられていて、纏う雰囲気からも何と無く『軍人』のような印象を受ける。

 首を傾げて揺れる、自分で切ったらしい白色の不揃いな肩あたりまで伸びた髪。目が半分隠れるあたりまで伸びた前髪もまた、綺麗に切り揃えられているとはお世辞にも言えなかった。

 目の下には青々とした隈が深く刻まれている。満足に眠れていない様子なのに瞳には僅かに炎が宿っているのが見えて、私の目には何処となく危うく見えた。

 

 その危うさ、真っ白い髪、纏う雰囲気。それら全てに、私は既視感がある。

 

「アン────」

「リン? 大丈夫かい?」

 

 言い掛けた言葉を飲み込む。丁度心配するように発せられたお兄ちゃんの言葉でそれは掻き消えて、何と無く気まずい沈黙が工房に満ちた。

 

 アンビー。アンビーに似ているんだ。

 

 そんな私に気を使ったのだろう。場の空気を変えるように掌を叩くと、巴さんはいつものヘラヘラとした表情で口を開く。

「ままま、せやな。初めましての対面も多いだろうし、自己紹介から始めよか」

 広げた掌が指したのはお兄ちゃん。トップバッターに任命されるとは思っていなかったらしく、ほんの少し慌てたのが見えた。

「僕はアキラ。こっちは、妹のリン。僕たちは二人でビデオ屋を経営していて────いや、こっちの話は今は必要ないかな。僕たちは二人でひとりのプロキシだ。よろしくね」

 私の分まで名乗りを済ませてくれたのは、気を使ってのことだろう。正直今は、がなり立てる心臓を落ち着けるので忙しい。

「じゃあ次は私かな。私はレイン。一応、学生・・・・・・をやりつつ、データの修理や抜き出しをしてるよ。最近じゃ、ちょっとした情報屋みたいなことをしてるかな」

 レイン、と名乗ったのは桃色の髪の女の子。よろしく、と周りの面々に緩く手を振ると、最後に私と視線を合わせた。その瞳には心配の色が混ざっているように見えて、それに応えるように私は緩く手を振りかえす。

「ええ、と。じゃあ、次はおれで」

 上擦った声。爬虫類のシリオンの彼は、こういう場にイマイチ慣れていないのかもしれない。瞳に泣き腫らした痕があるから、それのせいもあるかもしれないけれど。

「ヒカリ・タツミです。トカゲのシリオンで、高校生で・・・・・・今回、巴さんたちに依頼をしたのは、おれです」

 ヒカリくん。何というか、彼は不思議な子だ。身体から放たれる威圧────というか、雰囲気、というか。なんと表現して良いのかわからないけど、そこからは強そうな感じを受けるのに。言動が弱気で、少しあべこべに見える。

 そして、最後。件の、アンビーに似た少女。背中に背負った重たそうなリュックを床に下ろすと、彼女が口を開いた。

「最後は私ね。私はハリン。立場や役職を表すのなら────今はフリーの傭兵、エージェントかしら。戦闘なら任せて」

 ハリンはヒカリくんとは正反対な印象を受けた。瞳の下の隈だとか、何処か脆そうな────壊れてしまいそうだとまで感じるのに、言動からはとても力強さを感じる。多分、培ってきた努力や経験がそうさせるのだろう。けれど、その受ける印象ですらも。アンビーと近しくて、少し胸に痛い。

 いや、その全部は一旦横に置く。今は依頼のことに集中しなくちゃいけない。

「ほな、自己紹介も済んだコトやし、本題に────」

「ああ、待って」

 巴さんの言葉が、控えめに挙手したレインによって遮られる。その場全員の視線が彼女に向けば、人の良さそうな笑みを浮かべて、

「私の仕事は、巴たちのところにヒカリを送り届けること。私の仕事は終わったし帰らせてもらうよ」

「あぁそうか。ま、オマエ最近何かと忙しそうやしな。気ィつけて」

「別に私は恨みを買うようなことはしてないし平気だよ。夜道で後ろから刺されるようなことはないって。・・・・・・じゃ、ヒカリ。巴はこんなだけど、ホロウの中なら頼りになるから。輝夜ちゃんは言わずもがな。安心して、色々任せてね」

「おう去り際に人のこと馬鹿にすんのやめろや。ハゲ扱いしたの根に持っとるんか?」

「? 別にそれは気にしてないけど」

「素でそれかい。刺すぞ夜道で」

 ・・・・・・随分と仲がいいんだな。小気味の良い、コントじみたやり取りを繰り返すと、レインはポケットから取り出したオレンジ色のイヤホンを耳に挿して。何かを思い出したように、私とお兄ちゃんを順番に見る。

「これも何かの縁だし、そこの二人も何か困ったことがあったら相談してね。連絡先は巴にでも聞いて? それじゃ」

 今度こそ工房を出て、ベルの音がレインの退店を知らせる。なんか巴さんが輝夜ちゃんにひたすら脛を蹴られてるけど、良いか。

 

「よし、じゃあ今度こそ本題────に入る前に、だけど。確認しておきたいことがあって。巴さん、輝夜ちゃん。今日・・・・・・というかここ最近、違和感を抱いたことってない?」

 

 情報の共有。それから確認。私とお兄ちゃんが、現状に抱いた違和感の話。すごく大事な話、というわけでは無いけど。共有しておいた方がいい事ではある。

 私の問いを聞いて、二人は首を傾げた後で見つめ合う。記憶を探るような間の後で、巴さんが口を開いた。

「特には────」

 しかし、その言葉の直後。思い当たることがあったみたいに。大きなため息と一緒に、眼鏡を外すと目頭を強く揉む。

「いや、あったわ。世界滅亡の予言とかその辺。大方、ボクらの『認知』が歪められてるとかか? トーゼンのように飲み込んどったな。気色悪いわ」

「この数秒でそこまで辿り着けるのは流石だと言わざるを得ないな。巴くんは頭がいい」

「うん、ホント」

 私も素直にお兄ちゃんと同意見だった。最初に辿り着いた私たちですら、少し時間がかかったのに。完全一致した私たちパエトーンの意見。けど、それに不満を抱く子がいた。大きな電子音を鳴らした後、スピーカーから何やら不満気な声が聞こえてくる。

『忠告。そこの胡散臭い糸目眼鏡を褒め、調子に乗せると碌なことが無いのでオススメしません』

「おうおうおう、根に持っとるんはこっちだったか。人工知能の癖に器が狭いなァ! モニターん中に閉じ込められとるからか?」

 ・・・・・・ああ、十二分街の時の仕返しか。でも話の腰を折らないでね、Fairyね。

「まあその辺は一旦置いといて。私たちの予測も巴さんと同じ。ケセドホロウみたいに、なんらかの認知への改変────もしくは、認知を汲み取って変化させる現象が働いてる。問題は、」

「ケセドと違ってボクらがホロウの外に居るにも関わらず、影響を受けとるって話か」

「そう。あっちは、猫宮の認知や思考を汲み取って、ホロウ内部を家の内装に変化させてた。今回はホロウの外にいる私たちの認識や、思考に影響が及んでる。共通点があるようで無い、というか。だいぶ気持ち悪いんだよね」

 近い形状のパズルのピースを、空いたスペースに嵌め込もうとしている感覚、というか。微妙に嵌りそうで嵌まらない。間違っている気はするんだけど、正解な気がするというか・・・・・・そもそも、その世界滅亡の予言とやらは何処から来たんだ、って話だ。

「世界滅亡の予言。そのソースになったのは何なのかって調べてたんだけど────」

 モニターに向き直る。同時にインターノットのスレが開かれたタブが表示され、私の背後から各々が画面を覗き込むのがわかる。

 開かれていたのは何の変哲もないスレ。日付は、大体半年くらい前か。なんて辺りまで目を通した所で、

「このユーザーネーム、シオリの・・・・・・」

 ヒカリくんがボソリと何かを呟く。みんなの視線が向いて、それでも画面から視線は逸らされず。震えた口で、言葉を紡いだ。

 

「これ、このアカウント、シオリのです。ホロウの中に、おれが助けに行きたい相手────」

 

 言われて、改めてスレの内容に目を通す。

 小説・・・・・・かな。会話を目的とするモノ、というよりは自分の作品を見せる為に建てたスレ、というか。

 内容は簡単に言えば、拡大したホロウが世界を飲み込み、私たち『人間』の世界が終わりを迎えるというもの。

 主人公の世界に対する不満だとか、不安だとか。そういった類の表現の解像度が異様に高く、心が引っ張られていってしまいそうな感覚があった。

 コメントは少ない。好意的なコメントだけが並び、閲覧数やグッド表示といった、文字という形ではない評価は大量についていて。何となく、コメントは残しづらいけれど評価したい、という気持ちは私でも理解ができた。

「・・・・・・今でもその子はホロウの中にいるの?」

「ずっと電話をかけ続けてるんですけど、一切繋がらないんで・・・・・・多分、そうだと思います」

 内外で電波を遮断するホロウの特性か。眠っていたとしてもあの大きなサイレンで起きないとは思えないし────避難なんかで忙しくて電話に出れない、という可能性もあるけど。

「その子が原因って可能性もまあ無くはないわな。ホロウの主にされた、とかその辺で・・・・・・そのシオリっちゅー子の滅びの願望、滅びるという思い込みがボクらにまで広がった、とか。推測するんならその辺りか」

「・・・・・・どのみち、僕らがホロウの中に入らないといけないことには変わりないね。最悪、ホロウの外に原因がある場合は二部隊に分かれることも検討していたけれど・・・・・・」

 私の思考の外で、方針が徐々に定まっていく。なら私は、今自分ができることをしよう。

 机の上のスマートフォンを手に取り、連絡帳からとある番号を呼び出す。

 通話開始のボタンを押せば、私の耳には無機質なコール音が響いた。

 

 ◇◆◇

 

 初めてゆったりと飲んだコーヒーの味は、正直言ってあまり美味しくは無かった。

 そもそも他の人間たちはコレをカフェイン目当てで飲んだりすると聞くし、麻酔の類が効かない私たちには、カフェインの効きもあまり良くはない。だからただただ苦いだけの黒い液体。

 興味がなくなったことで無価値となったソレから視線を外し、テラス席から東の空に見えるホロウへと向ける。耳に当てた端末は変わらず無機質なコール音を奏でていて、あまりにも退屈でため息が漏れた。

「ラマニアン内部にいたら繋がらないかもしれないけど・・・・・・向こうから連絡してきた時は無視したら怒る癖に。こっちからの連絡は無碍にするの?」

 愚痴が漏れ出すのも仕方ないという話。とうとうアナウンスが流れ始めた端末を即座に操作してリコール。今度は三コール半ばほどで、彼女のため息が聞こえてきた。

『・・・・・・何。どうかした?』

「ああ、もしもしサラ? 貴女、住宅街で『(コア)』使った?」

『いいえ。私はてっきり、貴女がやったモノだと』

「私はあの子達(・・・・)の調整で忙しかったもの。まだ使ってないし、そんな暇は無いわ」

 またスピーカーの向こうからため息が聞こえてくる。ため息を吐くと幸せが逃げる、なんてことを言い始めたのは何処の誰だろうか。

 世界の平和を目指す女がため息を吐き出して自らの幸せを周りに振り撒くなんて、とんだ笑い種ね。けど今回はそれを突くのは辞めておく。めんどくさいことになるのが目に見えているし。

 喉元まで迫り上がった言葉を飲み下し、今度はこちらがため息のお返し。

「別に貴女の計画を無碍にするつもりはない。ただ私の中で、あの子達の優先順位が一番というだけよ。私を拾ってくれたのは感謝しているし」

 私の言葉に嘘はない。心の底から感謝はしているし、だとしても私の中であの子達が一番だというのもまた事実であった。

 

 そこは絶対に揺るがない。私の中で、それ以上のものは無い。

 

「・・・・・・ま、件のホロウの様子は私が見てくるから。『セフィラ』に近いモノならタダ乗りしてきてあげる。あの子達の初陣ついでに、ね」

 

 一方的に言いたいことをぶつけて通話を切り、半分以上残ったコーヒーはテラスの隅に流して捨てる。誰かにとって、価値のなくなったものは捨てられるだけ。それはこの世の摂理なわけだし。

 何より、私たちだってそうされた。だから誰かに責められる謂れなんて無い。

 

 だから。だから、ね。

 

「私は、私たちは。価値を証明しないとね」




クソデカシナリオフックのハリンちゃんです。よろしくお願いします。
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